ドケチな守護者と常識外れの娘
なんとか毎日更新を目指します。語字、脱字については脳内補完お願いします。
「」表記とルビが徐々に増えていくので、作者が死にそうです。よろしくお願いします。
晩蝉の月 五日 はれ
昨日の夕飯は干し肉をふやかしたものと、薬草のスープでした。もうちょっと美味しいもの食べたいです。(※横に小さな字で:贅沢を言うな。限られた備蓄で栄養を摂取するのが旅だ。)
明日はやっと街に着くようです。お金がないって言ってたけど、屋台のごちそう楽しみです。(※「楽しみです」の下に二重線:「屋台の誘惑に負けて予算を使い切るな」と昨日言ったはずだ。)
ざわめく人々の群れを縫うように歩く二人の姿。
一人は使い古したマントを着て、背には黒檀の弓を担いだ地味なエルフの青年。素材を入れた袋を背負って目的地に向かって真っすぐ歩いている。
一人は真珠色の長い髪を一つに編み、青年に遅れまいとやや小走りで後ろをついている耳がやや尖った少女。
――と、少女の視界に、香ばしい音と香りを漂わせる屋台が写った。思わず前を歩く青年のマントを掴んで引っ張る。
「ね、ね、ヴァル!」
ヴァルと呼ばれた青年――ヴァレリウスはくん、と引っ張られてたたらを踏んだ。
「っ、なんだ、シルヴィ」
振り返る灰褐色の瞳は、怪訝そうにしている。あれ、とシルヴィは屋台を指差す。
「すっごい、美味しそう!」
怪訝な瞳はそのままに、ヴァレリウスが指差す方向に目をやる。そこには、軽食だろうか、塊肉を火で炙り、パンに挟んで売っている店があった。看板の近くに小さく書いてある値段を見る。
(……大銅貨三枚!? ……高い)
素泊まりが三回できる値段に、ヴァレリウスの持つ財布の紐がギリィと締まる音がした。大きな瞳をキラキラと輝かせるシルヴィをよそに、ヴァレリウスは前を向く。
「……駄目だ。先ほど昼飯は食べただろう」
「ええ〜!? なら、夕飯! 夕飯にするから!」
諦めきれないのか、ぎゅう、とマントを力強く握る手を、ヴァレリウスはため息をついて引き剥がしにかかる。
「却下だ。第一、栄養が足りん」
「ケチぃ〜!」
口を尖らせるシルヴィに、ヴァレリウスはもう一度ため息をつく。
(仕方がない。似たようなものを夕飯に作ってやるか)
膨れるシルヴィの背中を、ヴァレリウスは冷淡に、しかし迷いのない足取りで押し進める。目的地は、街の路地裏にある薄暗い「素材屋」だ。
ドン、と背負っていた袋から魔物の肉をカウンターに置いた。
これは今朝仕留めて解体したばかりの鮮度抜群の代物だ。
「ヒッ……」
素材屋の店主は、魔物の肉を素手で扱うヴァレリウスに対して引き攣った顔になった。
だが、そんな店主の反応は気にも留めず、ヴァレリウスは交渉に入る。
「魔法精製すれば最高級の触媒になる部位だ。鮮度もいいしランクも最上だと思うぞ。相場より一割安くしてやるから買い取れ」
これは、ギリギリの交渉。店主は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「むむぅ……」
「買い取れないと言うのなら、他を当たるだけだが?」
「ぬぅ……」
交渉をヴァレリウスに任せ、シルヴィは素材屋の商品を物珍しそうに眺めていた。
(……あ、この植物、枯れかけてる……)
小さな鉢植えに窮屈そうに植えられた、魔導植物。シルヴィは指先でその植物の葉にそっと触れた。途端、彼女の指先から「マナ」が溢れ、見る間に植物が瑞々しい緑になる。
ちらとシルヴィを一瞥したヴァレリウスが彼女の起こした事象に気がついたように二度見した。
「っ!?」
店主は未だに腕組みをして考え込んで気がついていない。大股でシルヴィに近づいたヴァレリウスは彼女の腕を掴んで囁く。
「(余計なことをするんじゃない!)」
「(ごめーん! ちょっと触ったら……)」
ヴァレリウスはシルヴィの手首を掴んだままカウンターに近づくと、魔物の肉をおもむろに持ち上げた。
「おっと!? ちょっと!」
店主が慌てて声を上げる。そんな彼を冷え冷えとした目で見下ろした。
「結論が出ないのなら他を当たる。じゃあな」
「ま、待ってくれ! 分かった! 買い取る!」
素材は銀貨一枚で売れた。
カラン。店のドアベルが軽やかな音を立てて閉まる。エルフの二人組が出ていったのを確認すると、素材屋の店主は重い息をついて頭をガシガシと乱暴に掻いた。
「……なんだったんだ、さっきの奴らは……」
確かに一級品とも見える、魔物から採れる貴重な素材。魔法で精製すれば触媒となり高く売れる。
けれど。高潔でプライドが高く、ともすれば魔物など「不浄」と忌み嫌うはずのエルフが、素手で魔物の肉を触るなど、「異常」にも程がある。
相場よりも安く仕入れたとはいえ、その異質な彼らに心臓が縮み上がる思いをした。
「……ん?」
もう一人の真珠色の髪をした少女がいた商品の棚を見ると、青々とした葉を付け、小さな鉢を割るほどに大きく育っている魔導植物の姿が。それは、効果を失い、そろそろ「処分」しようとしていた値下げ品。
「う、うわあああああ!?」
驚愕のあまり、店主は叫び声を上げた。
遠くから、先ほどの素材屋の主人のものらしき絶叫が聞こえてきた。
人通りの少ない路地裏で、ヴァレリウスは歩みを止め、深い、深いため息をついた。
「……おい、シルヴィ」
「なあに? ヴァル」
小首を傾げる少女の表情は、どこまでも無垢だ。真珠色の髪がさらりと揺れ、その瞳には悪びれた様子など微塵もない。
「……さっきの店で、あの植物に何をした」
「えっ、何って……ちょっと『元気になって』って願っただけだよ? だって、あの子、すごく喉が渇いてるみたいだったから」
「――ちょっと、だと?」
ヴァレリウスは自分のこめかみを指先で押さえた。
普通のエルフの魔導師が、数人がかりで儀式用のマナを注ぎ込んでようやく新芽が出るかどうかという希少な魔導植物だ。それを指先一つで、あろうことか鉢を叩き割るほどに急成長させる。
「いいか、よく聞け。この世界で『奇跡』は安売りしちゃいけないんだ。お前のそれは、奇跡を通り越してただの天変地異だ。……俺が魔法を使えないからって、お前がその分まで補おうとする必要はないと言っただろう」
「……うぅ、ごめんなさい。でも、ヴァルがいつも『無駄にするな』って言うから……」
捨てられるはずの命を救ったのだと、彼女なりにヴァレリウスの教えを守ったつもりらしい。
その真っ直ぐな論理に、ヴァレリウスは言い返すべき言葉を飲み込んだ。
「……ちっ。説教は後だ。店主が正気に戻って追いかけてくる前に、この街を出るぞ。宿の支払いは済ませてあるな?」
「うん! 荷物も全部持ってきたよ」
「ならいい。……ったく、銀貨一枚分の利益が、お前のやらかしで帳消しにならなきゃいいがな」
ぶつぶつと文句を言いながら、ヴァレリウスはシルヴィの細い手首を掴み、早足で歩き出す。
その手首に伝わる彼女の体温は、この黄金に輝く世界のどの魔法よりも、彼にとっては確かな「生」の感触だった。
人通りの少ない路地裏に入った途端、ヴァレリウスは掴んでいたシルヴィの手をパッと放す。
「……ったく。お前の『ちょっと』は、この街の均衡をひっくり返す引き金になりかねんと何度言えばわかる」
「だって、あの子が苦しそうだったんだもん……。あ、でも見てヴァル! 銀貨一枚だよ! 晩ごはん、豪華にできる?」
期待に満ちたシルヴィの瞳。ヴァレリウスは手に入れたばかりの銀貨を指先で弾き、器用に受け止める。
脳内では、保存食の残量、次の街までの日数、そして先ほどの屋台の「大銅貨三枚」という暴利が高速で演算されていた。
「……これの半分は路銀に回す。残りで、お前がさっき欲しがっていた肉に近いものを『俺』が作る。今夜は野営だ。文句はないな」
「やったぁ! ヴァルの料理、大好き!」
飛び跳ねるシルヴィを横目に、ヴァレリウスは密かに安堵のため息をついた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
世界樹の根元でシルヴィを拾ってから十八年が経った。ヴァレリウスは、この世に生まれ落ちてから二百年、死に場所を求めて彷徨い続けていた。
ヴァレリウスとて、始めから死に場所を求めていたわけではない。
魔法が常に溢れているエルフの里。精霊の囁き声や魔力の揺らぎを同族は見聞きし、息をするように魔法を行使する。
ヴァレリウスがエルフの里に生まれ落ちた時、同族は驚愕したという。
エルフ特有の魔力の輝きを持つ華やかな髪色が無く、ただの栗色。瞳すらも光を宿さない灰褐色。そして何より、彼に魔法の発現の兆しが何年経っても見えないのだ。
(――いつか、発現するさ)
五十年は、期待を込めていた。魔法がなくとも、その「いつか」を夢見て同族の仕打ちにも耐えられた。
だが、彼が五十歳を過ぎても、魔法の一欠片も、精霊の囁き声すらもない。
付けられた名は「異端者」。エルフ、いや、この世界の生き物にとって、魔法が使えないことは生きる術さえ奪われたようなもの。
「我らを脅かす存在と成り得るかもしれぬ。去れ」
里を追われ、同族としても認められぬ存在。ヴァレリウスは魔法を補う手段を探した。
泥にまみれ、血を吐き、病に怯え、情けなくも死にかけ。五十年は挫折の連続であった。
ようやく弓を自在に操れるようになり、生きる術を身に着けてきた頃。エルフの里にも居られず、この種族の象徴でもある長い耳のせいで人にも混じれず、ヴァレリウスは三度目の絶望を味わった。
魔法を行使できない己の存在。なぜ自分は生まれたのか。
(――これでは、寿命が長いだけの徒人ではないか)
だが、自ら命を断てば、その魂は輪廻から外れる。世界樹に還ることができなくなる。
絶望と諦めの中、ただ生きるだけの毎日を繰り返してさらに百年。
ヴァレリウスは弓と横笛だけが相棒の、孤独な青年と成り果てた。
そうして禁足地へと足を踏み入れた、運命の日。彼の耳に広がる音は葉の擦れる音と草を踏みしめる音だけ。辺りは静謐でどこまでも穏やかな木々の群れ。天を仰げば、霞むほど高く空を貫く世界樹。
幹に耳を近づける。コポポ……と地下から水を吸い上げる、「命の営み」の音がした。
「……何故、俺は生まれたんだ。――教えてくれ、世界樹……」
幹に頬をつけたまま、ヴァレリウスは呟いた。誰に問いかけるでもない、ただの呟き。
その時。
ほぎゃあ、と微かな泣き声が聞こえてきた。この場所に自分以外の動物などいるはずもない。閉じていた目をゆっくりと開け、辺りを窺う。もう一度、今度は力強く。
「何か、いるのか……?」
音を頼りに世界樹の根元を歩く。声はだんだん大きくなり――。
根の入り組んだ、少し窪んだところに、白く輝く赤子が泣いていた。耳が少し尖っている。人間ではない。エルフとも、少し違う。
「なん、で、こんなところに」
普通なら、魔力を持つ者はマナに溢れるこの場で、生きていることさえできないというのに――。
ヴァレリウスは手を伸ばそうとして一度止めた。この手は傷だらけで、泥にまみれた手。対する赤ん坊は白くなめらかな肌で、清い存在。けれど。
(この子は、あまりにも無垢。世界の常識もない。固定観念がないのなら、この俺の事も、あるいは――)
心に芽生えたのは、一種の期待と打算。ヴァレリウスは震える手で、その赤子を抱き抱えた。小さな紅葉のような手が、ヴァレリウスのささくれだった太い指を握る。
「!?」
世界から見捨てられた彼にとって、それは、抗いようのない救いであった。
子育てなど、ヴァレリウスはもちろん未経験だ。吹けば飛びそうなその命を、彼は文字通り命懸けで守った。
そして――。
「ば、ばる……」
シルヴィが歩き、自らの手で物を食べるようになった頃。彼女はその舌足らずな口でヴァレリウスの名を呼ぼうとしていた。
「ヴァ、レ、リ、ウ、ス。言ってみろ」
彼は決して自らのことを「父」と呼ばせなかった。その意図はヴァレリウスにも分からない。「異端者」として呼ばれ続け、エルフの名を捨て、ただの「ヴァレリウス」となったあの日から。いや、世界に絶望した時から。
ヴァレリウスは、彼の名を誰かに呼んでもらいたかったのかもしれない。
「ばれれる……」
じわ、とシルヴィの翡翠色の瞳に涙が浮かぶ。彼の名は、発音が難しい「剛健」を意味するエルフの古き名。
一生懸命自分の名を正確に呼ぼうとするその小さな命。ヴァレリウスは、ふ、と肩の力を抜いた。
「……『ヴァル』でいい」
「ば……ヴァル!」
にぱっ、と大輪の花が咲くような笑顔。ヴァレリウスにだけ向けられた光に、彼は一瞬呆然とした。
いつか、還るその命。けれども。
(俺は、もう、手放すことができないかもしれない――)
「ヴァル、だっこ!」
当然のように差し伸べられる小さな手。ヴァレリウスの口元が弧を描く。
「……仕方ないな」
軽くて「重い」温かな命。ヴァレリウスは慈しむように抱きしめた。
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「……ヴァル、本当にお腹空いたよ。お肉、まだ?」
焚き火の爆ぜる音と、少し大人びたシルヴィの声が、遠い日の記憶を現在へと引き戻す。
ヴァレリウスは、黒檀の弓を傍らに置き、じっくりと炙っていた魔物の肉を串ごと彼女に差し出した。
「……食え。屋台の三大銅貨よりは、よっぽど身体にいいはずだ」
シルヴィは「わあい!」と歓声を上げ、あの日と同じ、大輪の花が咲くような笑顔で肉にかじりつく。
ヴァレリウスはそれを見届けながら、自分用の粗末な干し肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼した。
魔法の光が支配するこの世界で、彼らだけが影の中に身を潜め、獣のように肉を喰らい、明日を繋ぐ。
「……美味しい! ヴァルの味だね」
「……おかしなことを言うな。肉の味だろう」
素っ気なく返しながらも、ヴァレリウスは周囲の闇に鋭く目を光らせる。
魔除けの薬草の煙が、二人を包み込むように静かに揺れていた。
遠くで魔物の咆哮が聞こえる。
十八年前、死に場所を探していた男の瞳には、今はもう、絶望の陰はない。
ただ、この「光」を明日へ運ぶ。
その一事のためだけに、彼は再び弓を取り、深く、静かな夜の闇へと沈んでいった――。
よく考えたらジジイと孫娘の旅だよなあ!?




