表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワンダーランド・ボーイ  作者: 櫻木サヱ
ハートの王国と危険な微笑み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/31

Ominous Shadow

城下町の空に、雲がゆっくりと渦を巻く。

 いつもは陽気な色で満ちていたワンダーランドの空気に、わずかな“淀み”が混ざっていた。


 契約を交わしてから数日――。

 アレンの身体はこの世界に慣れつつあったが、胸の奥に残る妙な違和感は消えないままだった。


「……アレン、またぼーっとしてる」


 背後から聞こえる猫の声。

 チェシャが屋根の上に座り、しっぽを揺らしながら見下ろしている。


「ぼーっとなんかしてない」

「ふふ、顔に“考えごと”って書いてあるよ」


 そのからかうような口調が、妙に安心を呼び起こす。

 アレンは小さく息をついて、屋根の上のチェシャを見上げた。


「……この国、何かがおかしい気がする」

「やっと気づいた?」


 チェシャはくすくすと笑いながら、アレンの隣に降り立った。

 彼の体温がふわりと近づく。


「この国は、君みたいな“迷い人”が来るたびに少しずつ形を変える。誰が笑って、誰が泣いて、誰が消えるのかも……全部、曖昧なんだ」


「消える……?」


 チェシャの目が夜の森の奥のように深く光る。

 その視線は、いつもの軽さとは違っていた。


「君、まだ知らないんだね。――契約を交わした者には、“影”がついてまわるんだよ」


「影……?」


「見えない時もある。でも、たまに現れて、“何か”を奪う。名前だったり、心だったり……記憶だったり」


 チェシャは一瞬、声を震わせた。

 アレンはそれを見逃さない。


「チェシャ……お前、もしかして……」


 彼が何かを言いかけたときだった。

 ――ゴォォォォ……。


 足元の石畳が不自然に軋み、地面に黒い染みが滲み出す。まるで夜そのものが地表を這い上がるように。


「っ……!」


「来たみたいだね、“影”が」


 チェシャが素早くアレンの腕を引き、建物の陰に身を潜める。

 路地の奥に、黒い靄のような何かがゆらりと立っていた。輪郭は曖昧で、瞳のような闇が二つ、こちらをじっと見つめている。


 呼吸が止まった。

 この世界に来てから、何度も不思議なものを見た。けれど――これは違う。

 “本能”が、危険だと叫んでいた。


「動かないで、アレン」

 チェシャの声が耳元で低く響く。

 その瞬間、チェシャの腕がアレンの腰を抱き寄せた。


 吐息が近い。

 心臓がどくん、と跳ねる。


「……チェシャ?」

「怖がらなくていい。ボクがいる」


 闇がふたりに迫る。冷たい空気が肌を切るように滑る。


「――影は、光を求める。つまり……“心”を狙うんだ」


 チェシャが指先を伸ばし、アレンの胸元に触れた。

 淡い光がふわりと広がる。


「君の“心”は……ボクが守る」


 その声は、優しくて、少しだけ熱かった。

 同時に、チェシャの体から淡い紫の光が放たれ、闇の影と激しくぶつかり合う。


 ――キィィィン!!


 音もなく、夜の空気が震えた。

 闇は不気味にうねりながら、やがて煙のように消えていった。


「……行った、のか……?」

「うん。でも、また来る。あれは“君”を見つけたから」


 チェシャは少し震える指でアレンの肩を掴んでいた。

 強がりな笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には確かな恐れがある。


「……チェシャ、お前……」

「平気。ボク、猫だからね。こういうの、慣れてる」


 そう言いながらも、チェシャの手はアレンから離れようとしなかった。


 月明かりが再び空を照らす頃、ふたりはしばらく黙ったまま並んで座っていた。

 アレンの胸の奥には、まだ熱いものが残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ