追放された僕の下に女神が舞い降りたーepisodezeroー
ーキングスナイト結成ー
教会の奥、聖なる光が祭壇を照らしていた。僕はまだ10歳だった。今日は――いや、今日は僕だけじゃない。幼馴染のデリックも、女神ミレイネスから才能を授かる日だ。
僕の手のひらに温かい光が落ちる。ルーンロード――その名を授かる。剣術だけじゃない、支援魔術も使える上級クラス。隣でデリックは光に包まれ、勇者の称号を与えられていた。世界にただ1人の勇者。あの頃は、まだその重さが理解できていなかった。
――けれど、胸の奥で小さな誓いを立てていた。
いつか、この力で世界を救う、と。
それから8年。僕たちは18歳になった。
「アステル、一緒に冒険者にならないか?」
夕暮れの広場で、デリックは軽やかに笑っていた。無邪気な笑顔の奥に、決意が滲んでいるのがわかる。
僕は少し躊躇した――ほんの一瞬だけ。
でも、考えるまでもなかった。
「……うん、やるよ」
言葉にした途端、心がすっと軽くなる。才能を授かっても、それを育てるのは自分自身。僕も、デリックも。僕らは同じ目標に向かって歩くんだ。
こうして、キングスナイトが結成された。名付けたのはもちろんデリック。
最初は2人だけの小さなパーティ。だが、やがて3人の女性が仲間に加わることになる。
――ある日、デリックが真剣な顔で僕に話しかけた。
「アステル、そろそろパーティに新しい仲間を入れようと思う」
「……うん」
「見てろよアステル。実力も、見た目も最高の連中を連れてくるからな」
数日後、広場に現れたのは3人の女性。僕と同じ18歳だが、その存在感は圧倒的だった。
まず1人目はリース・シャオルン。黒髪をお団子に結い上げ、鍛え抜かれた体つきが武闘神らしい。一目でその戦闘力が桁違いだとわかる。
次にセラ・エスフェルド。ピンクのショートヘアに水色の瞳。落ち着いた雰囲気からは想像できない高位クラスの治癒魔術を扱う。パーティの安定に欠かせない存在だ。
最後はミンシャ・グロウシャルム。小麦色の肌に長いコーヒー色の髪をまとめ、踊るような仕草で立つ。スペルダンサー。
彼女の攻撃は華やかで、魔術と身体能力を巧みに組み合わせている。
僕は思わず息を呑んだ。確かに美人だ。いや、それ以上に――強い。
軽く頭を下げた3人。
「彼女たちはすごい力を持ってる。俺のパーティに加わってくれるってさ」
デリックの言葉通り、3人はただ美しいだけじゃない。全員が上級クラス――ルーンロードと肩を並べられるレベルの才能を持っている。
それから数日、3人はすぐにパーティの戦力となった。リースは接近戦の火力を担い、セラは回復と支援魔術で支え、ミンシャは遠距離攻撃と戦術の幅を広げる。
これでパーティの戦力は格段に上がった。
そして心の片隅で、少しだけ思った。
デリック、やるな……。
ー最初の違和感ー
キングスナイトとして初めて街に現れた僕たちは、注目の的だった。
人々は目を輝かせ、噂を耳にすれば「勇者とルーンロード、そして3人の美女たちが揃った」と口々に言った。
「見てみろよ、アステル。あの視線、全て俺たちのものだ」
デリックは笑いながら言う。
3人の美女たちは、デリックの横で楽しそうに笑い、街の人々に優しく挨拶している。
リースは無邪気に、セラは穏やかに、ミンシャは軽やかに――それぞれの個性が街に華やかさを与えていた。
僕も、その後ろで少し控えめに微笑む。皆の力で街が少し明るくなる瞬間を、僕は嬉しく思った。
そんなある日、ギルドの掲示板に張り出された依頼書が、僕たちの目に飛び込んだ。
「――なんだこれ」
依頼名を見た瞬間、僕は息を呑む。
Sランクの魔物討伐依頼とは比べ物にならない、都市規模を揺るがすほどの大規模クエストだった。
デリックはすぐに顔を輝かせ、興奮気味に紙を握りしめた。
「これは――まさに俺たちにうってつけだな!」
リースもセラもミンシャも、目を輝かせてうなずく。
僕はその表情を見て、少し不安になった――いや、正確には違和感と言うべきか。
どこか計算されたようなデリックの振る舞い。
楽しそうに振る舞いながらも、全てを掌握しているように見えるその姿。
――もしかして、ずっと演じてるのか?
心の奥で、疑念が小さく芽生えた瞬間だった。
だが、その疑念を口にすることはできない。
今はまだ、このパーティと共に挑む冒険の方が優先だ。
僕たちの物語は、ここから始まる――キングスナイトとして、世界に名を知らしめる冒険の幕開けだ。
ー体の変化と仲間の変化ー
街の酒場に腰を落ち着けるたび、僕はいつも少し考え込むんだ。
デリックは相変わらずの豪快ぶりで、注文は途切れず、料理は山のように積まれていく。リースは笑いながら巨大な肉の塊をかき込み、セラは控えめに見えても、残さず平らげる。ミンシャもその踊るような手つきで皿を空にする。
そして――僕の番だ。残ったものは、僕が食べるしかない。
せっかく作ってもらったものを無駄にはできない。
そう思って、僕は意地で口に運ぶ。高級料理だろうと、量が多かろうと関係ない。食べる。全部。
最初はまだ平気だった。だが、街を移動するたび、同じことを繰り返す。デリックの豪遊は加速し、注文もさらに増える。気がつけば、僕の体は徐々に変化していた。
ズボンがきつくなり、鎧の着心地も少しずつ重くなる。鏡を見ると、以前のすっきりとした自分の姿はもうどこにもない。
「アスデブ、ほらもっと早く食べなよ」
リースがからかう。セラも笑う。
ミンシャも目を細めて「デブ扱い」を楽しそうに言う。
僕は反論できない。だって戦闘中、僕はほとんど動かないからだ。いや、正確には動かないのではなく――
【十聖闘気陣】――僕の魔術は、攻撃力、防御力、魔力、精神力、行動力、反応力、命中率、クリティカルヒット率、HP、MP。10個のステータスを、術者のレベルの10倍まで引き上げる強力な魔術。
この術をかけている間、僕自身は一歩も動けない。けれど、これがあるからデリックたちはSランクの魔物相手でも勝てる。
――それでも、誰も気づかない。
「おいデブ、今日も棒立ちかよ」
冗談交じりに言うデリックの笑顔を見て、僕は微笑むしかない。内心では、彼らの強さは全部僕の支えの上にあるとわかっているのに、表面上はただのデブで無能な僕として扱われる。
それでも僕はやめられない。食べることも、支援魔術も。彼らが喜び、命を守れるなら、どんな苦労も惜しくはない。
だが、ふと鏡に映る自分の姿を見て、思うんだ。
――僕は、こんなに太ってしまったのか。
誰も僕の苦労を知らない。知られることもないだろう。それでも、この体と力で、彼らを守り続ける――それが僕の使命だ。
翌朝の1発目のクエスト、簡単な魔物討伐依頼だ。
デリックは笑顔で剣を振り、リースは格闘術を披露し、セラは回復魔術を軽やかに使う。ミンシャは華麗に踊りながら、魔術を繰り出す。
――そして僕は、その中心で何もしていないように見える。
「アスデブ、ちゃんと動きなよ。ほんと棒立ちだなー」
リースの声が、今日も耳に突き刺さる。
でも、違う。僕は動いている――いや、動けない代わりに、彼らを全力で支えているんだ。
【十聖闘気陣】の魔力は、全員に流れ込む。攻撃力、防御力、魔力、反応力……どれも倍増。Sランクの魔物相手でも、彼らはまるで自分の実力で戦っているように見える。
魔物の牙がリースに迫る瞬間、彼女は反射的に避けた。だけど、それは僕が事前に反応速度を底上げしていたからだ。
魔物の強烈な炎がミンシャに向かう。彼女の身が僅かに揺れる。セラは即座に回復魔術を使おうとしたが、少し遅れる。そこで僕の魔力で能力補正され、彼女たちは無傷で攻撃をかわす。
――誰も気づかない。誰も、僕の存在を認めない。
でも、僕はそれでいい。
僕の仕事は、彼らが輝く舞台を作ること。僕自身は光の影に隠れる――そんな存在でも構わない。
戦闘後、汗まみれで息を切らすみんなを見て、僕は心の中で呟く。
……今日も、無事でよかった。
その夜、宿の大広間で食卓を囲むと、デリックは豪快に料理を注文する。
リース、セラ、ミンシャも笑顔で食べる。
――そして残った分は、もちろん僕が食べる。
「きゃは! お〜いアスデブ〜、今日も完食じゃ〜ん! お前の胃袋、どこまで強いの〜?」
リースのからかいに、僕は苦笑い。
太ったのは、こうして残飯を処理し続けてきたせいだ。誰のせいでもない。僕が選んだ道だ。
でも、胸の奥で、ふと小さな疑念が芽生える。
――このまま、僕はただの影で終わってしまうのか。
――デリックは、みんなは、僕の存在を本当に必要としているのか。
その思いが、少しずつ胸を締め付ける。
ある日の訓練後。酒場で乾杯する僕たち。
訓練と言っても、もう僕以外は訓練をしなくなった。
彼らは信じているんだ。
ーー俺たちはもう最強だ。
僕の支援魔術があるからこそ、簡単に勝てていることに、誰も気づかないまま。
デリックはもちろん、リースやセラ、ミンシャも
みんな、目の前の成果しか見ていない――でも僕は知っている。
この力は、僕がいなければ維持できないんだ。
――それでも、言わない。
今日も、僕は影に隠れ、支え続ける。
その夜、乾杯のグラスを重ねるデリックの瞳に、ふといつもとは違う光を見た。
「お前の力、ルーンロードは今のお前じゃ使い熟せねぇだろ。俺の方が使い熟せるんじゃないか?」
「ダメよデリック。そんな事したら本当に何もないただの太っちょさんになっちゃうよ」
「うっわ〜セラってひど〜い! ただの太っちょさんだなんて〜アスデブ可哀想……キャハハ!」
「そういうリースさんも、酷いですよ。アスデブをそんな風に笑うなんて……クスクス」
「なーっはっはっは! お前ら笑わせるなよ! 酒溢れちまっただろ〜! ぐわっはっはっはー!」
僕の才能を手に入れたい――そう思っているのかもしれない。
無邪気な笑顔の裏で、すでに僕の存在が少しずつ、邪魔になり始めている。
この時はまだ、それでもただの冗談だと思っていた。
でも数ヶ月後、その“冗談”は現実となる――僕のルーンロードの才能を奪われ、パーティを追放される日が来ることなど、想像もしていなかった。
ーー本編へ続く。
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