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【第1話】俺は白羊宮の使徒

 「マジ最悪……。あっついし、砂っぽいし、あの野郎マジで恨むからな」


 照りつける太陽の下、焦げるような大地を一人の青年がトボトボと歩いていた。

 乱れた金髪に、それを纏めようとするヘッドバンド。


 彼の名はシエラ・ハウマール。星の秩序を守る天星士のひとり。その実態は、思ったよりもずっと俗っぽい男だった。


 「せめて空飛ぶ馬でもくれりゃいいのに……。あの念波、マジで緊急案件じゃなかったら殴り飛ばしてたわ……」


 ふてくされた口調でそう呟く彼の脳裏に、昨日の記憶がよみがえる。


 ――お願い、天星神様の元へ早く。あなたは星の定めに選ばれた天星士なの。


 声の主は、リオン・スアーブと言う女性。天星神の秘書を務める人物で、彼女の魔力を使い念波を飛ばしてきたのだった。

 「星の秩序が、乱れ始めている」という彼女の言葉に、シエラは戸惑いながらも立ち上がった。星の力を持つ者として、それが自分の宿命だと、どこかでわかっていたから。


 「……ま、仕方ねぇか。やることは、変わらねぇしな」


 項垂れながら歩く彼の視界に、一つの街が現れる。だが、その街には妙な緊張感が漂っていた。叫び声、ざわめき、走り回る人々――その中で、シエラははっきりと聞いた。


 「やめろっ、妹を放せぇ!」


 その声に、シエラの足が自然と加速する。そこにいたのは豪奢な衣装に身を包んだ若者と、蹲る幼い兄妹。


 「ほら、俺様の力はなぁ、こう使ってこそ価値があるのさ。弱者を管理するためにな!」


 青年は高らかに笑いながら、妹に手を振り上げようとしていた。その腰には、狐の面を模した意匠が施されていた。


 「……楽しそうだな、オイ」


 低い声とともに、シエラが声をかけると、少女に殴りかかろうとしていた男が手を止め振り返る。


 「あぁ? なんだテメェ」


 「俺の名はシエラ・ハウマール。……今は旅の途中ってとこだな。お前は?」


 「ハッ、よく聞け小僧!俺様の名は小狐座の使徒、ヴァキュラ・アンセル様だ!最近星の定めに選ばれたばかりの天才ってな!」


 「……へぇ、それで子どもに手ぇ出してんのか?」


 「チッ。こいつらが悪いんだよ。この小娘が俺様にぶつかってきやがってよぉ。礼儀ってもんを教えてやろうとしてただけさ」


 その瞬間、シエラの目が鋭くなる。


 「……あの子たちが、何かしたってのか?」


 「おいおい、顔怖ぇな。そんなに睨むなって。あの小娘がさ、俺様のマントを汚したんだぜ? 弁償も謝罪もなしでよぉ」


 「俺たちはさっき謝ったじゃないか!」

幼い男の子が声を上げる。


 「うるせぇ!」

ヴァキュラは容赦なく子供達に手をあげる。


 「……てめぇ……!」

 怒りのままにヴァキュラを睨みつけながらシエラの声が低く、地を這うように響いた。その場の空気が張り詰め、まるで一瞬で凍りついたかのようだった。


 「チッ。てめぇのせいでしらけたぜ。命拾いしたなガキども!だが、次何かやらかしたら容赦しないかんな!」

 ヴァキュラはつまらなそうにしながら捨て台詞を吐いて子供達の元を去った。


 その場から逃げるように立ち去っていく彼を、シエラは無言で睨みつける。

 拳を強く握りしめながら、小さく舌打ちをした。


 「……クソが」


 兄妹の元へ駆け寄ると、兄のほうが痛みに耐えながら妹を抱きかかえていた。

 その身体は小さく、そして異様に冷たく感じた。


 「おい……大丈夫か……?よく頑張ったな、歩けるか?」


 「お、お兄ちゃん……! 妹が……ヘンリーが……!」


 「病院行くぞ。案内しろ!」


 そう言うと、シエラは兄妹二人を抱き上げた。

その軽さに、心が締め付けられる。



 街の診療所。小さな病室に、三人は通された。


 男の子の名前はリクス、女の子はヘンリーというらしい。

両親を早くに亡くし兄妹二人で必死に生きてきたという。

 リクスの足は打撲と捻挫、骨にひびが入っていたが、命に別状はなかった。

 一方、ヘンリーは持病の心臓疾患があり、ヴァキュラからの殴打によってかなり危ない状況であった。


 「くそっ、くそっ……どうして……あんなやつが……ッ!」


 ベッドの脇で、リクスが泣きながら拳を握りしめていた。


 「教えてくれ。お前たち、アイツと面識があったのか?」


 「ううん……急に現れて。道でぶつかっただけなのに、すごい剣幕で怒鳴られて……。オレ、代わりに謝ったんだ。だけど……ヘンリーを……」


 「……そうか」


 シエラはベッドに横たわるヘンリーの手をそっと握った。

 冷たい。彼女の呼吸は細く、今にも消えてしまいそうだった。


 「……実はな、俺も昔、ずっと家のベッドで寝てた。毎日、薬と注射と点滴と……そんな日々だった」


 ぽつり、ぽつりと語り始めるシエラの声に、リクスが顔を上げる。


 「へ……?」


 「外に出たいって思ってた。友達と遊びたい、走りたい、空を見たいって。だけどベッドから起き上がると世界が俺を拒むように息ができなくなってすぐ倒れちゃうんだ、それが悔しくて……よく泣いてたよ」


 シエラの視線はヘンリーの細い指先に注がれたままだった。


 「だから、分かるんだ。お前の妹も……きっと、苦しかったと思う。でもな、それでも――守ってもらって、嬉しかったと思うぜ」


 その言葉に、リクスの目からまた涙が溢れた。


 「お兄ちゃん……ありがとう……」


 だがその瞬間――小さく、ふっと空気が抜けるような音が響いた。


 ヘンリーの胸が、静かに上下をやめる。


 「……え?」


 リクスが妹の名を呼ぶが、返事はない。顔色がどんどん白くなっていく。


 「ヘンリー……? ヘンリー!! うそだろ……!? 起きてよ、目を開けて!!」


 診療所の医師が駆け寄り、すぐに心配蘇生を試みた。だがその甲斐なく彼女の体は冷たさを増していった。

 医師が心配蘇生をやめ彼女の小さな瞳にライトを当てる。何も反応はなかった。静かに首を振る医師。


 「……そんな……」


 リクスが叫ぶ。泣き崩れる。ベッドの脇にすがりつき、妹の名を何度も呼び続けた。


 シエラはそれを静かに見つめていた。何も言わず、拳を握ったまま――そして、リクスの肩にそっと手を置いた。


 「仇は……取る。絶対にな」


 その言葉に、リクスは目を見開き、涙の中でかすかに頷いた。


 「お願い……ッ……お願い……!」


 その願いを背負うように、シエラは静かに立ち上がる。


 病室を立ち去るその背中にはメラメラと怒りの炎が燃えているような気がした。


 病室の扉が、静かに閉まる。


 シエラはしばらく無言で廊下に立ち尽くしていた。

 握った拳の震えが止まらない。指の間に入り込んだ爪が、皮膚をわずかに裂いた。


 「……ったくよ……」


 短く呟いて歩き出す。

 廊下を、コツ、コツ、と足音だけが鳴っていた。


 診療所を出た瞬間、風が吹き抜けた。

 カラッとした風が頬を撫で、赤くなり潤んだ目元を乾かしていく。


 「……俺の話、聞いてただろ。お前も同じ病弱な身体で、やっと外に出られたのに……」


 誰に言うでもなく、空を見上げる。

 まだ青く澄んだ空の中で、太陽が沈みかけていた。

 ヘンリーが最後に見た空が、これで良かったのか――そんなことを思ってしまう。


 「……後悔なんかさせねぇよ。絶対に」


 その目に、鋼の意志が宿る。

 ヘッドバンドを上げ直し、シエラは街の通りを進んでいく。


 手がかりは一つしかなかった。

 あの男――小狐座の使徒、ヴァキュラ・アンセル。

 奴は調子に乗っていた。ならば、再び同じように“自分を讃える場所”に姿を現す。


 案の定だった。


 「――いいか? よーく見てろよォ、これが使徒の力ってやつだァ!」


 街の中央広場。

 そこには人だかりができていた。子どもや老人、通りすがりの者までもが、威圧に目を逸らしていた。


 ヴァキュラが広場の石像の上で高笑いしている。


 「チンケな正義感振りかざして、力の意味もわかってねぇクソどもが多すぎんだよなァ! “俺様”こそが天に選ばれた天星士! ハハッ、笑えるだろ? まさに小狐の奇跡ってやつよ!」


 男は高らかに笑い、足元の市民をビビらせて遊んでいる。


 「この町、いいねェ。そこらのガキどもを脅すだけで泣き出すし……俺の力を試すのには丁度いい」


 ふざけた声と態度。それを見上げるシエラの瞳が、静かに燃えていた。


 「……いたな、クソ狐」


 髪を風が揺らす。

 一歩、また一歩と歩み寄るたびに、空気がピリピリと張り詰めていく。


 「んぁ? ……おっとォ? 見覚えのある顔じゃん? えーっと、お前は……あのガキどもを庇ってた――」


 「おい」


 シエラが低く呼びかける。

 その声に、ヴァキュラの口元の笑みがぴくりと揺れた。


 「……てめぇ、あの子に何かされたのかよ。襲いかかるほど、何をされた?」


 「はァ? そりゃあ……ぶつかってきたじゃねぇか! 俺様はなァ、“使徒”なんだぜ?星の定めに選ばれた!尊敬されて然るべき存在が、クソガキに汚されていいわけねぇだろうがッ!」


 ヴァキュラの声が一段と高くなる。


 「第一、あの小娘が悪い! こっちは礼儀を――」


 「……!」


 シエラの目が見開かれた。そして次の瞬間、怒気が爆ぜた。


 「まだそんなこと言いやがるかァッ!!!」


 怒鳴り声と共に、その場の空気が一変した。

 広場の群衆が一斉に後ずさるほど、シエラの放つ気迫は異常だった。


 「その子はな――たった二人の家族ともう二度と会えなくなったんだぞ!」


 「……は?」


 「お前が、自分の力に酔って、無関係な子供を“試し撃ち”した結果がそれだよ。力の意味が分かんねぇのは、てめぇの方じゃねぇか!!!」


 その瞳に、烈火のような怒りと悲しみが宿っていた。

 ヴァキュラが引きつった笑みを浮かべ、後ろへと数歩下がる。


 「な、なんだよ……さっきまでと様子が違ぇじゃねぇか……」


 「当然だ。小さな命が目の前で消えたんだぞ!てめぇみたいなやつのせいで……!」


 拳を強く握りしめたシエラの足元が、ひときわ大きく踏みしめられた。

 次の瞬間、周囲の空気がぶわりと揺れる。


 「覚悟しろ。今度は――逃がさねぇからな」


 「やれるもんならやってみろや!」

 次の瞬間、ヴァキュラの姿が宙に舞った。


 「見せてやるよ、俺様の魔力《跳狩スゥープ》の力をなァ!」


 上空へ跳び上がったヴァキュラは、真っ直ぐにシエラめがけて急降下する。

 「この角度、この速度! 避けられるもんなら避けてみなッ!」


 だが、シエラは微動だにしなかった。


 ドゴォンッ――!


 凄まじい衝撃音。砂埃が舞い上がる。

 だが、その中に立っていたのは、無傷のシエラだった。片腕をわずかに掲げ、ヴァキュラの突撃を“受け止めて”いた。


 「はっ……!? な、なんだ今の……!」


 「……この程度か?」


 シエラは腕を振り払い、後退したヴァキュラににじり寄る。


 「な、なに――! まだだ、俺様の魔力はこんなもんじゃ――」

再びヴァキュラの姿が宙に舞った。


 「もう黙れっ!!」

 怒号と共に、シエラが地面を蹴った。


 空中に跳び上がると、上から迫ってくるヴァキュラに向かって拳を大きく振りかぶる。


 「……よくも、ヘンリーを――!!」


 天から地へ振り下ろされた拳が、ヴァキュラの身体を叩き落とした。


 ズゴォンッッ!!


 ヴァキュラの身体が地面にめり込む。粉塵が舞い上がる中、シエラはただ無言で彼を見下ろした。


 やがて、兄が震える足取りで近づいてきた。


 「ありがとう……ありがとう、妹の、ヘンリーのかたき……とってくれて……!」


 その声にシエラは小さく頷く。そして、かすかに息をしているヴァキュラが呻いた。


 「お、お前……一体……」


 「……俺は白羊宮の使徒、シエラ・ハウマールだ」


 「は、白羊宮……!? あの、伝説の……十二使徒だと……!?」


 言葉の途中で、ヴァキュラの意識はぷつりと途切れた。


 気づけば街の人々が集まっていた。誰もが口々に感謝を述べ、涙を流す者すらいる。


 「ありがとう、シエラ様!」「あなたがいなければ、もっと犠牲が……!」


 シエラは肩をすくめ、片手をひらひらと振った。


 「礼には及ばないぜ。俺はただ気にくわねぇ奴をぶん殴っただけだからさ。」


 皆に背を向けるように、シエラはまた歩き出す。


 「……さて、次はどんなクズが待ってんだか。楽しみにしとけよ、星の秩序ってやつは俺が正してやる」


 強く吹いた風が、彼の背中を押した。

その風は心の中に燃える炎大きく燃え上がらせ天星士としての第一歩を踏み出させた。


 白羊宮の使徒、シエラ・ハウマール。

彼の旅は、今始まったばかり。

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