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街の娯楽!



さて、俺達が暮らしている………というと少々語弊があるけれど、生活圏としているカーヴィラの街には様々なお店がある。

物も人も集まるという性質上、恐らくはこの異世界でも最先端に近しいお菓子だとか料理だとかが提供されるし、喫茶店だとかも高級志向なお店から庶民が気軽に出入り可能な価格帯のお店まで千差万別だ。

まあ、地方の郷土料理とかになればちょっと難しいけどね。

本に関しては流石に高級品だけど、それでも取り扱いはある。尤も、大抵の場合書物というのは魔法使いや魔術師が多く所有し、扱うものなので一般には普及しずらいんだけれど。そもそも識字率自体、そこまで高くはないからね。まだまだ写本師とか代筆者が多い時代なのだ。

街の大通りの一画にはたくさんの市場が並ぶバザールがあり、俺や素馨はそのバザールで買い物をすることが多い。ちなみに中東の形式に近く、台車を用いて販売している人が多い印象だ。天井部分にはアーケードのように鉄骨が組まれ、白いテントが張られて雨や日差しを和らげている。


「でも、今回行くのはその辺りじゃないよ」


少女の姿である俺から見てもまだ小さい二人の手を引きながら、俺は人の中を踊るように進んでいく。

ヘーゼルの花飾りに掛けられた魔法はただ単純に透明になるだけのものではない。どちらかといえば草木の中に一輪の花が紛れ込むように、俺という存在を………異物(・・)を、溶け込ませるという効力に近いのだ。

だからこそ、他の人間は俺を認識しないままに捉えている。意識ではなく無意識の中で、俺を識っている。

そうじゃないと普通に人に牽かれるからね、アブナイアブナイ。


「じゃ、じゃあどこに行くんですか!」

「先生以外と身軽ですよねー!」

「あははは!答えは………ここだよ!」


バーベリちゃんと素馨のやや楽し気な悲鳴を聞き流しつつ、やってきたのは”ムーンルージュ”と書かれた、カーヴィラの街の中でも比較的歴史を感じる、大きな建物だった。

石造りの建物は、けれど街の外郭にあったような砦の残骸とは異なり、華美ではないけれど質実剛健とした美しさによって彩られている。

例えば入り口の両開きの大扉の前に、丁寧に手入れされた花壇があったり。

扉にはステンドグラスが嵌め込まれれていて、美女の横顔を描いていたり。

風に揺れる飾り布や緩やかに回る風車、なによりも楽しげに笑う人の気配が、その場所を暖かな場所なのだと理解させるのだ。


「ムーンルージュ………正式にはムーンルージュ劇場。二人とも、今日はね―――演劇を見よう?」

「げ、劇場?」

「演劇ですか?私、初めて観ます………」

「素馨ちゃんなんでそんな普通に興味津々の顔してるの………?急に劇場に連れてこられたんだよ、もっとびっくりしようよ?」

「先生相手にこの程度で驚いていたら一緒に生活なんて出来ません!」

「………褒めてると捉えていいのかな、それ」


弟子からの俺の扱い、ちょっとひどくない?

気を取り直して俺は受付に行くと、そっと銀貨を差し出してチケットを受け取る。まあ例によって気が付いていないだろうけどね。勿論気が付かれていない以上、やろうと思えば対価を支払わずに観覧することも出来るんだけど、それは人としてダメに決まっています、ええ。

………他にも見るだけの場所だったら植物園とか宝石店もあるし、観光場所とは違うけどこの街のランドマークとして、魔術学院と呼ばれる場所もあるんだけど、今回は却下だ。特に最後は他の厄介ごとを招きそうなので。そもそも俺の立ち入りはもう、対策しないと難しいかもね。

チケットを素馨とバーベリちゃんに渡す。恐る恐るといった体でそれを受け取った二人は、俺のワンピースの裾を掴んで子犬のようについてきた。

石造りのムーンルージュ劇場の内装は、多くが木目調で整えられた品の良い雰囲気にまとめられていた。一階部分は殆どが立見席で、二階部分には広めの椅子に座れる席がある。ここまでが一般席で、三階はリザーブ専用の高級席だ。富裕層は三階の一番いい場所で役者を見ることが出来るのである。

俺達は二階の一般席だ。立見席だと俺が潰されてしまう可能性があるので。あと俺が言えたことじゃないけど、背が小さい子供たちは立ち見だと最前列に居ないと肝心の劇が見れない。かといってそもそも最前列は観劇している人の中でも熱狂的な方々が集まるので、最悪その波に押されて突き飛ばされてしまうだろう。


「二階に上がろうか」

「はい!」

「………あ、あの。ところでマツリさん。私、お金とかないですけど」

「気にしなくていいよ?」

「そういうわけには!」

「ふふ。子供は子供らしく、年長者に奢られておきなさい!」


子供、という単語で少し顔を曇らせたバーベリちゃんだったが、最後には渋々頷いて俺についてくる。

いいんだよ、それで。君はまだ、小さな子供なんだから。

彼女の白い髪に手を置く。俺のそれとは違って癖のない真っ直ぐな質感だ。これは俺の親友の髪質を思い浮かばせる。優しく髪を掬う様にして撫でると、バーベリちゃんが猫のように目を細めた。


「ずるいです、先生………私にも………」

「もー、素馨にはいつもお風呂上りにやってあげてるでしょ?」


素馨のブラッシングは俺の役割だ。やってくださいってブラシを渡されれば手入れしないわけにはいかないでしょ、なにせかわいい弟子の可愛いお願いだもの。

そのまま俺たちは二階席に移動すると、チケットに記されている席の元まで向かう。ちょっと値は張るけれど、二階の一番前の席を取ったので、演劇の内容はよくわかるだろう。

ちなみに一番近いのはやはり立見席の一番前なのだが、落ち着いて見れるのは二階席である。予約必須の有料席である三階は、下の一般席のいい所取りで、流石に立ち見の一番前ほど至近距離ではないものの、広い個室のようになっている観覧席で、二階席よりも近い位置で舞台の全体を視界に収めることが出来る。だからこそ懇意にしている役者さんとかの顔も良く見える―――富裕層はそういった役者さん目当てで来ている人も多いらしい。

また、三階席は劇場の構造上、一階や二階から観覧席内の様子が分からないため、密談目的で使われることも多いそうだ。


「あ。劇を見るお供で色々と売ってるんだ………先生、軽食買ってきてもいいですか?」

「いいよ。いってらっしゃい、素馨」

「はーい!」


素馨はまだ十二歳の少女で、新しい世界に触れてまだ日が浅い。

魔法使いとしての修行や仕事を覚えることは大事だけど、それ以上にこの日常を楽しんで、溶け込んでほしい。そう願っている俺としては、ああして頭の上の耳をピコピコと揺らしながら、小さな幸せに触れられるようになったあの子の行動が、とても嬉しい。

俺がそうして素馨に視線を向けていると、似たような視線を向けていたバーベリちゃんがぽつりとつぶやいた。


「………いいなぁ」


罅割れた心の底から、わずか一滴零れ落ちた雫のような。

秘めていた筈の想いが言葉として形をなした、そんな呟きだった。


「………」


俺は少しだけ濃い翠色の目を細める。薄暗い室内で視線を下に落として、己の足元の影を見つめた。

はっとしたようにバーベリちゃんが視線を上げると、声を上げる。


「あっ!えっと、舞台の方!演目が張られてるみたいです!」

「うん」

「………あれ?私たち、そもそも今日、なんの演劇を見るんですか?」


こちらを見るバーベリちゃんに微笑み返す。それと同時に素馨が戻ってきて、それぞれの手に蜂蜜とレモンを溶かした果実水とトマトやチーズが挟み込まれたサンドウィッチを持っていた。

サンドウィッチの方はバゲット丸ごとサイズである。素馨、それちゃんと食べきれるの?


「結構大きいの買ったね………」

「みんなで食べれればなって、えへへ」

「わ~いい子に育ってくれて………お兄ちゃん、嬉しいよ」

「………お兄ちゃん………?お姉ちゃんじゃなくて………?」


バーベリちゃんが今更ながらに違和感に気が付きつつあるが、それはこの世の真理よりも難しい問題なのでそのままノータッチでお願いします。

暴かれたら主に俺の心が辛くなるので。冗談だけど。

軽食を口に頬張った素馨が俺の右隣に腰を下ろす。ちなみにバーベリちゃんは俺の左側。俺は二人に挟まれて、まさに両手に花状態だ。

そのタイミングで、劇場内に低音のブザーが鳴る。これは開始の合図だ。ブザーと同時に劇場内を照らしていた観客席側のランプが、実際の火や魔道具の灯りを問わずに消されていく。いよいよ開演するのだ。


「今日、何を見るかだったよね、バーベリちゃん」


徐々に喧騒が落ち着いていくその最中、滑り込ませるように、彼女にだけ聞こえる様に声を発する。

光が途絶えた暗闇の中、淡く輝く翠の瞳で彼女に微笑みかけると、


「演目の名前は、”眠り姫と毒林檎”だよ」


そう、囁いた。





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