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魔法と魔術


「もう流石に慣れましたけど………改めて私たちのお家から街までって遠いですよね………」


少しばかり息を切らした様子で素馨がそう言った。

まあ確かにね。ちなみに素馨は山育ちなので非常に健脚な部類だったりする。それでも息切れしているのは単純にまだまだ歩幅が小さいからだろう。あとはバーベリちゃんとお話ししながらっていうのもあると思う。話すっていうのも歩くっていうのも結構体力使うからね、同時にやっていると思った以上に疲れるものだ。

なお、そのバーベリちゃんは息が切れることもなく悠々としている。


「俺はあまり、街の近くで暮らすわけにはいかないからねぇ。それに街の中だと今みたいに、魔法に使う薬草とか草花を育てることはできないから、丁度良いとは思うよ?」

「それはまあ、確かに?」

「………あれ。魔法って、お花とかで唱えられるものなんですか、マツリさん」

「お、良い質問だねぇ。ちなみにバーベリちゃんはそもそも、魔法と魔術の違いとかって分かる?」

「えっと、全然分かんないです」


ですよね、そんなものだよね、うん。首を横に振るバーベリちゃんに対して苦笑して、そう思う。

正直仕方ないことだと思う。そもそも魔法使いというものはこの世界ですら徐々に数を減らしていっているのだ。只人が一生の中で魔法使いに出会うこと自体が珍しいものになりつつある。


「まず最初の質問に答えましょう。俺は薬草魔法を使うから、ハーブとかお花とか、あとは樹木とかだね。そういったもので魔法を使えるんだ。まあそれ以外を用いることも出来るけど一番得意なのがそれってこと。で、魔法使いとか魔術師が秘術を使う時に使われるものは、触媒って言われる」


そう言って俺は頭の上の花飾りに触れた。


「これもその触媒の一つなんだ。触媒と、魔力と力ある言葉―――即ち、詠唱だね。これをかけ合わせることによって、魔法や魔術といった秘められた術は行使される」


頭の上にあるヘーゼル………ハシバミの花飾りは、俺という存在を隠す”姿隠し”の効果が掛けられている魔法の道具だ。先も言った通り、俺は街を出歩いているとちょっと問題があるから、カーヴィラの街に行くときにはこういった魔法が必須なのである。

ま、それはさておき。


「全てがそういう順序ってわけじゃないけどね。たとえばあちらさん………妖精が扱う魔法は、人間の理論で語る事の出来ないものだし、さらに上の存在となれば存在そのものが魔法のようなものだから、意志一つで奇跡が起こる」

「さらに、上ですか………?」


首を傾げるバーベリちゃん。

そうだよね、出会うことなんてまずない存在だもんね、うん。


「神様とか、あとは旧き龍って呼ばれる方々だよ」


星が生み出した戦の神々と、星と同時に生まれたような天上の存在。まさに力ある存在と呼ばれる方々………でもまあ、基本的に彼らとは会わない方が良いのだけど。

なんであれ人間の認識が及ばないほどの力を持つものに出会ってしまうこと、それ自体が只人にとっては不幸を招く。ただ会っただけで―――もっと言えば一目見ただけですら、災いを呼び込むこともざらなのだ。

………更に深く、もしも触れられてしまったのならば、それは不可逆的な呪いに掛けられてしまう。俺自身がそうであるように、ね。


「まあそれはともかく!俺とかあちらさん、そして古い存在が扱うのは基本的に魔法だね。そして魔術は魔法とは根本の原理が大きく異なるんだ」

「むー、むむ………?」

「はは、そうだよね。分かんないよね。俺も最初聞いた時全然分からなかった」


教えてくれた教師が良かったことと、あとは俺の中には”魔女の知識”と名付けられた集積、蓄積された数多の情報があるから、それによって噛み砕いて理解することが出来たけれど。

普通はそうはいかないのだ。俺の知識は要は、呪われた代償に得たチートみたいなものだからね。正直言えば使い勝手は悪いけどね。


「ちょっとだけ説明は難しいんだけれど」


なにせ、この世界と俺の知る世界は少しだけ文明の基礎が違うから。それでも頑張って見せようじゃないか。そもそもこういう風に知識を話すことは、結構好きだからね………押し付けてしまわないように普段から気を付けております、はい。


「先生、私もちょっと興味あります。結局、違いについてはあまり詳しく理解できてなくて………」

「ん、そう言えばそうだったかも。素馨には先に魔法使いとしての知識とか経験を多く教えたから、まだまだ基本的な知識は少ないもんね」

「えっと、お恥ずかしながら………」

「俺と一緒に居るからしょうがないよ。というか俺の方がごめんなさいしないとだな」


うーんとうなり、頬に人差し指を当てる。どうせなら身近な道具を例えに出すべきだろう。


「そうだね、水がめは分かるかな?」


水をためておくための水がめ。それはこの世界に於いても日常的に利用されている。

この異世界には魔道具があるが、魔道具の燃料は当然ながら魔力である。様々な魔術師が改良し、発明している魔道具だけれど、魔術師なり魔法使いなり、時としてあちらさんがその核となる魔力庫に魔力を充填しなければ、魔道具はその役割を果たすことはできない。

俺たちが洋館の中でシャワーだとかキッチンで水道を使えていたりするのは、結局のところ俺達が魔法使いだからで。

それ以外の普通の人たちは、いわば原始的な道具を使っている訳だ。カーヴィラの街だって、街の中を大きな川が流れていて、魔道具によって浄水されているにせよ、市民への水の供給は最終的に井戸や水場から汲んで各家庭で使うという形式になっている。

富裕層とか何らかの商いをしている場合はまた話が違うけど。


「うちには無いですよね………えっと、バーベリ、ちゃんはどう?」

「私の家は、使ってたと、思います」


思います、かー。

でも大体の形は分かっているようだし、用途も理解しているみたいなのでそのまま説明を続ける。


「水がめに溜められた水、それを魔力と考えてみてほしい。魔術師は、その魔力………つまり水を使って、例えばお茶を飲むためのお湯にしたり、お花に水を与えたりする。そして魔術とは、お湯を沸かす時には薬缶、お花に水を上げるときは如雨露といったように魔力をその用途で使うための道具だと考えて貰えば分かりやすいと思う」


魔術師とは、術理を持って魔力を操るもの。その在り方はどちらかといえば数学者とか科学者に近いのだ。俺がよく知る魔術師の女性も、そう言う気質を持っている。

………うん。そう言う気質過ぎて結構厄介ごとを持ってくることも多いけどね。いや、凄い人なんですけど。


「魔術を使うための術式が道具、魔力が水がめの中の水………水がめ自体が魔術師ってことですか、先生?」

「その通り!魔術師は基本的に自分の体の中で生み出した魔力しか使えないからね」

「魔術師は………ってことはマツリさんみたいな魔法使いの方々は一体?」

「うん、じゃあ水がめの例えに戻ろうか」


魔術師が水がめの水を用いて様々な道具を間に介すことでいろんな現象を起こすとしたら、では魔法使いはどんな風にして秘術を扱うのか。


「花に水を上げたいとするでしょう?魔術師は水がめの如雨露で注ぎ入れる―――それに対して、魔法使いは大地に等しく水が染みこむようにと、雨を呼び込むんだ」

「………え、はい?」

「あぁ………確かに、そんな感じですね、私たちって」


飲み水が足りないなら泉を生み出し、お湯が欲しいとなれば温泉を作る。そんな存在が魔法使い。

魔力を用いて奇跡を起こす―――それが、俺たちなのだ。


「まあ、大雑把だよね。実際細かいことは魔術の方が得意なんだ。熟達した魔法使いであれば魔術が得意としている繊細な秘術も行えるけれど、だったら魔法みたいな効率の悪いものじゃなくて魔術でやった方が良いよねってなっちゃう」

「水がめじゃなくて水そのものを操るってこと、です………?」

「その通りだよ、バーベリちゃん。魔法は簡単に言えば、規模が大きいんだ。その分、本質的にできることは魔術よりも強大で広いものになる。代償や制御の難しさも相応だけど、ね」


だからこその奇跡である。魔法っていうのは旧くて仰々しくて制御が難しくて、けれど人の願いを叶えるには丁度良い、そんなものなんだ。


「ちなみに魔法使いはどんどんと数を減らしているんだよね。これが時代の流れってやつなのかも」

「えぇ、なんでそんな急にお年寄りみたいなことを言うんですか、マツリさん………?」

「先生はたまにおじいさんみたいになります」

「ちょっと二人とも?俺、泣くよ?」


おじいさんって、おじいさん………あ、まあ。男扱いってことだからいいのかな?

最近めっきり男として扱われること無くなってきたからなぁ。当たり前だけどさ、見た目こんなだし。

そんなことを考えながら歩いていると、ようやく俺たちはカーヴィラの街の入口へと差し掛かる。

街までの道には古びた砦の残骸が埋もれているが、これはかつてこの街があちらさんたちと争っていた名残なのだ。今の街の名に変わってからはそんなことは無くなったのだけれど。

ちなみにカーヴィラの街には関所はない。流石に鉄道には荷物権を行う検問所はあるが、旅人は基本的に出入り自由だ。これは街のあちこちにあちらさんの視線などがある以上、悪意を持ったものは何かしらの不幸が起こる事と、単純にカーヴィラの街を守る騎士たちの練度が高いこと、その他街に住む魔術師たちの自衛能力や街を収める人の統率力などいろんな理由がある、らしい。

どちらにしても生半可な関所なんて、本気の魔術師や魔法使いなら超えられてしまうのであんまり意味は無いんだよね。いや、他の自由都市には必ずといっていいほどあるんだけど―――まあ、カーヴィラの街が特殊なだけではあるのだろう。

他の都市の場合は普通の人間の犯罪者やらに入られて、治安が悪化することとかを危惧していたりもするから。


「こほん。では魔法談義もひと段落したところで!」


改めて俺は後ろをついて来ている素馨とバーベリちゃんの手を取って、歩き出す。


「元気よく行こーぜ♪」


そう、にっこりと二人に笑いかけた。


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