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カーヴィラの街


殺して、か。

それはとても難しい願いといえる。様々な観点から見て、ね。まず俺個人の矜持が一つ。

魔法は人々を幸せな方に導くためにあるものだと俺は考えている。だからこそ、直接的に命を奪ったりだとか、逆に全ての過程を吹き飛ばして結果だけを与えるような、そんな力の使い方は許されない。これは弟子である素馨にも同じように教えている。

そして、次に倫理的な問題。魔法使いがその力である魔法を扱えば、確かに人の命なんてものは嵐の中に灯された蝋燭程度のものだろう。けれど、人が人の命を奪うことはそもそもが禁忌である。

―――そして最後。これは依頼を受ける側の魔法使いからすれば最も大事な事だ。


「バーベリちゃん。一応聞くけれど、死を望むとして」


カップの中に残っているハーブティー。それを全てのみ干してから、俺は彼女の瞳をしっかりと見て確かめた。


「死に対して支払うことのできる対価は………あるの?」


自殺は絶対にしてはいけない―――なんてことを俺は言うつもりはないよ。死はある意味では救いであり、誰にも追いつかれることのない逃避であることは紛れもない事実だ。

この世の中で生きていくことのできないほど大きな絶望を飲んでしまった人に、死は悪であるからその絶望を飲み干して生きて行けなんて、あまりにも身勝手で傲慢だとは思わない?

真に寄り添いたいならば、その絶望を解し、溶かす事こそが求められる。それこそが俺が望む魔法使いとしてあり方だ。

それに対して今回の例は、少し意味合いが異なってくる。


「魔法使いに死を授けて貰うことを望む。それはつまり、自死ではなく殺人(・・)だ。たとえ対象が己の命であったとしてもね」


そして、と俺は続ける。


「魔法使いに死という願いを叶えて貰うのであれば、それに求められる対価は膨大なものとなる」


一国を差し出しても足りないほどの、そんな対価だ………さて。バーベリちゃんに、果たして払えるものだろうか?

そう視線に意味を込めて彼女を見つめれば、長い前髪を揺らしてバーベリちゃんは俯いた。


「………私の全てを差し出しても、足らない………でしょうか」

「うーん。場合による、かもね」


人の命が、ただ一人の命が一国の価値をすら大きく超えてしまうことは、まああることだから。俺の知るあの世界だってそうだ、たった一人が見出した叡智が世界を変えてしまう。

勿論、全てがそうではないからこそ、人は面白いのだけれど。連綿と受け継がれた意思が世界を欺き、人を変えて、真理を暴く。あちらの世界では、魔法や魔術はその過程で全て解き明かされ、消えてしまったのだけれど。

閑話休題(それはさておき)。目線を彷徨わせるバーベリちゃんが流石に可哀そうになってきたので、俺はちょっとばかり腕を組んで唸る。

どうしようかな、まあどうするもなにも決まっているんだけれどね。俺は被っている魔法使い帽子を隣に座っている素馨の上に乗せた。素馨にはまだ少しだけ大きいので、半分ほどずり落ちてしまったけどね。

目元にまでおちたその帽子を少し上げると、撥ねた黒髪の下から金色の眼が不思議そうにこちらを見る。


「ふぁっ………えっと、先生?」

「お出かけしようか、素馨。バーベリちゃんと一緒にね」

「え、あれ………あ、あの!私の、依頼は?」

「大丈夫。きちんと受けるさ、だからこそ」


バーベリちゃんは俺の行動に疑問符を浮かべているようだった。素馨はもう慣れたものなのか、帽子を胸元に抱き寄せるとお出かけの準備を始めている。うんうん、師匠の事がよく分かってくれて嬉しいよ。

まだまだ不思議そうな表情のままのバーベリちゃんに俺は優しく微笑みかけると、


「だからこそ―――君が支払うべき対価を、探しに行こう」


そして、もう一つ。君は言わないけれど、本当に探すべきものは別にあるから。それを、見つけにいくんだ。


「先生、羽織るもの持って来ました!あと、いつもの花飾りです」

「ありがと~、素馨」


ちなみに帽子はきちんと俺の部屋に置いて来てくれたらしい。

弟子を胸元に抱きかかえてよしよしと撫でてから、まだ状況についていけていないバーベリちゃんへと手を差し出した。


「難しく考えないで。ああ、そう言えばまだ自己紹介してなかったっけ」

「え、は、はひ………」

「俺はマツリだ。よろしくね、バーベリちゃん」


さあ、じゃあお出かけと行こう。

久しぶりのカーヴィラの街へ!





***




カーヴィラの街。それはこの世界に於いて自由都市と呼ばれる街である。この世界には結構たくさんの自由都市があって、その意味合いはどこかの国家に所属していない、独立した街というものだ。

自由都市には王様とかの代わりに都市を支配する領主さまのような人がいて、カーヴィラの街の場合は伯爵夫人と呼ばれる方が治めている。他の都市だと商業連合だったりもするようだ。

街単体での規模は恐らくは世界随一だろう。まあ大きさという点では他に譲る場所もあるんだけれど、発展という観点で見れば世界最大の街といっても良いと思う。

決して世界の中心ではない。けれど、世界の特異点ではある―――それが、俺がこの街に抱く感覚である。

そんなカーヴィラの街は周囲を深い森に囲まれた街だ。街の東側には鉄道が走っていて、物資などはその鉄道網を利用して甲種輸送によって行われる。

その反対側、街の西には翠蓋の森と呼ばれる、人が踏み込むことのできない領域がある。ここには………まあ、とある存在が住んでいて、森を守護し、人を見守っているのだ。

俺たちの家があるのは街の北西あたりである。街からはそれなりの健脚を持つ人間ですら一時間から二時間程度歩く必要があるほどに遠く、そして俺たちの家のすぐ後ろには妖精の森が広がっている。

実際のところ、翠蓋の森と妖精の森の境目は曖昧なんだけどね。ただ妖精の森はまだ、あちらさんに好かれる人ならば迷い込むこともあるけれど、翠蓋の森はそうはいかない。あれは招かれた人しか入れない、そんな場所なのだ。


「いい天気で良かったね、二人とも?」

「はい!久しぶりの街ですね、ついでにお買い物も済ませないと」

「………え、えっと………?」


人智の及ばぬ領域は、カーヴィラの街の直近ではその北から西にかけてを覆う森だけだ。街の南や東側にあるのは黒い森―――ただ単に人が開拓を終えていないだけの領域で、そちらは割と人間が自由に出来る森。鉄道を使わない旅人は南側や東側にある街道を経由して街を訪れ、また旅立っていく。

あ、ちなみに翠蓋の森や妖精の森のさらに奥には、未だに神々が住んでいるとされる霊峰が聳えている。この世界の神々はその全てが戦神なので、まあどんな魔術師でも魔法使いでも、そこを訪れようとする酔狂な人間は少ないだろうね。いないとは、言いませんよ?

さて、魔術師の多いカーヴィラの街だけれど、街は翠蓋の森の主やあちらさんたちと協定を結んでおり、あちらさんの生み出す素材を融通してもらう代わりにあちらさんと争ったり、彼らの領域を荒らすことを禁じている。そういった事情があるからこそ、カーヴィラの街は唯一無二の魔術都市と呼ばれるのだ。


「春の日差しはうららかだけど、その分体温調整が難しいから。素馨、風邪ひかないようにね?」

「大丈夫です。その辺りは寧ろ先生の方が気を付けるべきだと思います。先生、いつも自分の服に頓着しませんし………今着てるワンピースもミーアさんから頂いたものですよね?」

「………まあ、はい」


親友の顔が頭の中に浮かぶ。いつもお世話になっております、はい。

今の俺の格好は名前の挙がった親友に貰ったワンピースに、薄い水色のショート丈のジャケットを合わせ、頭にはヘーゼル………ハシバミの茎と花を用いた花飾りをつけたもの。

足元は、今回はラフにかなり低めのヒールサンダル。長い長い白い髪は癖っ毛を抑えるという理由も込めて下の方で黒いリボンで結んでいる。

俺は元男ということでその辺りはあんまり得意じゃなくて、コーディネートの際の大抵のことは素馨がやってくれました。ありがとう、俺の弟子………でも最近ミーアちゃんに似てきた気がするなぁ………。

魔法使いの証である帽子とローブは今は無しだ。これでいい。

眼下に見える中世と近世が入り混じった、いつ見ても不可思議な街を眺めて、俺は静かに呟いた。


「行こう。君を見つけに、ね」




今回はキャラ紹介はお休みです。厳密に言えば名前だけ上がっていましたが、登場した際に改めて紹介コーナーを作りたいと思います。

その代わりに小噺を一つ。実はマツリちゃんたち住んでいるお屋敷はリメイク前と若干差異があります。以前はデタッチドハウスと呼ばれるものでしたが、リメイク後はバロック様式の洋館へと変わりました。内装に関しては殆ど変わっていないのですが、見た目はちょっと変わっている訳ですね。

理由はデタッチドハウスだと現代では駐車場完備、ベッドルーム四つ以上ということで大きすぎるのでは?ということからでした。まあ洋館でも二人で住むむには大きい気がしますが………


それでは今回はここまで。評価等していただけると励みになります。

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