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目覚めの奇跡



少女は呪われた。そこに意味も悪意もなく、ただただ不運があった。

それだけだけれど―――それを、許容なんて出来る筈もなく。少女の家族は、少女を眠りから目覚めさせる術を探し求めた。


「………奇しくも、一度大きな痛手を知ったからこそ、私たちの商売は今度こそ足元がしっかりと固められた、悪意ある人に足元をすくわれるようなことのないものとなりました。やがて借金を返し終わって、そしてバーベリの眠りを覚ますことに専念できるようになって―――けれど、娘を目覚めさせることはできませんでした」


ペリジーノさんが父親の顔で、バーベリちゃんが眠っている部屋がある方角へと視線を向ける。


「”無色の魔神”。そう呼ばれるものと、運悪く出会ってしまったようです」

「………魔神」


素馨がペリジーノさんの言葉を繰り返す。

この異世界に於いて、魔神とは千夜の魔女と呼ばれる存在が、星の防衛機構である神を取り込み、模倣して生み出した、絶対的な神と人の敵対者だ。

魔神の中には一部、人に調伏されて使役される存在も居るのだけど、それ以外の魔神もまだまだ多い。大体は古の大戦で滅んだんだけど、しぶとい連中も多いのだ、厄介なことにね。

そして意外にも、そういった魔神は世界をクラゲのように自在に漂っている。特に意思もなく歩み、その場その場に悪意の如き呪いを振りまいて、人を嘲笑って消えていく。

―――俺みたいな魔法使いからしても、厄介で不愉快な存在だよ。


「魔神自体はすぐに消えてしまったようです。ただ、バーベリは、その魔神を視て(・・)しまったのだと」

「強い力を持つ存在は、ただ視ただけでも呪われる………」

「流石、魔法使いともなれば知っているのですね。私たちも、この診療所のお医者様に初めて教えていただいたのです」

「その程度しか、私の知っている知識を共有することしか、あの少女に出来ることはありませんでしたので」


お医者さんが目を伏せて、そう言う。

決して、お医者さんの責任ではない。魔神の呪いを………たとえ、本気でかけたものではなくとも………秘術を扱うものとしては、ただの呪い師相応の力しかない医者という職業では出来ることに限りがあるのだから。そして、魔術師という人たちは、頼るには余りにも強欲すぎる。

そこで言葉を切ったペリジーノさんは改めて素馨へと真っ直ぐに視線を向けた。


「そんな、魔神の呪いを、あなた方解呪することが出来る、と?」


黒い獣角をピンとたてて、その太陽の光を溶かした黄金の瞳を輝かせて。

素馨は、俺の弟子ははっきりと、その桜色の唇から言葉を紡ぐ。


「はい。必ず―――信じてください、魔法使いという人間を」


………真摯な言葉一つあれば。その内に秘められた強い意志があれば。

無造作な言葉を尽くす必要なんてどこにもない。素馨の言葉は果たして、彼らの心を打ったのだろう。

百の言葉を重ねるよりも、一つの想いこそが魂を貫くことなんて、ままあることでしょう?

ノノさんがペリジーノさんの肩を叩き、それに頷いたペリジーノさんが今度はフサルさんとアルプさんを見る。彼らは少しだけ不安そうだったけれど、それでも、ね。


「………娘を、お願いします」


そう、言ってくれたのだ。



―――願われたからには、その祈りを叶えましょう。奇跡を起こすには対価と願いが必要だ。その二つは今、確かに支払われた。




***




「先生、もう大丈夫です………か?」

「うん。いいよ、ありがとう素馨。それと、頑張ったね」


素馨の影が歪む。俺は彼女の影の中から腕を出すと、よっこいしょといいながら外へと這い出た。

首を動かして凝りをほぐすと、寝台の上で眠っている少女へと目を向けた。

いよいよ呪いを解くということで、家族の皆さんは先ほどの部屋で待っていてもらっている。バーベリちゃんの解呪に立ち会うのは、実際に呪いを解く俺と、弟子であり解呪の知らせを家族へと知らせる役目を持つ素馨だけだ。

素馨も言った通り、俺は余り人前に姿を現すべきじゃない。その上でさらに、対価の関係上、家族にも俺という人間の記憶を残しておきたくない。なので、今回は素馨の影の中に潜んでいたという訳である。

………家族との対応の全てを素馨に任せてしまったことは申し訳ないけれど、ね。

預けた魔法使い帽子を自分の頭に被せ、代わりに素馨の頭に手を置いて優しく撫でる。細められた瞳にクスリと笑みをこぼし、俺は自分の影の中から杖を取り出した。


「さあ、はじめようか」


………身の丈を超える木製の杖。基礎となる木はオークで、その表面には螺旋を描くようにしてタイムの紋様が刻まれている。これはタイムを巻き付けた上で妖精の魔法で焼きつけたものだ。あちらさんは魔法の技術に優れているけれど、これほどの繊細な魔法を操れるものはそうはいない。

杖の底部、石突部分は鋭く尖り、上部は特徴的な形状をしている。

―――絡み合う枝によって、自然にリングが作られているのだ。リングの根元にはオニキスが埋め込まれており、そして、そのリングには三本、黄金の色彩を纏う管のようなものが、アイビーの蔦によって結び付けられている。

管はシーシャ、即ち水煙草の吸い口に形状は似ているかもしれないね。まあ、俺の二つ名は”煙霧”である以上、これがどう使われるのかなんて簡単に察せるでしょう。

この管は黄金の色を纏っているけれど、れっきとした樹木である。常若の国に生える、黄金の樹木の枝をあちらさんが自らの手で加工した、俺のために拵えられた杖、彼らからの贈り物であり、俺を魔女ではなく魔法使いとして認めてくれた証。

その杖を持って、魔女の遺した呪いを解きましょう。

素馨が一歩下がる。俺は逆に、バーベリちゃんの方へと近づいた。長い前髪を右手で捲れば、彼女の左眼がある場所が、視えなく(・・・・)なっているのが分かった。

”無色の魔神”、か。色彩を奪うという魔女の生み出した怪物の一柱。ただ、片目で見てしまっただけで、彼女はその目をきっかけとして色を奪われることとなった。


「色には力があるとされるんだ。例えば、魔法や魔術の種別にはカラーマジックと呼ばれる、色を使って心や体に影響を与える秘術がある」


言い換えれば、色とは命であり魂なのである。

灰色の世界をイメージして、多くの人間は何を想像する?答えは、枯れ落ちた世界だ。命も希望もない、終わった世界。無色の魔神とは、悪意によってそれを生み出し続ける正真正銘の怪物なのである。


「幸運なのは、バーベリちゃんはただ片目で見てしまっただけということ………そして、魔法使いに出会えたことだ」


本格的に呪われていたのであれば、対価は足りなかっただろう。まあ、そうなっていたのならば………俺は、別の理由で彼女を助けていただろうけれど。

彼女の左眼へと手を当てる。その白い髪は色を奪われた結果だ。きっと、左目ももう二度と、色を映すことはないだろう。たとえ、呪いが解けたとしても。

―――ごめんね、それも含めて対価なんだ。

左手に握る杖を持ち上げ、軽く床を叩く。コン、と一瞬だけ音が響き、それと同時に幾つもの複雑な薬草の香りが部屋の中を埋め尽くす。

バーベリちゃんの左眼から放した手を、自らの桃色の唇へと当てて、俺は詠唱を行う。魔法という名の奇跡を編み込み、この世界を再び彩るための、力ある言葉を。


「『煙りくゆるタイムの小枝、霧に交わるセージの葉香』」


杖を振るう。リングの先端の管より、うっすらと翠を纏う煙霧が現れ、部屋中を満たす。

それは朝霧よりも色鮮やかで、夜霧よりも深い煙霧だ。濃密な魔力と、複雑な魔法の術式がバーベリちゃんを優しく包むように覆っていく。

まだだよ。更に、重ねる。


「『お前は瞳を呪うもの その目を閉ざすもの 眠りの中でさらに深く眠るもの』」


―――部屋の中に満ちた煙霧は、タイムの枝葉の蔓草となって、呪われた少女を持ち上げる。

俺は更に彼女に近づいて、その左眼を覆う瞼を開く。傷つけてしまわないように、慎重に。

呪いが抵抗といわんばかりに俺に対して呪詛を撒き散らす。灰色の文字のようなものが俺の身体に纏わりつくけれど、その場所に茨で編まれたトリスケルの紋様が浮き出て、その文字を逆に喰い散らかした(・・・・・・・・・)

分かるとも。嫌がっているな?呪いを暴かれることを、色を奪う道が閉ざされることを。でも、駄目だよ。お前はこの世界に在ってはいけない。今はまだ、道を閉ざすだけだけれど―――必ず、滅ぼしに行くよ。

さーて、バーベリちゃん。ちょっとだけ痛いだろうけれど………我慢してほしい。これで、最期だから。

もう一度、杖を振るう。今度は煙霧の中に、香りが混ざる。その香りは甘さと刺激を内包した、アニスと呼ばれる薬草のそれだった。


「『邪な瞳 呪う瞳 赤より紅い獣の瞳―――開きを閉ざし、閉ざして還さん』」


アニスには古来より、邪視や邪眼から身を護るという力がある。古代ギリシアの時代には既に薬草として使われ、マタイによる福音書にも同名の植物の名前が記述されているほどだ。

………また、この植物の種子を使って枕を作ると、悪夢を見ないとも言われている。

もう悪夢の時間は終わりだよ、バーベリちゃん。


「対価は、頂いた。奇跡は果たされた。目覚めの時だ」


―――彼女の左眼、その眼球。そこに右手を当てて、なぞる。

バーベリちゃんの鮮やかな紫の瞳、その色が消えて、白い瞳孔が残された。代わりに、俺の右手の中には黒と紫が入り混じった、黒曜石のような結晶が握られている。

これで呪いは、解かれた。呪いを解けば、君は目覚めるだろう。けれど、俺に出来ることはそこまでなんだよ、ごめんね。それ以上は対価が足りない、だから―――。

ふわり、と。少女が纏うシャムロックのケープが翠の光を纏った。俺は、思わず目を見開く。


「ああ………家族って、凄いね」


ねえ、ほら。こんなにも君は愛されている。君の家族が何年も何年も、君を想い、君を愛して紡ぎあげたその三つ葉は、魔法という名の奇跡に迫って見せたのだ。

俺が君から願われたのは、”再び家族に出会えるように”だった。俺の仕事は、呪いを解いて君を家族と出会うことが出来るようにすることだけで、それ以上はどうしようもなかった。

長い間眠り続けた体は、本当ならば健康とは程遠く、目覚めても長くはない筈だったのだ。


「でも、ね。その刺繍が、君への愛情が、長い時間を超えた君を守り続けたんだ」


見えるよ。君を一夜たりとも一人にせず、その手を握り続けた。休みの度に集まって、回復を願うシャムロックを編み続けた。これは、その愛に報いた奇跡なんだ。

呪いを祓っても、全てが元通りになる訳じゃない。魔神に奪われた色はどうしたって戻らない。だけど、だけどね。


「おはよう、新しい世界へ。君が愛されている世界へ」


………眠る夢はもうおしまいだ。

バーベリちゃんがその瞼を開き始める。俺は、優しく微笑んで、そう言った。

君は覚えていないだろう。君は知らないだろう。それこそが、対価でもあるのだから。それでも、俺という人間(まほうつかい)が、君の幸福を願ったという事実はこの世から消えることはないから。

煙霧は消えて、俺の身体が沈む。


「先生っ」

「………また、影の中にいるよ。後処理を任せてごめんね?」

「そんなのは良いんです。私は、先生の弟子ですから」


お疲れ様でした。

そう、素馨が発した言葉に頷く。俺は素馨にもたれかかる形で座っていた。そのまま、素馨の影が歪み、その中へと落ちていく。


「あな、た、は?」

「―――。初めまして(・・・・・)、バーベリさん。私は、素馨………」


魔法使いです。


そう、獣角を揺らして、見習い魔法使いは、呪われた少女へと微笑んだ







設定変更点:杖


元々マツリちゃんの杖はパイプのような形状をしていたのですが、リメイク後はきちんと魔法使いの杖らしい形状をしたうえで、煙を出す器具も備えているという形に変更しました。

………これで空を飛んだりすると、やっぱパイプだと脳内映像がおかしくなりますので。

本編でも触れている通り、シーシャの吸い口のようなものが三つ存在しています。なぜ三つなのかといえば、ケルトにおいて神聖な数字がⅢであるからですね。杖にまつわる話は次の物語で触れたいと思います。

そろそろこの序章はおしまいとなりますので、お付き合い下されば嬉しいです。


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解呪、成功
そういえばまつりちゃんの杖って元々そんなだったか
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