二章 ようこそ! 新たなる戦いの幕開け
次なる戦いへの序章
というわけで、私は見事に仕事を果たした。これは、兎にハグしても文句は言われまい!
なので、昼から出勤となった私は兎に盛大にハグをかました。しかも、全身をナデナデするおまけ付きだ。
「私の兎ぃ! ほれほれ!」
「ほわぁ……あ、ありしゅさん……」
それを、紬は生暖かい目で見ている。最初は嫉妬かと思ったが、最近はなにか違う理由で奴がそういう眼差しになっていることに気付いた。とはいえ、それで兎へのスキンシップを止める理由は特にない。
「はぁ……森野も毎度これで結局満足してしまっているのが……なぁ」
ふとどこか遠いところを見るように視線をそらし、私たちに聞こえないようになにやら呟いた。私たちをみて、なにか疲れる要素でもあったのだろうか。特に考慮はしないが。
「鏡、少しいいか」
「まあ、いいが」
「……いいなら、森野から一旦離れろ。森野が仕事出来ない」
「チッ……! まあいい、先輩のいうことには従おう」
「……私のことを先輩だと思っている態度か、それが?」
そうはいうが、正直紬はあまりそういうことは気にしない。意外に規則に対して寛容というか柔軟というか、そういう一面もある。先輩後輩という枠組みも、どこまで気にしているのやら。
「……昨日の相手、どうだった?」
「……同僚から聞いているはずじゃないのか?」
流石に、若干嫌味じみた物言いになる。まあ、怒っているのは紬に対してではない。遠くから監視していたであろう、異能対策課の連中である。敵対する相手にだけでなく、味方であるはずの存在まで必要以上に警戒しているように思えるのは、正直面白くはない。
「お前の感想が知りたい……正直観測担当の奴らは、別に戦闘の専門家ではないからな。どうにも戦闘の経過そのものは、あまり参考にならん」
「ふぅむ。まあお前に隠すようなことでもないか。正直にいえば、面白くはなかったな」
「なぜ、鏡、お前は戦闘を面白いか面白くないかでまず判断するんだ?」
紬が若干呆れたような顔つきになるが、それはしょうがないだろう。正直、目の前にいる相手の方が、紬相手の方が有栖からしてみれば遥かに手強くて面白いのだから。
ちなみに、有栖は戦闘を面白いか面白くないかで判断する、戦闘狂な一面を呆れられていることを、根本から理解していない。紬にはそういう気質がないのだから、根本的にこの二人の戦闘に関する感性の違いが埋まることはないだろう。
「相性がよかったからな。お前がいけば、苦戦したかもしれん。魔法生物は体内の魔力が尽きるまで、一切行動を停止しないからな。しかも、異能に対して多少の耐性があった」
「……報告には、そのような内容はなかったが?」
紬は、報告との内容に差があると言っているが、それはそうだろう。自分で言っていたではないか、観測班は別に戦闘の専門家ではない、と。
「耐性ごと貫通させただけだ。その差は、使った人間か私の魔術の規模を把握している奴にしか分からん。とはいえ、駆け引きを理解できずに、私相手に好きなだけ異能を使う時間を与える輩だ。数字の高いカードを引けば、まず負けんさ」
「ふむ……やはりお前で正解だったか。上もいい加減お前を認めればいいのにな。私では火力は出せん」
嘘だな。紬の火力の出し方は、ないわけではない。ただ、あまり便利とはいえないし、状況にもよる。
とはいえ、追求は控えた。私のように、早期に手の内を晒しすぎた輩は警戒される。紬はそれを見越して、自身の秘密を隠している面もあるのだろう。いや、でもあれは道具が必要だし、それにおそらく誓約による制約も、切り札の威力を削いでいる。あれは本来紬自身にしか適応されないルールを、強引に他の代物に応用して使う代物だから、本人以外への適応はルールの完全適応とみなされていないのだろう。
「……それはどうかな。とはいえ、私の方が早かったのは間違いない。全く、拍子抜けだ」
「なら、今度は私と戦うか? 最近は、別件がきな臭くなってきたらしいからな」
「模擬戦……珍しいな、お前が模擬戦で異能を使う許可が出るとは……となると、次は異能集団とやらか?」
「ああ、そうだな……どうも最近、異能を使う異世界人による異能使い狩りが──」
紬がそこまで言って、一旦言葉をきった。視線が兎の方を向いている気がしたので、私も兎の方を見やる。なぜか、兎が顔を真っ赤にして、虚ろな目で虚空を見て恍惚とした表情となっている。
「この話は一旦お開きだ……森野を現世に戻さないとな」
「ああ、まあそうだな……」
現世に引き戻すという表現がよく分からないが……というより、兎はなにが原因でああなっているんだ? 幸せそうなのはいいのだが……
異能使いの中には、御影県やこの世界の仕組みに適応出来ない物も当然いるわけで。
そういった連中の中には、ゴロツキのように異能を使った犯罪で生計を立てる輩も当然いるわけです。