ようこそ! 命がけのカードバトル!
ようやく異能バトルが始まりますよっと
最初にこちらの世界の紙を見た時は、心底驚いたものだ。私たちの世界では羊皮紙が主流で、それも富裕層でもなければ気軽に用いることも出来ない、高価で貴重な品だった。
そして、その紙を見て確信した。私はこれを使えば魔術が使える──
──だが、その思いはすぐに落胆へと変わる──
魔術は使えた……砂を操り、水の雫を生み出し、そよ風を巻き起こし、そして紙を灯火へと変える……異能ではあったが、それだけだ。ただ、それ以上のことは出来ない。出来なかったのだ。
「そういえば、誓約による制約で、異能を強化出来ることがあるようですよ?」
その兎の言葉に、私は微かな希望を見出した。
「いや、それを教えるのは──」
「でも、アリスさんこんなに落ち込んでます!」
今思えば、この時は紬が正しかったのである。この世界についた直後で、しかも異能が使えることが判明した人間に対して、いきなり異能の強化方法を教えるなど、どう考えても規則違反だった。
だが、そのことに私は希望を見出し──
──そして、研鑽と共に時は流れ、今にいたる──
戦闘の最中だ。目の前にいるデカ目ガメからは注意をそらさない。左手に携えた五枚のカードを見る。火の2、地の4、水の6、風の5、そして地の7。まずはこれらを手札に魔術によるバトルを行う。ルールはごくシンプルだ。
「風の5」
いきなりデカ目ガメが高速で突進してきた。見た目の鈍重さとは裏腹に、動きそのものが素早い。だが、それを自身の回避行動に合わせた風の魔術、風を身体に纏いて高速化することで、それを回避する。風の5のカードが塵と化して風に舞った。
そして、突進を回避されたやつの、顔と一体化した目が鎌首をもたげる。さて、次は何をしてくる? ちなみに、出たカードは火の4だ。
──ひとつ、五枚のカードを手にとる。このカードは一度手にした以上、特定のルールか魔術を行使すること以外の手段で、廃棄することは許されない──
──ひとつ、このカードの属性は、魔術を行使する上で絶対に準拠しなければならない。数字は魔術の最大威力を表し、AからKまでの13枚までの数字の中で、Aが最も強力で2が最弱である。これは異能行使において覆されない原則である──
──ひとつ、魔術を行使にともない、使用されたカードは破棄される。戦闘中にこれと全く同じカードを補充することは禁止である──
──ひとつ、魔術を使用して失われた手札は、カードの山から補充することで、常に五枚を維持すること──
(ちいッ!)
全くの予想外だったわけではない。ただ怪力と意外な俊敏さ以外に取り柄がない怪物なら、別に異能対策課が出向く必要はあるまい。だが、先程の動きであくまで怪力を主体に戦うと思い込んでいた。
(精神干渉だとッ! 反応が……)
あの目は、生物の精神に干渉する異能を備えているらしい。その目で直視されて、いきなり思考が鈍る。だが、まだだ!
「地の7!」
若干焦らされたが、向こうの突進に合わせて突如として土の壁が出現する。星の外套を着ていたことが功を奏した。アストラル・ローブは異能の直接攻撃には若干弱い。
だが、実は破壊力を伴わないこの手の精神干渉などの搦手に関しては、めっぽう強い。精神干渉だと分かっているなら、もはやこちらに大した効果はない。だが、カードの引きが悪い。次は火の9。火の属性は威力はなかなかだが、やや汎用性に欠ける。自爆覚悟なら回避にも使えるが、他のカードも火のカードが多くて、明らかに手札としての汎用性が乏しい。
「廃棄だ」
──ひとつ、魔術を使用せずに手札を五枚破棄することが、特別に許可されている。ただし、破棄したカードは塵となり、補充はされない──
これは、魔術を行使せずにカードを破棄することになるので、何も知らなければ損だと思われるのだが、それは違う。まず魔術はノータイムでは使えない。魔術を使用するために、紙に魔力を込める工程がある。その工程を経て魔術を使う以上、どれだけ弱い魔術だろうが時間のロスはある。
弱い魔術しか手札にないのに、それを後生大事に消費していては、勝てる戦いも勝てないということだ。とはいえ、次に手札にくる五枚のカードは当然ランダムである。次も良い手札がくるとは限らないわけで、それで廃棄を選ぶことにも、リスクはある。だからこそ、制約として成り立つわけだが……
(ふぅむ。まあ、これで終わりかな)
手札を見る。正直新しい手札がくれば、それに合わせた戦術を考える時間も必要なので、五枚の入れ替えとて全く時間を要しないわけではないのだが。今回は、そんなことを考える必要はないだろう。
「水のJ」
おそらく、こちらが予想外に抵抗したこと、精神干渉が想定より効かなかったことで、こちらのことを警戒したのだろう。動きを止めてこちらの様子見をしていたデカ目ガメの、四本脚を狙って水の魔術を使う。もっとも、その水は四本脚に絡みついた直後に、一瞬で凍りついたのだが。
奴はそれに驚いて、流石に様子見を止めて、即座に行動を始めた。だが、奴の怪力とて、即座に氷の束縛を破壊出来るほどではない。
「大判振る舞いだ、喜べよ……地のK」
奴の頭上に、土塊というよりもはや岩石と呼べる物が出現する。さらに、奴に向かって尖っている。もはや岩の巨槍だ。さらに、それを魔術で加速させる。Kの数字ならば、重力に逆らわせて浮遊させた岩石を、重力と合わせて加速させて突撃させることすら造作ない。
──ぐしゃり、という音と巨大な質量が地面に叩きつけられる轟音が、周囲に響く──
魔法生物だったのか、奴の身体は魔力の欠片となり、光の結晶として舞いながら消失していく。一見すると、こちらがなにもない空間に対して岩石を叩き落としたような様になっている。
(つまらんな)
奴には、こちらの異能のタネを分析するだけの知能がなかった。もし、そのような知能があれば、もう少し歯ごたえのある戦いになったのだろう。だが奴は、予想外に手痛い反撃にあったせいで、攻撃の機会を逃してしまったのだ。
しかも、切り札の裏を使う機会がなかった。あれを使うほどに手応えがある相手なら、それはそれで困ったのだろうが。
(終わってしまえば、本当につまらん相手だった)
──このような感想を抱くから、紬からはバーサーカーと認識されているのだが、鏡有栖はそれを知らない。ともかく、彼女の要件は終わりを告げた──
この主人公、ゲーム感覚で戦ってやがるぜ……
でも、それなりにちゃんとした倫理観もある辺りが、歪な点でもあります
なお、兎がアリスに甘かったのは、彼女が自分の理想とする美麗で知的な女性だったからなのはナイショ