ようこそ、購買部!
ここでようやく主人公の力が一部明らかに
ああ、しかしなぜに兎の顔ではなく、むくつけき男を見にいかねばならないのか……
「そうは思わないか、半兵衛?」
「……お前さん、それは俺に喧嘩を売っているのか?」
半兵衛。服部半兵衛……この御影県の異能対策課でこいつの世話にならない奴は、おそらく存在しない。普段は公務員の購買部として働いている。とはいえこいつも元は異世界人だったらしく、今の立場になるまでは相当苦労したらしい。嘱託職員からひたすらに年月をかけ、今の地位を得た。
「何をいっている。単なる事実だろう?」
「……こいつ、本気でいっていやがる」
「大体、私が直々に来てやったんだ、要件くらい察しろ」
「……森野と紬は苦労してるんだろうなぁ……」
そうはいうが、半兵衛は呆れこそすれ怒っている様子はない。見た目は冴えない中年だが、こちらが冗談を言っていることも察している。そもそも、ここに私が来るということは、武装を調達に来たということである。穏やかな心境ではないことも、内心ではさっして冗談に付き合ってくれるだけの度量が、この男にはあるということだ。
「いつもの装備でいいか?」
「一番いいやつで頼む」
「いや、一番いいやつもなにもお前さん……ああいや、そういうことか」
私の冗談は無視しつつ、半兵衛は私の言葉に得心した様子で準備に入っている。
「星の外套が必要だってのか……? となると、それなりに厄介な相手か」
星の外套、アストラルローブは私専用の防御用の兵装だ。半兵衛の異能力が付与されたローブで、異能そのものを軽減あるいは無効化する能力を有している。とはいえ、それは強力な異能の前では気持ち程度の代物だが。とはいえ、あるとないとでは段違いである。異能を軽減出来る異能を物体に付与する……
半兵衛の能力は自身の戦闘力を向上させるには、あまりにも微妙で有能とは言い難い。だが異能対策課にとっては、この上なく有能な能力である。こいつが正式に公務員の購買部として生活しているのは、異能対策課に対する長年の貢献も加味されてのことだ。
「じゃあ、まずはアストラルローブと……カードは表と裏の二セットでいいな?」
「ああ。予備を含めて持ち出せるのはそれくらいだな……それ以上に持つと、上を刺激する」
「……飼い犬に手を噛まれることを心配するより、他に考えるべきことがある気がするがなぁ」
「いいさ。餌をくれる内は従ってやるのが賢いやり方だろう? ……それに、この世界では戦う以外に生きる術はそれなりにあるしな」
有栖の皮肉混じりの言葉に、半兵衛は鼻で笑い返す。思うところはあるが、しかしこの世界ではあまり過剰に武器を持ったところで、それが生活の役には立たない。
「それにしても……なんで転移してくるやつの予測が出来るのかねぇ? 未だに俺にはよく分からん」
「私の推測混じりでいいなら、それなりの説はある」
「ほう……?」
半兵衛が私専用に作ったカードを、中身を確かめながら聞いてきた。本来は、地水火風の四属性がAからKまでの13枚、それに切り札が一枚で計53枚が表。切り札が二枚封入されているのが裏だ。それが正しく封入されているかを再度確認するとなると、そう短時間では終わらない。
半兵衛としてはあくまで、その作業の暇つぶしのための世間話……程度のつもりだったのだろう。だが、こちらが予想外の反応をしたので食いついてきた。
「おそらく、異世界を転移するのは一瞬ではない。異世界へ転移する者からすればそれは一瞬の出来事だ。ただ、異世界を通る者からすれば一瞬でも、異世界へ転移するためのゲートからゲートへの通過を観測するものからすれば、それは一瞬ではないということだな」
「根拠は?」
「実験だよ。二つの石を砕いて、片割れを異世界へ向かうはずのゲートの途中で元の世界に戻す。するとずっとこの世界にあった石と、異世界旅行に行きそこねた石とで炭素分析を行ったら、同じ時間を経過しておらず、時間にズレがある……という結果になったのさ。理由の解釈には諸説あるが……私は先程のように解釈した」
「……お前さん、俺よりこちらの世界で暮らした時間が短いはずだよな? なんで炭素分析とか……ああ、そうだな、お前さんは向こうの世界では研究職だったか」
「研究職……か。人間を魔術で殺し、その結果を持って魔術の有用性とさらなる効率化を研究する。言葉の響きはいいが、結局やっていたことは戦いで人を殺める術を模索していただけのことだ」
その自重の呟きに、半兵衛は次の言葉を放つのをやめた。誰が何を言おうと、本人が納得しなければ慰めにもならない。そもそも、慰められることを望んでいないのだと、悟ってしまったからだ。
「まあいい。俺にいえることは、お前さんが生きて常連でいる限り、俺の店の売上が増えるってことだ」
「……そうだな。なにせこのカードは、お前のオーダーメイドだしな」
とはいえ、加工に関してはこの世界の機械を使っているだけで、特に異能と関わりがある技術は何もない。その気になれば半兵衛以外でも作れるだろう。だが、不器用なりに気を使った男に対して、それを口にするのは野暮というものだ。
だからこそ、半兵衛が手渡してきたアストラルローブとカードの二セットを受け取ると、有栖は無言で踵を返した。
戦場に出るのは楽しいが、別に人を殺めるのが好きだったわけじゃない。魔術を行使することが楽しかっただけだ。だが、純粋に魔術を研究するには、あの世界はあまりに貧しかった。人を殺める以外には、生きる糧が見つからないほどに
魔術を行使することに悦びを感じながら、それをただ武器にすることに何より不満を覚えていたのは、他ならぬ有栖自身であった……
──過ぎ去りし過去……願わくば、永遠に見えぬことこそ、切に望む──
服部半兵衛さんが登場……多分唯一の名前ありレギュラーになる男である
登場頻度などが悲しい扱いなのは、まあしょうがない
ところで話が今のところほのぼのじゃない……なぜだ!