治験者を求めて
「さて、柴田君、被験者に志願宜しくね」
「え、僕ですか?」
「アナタ以外に誰がいるの?」
「外を彷徨いている奴を連れて来て……」
「無理だな」
「どういう事ですか?」
「窓の外を見ろ、死屍累々だぞ」
「ウソ?」
僕は研究室の窓に駆け寄り外に目を向ける。
眼下に見える大学の其処彼処で人が倒れていた。
今、全世界に致死率が90%以上の未知の病原菌が蔓延し、次々と罹患した者たちが死んでいる。
ワクチンや治療薬は無く、全世界の研究機関が血眼で治療薬を見つけようとしていた。
僕がいる此処も大学の細菌研究室。
大学の研究棟の4階にあって、周囲より気圧が高めに設定され隔離されている。
今研究室にいるのは、大学生の僕と准教授の椎名さんと大学院生の里中先輩の3人だけ。
だからシャーレの中で未知の病原菌を駆逐し、数十匹の病原菌に罹患させたマウスを死の淵から生還させた、39号治験薬を人に投与して安全性を確かめる被験者に僕が選ばれた訳だ。
素っ裸になってカプセルの中に入り横たわった僕、椎名さんに指示されるままに検査用の電極を身体のアチコチに貼り付ける。
ガチン! って音を立ててカプセルが外から密閉された後、カプセル内のマニピュレータが外から操作され、僕の腕に病原菌が注入された。
病原菌に罹患すると1両日で体温が急上昇して、急上昇してから2日以内に死亡する。
体温が急上昇し始めてから治験薬が投与されるから、僕は暇潰しの為にカプセル内に持ち込みを許された本を読んで過ごす。
2日後、体温が急上昇してガタガタ身体が震える。
治験薬か投与された。
• • • • •
目を覚ましたら僕は仮眠室のベッドに寝かされていた。
腕には点滴の針が刺さり栄養剤がポタンポタンと投与されている。
身体を起こしベッドに腰掛け履物を探す。
ベッドの下の奥の方にスリッパを見つけ手を伸ばそうとして、僕の腕の肉が脚の肉がゴッソリと無くなり痩せ細っているのに気がつく。
な、なんだ? 治験薬の副作用か?
スリッパを履きふらつく身体を壁に寄りかかるようにして支えドアを開く。
開いた先では、椎名さんがカップラーメンを啜っていた。
椎名さんは僕をチラっと見てから声を掛けて来る。
「アラ、起きたのね、おはよう」
「おはようございます、って、今朝なんですか?」
暗い窓の外を見ながら返事を返す。
「いいじゃないそんな事。
ところで体調はどう? 気持ち悪いとか熱があるとかは無い?」
「そのカップラーメンの匂いを嗅いたせいで、凄く腹が減っている以外は好調です」
「そうなの? でもごめんね、カップラーメンは此れが最後の1つだったのよ。
今レトルトのお粥湯煎してあげるからちょっと待ってて」
「ところで里中先輩は?」
「死んだわ」
「え、どうして?」
椎名さんは食べ終えたカップラーメンのスープを流しに捨て、お湯を沸かしながら説明してくれる
「治験薬を投与したらアナタは昏睡状態になった。
まぁ此れはマウスで分かっていた事だから心配はしなかったけど」
実験に使用したマウスは1週間から10日程の間昏睡状態に落ちいったが、目覚めると病原菌に罹患して死にかけていたのが嘘のように、活発に動きはじめたのだ。
「心配はしなかったけど、3ヶ月も眠り続けるとは思わなかったわ」
「3ヶ月ですか?」
「そう、あれから3ヶ月経つのよ。
それでアナタが昏睡状態になったのを見て、私たちは残っている材料を使って作れるだけの治験薬39号を作ったんだけど、たった11本しか作れなかった。
そのうちの2本を私たちで使用しようと思ったんだけど、アナタの血液から血清が作れないかって考えて、病原菌が消えたアナタの身体の血液を使って血清を作ったの。
アナタの血液型がAB型で助かったわ。
血清を作り最初はA型の私で治験を行った。
2週間程昏睡状態になっていたらしいけど、目覚めたときには身体から病原菌は無くなっていた。
続いてB型の里中君に血清を投与。
昏睡状態になるまでは私と同じだったんだけど、里中君は昏睡状態から覚めずに亡くなった。
どうして? 私の時とどう違ったの? と色々考えたけど、治験数が少なすぎて分からないのよ。
だから柴田君、アナタ早く体力を回復させて、治験者を探しに行くから」
「治験者を求めるなら包囲している軍人か警察官に頼めば良いのでは?」
病原菌のワクチンも治療薬も無い為、罹患者が出たらその地区を軍の将兵や警察官が武力で包囲し封鎖、罹患者ごと住民を封じ込む事て病原菌の拡散を抑えていたのだ。
「アナタがカプセルに入った時はそうだったんだけど、直ぐそのやり方は破綻して2ヶ月前には逆に軍や警察は全面防御の体勢になったの。
それも街や区全体では無く、防衛省や総理官邸など建物や施設だけでの全面防御。
それも今ではどうなっているか分かったものじゃないわ。
それに先月までは軍民のヘリコプターが煩い程飛び回っていたのに、今じゃ遠くを飛ぶヘリコプターの音さえ聞こえないから。
だから治験者を求めて出かけなくてはならないの!
分かった?」
「はい」
1週間後、僕と椎名さんは治験薬と僕と椎名さんの血液から作った血清を持って、治験者を求めて大学を後にした。