8話
ダウンバーストが収まると辺り一面、氷白と氷蒼の世界へと変わり果てていた。
森の動植物もアールヴも氷の中で息絶えている。
「ハイアールヴ……エルフェンリートの名を冠する者は酷いことをする……昔も今も……」
陰鬱さが滲む声。
私の索敵に反応も無く顕れたソレは氷柱に立ち、私たちを見下ろしていた。
ざんばらの長い髪。地味ではあるが整った容貌。そんな中に爛々と禍々しく光る縦割れの第三の目。
「ふーん。綺麗な顔なのに、ね」
「っ!!!!」
私が顔を覗き込むと、吃驚して飛び退いた。
「な、なな、何ぞっ!? 小娘いつの間にっ?!」
手を槍の穂先の様にした刺突が、私の心臓目掛けて打ち込まれるのを躱して――
「なっ!?」
掴み、引き込むと腰に乗せて脚で払い上げて投げると抑え込み――
「貴女がエルフェンリートを怨むのも解らなくは無いけど、悪いのは一角馬の勇者じゃないかな?」
「小娘が何を知った風なことをっ!!」
現身――肉体があるなら闘わずに絞め落とせるかも知れない。
「エルフェンリートの出生率を下げる呪詛だとかも頷ける話だ。それで、貴女は貴女を捨てた一角馬の勇者―― その一族、種族に対してどんな呪詛を謳ったの? 種無しにした? 機能不全にさせた? 腐り落ちるようにした?」
元王女様の目を覗き込む。
「そ、それならば何故、何故妹はっ!!」
「渋っていたのに、話を躱そうとしたのにって? それは逆らえなかったから、逆らえば戦になったから、夜這いされて犯されたから、まぁ、あとは引き篭もりの草食傲慢系アールヴの男が詰まらなかったから、理由はその辺りかな」
「だが、妹は嗤ったのだ! 捨てられた妾を見てなっ!!」
「突然現れた勇者の末裔を名乗る馬人の番にされなくて良かったと言う安堵じゃない? 今生の別れになるから笑みを見せたんじゃない? 私は大丈夫だって笑んで強かったんじゃない? 貴女は乗り気だったの?」
うん、落ちたね。元王女様は落ちて瞼は閉ざされたけれど――
「出てきなよ」
――第三の眼は閉ざされず私を凝視している。元王女様の罪は卵が先か鶏が先かの話だ。
元王女様の額の眼玉がギョロギョロと動き、まるでニキビ等の芯を潰し押し出したかのようにブチュリと、自ら飛び出して来た――私目掛けて。
「爆ぜろ!!」
左手を振り抜いて叩き墜とす。
爆ぜろとは言ったものの、ただの平手打ち。眼玉は地面に埋まった程度のダメージ。
眼玉はこりずに地を這い潜るように逃げる。その先には美少女ハイアールヴのリーゼ。
髪と眼、展開された精緻な模様で織り成した様な羽根、そして纏う独特のドレスまでもが翡翠色の美しい精霊がリーゼの前に立ち、迫る眼玉を阻む。
翡翠の精霊の威圧感――霊気放出、その格の違いに眼玉は襲撃を止めて土中から飛び退く。
「精霊の成り損ない、それ故に完全を求め堕ちた精霊。醜く肥え太った魔精。本性を顕しなさい」
翡翠の精霊の言ノ刃の直後、私の肌がゾワっと鳥肌が立つ。
目玉から溢れ出す瘴気。
渦巻く瘴気からズルッと顔を現す。
使い古した藁箒の様な疎らな長さの傷んだ髪。左右で違う眼の色。その色は濁った金と碧。
肌は瑞々しさを失い、皺枯れ、左側の顔は皮膚が爛れ落ちそうになっている。
【天元】さんがご丁寧に見破ってくれた。
顔は精霊のもの。髪と皮膚――肌はアールヴのもの。金眼は精霊。碧眼はアールヴ。鼻は―― 唇は―― 歯は――
ズヌ……ッと瘴気の殻を割るように上半身が顕になる。
首には幾つもの頭部が精霊、アールヴ問わず真珠のネックレスの様に装着されている。
その下――胸には幾つもの乳房が葡萄の房の様に在った。
腕も幾本も在り、空を掻き蠢いている。
その背中からは骨組みが折れた傘の様な羽根が広がっている。
美しいと欲した者から剥ぎ採った各部位貼り合わせ、を嵌め込んでいるのだ。醜くて悍ましい。
[エンプティネーモ]
それが【天元】さんによって暴かれたエルフェンリートの森の神――魔精の名前だった。
空っぽの誰でもない、何者でもない、何者にもなれない。
「それが浅ましく美《完全》を求めた成れの果て、ですか。穢らわしい」
[エンプティネーモ]とは対極に在る美の結晶の様な翡翠色の精霊が言葉を吐き捨てる。