5話
アールヴイーターが現れた場所から、捕食者が森の木々を蹂躙しながら歩いて出来た魔物道を私はリーゼたちの返事を待たずに歩き出す。
「待ちなさいよ。何処へ行くのよ」
リーゼが後を追ってくる。リーゼが私に付いてくると必然的にテリヤも付いて行かなくてはならない。
後ろから説明しろという圧をひしひしと背中に感じる。
「アールヴイーターがこの森の生態系の中でどの位置に在るのか知らないけどさ、リーゼの一族の森なのにアールヴイーターの方が上に在るのは確か。じゃあ、そのアールヴイーターは何処から現れるのか。自然発生? それとも繁殖? 自然発生なら発生源の特定と破壊。繁殖なら繁殖地を襲撃して卵なり幼体を駆逐する必要があるんじゃない。貴女たち一族が有難がっている勇者様は何故それを放置しているのかなぁ、て」
「言われてみれば……。ソウジュ、貴女最初から考えていたの?」
「アレがエルフェンリートにとっての勇者だなんて知らなかったけどさ、アールヴの捕食者の根絶は考えてたよ」
――ゲームなのにさっきから会話に違和感が無い。最新の技術って凄いなぁ……。ゲームのキャラクター相手に真面目に話てる。これが埋没感。本物の世界を体験って謳い文句は伊達じゃなかった。
その割には【天元】なんていうチートバグを放置したまま、いまだにBANされずにいる。
荒らされ、踏み躙られた木々に花、動物たちを悼むリーゼたちの心の動き、表情など生々しい。
――やっぱり、ゲームなんて……オンラインゲームなんてしなければ良かった……。失敗したなぁ。
「ソウジュ、貴女は勇者を疑ってるわね」
「【勇者】、なんて為政者達の都合の良い使い捨ての駒。所謂、侵略者。先兵のこと。胡散臭いよね。エルフェンリートの歴史がどれほどかは知らないし、エルフェンリートの王族がいつ一角夢幻馬と契約したかは知らないよ。けど、その時の王族は一角夢幻馬の勇者から言われたんじゃないかな。アールヴイーターによる絶滅か一角夢幻馬の敵となるか、エルフェンリートの姫を差し出すか。そしてエルフェンリートの王は姫を差し出さざるを得なかった。エルフェンリートを守るために。これが侵略と呼ばずになんというのか?」
――あー嫌だ。嫌なムーブしてる。陰キャ、ボッチが得意分野のゲームで得意気に、ドヤ顔で、頭脳派ムーブで賢しらに説明したり、戦闘で粋がったり……。こうやって調子に乗るから、ハブられるんだ。虐められるんだ。
「見てきたような言い方ね」
「人族の伝承にも似た話が有るからね。天の神に下らなければ天敵だになるから、拒否出来ないのにね」
「あー……」
「人だろうと神だろうと、神代から男はゲスなんだよリーゼ」
その上、クズい行為や特殊な性癖や浮気なんて当たり前に転がってる。
拒絶され、振られたら腹いせに呪ってくる。
ちなみに無警戒で歩いているわけじゃない。
ソナーには反応が在るものの、私たちが魔獣のテリトリーに入る寸前になると一斉に退く。
その疑問をリーゼに聞くと「それ、本気で言ってる? ソウジュ、貴女はこの森を我が物顔でのさばっていたアールヴイーターを圧縮した玉が此処に有るのよ。しかも、圧縮されたせいなのか、魔力まで密度がましてるのよ。そんなものに迂闊に近付く間抜けな魔獣も魔物も居ないわよ」と返答された。
「でも、貴女たちが調教する魔獣に食べさせて、味を憶えて貰わなくちゃいけないのに、死骸の魔力に怯えてる魔獣しかいないって駄目じゃない?」
「やっぱりその計画推すのね」
「アールヴイーターがどうやって派生するかにも因るんだけど――」
私たちの耳にギャッギャッと鳴き喚く声が聞こえてきた。
アールヴイーターの踏み荒らして来た道を辿ると、木々を鳥の巣の様に組編んだ場所に着いた。
組編まれた木々の隙間から覗くと――
「うわぁ、可愛くない」
鱗の虎顔とヒヨコ体に虎柄の和毛が生えたアールヴイーターの雛が4体、ギャッギャッと餌を待ち、口を開けて鳴いていた。
世界一を獲れるだろう巨大カボチャほどの大きさ。
「アレがアールヴイーターの雛……」
「リーゼ様、此処は一度退き、騎士隊を召集し、多勢で襲撃して狩るべきです」
テリヤは手堅い作戦をリーゼに進言している。
「そうね。ソウジュは斃すつもりで来たのよね」
「そうだけど、夢幻馬の勇者とかアールヴイーターとか襲って来たから成り行きで斃しただけだし、残った子供がお腹空かして共食いをはじめて、強く成ったら大変だし、エルフェンリートが滅亡しても目覚めが悪いから駆逐しようと思ったんだ。でもエルフェンリートが発生源と生態系調査と駆逐をするなら、私の出る幕は無くなるかな」
そう。私は日ノ本人。成り行きでエルフェンリートの森で彼女たちの伝統を、歴史を壊してしまったからね。だから、アールヴの誰かが訪れるのを待っていた。フォローというかアフターケアというか。責任は取るつもりです。
「正直な話。私は貴女が勇者やアールヴイーターの贄になる事から姉様を解放してくれたこと感謝してるわ。貴女が居なかったら、私が討っていたもの。これで外患誘致罪で身中の虫を討つことが叶うしね」
あー……アールヴの中には親ユニコォンや媚イーター派とかあるんだなぁ。中にはゴブリンやオーク族といった移民も受け入れて優遇してる家臣がいるのかもね。
■
コイシュハイトドリーマーホーンホースの勇者の思念(妄執)が想造魔法【百合に挟まる雄は滅却してしまえ】によって祓われた衝撃は夢幻界に伝わった。
「勇者ジック―ドが敗れ逝った……」
「なんだ今の衝撃は……」
「あのような獰猛な処女が在るのか……?」
「あな恐ろしや……あのような野蛮な処女など、我はごめんだ」
「処女はやはり母のような慈愛に満ち、微笑みが優しくなければ……決して獲物を前にした血肉に飢えた獣の様な獰猛な笑みなど、我の母になるには相応しくない。おお……あまりの恐怖に縮み上がってしまった……」
「な、なんなのだあのじゃじゃ馬処女はっ!? 隙あらば勇者ジック―ドの急所を蹴り上げ、蹴りつけて潰しにかかって……」
夢幻馬たちは武器を片手に持ち、片手で股間を押さえながら内股になって涙目で震えている事から、ジック―ドが受けた恐怖と痛みまで衝撃となって彼らに伝わっていた。
「し、しかし、しかしだ、な、なんと美しいのだ……処女と処女の交わりは……」
「百合……であったか……」
「あ、あれはまさしく雄の入る余地など有りはせぬ……」
「む、むしろ雄は邪魔である……」
「ふつくしい……ふつくしすぎる……勇者ジック―ドが言っていたな……たしか……てぇてぇ、と」
「ああ……あれは確かに尊いものだ……」
「契約の勇者は敗れ、アールヴイーターを斃すこと成らず……契約は破綻した」
「で、では、これから私たちはどの様に母となる処女を見つけ、得れば良いのでしょうか?」
「……何故、勇者――我が息子ジック―ドがあの鮮血処女に敗れたのか……それは母を求める甘えよ……甘えが我息子を死なせたのだ……」
「王よ……」
「皆これからは己だけの勇士を見つけよ。それを父とせよ。処女と処女が百合ならば勇士と勇士にも麗しい花が咲き乱れるであろう。皆のものに永遠なるてぇてぇあれ!!」
【百合に挟まる雄は滅却してしまえ】は夢幻馬の在り方をも変えた。
王の宣言があり、若き勇壮なる戦士たちは地上を目指した。
■
ガチャガチャと幾重にも武装の金属音を響かせた騎士隊が聖泉エクスードに辿り着いた。
爪痕、足跡、地面が抉り返された跡等々、激闘の痕跡に驚愕と恐怖する面々。
それは二人の美姫も同様であった。
「アールヴイーターとはこれ程に巨大なのですか?」
エルフェンリート第一王女リアナが刻まれた足跡の前に立つ。
リーリヤは考える様に戦闘跡の周囲を見て歩く。
「リア姉様」
「リーリヤ?」
リーリヤは姉に顔を寄せ、小声で話す。
「文献だと、アールヴイーターの大きさは、この足跡よりも小さいはずなの。この足跡、この爪痕は明らかにそれを上回ってる大きさなんだよ。あと、アールヴイーターを斃したのは勇者以外の何者か。そして勇者はその何者かに斃されてる。勇者が降臨して消えた方角にはこんな痕跡が無いから」
声を上げそうになる姉姫の口を押さえるリーリヤ。
そんな中、騎士隊を率いる隊長が指示を出す。
「勇者様、降臨の痕跡及び聖骸を――聖遺物を速やかに見つけ、回収せよっ!!」
聖骸は結界の楔に利用でき、武具なり装飾品は自分たちの武具に装備品に利用できる。
騎士たちが四方八方に三人一組で散り、任務を遂行する。
■
「害為す者は鏖殺する必要があるよね。魔に逢うては魔を殴る!! 知性無き害獣は死ねーーーーっ!!」
「ギャッ!! げキャっ」
組み握った両拳を振り上げ、振り下ろすスレッジハンマーは、 【天元】によって限界突破した私のポテンシャルはアールヴイーター雛Aの頭を叩き割り、脳漿を飛散させた。
突然の襲撃者である私を口汚く罵る様に鳴き喚くアールヴイーターの雛たち。その一体が口に火球を溜めているのを視界に捉えた。
「森林火災になるだろうがっ!!」
口からは火炎では無く、放射しようとした火炎が消火された黒煙と泡を吐き悶える。
火炎放射しようとしたアールヴイーターBの肺に水を満たし、溺死させてやると、思い描いた魔法が直ぐに発動し、思い道理の効果を発揮した。
「天照っ!!」
リーゼの鋒諸刃造りのカタナが低い軌跡から閃き、跳ね上がり、アールヴイーター雛Cが斬り裂いた。
「五月雨!!」
テリヤが跳び上がり、槍を投げると鏃が顕れ、アールヴイーター雛Dと周囲のアールヴイーター雛たちを巻き添えにして降り続ける。
それをエグいな、と思いつつも精霊力の消費も激しいのか、とテリヤ消耗度を計る。
――あれ、大群・大軍業で継戦能力より、後続の味方に繋げる為の業かな? もしくは離脱とか……。
その場合だと殿の役割りなのだろう。リーゼ姫の親衛隊の一人みたいだし、私の憶測は外れてはいないだろう。
何故、アールヴイーター雛の殲滅戦になっているのか、というと、後はリーゼたちの判断だ、と決めた直後だった。
私の索敵範囲に団体――これはエルフェンリートの調査隊とか騎士だろうと思われ、それとは別方向から5つ反応が近付いて来た。
5つの反応の内、3つが明滅していた。
団体さんは明滅していない事から、隠形の術を使用していると思われた。
隠形の術を使用しているのに、傍らの二つの反応には、それが使用されていないのが気になった。
「ねぇ、リーゼ……」
「何?」
「聖泉に向かう団体とは別に、隠形の術で此方に迷いなく向かって来る者が三人。そして姿を隠すこと無く、隠形者と共に向かって来る者が二人居るんだけど?」
「何処から?」
私は、私たちが居る場所の正面――対岸を示す。
「エルフェンリートもアールヴイーターの発生源というか、巣は知らないんだよね?」
「聖域は禁足地だから……」
この好奇心旺盛というか、冒険者気質なリーゼがよく入らずにいられたな、と思う。
「聖泉は精霊の生まれる場所で、ソウジュが目覚めた場所は神精樹の根下なのよ。精霊祭で花娘に選ばれた者だけが入れるのよ」
リーゼの姉妹が選ばれ、そのままアールヴイーターの魂鎮めの贄に選ばれた、と。
「勇者も屠られて、アールヴイーターも斃された、なんて異常事態が起きれば、流石に女王も静観は出来ないみたいだね」
「誰の所為かしらね」
リーゼが半眼で睨め付けてくるのを口笛を吹いて素知らぬ顔をする。
暫くして対岸にローブ姿の者たちが隠形の術を解いて姿を顕した。
ローブを纏う者たちの一人に子供のエルフが引っ立てられて顕れた。
「あいつら、あの子たちをアールヴイーターの餌にするつもりだね。でも、あいつら、何で巣がある場所を知ってた?」
エルフェンリートの森に存在出来ている時点でエルフェンリートに住まうアールヴだと言うことは自明だ。
二人の子供の内、一人が激しく抵抗し、子供を掴んでいたアールヴのフードが払われ、顔が露わになる。
私としてはその面貌には、「お?」と小さな驚きと、疑問を抱く程度だったけれど、隣のリーゼとテリヤは違っていた。
声を失うほどに驚愕し、青褪めている。
――何に対して恐れてるんだろう? ただ年老いたアールヴじゃない?
頭髪は薄く、顔は瑞々しさと肉を失い、子供を掴む手、腕は枯れ枝のよう。
「普通に年老いたアールヴじゃない?」
私がリーゼに尋ねると――
「アールヴの時間はゆっくりなのよ……確かに年経たアールヴは居るけれど、あの様な老いた姿にはならないのよ……」
私は対岸のアールヴに狙い定める。
「……ほんと、偉い存在の末って言う連中は屑ばかりだ」
看破によって得られた情報には嘗て花娘に選ばれたアールヴの娘だった。
彼女たちは清らかで美しくは無かった。
花娘の中に想い人がいない、なんてことは無かった。逃げ出し、捕まり、罰が与えられた。
魔に堕ちた上級精霊にレイリョクを奪われ、美を失った。
「――だって」
「森姥……の正体が誰かを想っていた花娘だなんて……」
「……奴らには同情します。だが、あの幼子たちをアールヴイーターの餌にするというのは話が違います。姫様」
森姥たちが呪詛を紡ぐ。
『エルフェンリートに呪いあれ、災禍あれ、衰退し、滅亡せよ』
『想い実を結べども、風雨に腐り堕ち、流れ、絶え果てる』
『同胞を喰らえ、アールヴを喰らえ、暗餌』
子供たちを腹を空かせたアールヴイーター雛の巣に突き落とした。
アールヴイーターの雛たちは我先にと落下点へと群がる。
「風よ」
リーゼが精霊術で風を操り、落ちる子供たちを絡め取り、助け出した。
落下点に群がるアールヴイーターの雛たちは餌を掻っ攫われてギャーギャーと騒ぎ立てる。
それは私の癇に障る。
【『勇者の馬美味肉』が有ります。使用しますか?】
――【天元】さん? 勇者の馬美味肉って、なに?
【処女厨の夢幻馬が絶命し、昇華する直前に馬肉として一部回収致しました】
オート収集と言う奴だろうか。
確認して見れば特Sランクの素材だ。
「まぁ、良いか」
落ちた肉に群がり、奪い合い、貪り喰らう、それを奪う為に同胞を襲い奪い合い喰らい合う。
――蠱毒かな?
残った強いやつが、私が戦った様な呪詛強化アールヴイーターと成るのだろう。
「え? 今、投げた肉は何?! 煌めいていたけど!?」
「『勇者の馬美味肉』だよ? もしかしたら味を憶えて、これからは処女厨童貞馬喰らいに成るかも知れないけど、アールヴに被害が無いなら良いよね?」
リーゼが引き攣り笑いを浮かべる。
さぁ戦えユニコォンの勇者たち。
女にうつつを抜かす暇など与えない。
男が掘れる――いや惚れる漢に成ってみろよ!!
キュイィィィンと甲高い音が鳴り、響き渡り、私から眩い光線が天へと放たれた。
対岸では、私たちの姿を捉えた森姥たちが驚き、邪魔立てするなと罵声を浴びせてくる。
【夢幻馬へ『薔薇色の祝福』を贈りました。『薔薇色の祝福』が創造されました】
力自慢、容姿自慢特攻魔法。男が惚れる漢こそが真の漢である。カウント内に男100人に惚れられなければ、男としての価値が大幅にダウンする。自分より強い男に惚れやすくなり、乙女化が進む。
私が確認している間、リーゼは子供たちと会話をして宥めたりしている。
そんな中、森姥たちが私たち目掛けて禍々しい精霊術を放って来た。
アールヴイーターの雛が巣をよじ登って来た。
「ゲギャアッ!!」
「害為す者は鏖殺する必要があるよね。魔に逢うては魔を殴る!! 知性無き害獣は死ねーーーーっ!!」
こうして戦いの火蓋が切られたのだ。