馬に蹴られてしまえば良い。雄馬だけに。
戦闘中から索敵範囲に複数の生き物が一塊となって戦闘領域に迫って来ていた。
しかし、途中で二つの存在を残して急速に遠ざかり消え失せた。
私としては助かった。場が混乱したり、アールヴイーターの標的がコロコロと変わらなかったのだから。
二つの影は戦闘中も決して、しゃしゃり出て来ることも無かった。
「はじめまして。私はこのエルフェンリートの森と聖泉エクスードの守人の一族——一応、アールヴの王族、ハイアールヴ。リーゼ・エルフェンリートよ。彼女はテリヤ。私の護衛騎士よ」
「私は双樹。はじめまして。一応人族かな?」
「人族がエルフェンリートの森に侵入しただけでは無く、聖泉エクスードに如何様にして侵入した」
敵意、殺意、警戒を隠すこと無く護衛騎士テリヤが私に剣を向ける。
「ゼノフロースに殺されて目覚めたら、真っ裸で泉の——あの大樹の根元に寝かされていて、此処が何処か解らなかったの」
「待って!! 貴女、今、ゼノフロースって言った!?」
「有り得ませんっ!? 嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐くんだなっ!!」
「色んな色を混ぜると黒くなるわよね。そんな混沌とした黒を纏った妙齢の女性の形をした存在だったよ。自ら魔神って名乗ったてたし」
その目は呑み込まれてしまいそうな虚無の闇を孕み渦巻いていた。
「テリヤ、剣を納めなさい。どうやら彼女の言った事は本当みたい。そう、精霊が言ってるわ」
舌打ちをしてテリヤが不承不承引き下がる。
「それで真っ裸って言ってたけど?」
リーゼの視線が頭から足の爪先まで見た。
「あー……うん。なんか凄い気持ち悪い処女厨の白馬の王子様気取りの一角の馬人に襲われて、気持ち悪くて殴り斃しちゃったのよね。貴女たちはエルフェンリートの森って言ってたけど、そいつ夢幻の森だとか、縄張りにしてるとか、言いながら鼻息荒く近寄って来たんだ」
白馬の王子様を気取りながら、膝枕、だとか、乙女の聖水だとか、乙女の聖杯で酒を飲みたいだとか、ぐふ、ぐへへ、と呟き、笑いながら迫って来て本っっっっ当に気持ち悪かった。
自分がイケメンで部活のエース級――と言っても世代代表の中に入れない、入ってもレベルについていけないだろう、その程度の部活のエースが俺が態々目に留めて声をかけてやってるんだから、とか、俺と付き合えるんだから感謝しろよ、的な態度で、此方が交際を受ける事が当たり前の体で迫って来たのを思い出し、その後のあれこれと受けた嫌がらせを思い出した。
あっさり斃したけど、何故斃すに至ったか一瞬の思考の詳細を語った。
「それで、その白馬の王子様を殴り斃した後にこの装備一式が顕現したから、丁度良いかなって」
「まぁ、無関係な人に気持ち悪く迫ったなら殴られて当然よね」
「しかしっ! リーゼ様っ!! この者は勇者様の末裔である勇者様を弑逆した罪は――」
「私とアールヴの事情は別、寧ろ関係無いんじゃない?」
「貴様っ!!」
テリヤが私が変態を斃した事をアールヴの――エルフェンリートの一大事にしている事に待ったをかけて認識を変えさせる。
「一つ!! 『貴女の姫様が馬の贄になるのを阻止した訳では無い』。二つ『貴女たちを贄という立場から救ける為に斃したとは聞いていない』。解る? 貴女たちの事情とは別。まぁ、贄なのに随分とのんびりと現れた貴女たちが悪いって言えば悪いんだけどさ」
「不敬なっ!!」
「テリヤ、下がりなさい。そうね。私たちの事情と貴女は別。貴女は襲われたから斃しただけ。でも、アールヴは、エルフェンリートはそうは思えない、思わない!!」
リーゼが風を纏い、疾風となって攻撃を仕掛けて来た。
――速いっ!!
咄嗟に右足を退かせ、半身になり左腕――手甲で庇った。右拳を握り力を溜める。
鋭い斬撃の刃を手甲が受け止め、耳障りな音と火花を散らす。
腰をしっかり回転させ、腕を力強く振り抜く。
リーゼが目を見開き焦った様子で追撃をキャンセルして、剣から手を離して、身体を反らしす。
私の渾身の一振りは空振りに終わった。
「……手加減したとはいえ、最高品質のミスリルから造られたこの剣が受け止められるとは思わなかったわ。しかもガントレットは傷一つ付けられていないなんてね」
確実に【Absolute Virgin Field】だ。ただ衝撃はあるんだよね。
「痺れてるよ?」
「だって腕一本斬り落とすつもりで斬りかかったんだから」
「姫様……あの防具から勇者様の執念が薄っすらと立ち昇って形を成しているのですが……」
「ねぇ、ソウジュ、貴女、その防具の加護が、その……勇者様の執念、執着が憑いて呪われてるわよ?」
「加護って事になってるんだよ? 一応。処女厨は粘着――念着してくるからね。ねぇ、リーゼは知らない? 加護の解き方」
リーゼは静かに首を振る。
「無いかー……」
「本来は勇者様の花嫁を護る為の防具なのよね、それ」
でも、一つだけ方法があるかも、知れない。
「ねぇ、リーゼ。この怨霊だけ退治したいんだ。手伝って」
「良いけど? 何を手伝えば良いのよ」
私はリーゼに近付いて――
「き、貴様っ!! 姫様に何をしているっ!!」
「抱きしめてるんだけど? あと胸ちゅー」
胸と胸がくっつくハグ。
「えっと……ソウジュ……言われた通りにしてるわよ? これが何の意味があるのよ?」
「あるよ? ほら手をこうして繋ぎ合って――」
所謂、恋人繋ぎ。
「一緒にこう言ってみて」
リーゼに耳打ちする。
「「百合に挟まる不粋な雄は滅却しろ」」
私たちが唱えた瞬間、防具から念着が噴き上がる。
『ぐぐひぃぃひぃいいん!! ブヒヒぃぃいいん!! い、いや、やめろぉぉ!! し、知らない! お、俺はソレを、その百合とやらをまだ、まだ知らぬ、知らぬのだが、は、剥がれる、剝がされる、祓われるぅぅっ!! な、なんだ、ソレは、なんだこの感情はあぁっ!!』
「その感情は『尊い』というものよ。ふふ。そもそも、夢幻馬が何故、アールヴとの混血の末裔では無いのか考えた事がある?」
リーゼたちは無い、という。夢幻馬も解って無さそうだ。
「この防具が、花嫁を護る者とするなら、勇者様とやらからも処女を護られなければならないからなんじゃない? つまり、歴代の勇者様は自分の花嫁の処女を護るために渡した防具によって、自らも抱けなくなったのよ。だから、私に憑いてるのも、他の夢幻馬からしたら雄の影がちらついて、苛立ってるはず。炎上したくないし、改めて言うけど、疾く『百合に挟まる雄は滅却してしまえ』」
『ぐおおおおっ!! ぐふぅぅぅっ!! ああぁぁああっ!! こ、コレが、コレが、新たなる扉ぁ!! 開くぅ、ああっ!! 見える、見える、咲き乱れる百合がぁ!! こ、これが真の処女……っ!! 真の愛っ!! お、雄禁制の百合世界いぃぃいいっ!! こ、コレがこの込み上げる熱き思い、コレこそがてぇてぇーーーーっ』
天に拳を突き上げて消滅した。
百合魔法【百合に挟まる雄は滅却してしまえ】を覚えました。
【天元】さんが何やら魔法を創り出した模様。
――百合魔法とはなんぞ!?
「な、なんて言ったら良いのか分からないわね……」
「良かった、でいいんじゃない? 貴女たちはあの処女厨に身を捧げる必要もなく、アールヴイーターは私が斃したんだから、さ」
困った様なリーゼにのほほんとした態度で言葉を返す。
「何が良いものかっ!! 貴様は自分が何をしでかしたのか理解しているのかっ!!」
テリヤが怒髪衝天といった形相で私に詰め寄って胸倉を掴み上げる。
「現在は貴様の言った通り、良いかもしれんが、後に復活した時、勇者様が降臨されなくなったのだぞっ!!」
「ねぇ、リーゼ、エルフェンリートは何故自分たちで斃せる兵器や兵士、猟獣を造ったり、育てたりしてないの?」
「兵器や兵士なんてのはドワーフと仲が悪いだとか、エルフェンリートやアールヴ全体の縛りがあるのかも知れないけど、獣を捕まえて調教してアールヴイーターの血肉を与えて美味さを憶えさせれば、狩ってくれそうだけどね」
私はリーゼにアールヴイーターを圧縮した玉を手渡した。
「こ、コレって……」
「アールヴイーターだったものだよ。獣に与えればアールヴイーターを狩る獣にならないかな、って、でもアールヴに魔獣を調教出来る者が居るなら必要でしょう?」
「……ソウジュ、それで貴女は何を見返り望むの?」
「取り敢えず食べ物。あと、森の出口、近くに町が在ったら教えて欲しいな」
「変ってるわね。普通、見目麗しいアールヴの男性を欲したり、エルフェンリートの至宝を欲したり、色々あるじゃない」
「男性には興味ないから要らないかな。エルフェンリートの至宝って言ったって、私は貴女たちエルフェンリートが悔しがったり、惜しんだりする至宝が分からないから、『宝剣です』って渡された剣が木剣だとしても、それが本当に宝剣なのか、ダダの木剣なのか分からない」
――【天元】さんが看破してくれそうだけどね。
「取り敢えず移動しようか」
私はリーゼたちにそう促した。