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 リーゼは私たちがセンヴァーリアの町を出立した翌日の早朝にセンヴァーリアの町に着き、冒険者ギルドでアールヴイーター討伐依頼を取り消し、ギルマスのガーリッツさんから、事情を聞いて直ぐに出立。

 

「ソウジュ。また会えて嬉しいわ。貴女もアルシェさんのもとで暮らすのね」


「庇護下に入れて貰えることになったんだ」


「そうね。貴女が単独で冒険者――探索者の活動をしていれば、ソウジュの強さは知れ渡るのも時間の問題よ。貴女の容姿と強さを求めるクランは多いと思うわ。孤月の魔女の後ろ盾があると無しでは雲泥の差よ」


 リーゼは森を出立した時とは違う私の装備に注目した。


 私は装備変化の経緯を語った。


「確かに剣も無いのに剣騎士の装備は変と思っていたのよ……。泉に剣を落としたから徒手空拳で戦っていたわけじゃなかったのね」


 私たちの再会会話が終わり、アルシェさんがリーゼに尋ねる。


「リーゼ。ガーリッツからセンヴァーリアの噴水広場の勇者と始祖精霊の像、それと剣の話は聞いたか?」


「はい。あの下に迷宮が在って、像は蓋をしていると。その封印の要があの神剣なのだと聞きました。私たちが探していた神剣の一振りがあんな身近にあるなんて思いもよりませんでした」


「それもソウジュが居たから解ったようなものだ」


「私の看破でもあの地下迷宮に封じられているモノが解らない……」


「魔神だとか魔王だとかは通過点になった。勇者と始祖精霊、その仲間が力を尽くしても封印がやっとだった脅威……それが私たちの研究の終着点だ」


 魔神、魔王を斃した勇者たちが封印がやっとだという脅威。

 それに挑む為にどれだけ強くなれるか……。


「だが、研究しているからと言って私たちが斃さなければならない、というわけではない。私たちは調べた事を、冒険者ギルド、辺境伯に報告。私たちの役目は

ここ迄だな。国への報告は、辺境伯とギルマスの役目だ。討伐は国や辺境伯騎士や兵士の役目だ」


「ソウジュ、私たちは“冒険者”よ。要請があっても受ける必要はないわ。冒険者に対しての頼み事の仕方は一つ。見合う報酬を示した上での依頼だけよ」


「でも、冒険者ギルドからの招集は絶対なんだよね?」


 小冊子にも書いてあるし、登録時にもそう言われた。


「招集はされるが、絶対参加ではないな。依頼難度と報酬、命を天秤にかけて命の安全に余裕が無ければ個人、クランの裁量で討伐に参加するか否かを決められるようになっている」


「私が出していたアールヴイーター討伐依頼を誰も受けなかったのはそう言う理由ね」


 ひょい、ぱくっとリーゼがいなり寿司を食べる。

 あら、美味しい、とまた一口。


「リーゼ。それが、勇者が仲間に振る舞おうとしていた料理らしいぞ」


「んぐぅっ!? ん……えっ!? アルシェさん、解明出来たんですかっ!!」


「いや、私ではない。ソウジュが読み解いて作ったんだ」


 リーゼが驚き、私を見詰める。


「私たちが知らない言葉――文字をソウジュ、読めるの」


「えっと……」


 私は勢い良く頭を下げた。


「ごめんなさいっ!! 流浪の民というのは嘘なんです」


「……やはり嘘か。ではお前は何者だ?」


「えっと、リーゼには私がアールヴの聖泉、精霊樹(世界樹)の根本で目覚めたって言ったのは本当。実はその前に魔神城に居て、魔神と遭遇して私は斃されたんだ……」


「アルシェさん、何処かの国が誰かを擁立して勇者にして旅立たせたなんて聞きませんけど……」


「私も知らんな」


 二人が私に問う。勇者として乗り込んだのか、と。

 私は否、と首を横に振る。


「気が付いたら其処に転送されてたんだ。私は伝説の勇者と同じ世界、国の人間なんだ」


 二人が真顔になる。私は言葉を続ける。


「そして、センヴァーリアと呼ばれてる女性の実の娘なんだ」


 そう告げると、二人がうんざりと言った感じになる。


 緑風が吹き荒れる。


 見ればリーゼの背後――宙に浮く翡翠の髪、翡翠の目、緑の衣装を纏う精霊が私を射殺さんばかりに睨んでいる。


「ソウジュ。勇者の子孫を騙り、名乗り出る者は枚挙にいとまがない。異世界人というのも誰もが知ってい――」

「本名は千羽 真弓美。流派は千羽天剣流。武器の銘は彩輝。細身の片刃緩やかに反った曲刀、鋒だけが諸刃造り。銘の由来は盟友ともの光輝に因んで銘を付けられた神刀」


 私は一息に喋り切る。


 私の言葉に揺らいだのは翠の精霊だった。


 風が緩やかになっていく。


「待て、勇者センヴァーリアは生きていたことになる。だが、人々が――勇者を召喚したディシーヴ王国の謀殺――凶刃によって討たれて亡くなったと、誰もが知っている。お前の出自が本当ならば、勇者はどの様に生還したと言うんだ」


「歴史を、真実を解き明かすのは私たちを盟友と宣う人間の――現在いまを、未来あすを生きていくアナタたちの責務だと、今日まで見守っていましたが―― マユミの娘、ですか……嘘は吐いていないようですね」


 翡翠を纏う精霊がスッと降り立ち、残っているいなり寿司を口にした。


「確かに、マユミの好物ですね。良いでしょう。何故勇者が生還出来たのか、亡くなった勇者とは何であるのかを語りましょう。……勇者召喚の儀とは異世界から人間を攫う魔法。召喚された者に帰還する術などありません。魔神、魔王を斃した勇者――疲弊した勇者を殺害するまでが計画なのですから」


 では、その殺害の担い手は誰か。


「絆を育んだ仲間に討たせるのです」


 その育んだ絆も利用して勇者を騙し討ちする為の策。


「その仲間は王命によって招集された者たち。王はマユミに冒険者ギルドの前身である傭兵酒場で仲間を募るようにと推奨したのです。召喚された彼女に与えられた選択肢は無かった。違いますね。城の外、国の外に出てディシーヴから離れる術はそれしか無かったのです」


 母さんは自分を拉致した連中に唯々諾々と従うなんてことしないよね。


「マユミも傭兵たちが自分の監視役だと気付いていましたよ。仲間を募った。しかし旅に着いてこれなかった。力量が無かった。マユミはそう嘯いて、彼らを撒いたのです」


 口八丁も戦いでは必要って言ってたしね。


「だから、です。王が仕込んだ傭兵よりも、マユミが旅のともに、誼を結んだ者であったからこそ、マユミは凶刃に斃れたのです」


 総力戦だった。母さんの契約精霊も力を激しく消耗していた。

 平和を齎した勇者一行を歓喜の渦で迎えるはずだと思っていた。

  

「マユミは讃えられたり、持て囃されたりされたかったわけでは無かった。人々の安堵、笑顔が何よりも報酬だと言っていたけれど、仲間が称賛されるのは頑張りが認められて嬉しいと言っていたからな」


 だが、其処にあったのは恐怖の目、猜疑心だった。


 そして追討命令が出された。


 逃げた先――隣国――トゥレチェリのボーオンフィギーニュという町に先触れを出し、許可を得て入ろうとしたのだ。


「この町はスタンピードによって壊滅を待つばかりだったのです。それをマユミたちが一掃し、町の長は恩義を感じ、味方になる、などと言っておきながら――」


 何時まで経っても町へ入れなかった。

 そうこうしている内に追討軍が迫り、夜間戦闘になった。


「そんな中、町へ入る許可が出ました。マユミは殿を務めたのです。仲間が町に入った瞬間でした。町への門が閉じられ橋が上げられたのです。退路を断たれたマユミを逃がすべく、我らが道を開き、マユミを逃す事が出来た。森に息を潜め隠れた。しかし、それも長くは無かった。血の匂いに誘われた魔物に襲われ、斃し、追悼兵と戦い、束の間の空白を突いて奴はマユミの背後から斬りつけたのです」


「うん、背中に傷痕がある」


 これが母さんが亡くなった原因だ。


「ならば、何故、マユミは生きているのか。簡単な話です。瀕死だったマユミを黒と白の始祖精霊が力を使い生命を繋ぎ止め、傷を癒やし、彼女の世界へ送り届けたからです。マユミを斬った者は妹――紫の始祖精霊がその紫電にて撃ち焼き殺し、森も魔物も追討軍も全て討ち払い、暴走した妹は町も、2つの国を神哭りによって滅ぼしてしまった。マユミの死は亡骸を偽造し、生き残った仲間を元へ届けたのです。彼女が亡くなったという証言、証拠が必要ですから」


 それに言い触らす者が居ないと死が広まらないでしょう、仲間はその為に生かされたのです、と翡翠を纏う精霊は冷然と笑みを浮かべる。

 

 ディシーヴ王国が滅んだのは勇者が討たれたと、脅威が無くなったと王によって宣言されてから。

 王城に神哭りが落ち、焼け落ち、崩れ去った。

 人々は神罰が降ったと恐れ慄き、王侯貴族が勇者を裏切り討ち取ったからだと口々に罵り、怒れる紫の女神に許しを請い、慈悲に縋ったが、それが紫の女神の怒りを逆撫でした。


 人々は雷槍によって生きながらに串刺しにされ、王都が町が村が滅びる様を見せられた。

 雷槍に串刺しされた人々はありとあらゆる幻死痛を与えられた。

 肉体の死を迎えても魂は雷槍――精霊の力の杭によって貫かれ地に打ちこまれたまま。

 

「紫幽亡国が在ると聞いたことがあるわ」


「亡霊がかつての繁栄していた時を夢見る都。しかし滅びを迎える都。それを幾星霜繰り返す夢獄の都――いや、国か」


「人間を根絶やしにしかねないほど暴走した妹は封印せざるを得ませんでした。力を使い過ぎて消滅寸前でしたし。契約者を裏切り、殺した者たちを、妹を消滅の危機に陥れた人々を許せるはずも無かった。故に私は人々と関わるのを辞めたのです」


 翡翠の精霊だけでは無い。他の始祖精霊も人々とは一線を引いている。


「辞めたつもりでしたが……アールヴは私の眷属の一枝」


 リーゼの想い()が届いたのだと翡翠の始祖精霊は言った。


「帰還したマユミのその後の人生は……どうなのですか?」


「どうかな……一般的に暖かい家庭を築くというのが幸せと言うなら、幸せじゃあ無いかも」


「どういう意味です?」


「結婚したけど離婚したんだよね。理由は複雑なんだと思うよ。知らないけど……」


 ピキッと翡翠の精霊が苛立ったのがわかった。


「あ、たぶん、憎しみあって離婚したんじゃ無いと思うんだ」


 夫婦間――というか男女間では間違いなく想い合ってるんじゃないかな。


「でも家庭人としては、互いを束縛し合うから相性が悪かったんじゃないかな」


 現場に赴く学者の父親とライトノベル作家の母親――その作家とは別の何かを生業にしてそうなんだよね。


「少なくとも人の縁には恵まれてるはずだよ」


 そうですか、と翡翠の精霊は感慨深げに目を伏せる。


「……勇者のことはソウジュのお陰で解明出来たな」


「はい。勇者に関しては、一行の軌跡を辿るのと、勇者が居なくなった後の事柄を解き明かすだけだな」


           :


 その日の夜、私はベッドに横になって考える。

 

「私の育ての親は藤咲 寿史。でも胤の親は知らない。直接両親に聞いたわけじゃないし、両親が私に話したわけじゃない。でも口さがない人間って居て、色々と幼い私に言ってきた」


 両親が語らない理由。


「この世界の母さんの仲間の、母さんを裏切った男?」


 あぁ……。


「私は不同意の行為で出来ちゃったんだ……」


 母さんを裏切った男の容姿の造形は良かったのだろう。私がこの世界で想い合った男の子供だとしたら、あの両親はちゃんと話してくれたはずだ。

 それを隠した。黙っていた。

 蓋をした。無かったことにして、両親は私を自分たちが愛し合って出来た娘だと育てた。

 ハーフの父親の血筋を受け継いだクォーターだと誤魔化せたんだ。


「……殺さないでくれてありがとう、って言えば良いかな?」


 スゥ、と顕現したのは翡翠の精霊。


「気付いていたのですか」


「気配を隠す気も無かったくせに」


「貴女を殺さないのは、マユミの娘だからです」


 ――でしょうね。


「ねぇ、どんな感じだったの?」


「……元来、召喚した勇者は王族が婚姻を結び囲う――軟禁状態にするのが掟だったのです。世を救った勇者の人望を政治利用する時にのみ人前に出すと言うのが王家の習わしだった」


 愛妾だの下位の妃として。


「ですが、時の王にはその様な考えは無かった」


 理由は先刻話した通りです、と翡翠の精霊は話を省略した。


「しかし――」


 翡翠の精霊の掌に力が集まるとパチッと弾けて、ホログラムフィギュアというか、デジタルフィギュアみたいなのが出現した。


「この男――アレクシェルだけは違いましたね」


 ディシーヴの第二王子。

 アレクシェル・ルクス・グローリア。

 第二王子でありながら愛妾の子と言う事でディシーヴ性を名乗ることが許されていなかった王子。


 鍛え上げられた美丈夫だ。


「奴にはディシーヴ王家にも位にも興味が無かったのです。故に旅に出れた」


 武人だったという。話も合った。


 ――四角四面、面白味の無い女だった、と言う母さんと武術や剣術で互角に渡り合えた、語り合えたって凄いよね。


「剣戟を交わし、武を競い、互いに惹かれ合っていったのでしょう」

 

 ですが――と、翡翠の精霊は新たにホログラム フィギュアを作り出した。


「この男――ウィル」


 陰のある整った容姿の功利主義者のアサシン。

 

「四角四面、面白味の無い、とマユミは言っていましたが、彼女は情が深い」


 孤児。その容姿を使えると闇ギルドに拾われた。

 暗殺はもちろんだが、探索の罠解除も請け負うギルド。


「奴とは、マユミたちが探索に入らなければならなかった地下迷宮での出会いだった」


 27歳だったウィルはギルドは不要だと溶岩ダンジョンの秘宝を求めに潜っていたのだ。


 呉越同舟したってわけだ。


「奴は手切れ金代わりに秘宝を渡し、マユミたちに同行を願い出たのです」


 赤味がかった金髪。ピンと立った三角耳、胸を張った無駄に姿勢の良い立ち姿の女人獣の美少女。


 スラリと背の高い背、魅惑の肢体。片目隠れの髪型。咥え煙管。三角帽に妖艶な魔女服の美人。アールヴの女性だ。


 中学生くらいの背丈の美少女が戦鎚を持っている。ドワーフ族の戦士兼鍛冶師。

 

「この仲間たちも結局、討伐対象だったんでしょう」


「マユミから聞きましたか? そうです。第二王子の名声が大きくなり、王へと推す声が多かったのです」


 有能な仲間たちが勇者に、アレクシェルに集まり過ぎた。


 散々冷遇してきた第二王子が王になる。その場合、今度は自分たちが役職を追われ、冷遇されると、恐れた。

 

 もっと言えば勇者と結ばれて国を興されるのを恐れた。


「奴が何故、マユミを裏切ったのかは謎です。愚昧が撃ち砕いてしまいましたから」


 出会いから終わりまで語ってくれたけど、まだ語られていない。


「ウィルがマユミを襲ったのは魔神との決戦前夜。我らが目を離した時です」


 仲間も契約精霊たちもアレクシェルとの時間を作ってあげたのだ。


 だが、現れたのはウィルだった。


「……3年失踪した娘が突如帰還したかと思ったら子供を身籠ってた……」


「マユミは背中を斬られた。マユミならば例え疲弊していても、反応し、刀で短剣を弾けたはずです。弾くのが叶わずとも受けることは出来た。ですが、マユミは背中を斬られた。分かりますか?」


「胎内の私を守ったからだね……」


「マユミが、盟友が身を挺してまで守った子の貴女をどうこうしようなどとは思ってなどいませんよ」


 その割に凄い殺気だったけどね。


 翡翠の精霊は音も無く消えた。


 良く父さんは母さんとお腹の中の私を受け入れたよね。

 穏やか、優しい、叱るときは理路整然と詰めてくる。あと、器が大きい。悪く言えば太平楽。

 そんな人だからこそ、か。


 祖母も「あらあらまあまあ、大変だったわね」と受け入れたり、祖父も「家族とするのは血ではなく、情をどれほど注ぐかだ」と言う人だからなぁ。


 千羽の一族の大人と子供では“何処の馬の骨とも解らない男”の子供の意味が違ってたんだ。


 大人たちは何処の誰とも判らない男の胤の子供。一族や縁のある者では無い男と結婚した、その両方の意味で言ってきた。

 子供たちは一族や縁ある者では無い男の子供と馬鹿にしてきた。

 

「でも、何でウィルは母さんを? 分からないなぁ……。ラノベでも書かれて無かったしなぁ……」


 考えても分からんものは分からん、疲れたし寝よう。



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