強襲アールヴイーター!!
ソウジュがアールヴイーターを斃す数時間前――
「此度もまた夢幻国ヴィエルハルトよりアールヴイーターを討滅して下さる勇者様が降臨なされる」
万年大樹城――玉座に座る美青年と美女が二人の美少女に言い聞かせる。
「此度は我が血族、エルフェンリートの娘である貴女たちがヴェルハルトの勇者様の番となるのです」
「……その役目謹んで承りました」
美しい白銀の長い髪の乙女が頭を下げる。
「……」
意にそぐわない婚姻という名の隷属を強いられたもう一人の乙女は嫌悪の滲む顔を頭を下げることで隠す。
「して、リーゼは何処に?」
「さあ、姉様は閉塞感も他者に縋らなければ種族も維持出来ない、なっさけない国を見限ったのでは?」
女王――母親に対して嫌味で返したのは末妹のリーリアだった。
「リーリア」
嗜めるのは長姉のリアナ。
「リア姉様だって嫌でしょう。まぁ、だからといってアールヴのひ弱な男衆は頼りないんですけど」
ひ弱呼ばわりされた男衆がざわめく。
「普段は精霊術がご自慢みたいですけど、女の私たちを贄にして助かろうって言うんだから。文句があるなら今すぐにご自慢の精霊術でアールヴイーターを斃して、新たな救世主となっては如何?」
誰もが尻込みをしてお前行けよ、と押し付け合う。
そんな中、勇者の降臨を示す光が天より降り――
「おおっ!! 勇者様が降臨なさなれた!!」
誰もが歓喜した。
「リアナ、リーリア、疾くエクスードの泉へ行くので――は?」
女王が娘たちに命ずる中、アールヴの、エルフェンリートの森の木々がへし折れる音と地面を何かが抉り削る音。
そして勇者降臨の光、勇者が放つ後光輪の輝きも消失した。
「は? え? ゆ、勇者様が死んだ……?」
「あ~あ。勇者様、呆気なく死んじゃった」
女王と王配、家臣たちが現実を受け止められない中、リーリアははっきりと事実を口にした。
「な、ば、莫迦な有り得ない! ゆ、勇者様がアールヴイーターに容易く殺められるなど……っ!! あってはならぬのだ……」
王配が娘の言葉に狼狽える姿は普段の泰然自若とした姿からはかけ離れていた。
「兵を集め向かわせよ。勇者様が斃されるほどの……変異種やも知れぬ。夢幻武装の使用を許可する」
夢幻武装——それは過去の勇者が番となる処女に贈った武装である。
番の処女が武装する訳では無いが、これからも護ってやるから処女を差し出せ、と言う圧だった。
■
慌ただしくなる城から離れ——
「姫様っ!! お待ち下さい!!」
「待たないわ!! 待つ意味がないもの!! 姉様や妹を何処の馬の骨とも判らない処女厨の馬野郎に贄として差し出させる訳にはいかないのっ!!」
美しい金髪を靡かせて疾駆するのは、リーゼ・エルフェンリート。
「ぶ、無礼ですぞ、勇者様に対してその様な口の利き方は!!」
「ヘタレの貴方たちは来なくて結構よ!!」
軽やかなリーゼの装備に対して、彼女の後を追う者たちは物々しい重装備を身に纏っている。
「わ、我々はは姫様の護衛騎士」
「兄上」
「なんだっ!! こんな時にっ!!」
「リーゼ様より弱い兄上たちは肉壁になるくらいは出来ますよ。この夢幻武装があれば即死で無い限り、アールヴイーターに長く味わって貰えるでしょうから。夢幻武装と言ってもその程度にしか役に立ちませんよ」
「テリヤッ!! 貴様っ!!」
女性騎士が主を諌めようとしている騎士を兄上と呼び、笑えない冗談を言う。
騎士が拳を振り上げた瞬間——
「間に合わなかったわね! 貴方たちがグズグスしているから勇者が降臨しちゃったじゃないっ!!」
降臨の光を目の当たりにして護衛騎士たちは感動で打ち振るえていて、リーゼの怒りなんて耳に入っていない。
いなかったが、森の木々がへし折れる悲鳴と地が削れていく絶叫と、何かが着弾する様な轟音が響いた。
そして神々しかった光も消え失せた。
「……貴方たちの希望の勇者様とやらは死んだわ」
「それで、姫様、どうなさるおつもりですか?」
「エクスードを手に入れて神剣を造る。そして私がアールヴイーターを討つ!!」
「ついて征きます。我が主」
「お待ち下さいっ!! エクスードは歴代の勇者様でも手に入れられない御伽噺の中でしか語られない伝説の鉱物ですぞっ!!」
リーゼとテリヤの間に割って入るテリヤの兄ネーゼ。
「勇者様ですら泉の貴婦人から——」
大地が揺れた。
「ぐっ……」
じゃじゃ馬な、勝気な姫が鼻を押さえ、美しい顔を嫌悪に歪める。
リーゼだけではない。テリヤ、ネーゼ兄妹も、他の騎士たちも皆、鼻がもげそうな異臭に顔歪め、地に身体を伏せさせ、茂みに身体を隠す。
アールヴイーターだった。
「なに……アイツ」
リーゼたちが見たアールヴイーターは獰猛な虎の顔に鳥類の雛の様な身体に人型の長く太い筋肉質な腕。手はやはり、身体に合うように鳥類の足の様な手の奇形のアールヴイーターだった。
「鷹の顔は鱗に覆われ、二足歩行の巨大なトカゲの身体、手は折れるほどに細く小さい姿では……」
リーゼの戸惑いにネーゼが怯え震えながら小さく言葉を発する。
「生命力は4本よね」
「は。過去の戦勝録ではその様に」
「アイツ6本よ生命力」
テリヤとネーゼ、以下帯同騎士たちは素早く口を押さえて声無き声で驚く。
「変異種に挑んで返り討ちってところね」
ズズ……ン!!
「今の何っ!? これ、重力ってやつじゃあ!?」
テリヤが声を上げた。
突然、大気がリーゼたちの身体に圧しかかってきたのだ。
「魔法ね。誰かがアールヴイーターと戦っているわね」
「ゆ、勇者様以外に誰が聖なる我らの泉に侵入したということになりますぞっ!! 由々しき事態です!! 姫様、撤退し、女王陛下に報告致しましょう!!」
「結界に何の反応も無く侵入されたとあっては結界師の責任は重大ですね」
「そうね。それじゃあ――」
轟っ!! と風花が吹き――
『ひめさまぁぁああぁぁ……………………っ』
ネーゼ含めた護衛騎士が城へと送られた。
「テリヤには悪いけど護衛騎士団長たちは邪魔無のよね」
「まぁ、仕方が無いですよ。兄上は保守的で引き篭もりの、他を見下す癖がある典型的なエルフ様なんですから。姫様が月無し夜に忌み児として産まれた魔女の弟子だなんて知らないんですから」
戦場に着くと、一人の少女が純白の戦闘衣を身に纏い、胸当て、腰鎧、ガントレット、グリーブ、そのどれもが白銀。
可憐な姿でクレバーな闘い方をしている。
アンバランスなアールヴイーターの身体を左右に振り回すように動き、翻弄している。
そして泉に落として重力魔法で溺死させようとしている。
「泉を大切にする私たちには実行出来ない斃し方よね」
「それでも生命力を1本、ですが……」
だが、少女はアールヴイーターの生命力を独力で削り切ったのだ。
「何者でしょうか……」
「分からないわね。分からないなら直接聞けば良いのよ」
リーゼは少女の前に歩み出た。