目印
何度目かのファントムアタックを仕掛けて効果がで始めた。
あと、敵は長大だ。蛇か蚯蚓の魔物――蚯蚓型の魔物かな。あと巨大な存在が一つ。それよりも小さいけど大きいと言える存在が二つ。中型が5つ。小型が群れている。
「どうだ? 反応に変化はあるか」
「感知だとか察知――スキル以前に野生の感に攻撃を仕掛けてるから、最初は警戒が強かったけど、今は完全に敵対反応になってるよ。でも、敵がどれだけ自身の死と幻の痛みを想像出来ているかによって威力が変わるから……」
警戒が敵意に変わっただけ。
『双樹はアクティブスキル:ファントムアタックを覚えた』
『双樹はパッシブスキル:幻死痛を覚えた』
ファントムペインが付与されたファントムアタックの効果が出たのか、軍勢が急速に激減していく。
それをアルシェさんたちに伝える。
「地下奇襲軍勢が壊滅していっている、だと」
「敵に長大なワーム型の魔物が居るんだ。それが攻撃された、ダイスステーキ肉にされたって恐怖と痛みを感じて狭い地下道内で暴れたり、のた打ち回って友撃――同士討ちみたいになって、軍勢が壊滅していってる。あと穴が崩落して生き埋めになったり、してるかも」
「……策を考えて軍備を整えて、いざ侵攻したかと思うと、始まる前に終わるとか憐れ過ぎんだろ」
「ソウジュさん、では町への奇襲は」
「軍勢の奇襲は無くなったよ。フレイヤさん。ただ、魔物は生きてるし、襲うように調教されてたり、襲う場所に印になるようなものがあれば、それを目指して現れる」
「軍勢を相手取るより良い。魔物は一匹ですか?」
「うん。一匹。長大なワーム……」
「削岩ワームですね」
フレイヤさんが紙に羽根ペンを走らせる。
「ソウジュさん。コレが削岩ワームです」
差し出された紙を受け取る。見ると削岩ワームだと言う魔物の絵が描かれてある。
首から先が捻れている。それが四つに裂けて口となる。合わさって一本のドリルになると言うわけだ。
地中から地上の敵を貫いてから喰らう魔物。
回転するドリルに腸を掻き混ぜられながら身体を貫かれて犠牲になる冒険者が多いと、フレイヤさんは言う。
「それだけではありません。挟み噛み攻撃もあるのです。そして喰われるのです」
ロビンソンさんが挟み噛み攻撃の手を使って再現する。
肉食ワーム……。魔物にもなるとみんな肉食になるのかな?
「知っての通り敵を察知するスキルは便利なようで便利ではないの。使い手の見える範囲の敵だけ。見えない地中の敵は地面に近づく――穴から飛び出す瞬間にしか反応を報せない。だから地中の敵は初見殺しが多いわ」
「それも極限状態で鍛えられた直感ならば避けることは可能だがな」
エリナさんとアルシェさんがロビンソンさんの話を継いで答える。
「そいつぁ、その極限状態――死地から生還し続ける、生還し続けたアンタたちやギルマスみたいな古兵のみだぜ……。大抵の奴は中途半端に得た経験値で途中で死ぬ。 『危険は冒すな、堅実に、身の丈に合った冒険をしろ』それが冒険ギルドの方針じゃねえか」
「強くなりたければ、急がば回れだ。小僧。でなければ冒険者ギルドには自殺志願者の集まりになるだろうよ」
「身の丈に合っていない野望は身の破滅です」
危険を冒さないから強い冒険者が誕生しない。危険を冒したから早死にする冒険者が増える。
結果、停滞している、と。
「ベテランは少なく中途半端な強さの冒険者が多く、新人は飛び方は知っていても帰還と着地は出来ないと」
「ほう? 言い得て妙だな。その通り。ベテランは無茶が祟り引退し、隠居する。中には武を教える者もいる。その門弟が冒険者になる。それが中途半端な強さの冒険者だ。問題は戦い方を学べない者だ。村に出た野犬やスライム、ゴブリンを運良く一匹二匹殺せた。だから冒険者になって金を稼いで裕福に、英雄になると冒険者ギルドの門を叩く。だが、基礎も知識も無い。教える者もいない。だから早死にする」
「ソウジュさん。ギルドは図書室も修練場もあります。読めない者、書けない者の為に司書もいますし、修練場には教官がいますよ。冒険者ギルドは何もしていないわけではありません。冒険者登録時にも利用説明もしています」
まぁ、ね。冒険者の手引き書にも書かれてるしね。
始めてのゲームでも説明書読まないで始める人居るもんね。
「田舎出身なら薬草取りとか嫌なはず。そんなのが嫌で冒険者になったのに『それなのに冒険者になってまで草むしりかよ』ですか」
「修練場でも基礎を教えています。ですが――」
解ってしまった。
「必殺技を教えてないから続かないんだ」
「必殺技は教えません。故に続かないのです」
私とフレイヤさんの声が重なる。
帰還を想定していない、帰還させる必要が無いから着艦を教えない、とは違うか。
「戦闘の基礎練習だし、体力作りだし、邪竜斃して一旗揚げて英雄にとか、その他色々な野望に燃えてる若者には、邪竜討伐とは程遠い薬草採取や町の雑用だとか低級魔獣・魔蟲の討伐は堪えられないか。しかも初期武器は魔剣・聖剣の類いじゃない。防具も伝説の防具じゃない。下手をするとその日食うのにも苦労する。普通の数打ちの剣や最安値の防具すら買うのは夢のまた夢」
失敗や痛い思いをしたことが蘇る。
「――なんて語ってる間に地下のワームが動き始めたね」
「町を目指しているか?」
「うん。真っ直ぐに向かってる。やっぱり町中に引き寄せる何かがあるみたいだね」
アルシェさんの問いに答える。
「引き寄せているものは、流石に分からないか」
「うん。分からな――分かるかも」
「何っ!」
「私、【看破】スキル持ってる。フレイヤさんギルド尖塔登って良い? 見晴らしの良い場所で町を観たいんだ」
「お願いします」
私は窓から屋根へと移り、尖塔を登攀していく。
【踏破】スキルが有ればこそ可能になったものだ。
現実の私はロッククライミングをやったことはない。
尖塔の天辺の屋根に立ち、町を観察する。
――早く見つけないと。
ファントムアタックをして足止めをしているけど、ワームは慣れてきているのか、それとも怒りで恐怖を感じなくなったのか、ファントムアタックもファントムペインも効いていない。
考えろ。ゴブリンならどうするか考えろ。
町を壊す。憩いを奪う。恐怖させる。この町の人が誇りに思っているか分からないけど、生まれを穢すならセンヴァーリアの旗を毀損させる。
それともう一つ。センヴァーリアは遠い昔に勇者が興した町が始まりだと言ってたっけ。
ならば在るはずだ。
「在った。あれだ」
私は一ノ谷の戦いの鵯越よろしく尖塔を駆け降りた。
【踏破】スキルのお陰だね。
窓から部屋に戻ると直ぐに報告した。
「在りました。餌。古の女勇者センヴァーリアの像」
「ソウジュ。何が在る」
「あの下にはダンジョンが眠ってるんだ。封じるのが精一杯な程のダンジョンが」
「フレイヤ。記録は在るか」
「いえ。その様な記述は存じ上げません」
「魔神や魔族との大きな戦とその後の人が世を統べる戦乱時に失われたんだ。勇者が救ったはずの人に裏切られて殺されたあと。あの像は勇者の無実無根、潔白が証明されて復権を果たした時に、今の辺境伯の先祖によって像が作られたんだ」
「嬢ちゃん。それならよ。センヴァーリア様の像が立つ前は何で封じられてたんだ?」
「岩に突き立てられた神剣」
「何だとっ!?」
驚き方は違うけれど皆、アルシェさんと同じようなことを口にした。
「まさか、あれが本物だった、だと。アレは鑑定系のスキルを尽く弾いていたんだぞ」
「神剣であり、ダンジョンが封じられていたなら、それも納得いきますね」
「ギルドは調査しなかったのかしら」
「調査禁止区域なのです。鑑定持ちが鑑定するくらいですね。それも効果はありませんし」
「話ならその場所に行ってからにしよう。時間がない」
私たちはギルドを飛び出し、ワームが迫りくる進路上に向かう。
町に侵入される前に地中から叩き出す。




