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 窓から外を――静まり返った町を観る。

 外で騒いでいた活動家たちは皆捕縛されたのだろう。


 副ギルド長兼秘書のフレイヤさんが新たな情報を持ってきてくれた。

 私が討滅したゴブリンの群れは、ゴブリンの軍隊だった。私が討滅したゴブリンの分隊から離れた所に一つ。占拠された村に一つ。打ち捨てられた古い砦に一つ。そしてロージー・キシィワーバが任されていた町から。

 この四方向から攻めてくる。


 本当に?


「ソージュさん。どうかしましたか?」


「フレイヤさん。四方向に冒険者を分散させて同時に迎撃。上級冒険者をそれぞれに配置して戦力の偏りを無くした、で良いんですよね」


「ええ。懸念がおありですか?」


「この町の上空からの襲撃や地下からの襲撃の対策はされてますか?」


「上空や地下からっ!? 盲点でした」


「冒険者が討って出れば町はガラ空きになる。そこを狙わない手は無いよ」

 

 でもこのゲームを作った彼らは歪んでる。

 彼らにとって他人は観察実験対象。

 それなら、四方でただ戦って勝敗を決めてお終い、そんな簡単なイベントにするはずが無い。

 敗北はこれからの攻略を左右する程の取り返しのつかない事に決まってる。

 

「町を人たちを守れない冒険者の評判はどうなるかな? 逃げた冒険者もいるんでしょう? なら裏切った、見捨てて逃げたって印象が強い。そんな冒険者への信用、信頼は地に落ちる事になる」

 

 NPC相手にしたり顔で、私何でも知ってます、軍師なんですみたいな感じで話してる自分……冷静に客観視すると恥ずかしい。

 なんか世界に入り込んで芝居を演じてる気分にさせられる。


 でも私の一人芝居、会話が成り立つんだよ。

 これ、モニタリングされてると恥ずかしくて死んじゃうやつだよ。


 でも続けるしかないんだよね。ログアウト出来ないし、運営にも連絡取れない。一人で考えていても埒があかない。


 早く修正しないと、バグがあるゲームなんて確実に過疎るよ。


「ギルド長に確認してまいります」


 フレイヤさんは慌ただしく部屋から出ていった。

 もう部隊の編成もしているだろうし、今からまた作戦会議と再編成だともめるかな?

 市街の中で何も起きなかった時、割り振られた冒険者たちは貧乏クジを引かされたことになるからね。 


「町に人々に何もなく無事であれば良いって思う奇特な冒険者が居れば良いけど」


 私は窓の外を眺める。



 フレイヤに別室で待機してもらっている嬢ちゃんに、俺たち冒険者ギルドと冒険者たちの方針を伝えに行って貰ったんだが、戻って来たフレイヤが嬢ちゃんの疑問を持って帰ってきた。


「地下道と上空か……上空は防壁の上に弓士と魔法士を配置すりゃあ解決だが、問題は地下道から襲撃を受けた場合だ。手が足りん……。それに住民たちの俺たちの印象か……頭が痛くなるぜ」


「だからと言って拱手傍観など論外。最優の冒険者クラン[シルヴァラ][ゲイル][グロリアス][クラウディア][ムスクルチェルべ]の内、いずれかのクランの皆様には地下道からの襲撃に備え、控えて頂きます」


 どのクランも嫌がる。そりゃあそうだ。命懸けとはいえ、ゴブリンどもを討伐すりゃあ報奨金が出る。新人の小娘冒険者の予測に乗って外れた時には報奨金は無い。

 受け取れるのは、参加したという依頼料だけだ。


「俺たち[シルヴァラ]が市中を受け持つ。何も無けりゃ、それで良いじゃねぇか」


「私も市中に残ろうではないか」


 唯一何も言葉にしなかったガーリッツが他のクランリーダーを睨み黙らせた。

 次に声が上がったのは伝言鳥を飛ばした内の一人。【孤月の魔女】ことハーフアールヴのアルシェだ。


 注目される中、彼女は案内した職員に礼を述べ、空席に座る。


「待ってたぜ。孤月の魔女」


 俺は改めて魔女に経緯を話す。


「ほう。ならば私はその娘と組もうではないか」


 嬢ちゃんと組んで貰う予定ではあったが、彼女の方から申し出てくれたのは助かる。

 嬢ちゃんはギルドに着いた際に酔漢の冒険者に絡まれて、さらに周囲の冒険者たちにも嘲笑われて、酔漢を返り討ちにしたそうだが、悪印象を与えちまった。


 その酔漢の冒険者は治癒士に治癒魔法をかけて貰って回復はしたが、完全に萎縮しちまった。


 嬢ちゃんの方も冒険者たちに悪印象を与えた。

 酒の席の冗談も乗りも通じねぇ理解してねぇ空気も読めねぇお子様だと。

 それに[ムスケルホッフランツ]の一味にリーダーを潰したと恨みを買っちまってる。

 故に一人、別室に待機してもらっている。そこにフレイヤを付けた。


「【シルヴァラ】が担当する北側を【ムスクルチェルべ】に任せる。【シルヴァラ】と孤月の魔女は嬢ちゃんとの顔合わせだ。フレイヤ任せる」


 俺は冒険者たちへの説明だ。どの程度の冒険者が市中防衛の待機組に残るかだな。



「ソージュさんよろしいですか」


 と声がかかったのは、完全に眠りに落ちる寸前だった。


「……どうぞ」 


 私が応じると、フレイヤさんが入って来た。


「ソージュさんにご紹介したい方々がいるのですがよろしいでしょうか?」


 私は一言で了承すると、フレイヤさんが脇に退くと入って来たのは女性だった。


「先ずはアルシェ様」


「紹介に預かったアルシェだ」


 無造作の黒髪ショートヘア。リーゼよりも短いアールヴ耳。大人の色気というのかな。そんな美貌と美ボディ。私からすれば高身長は目測170超え。本人が自身の容姿に自信があり、また魅せ方も知っているためか映える。


「続いてご紹介致します。クラン[シルヴァラ]。そのリーダーの――」


「ブランだ。嬢ちゃんがゴブリンの襲撃の予兆を報せてくれたんだってな。俺たちはこの町の生まれなんだ。ゴブリンに襲われるなんざ、何処にでも転がってる話だ。だが、嬢ちゃんのお蔭で最悪は免れた」


 斧刃が馬鹿デカいハルバードを背負う彼は日焼けした筋骨隆々の禿頭の漢だ。

 彼は黙して頭を下げる。皆の頼れるアニキって感じだ。


「私はエリナ。ゴブリンの分隊を討滅したって聞いたからどんな逞しい女の子かしら、と想像していたのだけれど、こんなに可愛らしい女の子だなんて」


 赤髪に黒く鍔が広い三角帽子、妖艶なドレスを纏う女が魔導士。すっと自然に、此方に警戒心を抱かせず懐に入ってきた。そして私の頭を――


 ――あ、あれ? な、なななん!?


 抱き寄せると、頭を撫でてくる。


 ――あ、あれ? 落ち着く……。


 アルシェさんも魔導士みたいだし、この世界の魔導士は皆さんこんなに大きいの? 魔力タンクなの?

 それにこの姉み……。

 男子ならママみでおぎゃりたくなるかもしれない。

 私だから姉みで済んでるんだ。


「俺はロビンソンです。貴女のお蔭で俺たちは家族を兄姉弟妹 (きょうだい)を……町の人々を守れる」


 優男の弓士ロビンソン。

 艶を消した漆黒の弓を扱う軽装の戦士。

 私が苦手なタイプだけど……嫌悪感が無いのは彼が下心を見せていない、「俺、善良人いいひと」――感を出していないからだ。落としたい女向けのファッション善人、伊達善人では無いからだろう


「はじめまして。双樹です」


「ソウジュさんに皆様を会わせたのは、貴女に彼らと組んで頂き、町の守りに着いて頂くためです」


 それはそうだ。特例処置の新人冒険者なんて誰かの監視下に置かないと、他の冒険者とトラブルになる。

 そこでギルマス:ガーリッツさんは人格者の彼らに私の面倒見るように依頼したわけだ。


「でもこの数人で?」


「いえ。今頃ガーリッツ様が町中の防衛隊を募る声掛けを行なっております」


 私は彼らと組む事を了承する。私が【嚆矢の一撃】で無双出来るのは、相手が私を“認識していない”、“警戒していない”時に限る。

 いくらチートスキル【天元】があってもアレはステータス関係が限界突破したというだけ。

 それは戦いをイージーにする。だけどそれは耐久戦――数の暴力に勝てるかというと微妙だ。

 活動体力限界値ではなく戦闘精神限界値コンバットメンタルが保つかどうか。

 活動限界値は【天元】さんで限界突破してるけど、戦闘精神限界値は【天元】さんでは手出し出来ない私の根性にかかっている。

 

 精神が【天元】で強化されているなら、あの冒険者に圧をかけられて手を伸ばされただけで、あのような過剰防衛なんて結果になって無い。


 私に近いのはアルシェさんとエリナさん。一歩引いているのがブランさんとロビンソンさん。

 

 私が男性を忌避してると彼らは直感で判断したのかも。

 

 スッとアルシェさんが近づいてきた。


「ソウジュと言ったな。何故、町中と言った?」


 私はアルシェさんの質問の意図を図りかねた。


「分からないか? 惚けているのか、無意識か?」


 アルシェさんが厳しい目を向けてくる。


 町中? 町中の他に何があるというのだろう。

 こう言った相手の考えを読み取って文中から抜き出しなさいって問題が苦手なんだけど……。

 “町中”と言う単語から考えよう。

 センヴァーリアは冒険者の町。町なのだから町民が居るのは当たり前。私はそこへの襲撃に備える必要があると考えた。

 その他に何があるというのだろう?

 

「……センヴァーリアは“辺境伯の領都”でもある」


 本気で分からない私に、アルシェさんは言い聞かせるように辺境伯の領都だと強調して言った。


「あ、貴族街……」


「……本気で考慮に入れていなかったか」


 改めて考える。辺境伯が善政を敷く善き領主であっても貴族。領主が堕ちるわけにはいかないし、貴人を放置するわけにもいかない。

 それなら――


「あっちには優れた騎士と兵士の本隊を置いてるはず。此方に回されるのは兵士や騎士は平民出身かな? いわゆる使い捨てだね。冒険者も町民も貴人を逃がすための時間稼ぎ。でも辺境最優の冒険者が居る。だから貴族街は大丈夫かなって」


 この町の信用、信頼度ってこういう事態の時のために設定されてるんだ。市井の人達に安心して貰うために。


「では辺境伯殿は市井を見捨てるつもりだと?」


「そんなわけない。冒険者の支援施策もしてるみたいだし。それはこう言った時の為だよね。それに貴人は優れた騎士とか配置してないと煩いんでしょう?」


 それでも、貴人からの依頼があるのは冒険者にしか手に入れられないものがあるからだ。冒険者にしか踏破出来ない場所があるからだ。


「その通りだ。町も人も守らなければならない。失敗は貴族、市民ともに存在する反冒険者団体に付け入る隙を与え、辺境伯を失脚に追い込むだろう」


 ガナッシュさんは本当に慕われている領主なのだろう。

 だからこそ目障りで息苦しい、生き苦しいって思う輩が存在するんだろう。


「話は変わるけど地下からの奇襲って意味があると思いますか?」


「そりゃあ、嬢ちゃんが言ったように手薄になった町中への奇襲は意味があるだろう。俺たちは、その手があったかと気付かされたんだからよ」


 私の問い掛けに答えたのはブランさん。


「たぶん、それは無意識に当たり前になっている事があるからだと思います」


「当たり前になっていること?」


 エリナさんが小首を傾げる。


「【感知】系統のスキル持ちが居るはずですよね。今はその【感知】スキルに引っ掛かっていないから、奇襲の可能性を除外してしまってるんじゃないかなって」


「そうか……敵の発見は精度の高い斥候に頼るものだからな……。緊急事態とはいえ、まだ敵の接近の報はない」


 はっとして皆がロビンソンさんを見る。

 皆に注目されたロビンソンさんは苦虫を噛みつぶしたような顔になる。


「【感知】は沈黙したままです。素面の私の【感知】でこれです。景気付けだと酒を飲んでしまっている冒険者の【感知】能力も鈍ってしまっている可能性はあります」


「そんな状態で戦えるの」


「そこは冒険者ですから戦えるようになります。ただ、今は呑まないと弱気に負けてしまいそうになる心をお酒の力を借りて抑え込んで、奮い立たせようとしているのです。それに……それが最期の美酒になるかも知れませんから」


「嬢ちゃんに絡んだ奴もなぁ……アイツは酒と女に逃げるたちでな……」


 ――普段は娼館に通って発散してるDV系かぁ。

 

 髪の毛を引っ張って手綱の様にしたり、首絞めたり、乱暴にしたりする客なんだろう。


 それにだ。「母ちゃんのミルク」だの「寝かしつけて」だの言ってたのは自分が戦前に母親に甘えたかったのか、励まして欲しかったから出た台詞だったのかも。

 でも――


「そんな事情、私の知った事じゃない」


 大体だ。ギルドの受付嬢が連れている相手に向かって吐く台詞じゃない。

 ギルドの客人に対しての礼儀が悪いと、ギルドに与える自身の心証が悪くなる。それに思い至らない時点で、酒に呑まれて戦いでは役に立たない事は明白だ。


「違いない。故に酒を飲まず、酒宴の空気に当てられていない我々が、ソウジュ、お前と組むことになった」


 アルシェさんは顔を外に向け憐憫の情を見せた。

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