最も奇々怪々なのは?
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「貴女がゴブリンの軍勢を討滅させて、襲撃の恐れがあると報せてくれた冒険者ですね。先ずは礼を。ありがとうございます。貴女が報せて下さったお蔭で速やかに態勢を整える事が出来ました。そうでなければセンヴァーリアの住民は何も知らないまま日常を過ごし、蹂躙されていたでしょう」
タリアさんに連れられて私に面会を求めて来たのは彼女の妹のシュリカさん。私より3つ年上で冒険者ギルドの受付嬢。
「冒険者ギルドはソウジュさんに迎撃戦への参戦を依頼したいのです」
伝令鳥によって齎された速報には、私が討滅させた軍勢の他に3つ分隊が発見され、既に村が3つ襲われたとあった。
嘘から出た真ってこの事か、と思った。
「参戦は分かりましたけど、私、冒険者資格も滞在資格も無い流浪の冒険者ですけど?」
「それらに関しましては緊急特例処置でギルドマスターの全責任を以て発行致しますから、安心して下さい」
それなら良いか。
本来なら色んな試験を経て等級を上げて行かなければならないのを難易度の高い依頼がギリギリ受けられる水晶等級の個人識別表――どんな物かと尋ねると角を丸くした長方形の板だと教えてくれた。2枚で一つ。
――ドッグタグだね。死亡した時に1枚は遺体に遺して、もう1枚は遺族や仲間たちに持ち帰る為だね。
場所や状況、状態によって遺体を持ち帰れないからね……。
早速、冒険者ギルドに向かう事になった。
防具をオート装備する。私の戦闘スタイルに感応した防具となる。
静かな廊下を歩く。非番や日勤の者も召集され、待機場に集合しているという。
待機場に向かうタリアさんに休ませて貰った礼を述べて別れた。
町の灯は消え、通りは静かだった。普段は酒場でバカ騒ぎしているという者たちも今日は家で息を潜めている、とシュリカは教えてくれる。
「冒険者ならこういった時、『景気付けだっ!!』とか言って飲んで騒いでると思ってたんだけど、違うんだね」
「普段ならその通りの光景が目の前に広がっていますよ。夜も灯りが点いて喧騒が聞こえてますが、今は危急存亡の秋ですから、経営者も時と場合を弁えて大人しくしているんです。冒険者は冒険者ギルドに召集されていますから、景気付けなら併設されている食堂で行なっているんですよ」
シュリカの説明に私が思ったのは自由な冒険者が品行方正すぎるな、ということだ。
だから聞いてみた。
「品行方正なのは冒険者等級の査定に響くからですね」
「やっぱり等級が上がると貴族からの依頼とかがあるから?」
「ご明察です。貴族は勿論ですが、大商店や旗艦店の店主様からの依頼もありますから」
「じゃあ、礼儀作法が悪い冒険者はいつまでも昇級出来ない上に、信用もされなくなって、昇級出来る冒険者とは収入と実力の面でも格差が広がっていくんだ」
「ですね。冒険者の主な活動時間に冒険者ギルドに併設された食堂で安酒を飲んで、新人冒険者に鬱陶しく迷惑絡みしている冒険者は学ぼうとしないで妬んでばかり。それなのに自分が生き字引きの様な態度。そうして前途ある若き冒険者を潰して回るんです」
シュリカの目が澱んだ。
「冒険者ギルドの受付嬢にも怠く絡んできたり迷惑絡みしてくる?」
「冒険者ギルドに限らず公的機関で働く女性は妬まれたり、女のクセに、と難癖つけられたりします」
「華やかさを見て、そこに至る苦労を見ないのと、やっぱり経済的な理由と学歴かな? 結婚して家庭を守って子供を産み跡継ぎを無事に育てる、それが女の幸せだという価値観。それを放棄した女性と見下す。でも、それは働く女性を嘲笑う理由にはならないと思うけど?」
シュリカの澱んだ目から静かに涙が流れた。
――色々溜まってるなぁ。
髪型を整えて、お化粧品して柔らかく微笑んで、美しい容姿に学がある。
一部の人がが嫌いそうなフルセットだ。
冒険者ギルドに着くという頃――
「なんだか騒がしいね」
冒険者ギルド正面扉の前で集まって騒いでる人達が居た。
『ゴブリン討伐反対』『ゴブリンにも人権がある』『種族差別だ』『センヴァーリア冒険者ギルドと領主はゴブリン族を受け容れろ』などとプラカードを掲げたりして叫んでいる。
「お見苦しい所を見せてしまいました。絡まれては困るので職員専用口から入りましょう」
シュリカに続いて裏口から入った私は顔を顰めた。
――お酒の臭いが酷い……。
当然ながら漢と漢女が圧倒的に多く、少数に私のような冒険者に見えない容姿の冒険者が居ると言った感じだ。
――景気付けにしては飲み過ぎじゃない?
「大丈夫ですよ。過ぎたるは及ばざるが如しで耐毒効果や毒無効というスキルを所有していますから」
「そこまでして酒盛りをしたいものなの?」
「酒の良さが解んねぇお嬢ちゃんが、酒の味が解る大人の集まる冒険者ギルドに、こんな時間に何の用だぁ? 此処には母ちゃんのミルクは置いて無いぜ? さっさと帰っておねんねしな。それとも銅等級クラン[ムスケルホッフランツ]のムスクルーゼ様が可愛がって寝かしつけてやろうか? ゲハハッ!!」
私に手を伸ばしてくる。
身体が素早く反応する。
前に出て爪先を向けるように足を思いっ切り振り上げる。
下から突き上げるように振り上げられた爪先が漢の股間に会心の一撃となった。
「お、ほ、ぁ、うぁ……」
股間を押さえながら漢は白目でお尻を高く上げた状態で床に崩れ落ちた。
色艶の良い丈の短い――大胸筋を隠す程度のジャケットを前開きで、インナー無しで着て筋肉が最強の鎧だと自慢しているかのような、ブリーフ型の格闘家パンツ。腰――股間周りを隠す腰当ての外套漢が、酒臭を吐きながら迫って来たら撃退するのは当然じゃないかな?
過剰防衛だって? 無防備で立っている方が危険だ。
戦闘衣や防具に関しては、人それぞれの好みがあるから問題無かったんだけど、私が嫌う漢の圧、セクハラ、酒カスの三拍子だっただけだ。
「粛清完了」
私がお酒を飲めない年齢だからかな。ハッキリ言って酒盛りしてる人は嫌いだ。漢も嫌いだ。
最悪の組み合わせだった。
「シュリカさん、ギルドマスターの所に早く案内お願い」
「そうでした。こちらです」
シュリカさんの後についていく。
「着きました。こちらがセンヴァーリア冒険者ギルド、ギルドマスターであるガーリッツの執務室です」
シュリカさんがドアを叩き、中からバリトンボイスの応えがあった。
シュリカさんに続いて入室する。
正面の黒檀の机の向こうに座っているのがギルマス。
灰色の髪。眉頭が太く、眉山から眉尻にかけて細くなる力強さと優しさを感じさせる眉。目は眼光鋭く、右目には三本の傷痕が頬にまで達している。
「俺はこのセンヴァーリアの冒険者ギルドの長。ガーリッツだ。そして、よく来てくれた。それとゴブリンの軍勢の件、礼を言う。助かった、ありがとう」
鎧姿なのは彼自身も戦場に立つ事がある、と想定しているからだろう。
「私は副ギルド長兼秘書、フレイヤです」
その傍らに控えている美女も軽装で手甲一体型プロテクター。
美女が私に向かって涼しげに微笑を浮かべる。
私が背中にも腰にも武器を佩いておらず、彼女も武器を佩いておらず、互いに身体強化での体術を主体にしているからだろうか。
「センヴァーリア辺境伯ガナッシュ。貴女がセンヴァーリアの危機を報せてくれたのだね。治める者として感謝する」
私から見て左の席にウォームブラウンの髪の端正な顔立ちスラリとした体型にスーツを纏っている。
「……貴女が問答無用にゴブリンの命を奪った惨殺者ですか? こんな子供まで種族差別ですか。見なさい貴方たちの野蛮な考えに毒された者の答えですよっ!!」
右の末席に座っていた男が叫び立つ。
「領地を勝手に売るつもりかな? 外患誘致で内部からゆっくりと弱らされて乗っ取られるよ。そのつもりでゴブリンだのオークだのトロールだのを移住させるって言ってるの?
それって国家反逆罪にならない? あの人たち一族郎党死刑になるの分からないのかな?
それらが移住してきて治安が悪化するよ。治安だけじゃない。新種の治療方法がわからない病気への医療体制や薬は? 文化的で最低限のマナ―も出来ず守れずの種族となんて共存出来るわけが無い」
男はセンヴァーリア辺境伯領内の一つの町の長だと言う。名はロージー・キシィワーバ。
利権を貪る人達による弱体化計画に侵されてるんだ。
これってセンヴァーリア辺境伯に味方して弱体化計画を阻止しろってイベントじゃない?
時代劇みたいに利権を貪る連中を成敗すれば良いのかな?
やめろって言葉で言ってもやめないよね。絶対。
やっぱり最後は鉄拳制裁だよね。言っても聞かないんだから身体で解らせるしかないよね。だって理解する知能が無いんだから。
「そんなにゴブ流とか言って素晴らしいって称賛するら帰化してゴブリン人になれば良い。親しいと自負して傾倒すして賛美するなら帰化して、その種族で辣腕を振るえばいい。
帰化せず、嫌っている自領の権利だけ得ようとするのは、まさに狡賢い頭ゴブリンっぷりだね」
「ぉ、大人しく聞いておれば何も解らぬ野蛮な小娘が好き勝手にほざきやがって!!」
あーだこーだと如何に素晴らしいかを語る男。
私は混乱する。
この男は何処のゴブリンやオーク、トロールの話をしているのだろうか。
強く逞しく美しく、愛国心に溢れ、紳士的だの、文化も歴史も技術も言語も素晴らしいって。
ほら、領主さんもギルマスも秘書さんも困惑してるよ。
「話が通じない、騒がしい、立ちション野糞、窃盗、ポイ捨て、規律は守らない常識がないの間違いじゃないの」
彼と彼らの仲間たちと私たちでは認識に齟齬がある。
「……キシィワーバよ、貴様の言うそれらは魔神に剪定され魔族として受け入れられた者たちではないか?」
ガーリッツさんが問い掛けるが返事がない。
「マリオン! マリオンっ!! 何故だ! 何故ッ誰も娘を救けてくれなかったのだっ!!」
急に気が触れたキシィワーバにギルマスたちが戸惑い、声をかけるも彼は一人芝居を続ける。
【夢幻】:夢を見させる。
一角馬の勇者を斃した時に【天元】さんが奪っていたようだ。
試しにキシィワーバに使ってみた。
――町に移住させた親しい隣人にでも娘を殺されたか、○されたかな?
それを誰も救けなかった。
――当然だよね。町の政策で善き隣人として迎え入れたんだから、善き隣人に襲われるなんて考えないよね。しかも冒険者を差別だ野蛮だと言って憚らないんだから、冒険者が救ける義理もないし、町にも寄り付かないよね。差別されるんだから。
その結果、町の先住民にも見殺しにされた。
町は燃え、人々の死体。その血肉を喰らい移民の魔物が歌い浮かれ騒いでいる。
訴えはあったのだ。町にはゴミが捨てられ、物は盗まれ、被害が出ていたと。それを無視したのはキシィワーバたちまちの管理者だ。
信を失って当然だった。
それを理解出来ず、結束出来ていないから信を失ったと勘違いし、住民の生活、治安を守らなかったから、因果応報で彼らの家族は見捨てられたのだ。
3分が経った頃、キシィワーバが大人しくなった。
いや、病んだ。顔は涙や鼻水でぐちょぐちょに濡れ、乾いた半笑いを浮かべて天井を見上げてブツブツ呟いている。
――濃厚な悪夢だったみたいだね。
「何故……何故なんだ……仁道のはずだ……そう言っていたから、私たちは受け入れたのだ」
それは誰にとって都合が良かったのかな? それで私腹を肥やしていたら、それは仁道じゃないんじゃないかな?
この人もそれなりに甘い汁を吸っていたんだろうけど、それ以上に甘い汁を吸っている者たちが後ろに居そうだ。
貴族だから高学歴なんだろうけど、それと政治的な知的レベルはイコールじゃないからね。
「ガーリッツ殿、キシィワーバの治める町が魔族の潜伏先になっていたとは……」
「四方から攻めてくるゴブリンどもは陽動で、本命はその魔族どもで、迎撃で手薄になった領都を陥落させる算段かっ!!」
「冒険者――言ってしまえば、魔族の敵となる勇者や聖女を多く輩出しているのがセンヴァーリアだ」
「王都からは勇者は出ないの?」
私の質問にガナッシュさんが答えてくれた。
「えーっと、レディ宜しければお名前をお教え願いますかな?」
そうだったキシィワーバの訴えで自己紹介ができなかったんだ。
「申し遅れました。私は双樹――」
――バックグランドをどうしようかなぁ。
「ソージュ殿はどちらの御出身かな?」
「私の出身地はもう滅びたかな。魔物保護を訴える連中に毒された警備兵によって、魔物を駆除した狩人が捕縛されて武器を取り上げられて、狩人が怒ってさ。そんなある日、獣人魔族が引き起こしたスタンピードで一夜で滅んじゃった。私のように運良く生き延びた家族も在ったけど……着の身着のまま住む場所を追われた私たちには住める町も、就ける職も無くて流浪の民となって、狩人の真似事で食いつないで来た。弱肉強食。強くならなければ生き残れなかったんだ」
設定を信じて貰う為に何処にでもあるであろう話をする。
何処にでもあるが故に、見過ごせなかったのだと。
強さの説得力も出るはずだ。
「この状況と同じ……か」
「魔物に襲われて陥落する町も村も在る……だが人思想に依って内側から弱体化されて魔物に滅ぼされるというのは……」
「それを良しとした利権という甘い汁を吸いたい人たちが治めてたのが、住民にしてみれば運の尽きだった」
「辛い話をさせた」
信じた? 【見破る】とか上に立つ人たちなんだから習得してるんじゃない?
答:極弱【夢幻】の影響を受けて、貴女の設定を真実と夢見てしまった結果【見破る】はレジストされたのです。
それじゃあ、この男の事は?
答:魔族の【隠蔽】が二人の【見破る】よりも上だっただけのこと。
「ソージュ殿はセンヴァーリアに暫く滞在するお積もりですかな?」
「そのつもり。アールヴのリーゼに冒険者の町だって聞いたし、再会も約束したから、ちょっと根を下ろして休んでも良いかなって」
冒険者なら試験を受けて、商人なら商品を商業ギルドに商品の実物や製作案を提出すれば良い。
「功績は既に有る。冒険者ギルドは登録を認め個人識別表の授与する」
「私も貴女の住民登録を認定します。良識のある貴女なら歓迎します」
単純に魔物や魔王とか魔神を殴り斃せばお終いって言うなら楽なんだけど。
実に真っ事恐ろしきは人間か。
きな臭くなってきたなぁ。
このクエスト進めると、役人や官僚の誅殺とかの暗殺イベントになりそうなんだけど。