冒険者ギルドと偵察部隊
センヴァーリア冒険者ギルド:組合長室。
扉が叩かれ、応える前に扉が開き、職員が入ってくる。
「ギルド長! 取り急ぎお伝えしたい事柄が起きました!!」
その職員は日頃から生真面目で冷静であるが、若干取り乱している。
「何事だ?」
「入れ」
「失礼します! 私センヴァーリア衛兵隊所属マシウスと申します。流れの冒険者と見られる者より、ゴブリンの大群を目撃、殲滅せしめたとのこと。しかし、それはゴブリンの軍勢の一部やも知れぬとのこと。現在、現場には仲間が偵察に向かっております」
「それは誠かっ!! 何処で殲滅したか聞いておるか!!」
ワシは地図を机の上に広げる。
「この森であります! 中には2メトル以上の巨体なゴブリンが居たとのことです」
2メトル以上だと!! 通常のゴブリンが100〜130センチメトル。
ホブゴブリンで170〜190。
ジェネラル級で190〜210。
カイザー級が210〜250。
「ならばその冒険者はカイザー級が率いる一軍を殲滅したという事になるな……うむ良く知らせてくれた。その冒険者を十分に労ってやってくれ」
一部というならばさらに上のカイザー級が居るやも知れぬ。
「ウェステリア辺境伯に至急報せを飛ばせ!! センヴァーリアに滞在する冒険者を緊急召集だ!!」
ワシは命を下し、職員が慌ただしく動き、受付嬢が業務を切り替える。
受付嬢がゴブリン襲撃に備えて防衛と討伐依頼を出し、ギルド内で飯を食ったり、駄弁っている冒険者に大声で呼びかけた。
だが、反応は芳しくない。冒険者の中には愛郷心など無い者も多い。沈むと分かれば町から逃げ出す。
だが、中には意気揚々と討伐に名乗りを上げる者たちが居る。
その者たちはセンヴァーリアを拠点にしている根付いた冒険者たちだ。
「たかがゴブリンの軍勢! そんなもん俺たち一人前のクランにまかせなっ! 蹴散らしてやるぜ!!」
「ば、馬鹿言うなっ!! ゴブリンって言ったてカイザー級が率いる軍勢だろう! お、俺はゴメンだぜ!! わ、悪いなギルマス……俺は逃げるぜ!!」
一人が逃げれば、それが呼び水となって下級冒険者が席を立ちそそくさと逃げていく。
残る者たちは町の好感度、信用度をこの機に一気に上げようと目論んでいる。
冒険者にはレベルがあり、ギルドが定めるランクがある。
冒険者のレベルは戦闘の他、依頼達成時にも経験値が入る。
ギルドが定める等級の昇格には貢献度、好感度、信用度、学力(知性)、品性、依頼者からの信頼度などがある。
腕っぷしだけでは冒険者等級は上がらない。
本拠地を構えない者は冒険者等級は関係無いと流れていく。
等級が低いからと舐めてかかる者は痛い目を見る事になる。
先程逃げた連中は半端者たちだ。
装備を見れば判る。
腕っぷし自慢の流れの冒険者の装備は斃した魔物の素材を使用している故に威圧感がある。それに、腕っぷしだけを評価するギルドは在るには有る。
「図書室も計算、字、行儀作法を学ぶ為の部門も利用出来るんだがなぁ……」
依頼を受ける冒険者たちを眺める。
冒険者等級は黒、白金、金、銀、銅、水晶、鉄、蝋石がある。
黒に認定されているのは全ての始祖精霊と契約し、この町を興した勇者だけだ。
この場に居る冒険者は水晶から銅等級の者たちだ。
白金は勇者、金は英雄、銀は冒険者の最上級――最優の冒険者の証だ。
冒険者の町センヴァーリアとは言えど銀等級は少ない。
ハイアールヴのリーゼとハーフアールヴのアルシェ。クラン・シルヴァラのブラン、エリナ、ロビンソン。この5人がセンヴァーリア最優の冒険者。
――いや、アルシェとリーゼに限っては金等級なんだがなぁ。
面倒事を嫌って頑なに等級を上げやがらねぇ。打診するとサボったり、音信不通になってギルドの評価だけを下げやがる。
アルシェは孤月の森に引き篭もってやがるし、リーゼは里帰りだ。伝言鳥は飛ばしたが、間に合うかが問題だ。
一つのクランメンバーが間に合ったぜ! と扉を開けながら入って来た。
斧刃が馬鹿デカいハルバードを背負うのはブラン。
ブランは日焼けした筋骨隆々の禿頭の漢だ。
赤髪に黒く鍔が広い三角帽子、妖艶なドレスを纏う女が魔導士エリナ。本人も魅力的なもので男どもが生唾を呑み彼女を見る。
最後に入って来たのが優男の弓士ロビンソン。
艶を消した漆黒の弓を扱う軽装の戦士。
数少なあ女冒険者とギルドの受付嬢、職員がロビンソンに釘付けだ。
モテ無い野郎どもが血涙を流してロビンソンを見てやがる。
シルヴァラのメンバーは併設された食堂へ向かい腹ごなしを始めた。
「今のままではちと厳しいか……シルヴァラが間に合って本気で良かったぜ……」
リーゼ嬢ちゃんかアルシェのどっちでも構わねぇから間に合ってくれれば御の字だ。
「……いや、待てよ……ゴブリン隊を発見し、念の為にと、態々単独で討滅せしめたって言う流れの冒険者はどうした? いやギルドの等級と身分証明する識別表を持っていなかったというからには流浪の民か? 伝令の衛兵が幼い少女だと言っていたが……」
衛兵ならば保護されているのは屯所か。
「衛兵を姉に持つ受付嬢が居たな……確か……」
名はシュリカ。姉はタリアと言っていたな。
俺はシュリカを呼び出し、その理由を話す
「話は解りました。その流れの冒険者の少女に迎撃戦に参戦していただけるか打診してみます」
「頼む。ゴブリンとは言え一つの部隊を討滅したあと、此処まで駆けてきた様だからな。魔力や体力の回復も未だであろうから、回復してからでも、ギリギリになっても構わぬ、と伝えてくれ」
シュリカは一礼をして足早に屯所へ向かう。
■
一方その頃――
:
大地を蹴立てて騎馬が走る。
暗くなった平原に魔石灯の明かりが揺れる。
やがて速度を緩め、止まる。
「この奥だな」
「はっ! そうであります」
「皆、魔石灯を消せ、目印の白布は巻いているな」
静かに応える部下たちに頷く隊長。
「少女が発見し、討滅して我らに報せるまで時間が経っている。他のゴブリン偵察部隊が潜んでいるやも知れん。警戒を怠るな。では行くぞ」
それぞれが【探査】を発動させ、慎重に森の奥へと歩を進めた。
ゴブリンの襲撃は無く、安堵の息を吐く。
開けた場所に出た彼らは異様な光景を目にする。
地面は溶けた跡。その端に焼け爛れ、隻腕の巨体が横たわっている。
近付けば焼け爛れた全身が腫れ上がっているのが見て取れる。腹部は凹み歪み、顎は砕け、乱杭歯――牙が折れ砕けている。
「えげつねぇ……」
「コイツはひでぇ殺され方してんぜ……」
「何か判明したのか?」
「見てくださいよ隊長」
隊長が孔を覗くと、炭化し、まだ火を孕んでいるゴブリンの死体の山があった。
「報告します。コイツら結界で閉ざされ、逃げ場を奪われたあげく足元を崩落させられながら高威力の雷撃で灼かれたんです。証言と一致です」
「ご苦労。ジャガニーク。君の【透視】が役に立った。休んでくれ。土地に焼き付いた記憶を視るのは負荷がかかるというからな」
ジャガニークは物や人物に触れることで残留思念、過去の出来事、記憶をまるでその場に居て体験したように読み取る事ができる。
つまりジャガニークは足場が崩落し、落ちながら雷撃を喰う体験をしてしまったのだ。
その精神的ダメージから守るのが相棒であるカーニックだ。カーニックは【精神障壁】を覚えている。
コレは精神攻撃――恐怖、汚染、混乱、誘惑などを弾くスキル。
散開していた斥候兵が戻って来る。
「どうだ? 他のゴブリン部隊は存在したか?」
斥候兵が隊長に報告した内容は――
1.部隊は3つ存在し、ジェネラル級が部隊を率いる。ホブゴブリン3、通常ゴブリンが30〜50体。
2.村が襲われ、村人の串焼きを肴に宴を開いている。
3.一つの部隊が壊滅した事には気付いていない。
「何故気付かない?」
「それが、観察していて気付いたのですが、奴ら同じ行動を一定間隔で繰り返すんです」
他の斥候兵も同意する。
「村を橋頭堡にしてセンヴァーリアを四方から襲撃するつもりだったのだろうな。そして此処はカイザー級が率いる正面部隊。カイザー級が討たれた事に気付いておらぬのか……」
気付いて居るのなら奴らは誰が長になるかで内紛になっているだろう。
だが、それが無い。
「センヴァーリアでの武功で決めるつもりでは無いでしょうか」
「よし、監視をする。奴らが動き始めたら足止めだ。タツータ!」
「はっ!」
少女という年齢を要約出たばかりの女性兵士が隊長の前にでる。
トリシャ・タツータ。
「ターツタ。お前のスキル【夜討朝駆】でセンヴァーリアに戻り、ゴブリンどもが動いたと報せろ。四方を警戒しろ、ともな」
ジラーク・タツタそれが隊長の名前だった。
「了解しました」
長い夜が始まった。