Good bye,Old World. Hello,New World
『合わない』――人、学校、仕事、趣味、何であってもその一言で何でも不満を言って辞めてしまう。
全てが自分に合う訳でも合わせてくれる訳では無い。
『合わない』――その理屈から言えば、世界そのものが合わない事になる。
そうなると畢竟、生きる事を辞めて死ぬしか無くなるのだけれど……いや、自分に合う世界を創れば良いのだ。
他人を入れれば、また『合わなくなる』から一人の世界に居るしかない。
「それは、引き籠もれって話になっちゃう。まぁ、理解ある親なら可能だけど、理解が無いと家まで生き地獄。家出か自殺しか救われる道は無し、と」
『合わない』には家族も含まれる。
未成年——それも義務教育課程の子が家出して生きようと思えば、身体を使うしか無い。それをしたくないなら残る道は、ね。
いや、まだあったか、何処かのグループに入るとか、かな。
私は幸いにも家族に理解された。
――理解されたからと言って、一緒に住めるかは別なんだけど。
それは私が引け目を感じているからだ。両親も妹も悪くない。
フライパンにサラダ油を垂らし熱を入れ、ウインナーソーセージを焼きながらキャベツの微塵切りを皿に乗せて塩ひとつまみ振りかけ、レンチン。その後にウインナーを焼いているフライパンで炒めカレー粉で味付けをする。
レンチンをしたのはキャベツの甘みを引き出すのと、炒める時間を短くするためだ。炒める時間がかかり過ぎるとカレー粉の風味が飛んでしまうから。
トーストにカレー粉で味付けしたキャベツ炒めとウインナーソーセージを乗せ、トーストを軽く折りたたむようにして挟むとホットドックの出来上がりだ。
ケチャップをかける。
「いただきます」
カリッとモチッとしたトースト。ケチャップの甘さと酸味。パキッと小気味良い音とジュワリとウインナーソーセージの旨味が溢れ、カレー味キャベツ炒めのスパイシーな風味。
そしてコーラ。
「ん~~!! メチャ美味ぁ……」
自作のふわふわで軽いボア生地で作った着ぐるみ部屋着(柴犬)を姿で、もう一つ〜とホットドックに手を伸ばす。
「食べた食べた」
精神安定剤を飲むとルームウェアを脱ぎ、【COCOON】が鎮座している部屋――ダイバールームに入る。
【COCOON】:その名の通り繭型の筐体だ。
医療。在宅勤務。学校。スポーツ。旅行。ゲーム。大人の施設等々。その利用は多岐に渡る。
頭にインターフェースを装着して、スポーティーなサンダルシューズにフットペダルが付いた装置に足を挿入れて装着し、手にも格闘技の形状がオープンフィンガーグローブの様なものを装着して、【COCOON】の跳ね上げ式扉を閉める。
【COCOON】内のギミックによって特殊な膜が広げられ、その膜で私の身体がラッピングされていき、裸体を絞め上げる様にしてダイバースーツが形成されていく。
「ん……っ、はぁ……ん、く……ぅ……きつ……ぃ……っはあっ!」
贅肉を絞る感じだ。
なるべく感度の邪魔になる贅肉を締め付ける必要があるのだろう。
因みに私に絞るような贅肉はない。胸部装甲以外。
背もたれを倒したリクライニングチェアの様な、コックピット型チェアに身体を預けると、下から液体が出て、【COCOON】の中は、呼吸が出来る治療用だと言う液体に満たされる。
『専門的な名称はマニアや医療関係者、わしら開発者が知っとりゃあええんじゃ。使う側は良し悪しさえ理解すりゃええんじゃ』『せや、ゲームは面白かったらええねん。玩具は遊ばれてナンボや』とは、【COCOON】開発者、小此見 輝哉と島 紘談。
余談ではあるが、小此見は【COCOON】がリモートワークに使われている、と聞いた際、『何でやっ!! 何でゲームの中でまで現実突き付けられなあかんねんっ!! そんなもんの為に造ったんちゃうわ!! ドアホ!! 巫山戯んなやボケっ!!』と憤慨したという。
家に居て、身体はリラックス状態。脳だけが働いている状態なんだから一杯働けるよね、とホワイトでありながらブラックな働き方になってしまった。
閑話休題。
「Good bye,Old World. Hello,New World」とアクセスワードを唱えるとフッと意識が落ちる。
次に意識――感じるのはウォータースライダーで滑り下りる様な感覚。
『Welcome to Connect Ubiquitous Future』とのアナウンス。
骨格は小さく、筋肉は靭やかにすっきりと付き、しかし、その肉付きは優美な曲線と丸みと柔らかさを帯び、胸元は筋肉ではなく、瑞々しさ、張り、弾力と柔らかさを絶妙なバランスで内包する、メロンが二つあった。
艶髪の黒髪。眉目秀麗、美鼻、麗しく愛らしい唇。右目下の黒子まで再現されている。身長は155cm。
瞳の色はヘーゼル。
「本当に嫌になるくらい再現されてる」
現実の裸体を再現したアバターを弄りたい人は整形出来る。
ただし、性別変更は出来ない。心が異なる性であっても。それを許せば、それを悪用して盗撮も覗き見もやりたい放題になってしまう為に厳しいレギュレーションが設けられた。
性別は変更出来ないけど容姿の変更は出来る。そう、容姿は変更出来るのだ。
胸が邪魔なら無くせるし、アレが邪魔なら無くせる。あくまで性別が替えられないだけ。そして男性プレイヤーは女性エリアには入れないし、女性プレイヤーは男性エリアには入れない。
男性女性の判断は【COCOON】が厳しくチェックしている。
骨格、筋肉量、肉体が男性なのに女子の大会に入って無双する、なんて事が出来ない。
あとは、国籍を偽って他国の人に成り済まして他国を貶める行為も禁止されているし、思想を声高に叫ぶ行為も禁止されている。
可愛いと綺麗が同居するアブナイ色気を感じさせる美少女っぷり。
――美少女だって楽じゃないんだぞ。
この男好きする容姿が、閉鎖的で保守的な学舎に“合わなかった”。
男好きする、という事は逆に女に嫌われるということだ。
そして、”男好きする“ということは男の欲望を受止めないと逆ギレされるということだ。
男子からは性欲丸出しの視線を向けられ、猥談を内緒話をされるし、SEX出来る前提で告白してくる。
自意識過剰なイケメンほどその傾向が強い。
興味ない、と振っていたら、プライドを守る為に私を下げる噂話をばら撒く。
彼氏が私を見た、私が色目を使ったからだ、と謂れのないことで呼び出される。
彼氏にアンタが好きになったから別れを告げられた、と罵られる等々数えればキリがない。
料理が出来れば、裁縫が出来れば良い女アピールかよ、あざとい、男ウケを狙ってると嫌悪され、完全無視。
男子たちを次々と興味ないと振っているのは、金を持っていないからだ。金持ってるオッサンを狙ってパパ活しているからだ、と噂され、生活指導室へ呼び出される。母親も呼び出されていた。
積極的に交流を持たなかったから、そんな噂を流された、だとか、もう、どうでも良くなって親の腕を掴んで途中退席。
その後は登校拒否。
高校でもあまり変わらなかった。
学校に行っていないから時間だけは有ったから、ちまちまとレジンアクセサリーだとかワイヤーを使って花飾りや羊毛フェルトで柴犬マスコットぬいぐるみを作ったり、日本刀を木材から造ってみた、動画をアップロードしたりした。
この頃、アニメなんかで鬼を退治するのが流行っていて模造刀造り動画は視聴数が爆伸びした。
造型紙などで造る動画もアップロードすると伸びた。
家にある日本刀から型紙に起こしているから、何処かのサイトから転用した訳ではない。
作ったアクセサリーやぬいぐるみはフリマで売った。
そんな中で【COCOON】が発表された。
物凄い高額だった。開発者は『Connect Ubiquitous Future』のベータテスターを募集した。
100名のベータテスターには【COCOON】が贈られると発表された。
製品版に無料アップデート出来る権利にプロアマ問わず多くのゲーマーがベータテスターに名乗りを上げた。
ふーん、と他人事だった。
私はアイドルのプロデュースと理を修復する為に英雄との旅に忙しいのだ。
――ベータテストであろうと正式だろうと、他人事だったんだけどなぁ。
ステータス画面から装備メニューを開いてベアトップミニワンピースのウエストに革ベルト。二の腕までのアームカバーに指ぬきグローブ、ニーハイソックスにブーツ、大量生産の剣に板に革を張った盾をセットする。
ベータテスターではなく正式組だけど、【COCOON】が父方の祖父母から誕プレで贈られるなんて想像もしてなかった。プレイルームとしてマンションの一室付きだ。
何というか、防音もしっかりされてるし、ものづくりの作業台とかもあるし、至れり尽くせりだ。
――たぶん、魅桜さん経由で話が行ったんだろうなぁ。
どんな風に話を持って行ったかは知らないけれど。
閑話休題。
「ん? んん? あれ?」
装備選択が終わって、決定するとプレイヤーは通称はじまりの街と呼ばれる城下町の宿屋で目覚めることになっているはず……なんだけど……?
決定を押した瞬間、ノイズが奔ったかと思うと、私が立っていたのは燭台の蝋燭に火が灯る、赤い絨毯が敷かれた廊下だった。
メニューを開いてログアウトしようとしてスクロールする指が止まる。
メニューの一番下にあるログアウト表示が無い。
何度も確かめたけど、無い。
「どう言うこと?」
運営からの通知も無い。
「ほう。宴が始まっているというに、人間の娘がまだ残っていたか。ん……はは、愚かにも私を討ちに来たのか」
不意に声がかけられ――
「御機嫌よう。そして永遠に御機嫌よう」
ズドッと、背中に強い衝撃を受けて、軽く仰け反る。
「え……?」
胸から手が生えていた。
衝撃と酷く痺れた様なジンジンとした痛みに見舞われ、苛まれる。
「愚か、愚か、斯様な装備で魔神である我の前に姿を見せ、挑もうなど雑魚が身の程を知れ」
――は? 魔神? 魔神って言った? 魔神って言ったらC.U.FのGrand Bossと設定されていた魔神ゼノフロースのこと? 何故、そんなGrand Bossが居る神殿が私のスタート地点にされたの?
私のライフゲージがゆっくりと減っていく。胸から腕を抜かれた瞬間にゼロになるだろう。
カタカタと震える手に力を込める。
ゲームオーバーになっていない。
――AIなのに言葉が生きている熱を感じる。声優さんが声を担当してるから?
でも、それは決まった台詞に限ってのはず。後は、AIで台詞が生成されていくと雑誌に書かれていた筈だ。
「……イタチの最後っ屁だ、喰らえ……っ!」
腕が抜かれ、たたらを踏みながら身体を翻すと、拳を下から上へ突き上げる。
目を見開いて驚きを露わにする魔神の顎を拳が掠める。
――掠めた瞬間に拳が砕けるとかどんな物防してるの……。
ガッと頭を鷲掴みにされ、持ち上げられ、地面に叩きつけられ、私の意識が吹き飛んだ。
■
「我に傷を負わすとは虫にしては良くやったと褒めてやろう」
完熟の珊瑚樹茄子を叩き潰した様に頭部が爆ぜた虫の死骸を見下ろしながら我は顎を擦る。
剣を取り落とし、拳を使った攻撃によって右手も碌な状態では無い。
「死に際の会心の一撃、と言った奴だったが……ただの拳が我に通じるものか……だが、我を退かせたのは賞賛に価する」
掌を虫の死骸に向ける。
「我に拳を当てた気概は良し。我が――」
再利用してやろうとした虫の死骸が光り、砕けた。
「……宴の前の些事よ」
光の残滓を踏み砕き、宴会場に向かう為に歩き出し――膝から崩れ落ちる。
「なん……だと……アレか……あの時、我の顎を掠めた拳か……」
我の防御を抜けるとは思えぬが、時折、想いの力で不可能を可能にする者が人族には現れる。
勇者や聖女などがその類いだ。
何事も無かったかの様に立ち宴会場に向かう。
■
『称号【魔神に挑みし者】を獲得』
『ユニークスキル【嚆矢の一撃】を覚えた』
『ユニークスキル【リザレクション】を覚えた』
『【天元】に至りました』
「……知らない空だ」
頭の中で流れるアナウンス。魔神に殺されて目覚めたら泉の浅い処に真っ裸で浸けられ寝かされていた。
「【魔神に挑みし者】:無謀にも低レベル、初期装備縛りで魔神に挑みし傾奇者に与えられる初回者限定の称号。
【リザレクション】:無謀にも低レベル、初期装備縛りで魔神に挑み敗れた者に与えられる初回者限定スキル。1日1回に限り死に戻りが出来る。
【嚆矢の一撃】:問答無用の先制攻撃が必ず会心の一撃となる。
【天元】:スキルを進化を含め、ユニークスキルを一つでも獲得した者に与えられる、か……バグでチートでしょう、コレは……」
スキルツリーを見れば修得した証拠に白色に変化していた。
「えぇ……殺されたのにスキルツリーがコンプリート出来るだけの経験値になったってこと!? なにごとも経験ってこと? それでコンプリート出来る経験値が入るって魔神ゼノフロースってどれだけ強いの? クリア出来なくてクソゲーになるんじゃない? これ大丈夫そ? 炎上しない?」
一応運営に報告しようとメニューを開く。しかしそれが無い。ログアウトも無い。ついでに装備していた物が無い。
死に戻りをしたら全ロスするらしい……。
「セーブして無いから、適当な場所で復活した、とか?」
何処かは分らないけれど、人気の無い森の泉の中で良かったと思うべきかも知れない。
「真っ裸でプレイヤーの居る街の中とかで復活しなくて良かった……」
心から安堵する。
「服……どうしよう……」
立ち上がり、泉から出る。
ビショビショの身体を眺める。
「乾かない?」
乾くというか濡れ効果が消えないで、濡れた髪や裸体から滴り落ち続ける。
冷たい泉の水と森の澄んだ空気に身体が冷えてきた。
「肌寒い……」
スキル欄を見て、スキルセット枠に火と風の魔法をセットする。
これだと一属性の魔法しか使えない。
しかし、スキルの中にデュアルバーストと言うものがある。
二属性の魔法を使えるようだ。これもスキル使用枠にセットする。
思考まで読み解くゲーム故かイメージした通りに魔法が出現する。身体を温めたい、と微熱と微風が身体を包むイメージで魔法を使う。暖かい風を纏う。これで寒さは凌ぐ事が出来た。
「真っ裸なのは変わりないんだけど……」
ウォーター、と唱え水流で隠す。アニメで謎の光とかドライアイスかってくらいの湯気とか、そんなアレな感じだ。
「ログアウトが出来ない、地図も無い……いったい此処はどこなのぉぉっ!!」
■
同時刻――雷鳴轟き、雨降るはじまりの街の広場。
ゲーム開始時間にログインし、スタートダッシュを決め込んでいたり、街を散策していたプレイヤーは、はじまりの街の広場に強制的に集められていた。
『きーはーはははははっ!! 私の名前は【COCOON】開発者小此見博士である』
普段の喋り方からロールプレイ用のクセの強い喋り方に変えた小此見。豊かで長い白髪を後ろへ流し、眼鏡型拡大鏡に鷲鼻、鼻下の髭、ポロシャツにチノパン、白衣の悪のマッドサイエンティストを装った姿の小此見の巨大な姿が映し出されていた。
此処で発表された真実に広場に集められていたプレイヤーは怒り、戸惑い、疑心暗鬼になった。
小此見から告げられたのは――
『君たちベータテスターと正式開始日である本日、【COCOON】が使用出来た者は、当ラボのアンケートによって、多数決の民意により不要とされた者たちである』
――と言うとんでもない理由だった。
ニート、不登校は恥、自分が伸し上がる為に邪魔、陰キャは邪魔、消えれば面白い、可愛いから、美人だから気に食わない、ウザいから死ね、軽い罰で済まされたから仇討ちの為、報復等々理由は様々だ。
『君たちの鎖骨の間に生命核を施しているので確認してくれたまえ』
襟を広げ確認するプレイヤーたち。特に女性プレイヤーでベアトップミニワンピースを選んだのなら、生命核が露わになって分かり易い。
『プレイヤー諸君にはこの世界で一生懸命に生きて貰いたい。一生懸命に生き、この世界の魔神を斃すか、我々、運営を壊滅させることがプレイヤー諸君のクリア条件である。だが、手っ取り早いのは、隣人を殺し生命核を百個集めることだ。ではプレイヤー諸君の奮闘を期待する』
なんだよ!! 巫山戯るな!! 冗談でしょ? 嘘よ!! 様々な罵詈雑言、嘆きが広場に木霊する。
『プレイヤー諸君の状況はオールドメディア、ニューメディアで報せてある。【COCOON】から接続を断てばプレイヤーは死ぬ、と。だが、残念ながら、我々の忠告は本気にされず、無視され、事故かはたまたこれ幸いと故意に【COCOON】の接続を断った者も居る。1000人から実に142名が残念ながらこの世界からも現実世界からも消えてしまった。因みに、生きている君たちの身体は【COCOON】ごと医療機関、及びホテルに保護されて居る。喜ぶが良い。君たちプレイヤーは家族、知人に“まだ”必要だとされている』
アンケートに不要だと答えたのが家族や知人では無いことが救いだと小此見は嗤う。
何で俺が、私がと茫然自失する者、いったい誰が、とこの場に居ない犯人を探す者とプレイヤーが見せる反応は様々だ。
中でも隣のプレイヤーを警戒し、怯え、睨む者たちが圧倒的に多かった。