ミミの恩返し
初投稿です。
ジャンルが迷子なので、違うところにいたらすみません。
細く水量はあまり多くない小川の畔に黒猫が一匹居ました。
その黒猫の名前はミミ。
優しくて勇敢な男の子です。
ミミは気付いた時にはここに居て、自分の名前と僅かな記憶、赤い首輪が首に巻かれている以外に持ち合わせている物は何もありませんでした。
ミミに残る記憶は赤いポストとピンク色のネリネの花、頭を撫でる優しい手のひらで、ミミにとってとても大切な暖かい記憶です。
でも、ミミは赤いポストがどこにあるのか、頭を撫でてくれていたのは誰なのか思い出せません。
でも、帰らなきゃ…と焦りや不安だけが大きく膨らんでミミを呑み込んで行きます。
ミミは記憶を頼りに赤いポストの場所へ行こうと川原から足を伸ばしました。
川原の横の道を上流へ向かって歩いていると、橋が見えてきました。
ミミが足を早めながら歩いていると
「チュンチュン」
「やあ、少しお喋りに付き合っておくれよ」
と、1羽の雀が来て言いました。
ミミはビックリしましたが、鳥ならきっと赤いポストの場所もわかるかも知れないと思い頷きます。
『こんにちは、雀さん』
『ボクは今、町にある赤いポストとピンクの花が植えてある家を探してるんだ』
とミミが話すと、雀は知っているようで羽をパタパタと動かしながら楽しそうに喋ります。
「ああ!赤いポストなら知ってるよ。あっちに見える町の中さ!」
と一緒に橋を渡りながら教えてくれました。
確かに橋を渡った先には町がありました。
懐かしいような、遠くから見るのは少し不思議に感じるようなそんな町が朝日に輝きキラキラとして見えます。
ミミは嬉しくなりながら詳しくポストへの行き方を雀に聞くと雀は困ったように、
「俺は飛べるからね、人間の道の事はよくわからない…ごめんよ」
「でも町の中心部に近いはずだよ!」
と、教えてくれました。
雀はチュンと鳴きながらこれからそこへ行くの?と聞いてきます。
『そうだよ』
とミミが答えると少し嬉しそうに
「そうか!あそこには友達が居るんだ、もし会ったら仲良くしてやってくれ」
と話し続けます。
「この前な、俺が木の実を食べていたら、後ろから人間の女の子が来てたらしくてさ、俺は女の子来てることに全く気づかなくてさ~
女の子が俺を覗き込んでるワケ、さすがにビビったね!
可愛い兎のぬいぐるみなんて抱えちゃってさ!」
や、あそこのパン屋のパンは旨い、そこの森の木の実は酸っぱいなど色々と話しながらミミ達は歩いていましたが、
「おっと!悪い。
そろそろパン屋の娘のえみちゃんがパン屑を蒔いてくれる時間なんだ!」
あそこのパン屑がこの町で一番うまい!
なんて言いながら
「じゃ、またな!」
『うん。ありがとう』
「おう!元気でな」
と高く町に向けて飛び去ってしまいました。
ミミは話しに少し疲れながらもこんな風に話したのはいつ以来だったっけ?
楽しかったな…また会えるかな?
と寂しく感じてしまい、バッと気を取り直すように町に向けて歩き始めました。
田んぼの間を縫うように歩きミミは足取り軽く、たまにバッタやタンポポの綿毛と遊びながら町に向かいます。
『ふふーん、ふんふふーん』
しばらく歩き、町に差し掛かってきた時です。
公園の近くを歩いていると
「うあああああーーんん!」
と公園から泣き声が聞こえて来ました。
ミミがビックリしながらも恐る恐る園内を覗き込むと、水色のワンピースを着て兎のぬいぐるみを抱えた女の子が涙をボロボロと溢しながら泣きじゃくっています。
ミミが慌てて駆け寄ると、ミミに気が付いたようで
「猫しゃん?」
『うん、そうだよ。ボクはミミ!』
そうミミが答えると女の子は泣き止み
「みみ?」
と聞き返します。
『そう、ミミだよ!君のお名前は?』
「のの…ののはののって言うんだよ」
『ののちゃん?どうして君は泣いているの?』
とミミが聞くとまた涙を流しながら話し始めました。
「あのね、お母さんに買ってもらった風船を離しちゃったの…ほらあっち」
ミミが女の子の指さしている方を見ると大きな木の上に赤い風船が絡まっているではありませんか。
「せっかくお母さんに買ってもらったのにののが風船離しちゃったから…」
女の子はまた、泣きはじめてしまいます…
ミミが、木を見上げながら
『ボクが取ってきてあげるよ!』
と言うと女の子は顔を輝かせながら
「ほんと?ほんと!いいの?」
とヒーローを見るように目をキラキラさせながら
「おねがい!」
と言いました。
ミミは任せた、とばかりに木に登り風船の紐をひょいと咥えながら木から飛び降りました。
トトッとミミが女の子の所まで駆け寄ると女の子は嬉しそうに風船を受け取りながら
「ありがとう、みみちゃん!」
と笑顔を浮かべミミの頭を撫でてくれました。
ミミは気持ち良さそうに目を細め尻尾を揺らしながら一度女の子の手に頭を押し付け
『バイバイ、ボクもういかなくちゃ。』
と言うと女の子が目を真ん丸にさせながら
「もういっちゃうの…?」
と泣きそうな顔で呟きます。
ミミはうん。と頷いたあと、忘れてたと女の子に聞きました
『赤いポストとピンクの花のお家を知らない?』
女の子は涙を引っ込めてキョトンとした顔をしたあと思い当たる場所があったのか指を指しながら話し始めます
「赤いポストの家ののしってるよ!」
あのね、あのねと頑張って話すたどたどしい道案内を聞き、ミミはありがとうとお礼を言って歩き始めました。
後ろから女の子が
「バイバーイ」
と片手は風船を持って、もう一方の手をブンブンと振りながら笑顔で叫んでくれます。
ミミも負けじと
『バイバイ!』
と尻尾を高く上げました。
女の子と別れてから数分。
女の子に聞いた道を歩いていましたが、ミミは道に迷ってしまいました。
目の前には大きなお城のような白いお屋敷と固く閉ざされた立派な門があり、ミミはどうした物かと戸惑っていました…
そこへ一匹の白猫が門の隙間からスルリと出てきて言いました、
『どうしたのかしら?私の家になにか御用?』
ミミは綺麗な白猫に驚きながらも答えます
『赤いポストとピンクの花の家を探してるんだ。道を聞いて歩いてきたのだけれど迷ってしまって…ついた所がこのお屋敷だったんだ』
白猫は値踏みするようにふぅん、と鼻を鳴らしながら
『そう、いいわ道を教えてあげる。
代わりに私を手伝いなさい』
と言ったあと、『ついてきて』と短く言いながら門の中に戻って行きます。
ミミは、先に行ってしまった白猫を慌てて追いかけながら門の中に入るとそこは白い薔薇が咲き誇る綺麗な庭園でした。
入ってきたミミに白猫は遅いとばかりにミミを睨みながらまた、歩き出します。
今度は遅れないようにとミミが後ろを歩くと『やればできるじゃない』なんて声が聞こえて来ました。
ミミはムッとしながらも白猫を追いかけます。
白猫はぴょんぴょんと屋根を伝っていきミミもあとを追います。
ある、部屋の窓の前で白猫が止まると中を伺うように白猫が窓を覗き込みました。
ミミも一緒に中を覗くと一人の女性が写真立てを眺めていました。
白猫がそれを寂しそうに見つめるのを、ビックリしながらミミが見ているとハッとした表情で白猫がミミを睨み付けました。
『なによ?』
ミミがなんでもないと答えると白猫が
『フンッそうよね。』
と高飛車そうに言いました。
ミミが少し複雑な気持ちになりながらも、
『ボクは何をすればいいの?』
と訪ねると白猫は
『貴方には花を選んで欲しいの』
『もちろん一からとは言わないわ、貴方に一から花を選べるとは思わないもの』
と言い、屋根をスタスタと降りて行きます。
ミミはムッとしながら白猫について行きます。
白猫が向かった先には綺麗な温室があり、白猫は遠慮などなしに温室の中へ入って行きました。
ミミが追いかけて温室の中に入ると、そこは綺麗で色とりどりの花が咲き乱れておりミミは思わず息を呑みました。
けれど白猫はそんなミミに構わず奥へと消えて行きます。
ミミも慌てて白猫を追いかけると白猫はある二本の花の前で立ち止まり考え込んでいるようです。
目の前には白色のダリヤと白色のゼラニウムが一輪置かれていて白猫はついてきたミミに気付くと
『この二本でどちらか決めて欲しいの』
『渡す相手ははさっきの綺麗な女性よ』
とミミに言います。
『あなたはどちらが良いと思う?』
ミミは少し考え答えました
『ボクは花の事はよくわからないけどこっちの白色のダリヤの方が好き』
そういうと白猫は満足げに頷き
『そう、いいセンスしてるわね』
そう言いました。
そう言い終わるが速いか、白猫は一輪の白いダリヤを咥え歩き出します。
行き先は先程の女性の所なのか、ぴょんぴょんと飛ぶように白猫は駆けていってしまい、ミミは白猫に『いいセンスしてるわね』と言われたことに嬉しさを滲ませながら白猫のあとを追います。
白猫はミミより早く部屋の前についていて、ミミがついたときには白いダリヤを大切そうに部屋の窓の前に置き『なぁーん』と一鳴きしていました。
すると、それに気付いたのか女性が部屋の中から顔を出し
「アーシャ?アーシャなの?」
と辺りを見渡します。
ミミはそれにとても驚きました、何故ならば女性の探しているであろう白猫は目の前に居るのにも関わらずまるで見えていないかのように、なおも周りを探して居るのです。
それを見て、白猫は悲しげに『にゃおん』とだけ鳴きしばらく女性を眺めていました。
ミミはその光景を何とも言えずにみまもっていましたが、白猫がこちらを向き
『ありがとう、道を教えるからついてきて』
と言われたことでハッとし白猫を追いかけました。
追いかけざまに女性を振り返ると何もない虚空を見つめ「アーシャ…」と溢しているのにミミは気づかないふりをして白猫を追いかけました。
白猫は門の前まで来ると
『ありがとう、道ならここを真っ直ぐ行けば突き当たりの家に柴犬がいるわ、その柴犬に聞けばわかるから、それから先はその柴犬に教えてもらってちょうだい』
と言い残し、門の奥へスタスタと消えて行きました。
ミミはそれを見送り、また道を歩き始めました。
ミミがしばらく歩いていると確かに柴犬のいる一軒家につきました。
庭にいる柴犬はスヤスヤと寝息をたて、気持ち良さそうに寝ていました。
ミミは起こしても良いものかと悩みますが、そんなミミの気配に気付いたのか、柴犬は顔を上げ、くわぁーとあくびをしながらミミの方へ顔を向けます。
「こんにちは、今日はいい天気でお昼寝日和だよねぇ~君も一緒にお昼寝しない?」
と、おっとりとしながら言いました。
ミミは
『こんにちわ、今日はお昼寝をしに来た訳じゃないんだ、赤いポストとピンクの花のお家を知らないかい?』
ミミがそう聞くと柴犬は少し考え合点がいった、とばかりに頷き
「それなら、知ってるよお」
と答えながら体をミミに向けこう言います
「教えてあげるから、そこにある骨のおもちゃを取って欲しいんだあ」
と柴犬が体を向けた数先メートルには、白い骨のおもちゃが一つ落ちていました。
ただ、柴犬の鎖の長さでは届かない位置にあり、ミミはその骨のおもちゃを拾い上げ柴犬に届けてやりました。
『これだけで良いのかい?』
ミミが聞くと柴犬は嬉しそうに尻尾を揺らして
「ああ、ありがとう。これが取れなくて困ってたんだ」
「赤いポストの家を探しているんだよね?それなら、この先の道を右に進んで……」
と柴犬に教えてもらい、ミミは先を急ぎます。
「バイバイ~また来てね~」
柴犬はゆっくりと尻尾を振ってにこやかに言いました。
『うん、ありがとう。またね』
ミミは尻尾を高くあげ別れを告げます。
ミミが柴犬に教えてもらった通りに歩き続けると、商店街の中へと進んで行きます。
すると商店街の一画に記憶どおりの赤いポストとピンクの花のお家を見つけました。
ミミが見慣れた家に駆け寄ると、丁度ガラリと玄関の戸が開き優しそうなお婆ちゃんが出てきました。
お婆ちゃんはミミを見るなり目を丸くして
「あらぁ…ミミじゃないかい。久しぶりだねぇ、迎えに来てくれたのかい?」
ミミはボクの飼い主はこの人だ!
と思い駆け寄ると、お婆ちゃんは嬉しそうにミミを抱き上げ撫でてくれます。
ミミの記憶にある、優しい撫で方そのもので、優しく優しく丁寧に撫でてくれます。
「あらまあ、ミミはこんなに大きくなっちゃって…ふふ、私が小さくなったのかしらね」
『なぁーん、にゃうるう…』
ミミが、そんなことないよ、お婆ちゃん会いたかった!
と返事をしてもお婆ちゃんには猫の鳴き声にしか聞こえないようで、それでもお婆ちゃんには伝わったのか
「ふふ、そうかい?ミミは昔から優しい子だねぇ」
『にゃあん』
ミミはお婆ちゃんに抱き上げられ、家の中へ入りました。
ミミはお婆ちゃんの腕の中でうとうととしているといつの間に寝てしまっていたのか夢を見ました。
それは、まだミミが子猫の頃の夢で、お婆ちゃんに出会った頃の話です。
ミミは子猫のうちに親猫とはぐれ、お婆ちゃんに育てられました。
ミミは大きくなってもお婆ちゃんが大好きで、いつも後ろをついて回っていました。ですが、人間と猫の寿命には大きな差がありミミもお婆さんより先にタヒんでしまったのです。
ミミが最後に見た景色は優しいお婆さんの泣き顔と頬を撫でる優しい手でした。
優しく暖かな微睡みから目覚めると、ミミはお婆さんの膝の上で寝ていたようで、お婆さんが目を細め幸せそうにミミの頭を撫でていました。
全てを思い出したミミは思わず顔をあげ
『なおーん』
と甘えたように鳴くとお婆さんがふふっ、と笑いながら目を閉じます。
「私も、もう近いのかね。まあ、十分生きたし孫の顔も見れた。もう、悔い残すことはないね。それに、ミミが最期に迎えに来てくれたんだからこんなに嬉しい事はないさね」
お婆さんが目を開けミミを見つめます。
「連れていってくれるかい?ミミ。」
ミミがお婆さんの頬を舐めにゃんと一鳴きし言いました。
『うん。ボク、思い出したよ。大切なお婆ちゃんが道に迷わないように迎えに来たんだ。』
ミミが喋った事には驚かず、お婆さんは言います
『そうかい。ミミは親思いの良い子に育ったねぇ。私が迷わないようにちゃんと道案内しておくれよ』
『うん』
ミミはそう言うと、お婆さんの膝から降りて歩き始めます。
辺りは夕焼けで染まりはじめていて、綺麗なオレンジにミミの体が溶けているように見えるほどで、お婆さんはミミの背中を追いかけます。
『あらあら、まあまあ。こんなに体が軽いのはいつぶりかしらねぇ。』
ミミは少し進んでは後ろを振り返り、
『お婆ちゃん、ボクの後ろをちゃんとついてきてね』
ミミがそう言うと、お婆さんはにっこり笑って
『ああ、もちろんさね、ミミこそ私をもう置いていかないでおくれよ。』
そう言いながら一人と一匹は夕暮れの光の中に溶けて消えて行きます。
暖かく心地のよい光の中へ。
夕暮れ過ぎて黄昏時を少し越えたその頃、赤いポストとピンク色のネリネの花が目印のそこに、戸を叩く音が響いています。
近所のおばさんがお野菜のお裾分けに来ているようで、
「おーい。奥さんいるかい?おーい!
あれ、おかしいなここの奥さんはこんな時間は出歩かないはずなんだけどなぁ…おーい!奥さん、いるかーい?」
ガタガタと扉が軋むほどの力と声量で何度呼び掛けても返事が帰って来ないため、心配になったおばさんは
「入るよー」
と玄関の戸を開けました。
そして居間に続く戸を開くと、一人の優しそうなお婆さんが穏やかに目を瞑り眠っていました。
静かに静かに、息を止めておりました。
近所のおばさんはビックリしながらも、幸せにそうに、穏やかに目を閉じているお婆さんにそっと毛布をかけてやりました。
外では秋の肌寒い風が吹き抜けて、鈴虫がチリチリと鳴いています。
虫の鳴く声のその中に猫の嬉しそうな鳴き声と、老婆の幸せそうな声が微かに聞こえたような気がしました。
拙い小説をここまで読んでいただきありがとうございました。