願いごと、一つ。
よろしくお願いします。
きらきらと光を乱反射するぷっくり丸い可愛い器。
ガラス細工で出来た小さな魔法の小瓶に納まるのは、お花や果物が姿を変えたみたいな色とりどりの小さな小さなお星さま。
「ありがとう、大事にするね」
お土産だと渡された幸せの小瓶を両手で包んで胸に抱く。
金平糖は、お星さま。
ひと粒食べる時に、願い事をするの。
いっぱいいっぱい幸せになれますようにって。
「金平糖は、かなしい時に食べると良いですよ」
きらきらの小瓶をくれた人が優しく笑う。
「そうなの?」
「食べながら、願いごと一つ」
そう言って、彼は彼の分の金平糖からひと粒、白い金平糖を口の中に入れてくれた。
ほんのり苦い、けど甘い。
「あ、グレープフルーツだ」
舌の上を転がるつぶつぶは、すぐにホロホロと溶けて消えてしまった。
「ちょっとだけ、幸せになれます」
「ふふ、本当だね」
かなしい事があったらひと粒。
どうか、どうか。
幸せになれますように。
どうか、どうか。
想いが忘れられませんように。
どうか、どうか。
あなたの愛が守られますように。
▽
少しだけ、胸が痛む。
自分の大好きな人と大好きな人が仲が良いとやっぱり嬉しい。
とってもとっても嬉しいけれど、何処か何となくだけど寂しい。
自分も入れてほしいな。なんて思うけど、入れてもらったら多分形が違ってしまう。
あの風景の中に、私はいらない。
・
・
・
「先輩、気分でも悪いのですか?」
日陰で休んでいたら、澄春君が声を掛けてくれた。
前髪を七三パートで軽く立ち上げ、無造作にワックスでスタイリングされた少し長めのツーブロックは、重く見えがちの黒髪を爽やかさで押し切っててカッコいい。細い顎、鼻先が尖った形の良い鼻。切れ長で涼し気な目元に、薄い唇の大きな口。一見、怜悧な顔立ちだけど笑うとキレイに三日月になる目が彼を優しいイメージに導いてくれてる。
すらりとした痩躯は、食べる量より代謝が上回ってしまう体質だからだそうで羨ましいことこの上ない。
この男、須原 澄春。うちの部活の良心、兼まとめ役。
「ううん。大丈夫〜」
日陰に居たから気分が悪くなったとか思われちゃったんだね。心配かけちゃった。ごめん。
私、由家 心都が所属する映画研究部は、動画投稿サイトにショートムービーをほそぼそと投稿している地味なのか派手なのかわからない部活だ。偶に、運動部から新入部員獲得に向けてのプロモーション動画の依頼が来たり、吹奏楽部から大会記録をお願いされたりと程々に役に立ってる部でもある。
今日はダンス部の動画撮影の日で、映研とダンス部のみんなで野外の撮影場所まで移動したのだけれど、着いた広場が予想より開放的で、綺麗で、空は晴れてて両部ともテンション爆上がりで騒がしい。
中でも、うちのまーちゃんとレオ君のコンビの燥ぎっぷりが小学生で元気だなぁ……なーんて思ってみていた。
まーちゃんこと、二年の日崎 まひるちゃんは、名は体を表すな向日葵属性の明るい子。彼女に絡みに行ってるレオこと一年の大池 麗生くんは顔圧強めのイケメン。映研の中で一番背が高い。レオくんは双子で、凛希様って妹がいる。なんで様なのか……って聞かれると、なんか様って付けたくなるのよ。としか言いようがないんだけど、レオ君と変わらない高身長でちょっぴりグラマラスな和美人。レオ君は割とハッキリとしたオリエンタル寄りの顔をしているから顔の傾向としてはパッと見では兄妹ってわかりにくい。けど、笑った顔はそっくりなので血は争えないなぁって感じ。
まーちゃんとレオ君が盛り上がっていた話題は、近くにある看護学校の話で、キレーなオネェさんが通らないかなぁ、とか。もしも運命的な出会いをしちゃったら〜みたいな話だった。
今日は日曜だから、キレーなお姉さんもステキなお兄さんも通らないと思うな。
私は、皆のそばにいるのがちょっとだけ疲れちゃって少し離れた日陰で涼むことにした。
キヨ君はダンス部の人と撮影順とかの打ち合わせをしていて、話し終えて振り返ったら私が皆と一緒に居なかったことに驚いて、こっちに来てくれたみたい。
優しいね。
「まだ夏じゃないのに、もう夏みたいでちょっとだけ疲れちゃったから」
これは本当のことだけど、でも、ちょっとだけ嘘。
「確かに。少し日射しが強いですね」
そう言って、キヨ君も日陰に入る。眩しいくらいに燦々と降り注ぐ日射しは、チクチクと肌を刺すから日陰のバリアに守られたいよね。
皆のところに行きますよ。って、言われるかと思っていたから、キヨ君が普通に私の隣に腰を下ろしたことに物凄く驚いた。
驚いたから、驚きましたって顔で彼を見ちゃってたみたいで、こっちを見てちょっと困ったように笑ったキヨ君の耳が赤くなっていたことに、今度は私がドキドキして、顔も少しだけ熱くなって、なんだか二人して照れ照れして恥ずかしい時間を過ごしてしまった。
レオ君やリノ様と同じ一年の綾音くんが「撮影始めますよ」って呼びに来てくれるまで、二人してずっとモジモジしているという体たらく。
でも、二人してモジモジしていたら、なんだか……。
うん。なんだか。
寂しいな、って思った気持ちが何処かに消えていた。
キヨ君は、魔法使いの才能もあるのかもしれない。
そう思って、撮影が終わったあとにレオ君に話したら笑われちゃった。
私、変なこと言ったかなぁ?
でも、レオ君が笑ってくれたから嬉しかったよ。
だけどね。
ちょっとだけ、胸がチクチクしたの。
チクチクして、寂しいから一人になってからね、キヨ君に貰った金平糖を一つ食べたんだよ。
願いごと一つ。
みんなが幸せになれますように。
▽
レオ君の推しは、まーちゃん。
私もまーちゃんといると楽しい。
何かと気に掛けているのは、アヤネ君。
アヤネ君はリノ様と仲良しだから、ヤキモチ焼いているのかもしれない。
リノ様とレオ君は、見えないところがそっくり。
びっくりするくらい同じ事を言ったり、やったりするから双子すごいなぁって思う。
キヨ君は、色んな事を気にしてくれているし、気付かない事に気付いてくれて教えてくれる。時々、とっても先生。口煩いくせに優しいから、ママみたいって言われてママとかキヨママなんて呼ばれてる。本人不本意そうなのに、結局許しちゃってるからママなんだよ。
レオ君は、キヨ君の沢山を一度に見て、問題を整理して順番に解決しようとする思考の整理整頓を見習いたいみたい。
レオ君は、努力の人だからきっと出来るようになるよね。
私は、三年生だからみんなを監督しないといけないのに、何だか大事にされてるだけでお役に立ててるのかどうかは怪しい。
もっとしっかりしなきゃって思うのだけど、行動に表せてるかはわからない。出来てたらいいなぁ。
レオ君は、私のこと宇宙人っていう。あと、そんなところが癒やされるとも言う。宇宙人に癒やされるってどういうことかな? おねーちゃんわからないよ。
ただ、背の高い大池兄妹に挟まれると、平均身長にちょっとだけ届かない私じゃ囚われの宇宙人みたいに見えるかもね。
う~~ん……。
私は……。
わたしは――――……。
・
・
・
目の前でまーちゃんとレオ君が雑誌を読んで盛り上がってる。
最近、まーちゃんの格闘技熱が高まってるからスキあらばで熱く語ってて、レオ君は、時々突っ込みながら、それを楽しそうに聞いてる。
まーちゃんは、スゴいんだよ。
レオ君が疲れている顔をしていると、私はどうしていいかわからなくてただ傍にいるだけだけど、まーちゃんはいつも通りの笑顔で話しかけて、レオ君をいつの間にか笑顔にさせてるの。まーちゃんの特技の一つ、通常運転。
今日もそう。
進行表を見ながらうんうん唸っていた筈のレオ君は、雑誌を持って現れたまーちゃんにあっという間に笑顔にさせられていた。
まーちゃんは、やっぱりスゴい。
「素敵だね」
チクチクと胸が痛む。仲がいいことは良いことだし、皆が丁度いい距離で助け合ってる今は、最高にいい関係なんだと思える。偶に喧嘩もするけど、それは大事な意見交換だから逆にないと困るよね。
喜怒哀楽。色んな感情に振り回されて、振り回されあって、ちょっとずつ近くなって、重なり合う部分を知って。
そして――――。
「どーしたんですか、コト先輩」
「えっ」
不意に掛けられた声に、心臓がドキドキした。
「真剣な顔で考え込んでましたよ」
「ええ〜、そうかなぁ」
「ええ、そうでした」
「むむ〜〜」
唇を尖らせて、ムンクの叫びみたいにほっぺたをギュッって押して拗ねてるのと怒ってるのが一緒になった顔をしたら、キヨ君は笑いながら隣の椅子に腰を下ろして、同じように両手で顔を挟むポーズをして私の顔を覗き込んできた。
普段クールビューティなクセに、そんな顔はズルい。
キヨ君は、優しい。すごくすごく優しい。
「可愛くな〜〜い」
「心外ですね」
素直に感想を言ったら、キリッっとした和くんの真似で返されちゃった。ヤマト君は、うちの部活の最強セコム。眼鏡キャラなんだけど、掛けてる秘書メガネの圧がスゴい。
「も〜〜〜〜っ」
タコみたいに唇を尖らせ、頬を膨らませて抗議したらなんか気配を感じたのかな?
丁度、ヤマト君が部室のドアを開けて入ってきた所でこんな奇跡あるんだ〜って笑っちゃってダメだった。
笑われたヤマト君は不思議顔だし、一緒に部活に来た成くんはヤマト君が戸惑ってるのが面白いらしくてずっとニヤニヤしてて、ヤマト君に肩パンされてた。
うん。
今日も、我が映研は賑やかで元気。
金平糖を一つ。
願いごと一つ。
みんなが笑顔になれますように。
▽
胸がチクチクした時は、金平糖を一つ。
幸せになれますように。
笑顔になれますように。
大好きな人が――――。
私は――――。
「大好き」
空になった幸せの小瓶に、言葉を落として蓋をする。
「大好き」
あなたが幸せになれますように。
「大好き」
いつまでも笑っていられますように。
「だいすき」
胸がチクチクしたら。
なんだが、泣きたくなったら。
一緒にいるのに寂しい時は。
「大好き」
空っぽの幸せの小瓶に、いつかこの気持ちがキラキラのお星様みたいな形になって、姿を現しますように。
そう願いを込めて。
「大好き」
囁いて、蓋をするんだ。
・
・
・
ガラス細工のキャンディーポットは手のひらサイズで持ち歩くのに邪魔になるような、ならないような微妙なサイズだったから、いつもは部屋に置いてあるのだけど……。
今日は、朝起きたらいいお天気で学校に来る前に少しお散歩をしようと早めに部屋を出たのだけど、その時に何かと間違えて鞄の中に入れちゃったみたい。
スマホと間違えて、リモコン持って出てきちゃったみたいな。イヤホンと間違えて、マウス持って出てきちゃったみたいな感じ?
何と間違えたのかわからないから、多分大事なものではないと思うのだけど、失敗しちゃった……反省。
今日は、再来週に行われる文化祭の演物として予定しているショートムービーについての最終確認日。土日で一気に撮影して、来週いっぱいかけて編集。コンテは出来上がっているし、なんなら一部は既に撮影済みだし、劇伴とかもフリーの音源とヤマト君が制作した音源で賄うことが決定している。
いや〜なんだかクリエイター集団ぽくていいよね。
実際は、学校って枠に守られて不自由な中で自由に出来てるだけなんだけどね。
三年生の私と幸貴くんは、文化祭を最後に部活は引退。今は九月だけど、十一月から大学共通テストまでは、息が詰まるほど勉強に明け暮れるってわかってるから、些細な共同作業でも嬉しいし楽しい。
部室で皆が揃うの待っている。何時も早い時間に登場するリノ様が珍しくまだ来ていない。アヤネ君はちょっと遅くなるって前から言っていたから、来るのは最後だと思う。
キヨ君もまだ来ていないけど、ママはいつも忙しいから仕方がないよね。
あと待っているのは、幸貴くん、ヤマト君、ジョー君、宙偉子ちゃん。
部室には、私とまーちゃんとレオ君で、レオ君は、この前見に行った映画の話を嬉しそうにまーちゃんにしている。まーちゃんも観たいなって思っていた作品だったらしくて色々聞けて楽しいみたい。
私は、二人の話を聞いていても良かったのだけど、出来る子だから荷物を片付けるふりをして窓際に移動したんだ。
そしたらね、開けた鞄の中にキャンディーポットが入っていたことに気が付いたの。驚きすぎて、まさに目が点。
キヨ君がくれたキラキラの幸せの小瓶は、今は空になってしまったけど。中に何も入っていないから窓から差し込む光を反射してすごく綺麗に輝くの。思わず鞄から取り出して光に透かして見ちゃった。
太陽の光を受けて輝く器は、部屋の照明とは違う輝きを見せて綺麗だったから、二人に見せてあげたいって思って振り返ったんだけど。
「……」
レオ君が、とっても優しい顔でまーちゃんの話を聞いていたからね。私は何も見なかったことにして、もう一度お日様に幸せの小瓶を翳したんだ。
窓枠に出来る影と光の模様が可愛くてね、キヨ君はセンスがいいなぁ〜なーんて思ったりしてね。
間違えて持ってきちゃったけど、こんな素敵な発見が出来るなら偶には間違えてもいいかなって思ったよ。
キラキラ。
キラキラ。
レオ君とまーちゃん。
ちょっとだけ苦しくなっちゃった。
ポットの蓋を開ける。
いつもなら、一人っきりの部屋でしかしないのだけど。
窓から見上げた空にかかる雲が、あんまりにも高く白くて、吸い込まれそうだったからかもしれないし。ガラス細工の影が万華鏡みたいに沢山の花を咲かせてくれたからかもしれないし。単に私のただの気まぐれだったのかもしれないけど。
私は蓋を開けて、言葉を紡ぐために唇を開く。
いつかこの気持ちがキラキラのお星様みたいな形になって、私の心から飛び立っていきますように。
そう願いを込めて。
「だぃ……」
――――カラン。
いつもみたいに、空っぽの幸せの小瓶に囁やいて終わるはずが小さな音がなった。
「金平糖」
小さな、小さなお星様。
カラリと三つ、瓶の中を転がったそれに驚いて顔を上げたら、隣に立っていたキヨ君も驚いた顔をして固まっていた。
「いつの間に来たの?」
「ちょうど今、でしょうか」
そうだよね、うん。
「どうして?」
「あ、いえ。空になっているのが見えたので」
コンビニに売っていたんです。そう眉を下げながら、パッケージを見せてくれる。そうじゃない。そうじゃないよ、キヨ君。色々言いたいのに、キヨ君が掲げるパッケージの自己主張の強い『塩』の文字に笑ってしまって無理だった。
「足してくれるの?」
「そ、ういうつもりでは……。いえ、そういうつもりだったんですが、そうでもないと言うか」
「何を言っているのか、わかんなーい」
一人ワタワタするキヨ君が面白い。
キヨ君は、みんなを見ていてくれて。
みんなに優しくて。時々、先生で。
キヨ君は……。
澄春君は。
「あのね、私ね」
キヨ君に一番最初に伝えないといけないことがあるんだ。
あのね、私ね。
「あっ、なつ菓子〜〜」
今度は、キヨ君がいる側とは逆側から声がしてびっくりしてそっちを見れば、まーちゃんとレオ君が居た。
「懐かしいだけにね!」
「何言ってるんすか……」
ニカッっと笑ったまーちゃんの手が私の前に伸びる。
「あーっ」
キヨ君の大きな声にまたまたビックリして。
「え?」
「ん?」
「えぇ〜〜っ?」
キヨ君が、幸せの小瓶に入れてくれたお星様がまーちゃんの口の中に消えていった。
「あれ? 食べたらダメだった?」
再びニカッっと笑うから、私は首を横に振ったのだけどキヨ君は許してはくれなかったみたいだ。
「も〜っ、日崎さんは、どうしていつもそうガサツなところがあるんですか!」
コト先輩のじゃなくて、僕に言ってくださいよ。僕が持っているんですから!
なーんて、塩って書かれた金平糖の袋をまーちゃんの顔に押し付けそうな勢いで突き出して叱っていた。
キヨ君、元気。
レオ君は、まーちゃんを助けようとしないで一歩下がって笑ってる。地味にひどい。
私の大好きな人たち。
私の、大好きだった人。
「あー……センパイ?」
レオ君と目があったら、キヨ君のお小言から逃げ回るまーちゃんを避けてササッっと横に来た。
「前もソレ、持ってましたよね?」
手のひらに収めたキャンディーポットを指さされる。
「うん」
多分それは、キヨ君からこれを貰った日の事だ。
レオ君が私を見ていたことにも、私が持っていた物を覚えていたことにも驚いたけど、彼は気にしい屋だからきっと私が気が付いてないだけで皆のことを見ていてくれたんだね。
「澄春君から貰った私の大事な宝物だよ」
願いごと、一つ。
私からこぼれた恋心は、今は誰かの胃袋の中。
・
・
・
「私は、気にしてないからいいのに」
聞きませーん。と、耳を塞いで逃げ回るまーちゃんを追いかけるのに飽きたのか、すぐにキヨ君は帰って来てくれた。代わりにレオ君がまーちゃんの所に戻っていく。
「駄目ですよ、甘やかしちゃ」
「フフフフ……」
プンスコ怒っているけれど、キヨ君の方が私を甘やかしてると思うんだよね。
「あのね〜、キヨ君」
「はい」
願いごと、一つ。
「これから金平糖食べる時は、キヨ君と一緒がいい」
「はい。……え、……ええっ?!」
目をまんまるにしているキヨ君に、蓋を開けた幸せの小瓶を差し出したら、ティッキングみたいにガクガクした動きで器に金平糖を分けてくれた。
さすがキヨ君、ダンサーとしての才能もあるかも?
「せ、先輩、それは一体……」
探るような視線を向けてくるキヨ君がくすぐったい。
いつかのときのように、二人して赤くなってモジモジしてしまいそう。
今、貰ったばかりの金平糖を一つ口の中にいれる。
「願いごと、一つ」
ほんのり甘じょっぱいソレを、キヨ君の口の中にも放り込んだ。
「恋愛成就」
お時間いただき有難う御座いました。