第二話 鋼鉄の戦士に心は無い(Ⅱ)
(Ⅱ)です、再編していてよくなっているのか、悪くなっているのか分からなくなってきました、けれどよくなっている事を信じて再編を続けます。
「●●●、●●●!」何かを叫ぶ声はよく聞き取れず。
本当は聞こえる筈の言葉は決して耳に届かず、抱かれた感触は残らず、そのベッドも空間もこの世界を形成するなにもかも、この決してあり得ない夢は崩壊した。
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ」
やや過呼吸気味になりながら、僕は目を覚ます。自分の胸ポケットに入った端末を取り出し、今がいつなのかを確認した。2122年7月、それ以降の数字には大して興味を持てなかった、ずっと望んでいるけれど、決して辿り着けないあの夢を見るのは久しぶりだった、幸せな夢の筈なのに、起きてしまえば決して叶う事の無い現実が待っている、まさに悪夢だ。僕は今を生きている、この2122年の過去の人間は想像できなかったであろう、世界が異常に発展した、まるで異世界と見間違う程の不思議な世界で僕は一人のうのうと生きている、今日もいつかを後悔しながら、今日も生き続ける。
「大丈夫か?」青年に声の声がする、一体誰に声をかけているのかと僕は辺りを見回す。
彼の印象は茶髪で爽やかな人だろう、見た事がある気もするし、他人の他人の空似かもしれない、けれど僕が彼に抱く感情は、少し昔の僕みたいだ、そういう印象だった。
「ボケっとしてるけど、アンタだよ、アンタ、凄いうなされてたぜ?」
僕よりも少しだけ背丈は小さいだろうか?けれど物腰柔らかそうで、誰とでも交友関係を築けそうな青年はこちらの心配をしている?なぜ僕を心配するのだろう?一瞬疑問に思ったが、その疑問はすぐにも解決した。ここはトレーニングルームで、そこで夜通し自分で壊したパワードスーツの修理にあたり、そのままこの場で寝てしまったのであろう。こんなところで寝て、そしてうなされている22歳の男性。不審者にも思われるかもしれないし、お人好しであれば心配してくれるであろう、僕は勝手に納得し、少しの自己嫌悪が襲う、何をやっているんだ僕は、という単純な思考ではあるが。
「すまない、偶に見るんだ。僕が切に望んだ事の筈なのに、一瞬で最悪な夢に変わる悪夢、夢だから、現実ではないんだと、知っているのにその夢に縋ってしまうそんな夢をね」
「俺にはそれがどんな夢かは、わからない、望んでいる事なのに悪夢、言っている事が意味不明だ」そう言われると痛い確かに意味不明だ、望んでいるのに悪夢とは。
「けど、その夢は本当に美しい幻想だって事は俺にもわかるよ、表情が幸せそうだ」
「そう…かな?」表情でわかる程の顔、一体どんな顔をしているんだろう、僕は。
「なんて言えばいいのか、うなされていたのは事実だし、それが幻想でそれを実感する度に悪夢に変わるそれも事実なんだろ?けどその夢は幸福な物なんだろ?」
彼に言われて僕は気づく、叶わぬ幻想だ、今という時間に否定されては叩き起こされる悪夢だ、どれだけ願ってもその幻想に届く事はない、けれど確かに僕自身が望んだ世界を見れている事に変わりはない、決して最後まで見れないPVでもそれだけでも幸せだった。
「そんな間違った事を言ったかな?俺…、ごめんごめん、泣かれるなんて思わなかった」
「いやなんて言うのかな、君の言う通りだよ、幸せな夢を僕は見ていたんだ…ははは」
余りにも的いていた言葉だった、自分にとっての幸せな時間が不幸せである筈がないんだ、当たり前の事だった。当たり前の事なのに、その後に受けるショックだけを考えて悪夢にしていたのは僕だったんだ、そんな事を教えてくるのは君が初めてだったし、ほぼ初対面の僕の事を理解し、心配してくれる人が居るなんて想像もしていなかった、だからかな、どうしても涙と笑いが止まらないんだ、僕を僕として認識してくれる人は居たんだな。
「落ち着いたか?」彼から差し出された飲み物を貰う、よく気が回るいい人だ。
「すまない、名前を聞いてもいいかな?」
「そうだな、自己紹介がまだだったな、俺はリアル。よろしくな、えーっと…」
そうか、やはり初対面だったのかならば僕も名乗らなければならない、けれど僕はなんと名乗ればいいのだろうか?いや僕には呼ばれ馴染んだ名前が一つだけある、それでいい。
「僕はキャプテン、特殊事態対策班第5課のキャプテンだ、よろしく」
「キャプテンか、ちょっと変わった名前だな」確かに名前がキャプテンは無理があるか…。そしてリアルは言葉を続ける、恐らくこの会社の共通認識なんだろう「あの変人揃いの第5課って話だけど、常識人も居るんだな」思い当たる節があり過ぎた…。
「いや確かに個性豊かではあるけれど…、まぁいいやつらだよ」
えぇー…と信じられない様な顔でこちらを見る、まぁ変人揃いと言うのは間違いない、お姫様の恰好したマリーだったり、会社内とは言え下着姿で用事を済ませすぐに女性にナンパする明智、大体いつも人を殺しの事か妹自慢しかしないサチア、そして屋上を勝手に独占して遊び場にしているミライに、スーツを調整しかしていない僕。間違いなく変人揃いなのは正しい、言い訳のしようも無い程に。
「まぁいいや、俺はこれから仕事だ、今度一緒に訓練でもしようぜ、夢の話も一緒にさ」
「そんな時間取れるかな?君の部署がどこかはわからないが、余裕は無いだろう?」
「そんな事はわかってるって、約束…ほら形だけ、それ位ならしてもいいだろ?」
それもそうかと僕は頷く、幾らアベンジャーズでも毎日テロは起こさないだろう、忙しい時に週4、忙しくない時は週2といった感じかな?そんなバイト感覚でテロの周期を考えていると、リアルは小指を差し出した。
「知らないか?指切りげんまん、昔はこうやって約束していたらしいぜ?」
リアルの言葉と指を見て、懐かしさすら感じる最後にやったのは十年以上も前かもしれないが、昔友人の一人が教えてくれた、これは約束の象徴だと。
「やり方は知っているよ、少し前かな?友人に教えてもらってやっていたからね」
「本当かぁ?俺の課じゃ、殆ど知っているやつなんて居なかったのに、意外だな」
「いーや、本当さ、本当に本当だとも」何度も友人と約束をしては、約束を守ったり守らなかったりした事を未だに覚えている、もう僕以外誰も覚えていないだろうけど。
指切りげんまんと口にして、嘘ついたら針千本飲ますと続き、指をきる。まともに考えれば、安易な約束には一切見合う事の無い罰、けれど知っている人が居るという事が、僕にとっての救いだ、こんな安易な事が幸せとは随分安い男だと自分でも思う。
「それじゃあ、約束だぞ?それじゃあな」返す言葉は「ああ、それじゃあ」だ。
リアルが手を振るからこそ僕も手を振り返し、リアルの背を見送る。僕もいい加減事務所に戻ろう、一日中ここに居る訳にもいかないし、そもそも今日は皆出勤しているのだろうか?居ないのであれば掃除の一つでもしておけば皆の為にでもなるかもしれない。
しかしながらエレベーターは既に6階から違う階へと旅立っている、待つのも性に合わないし、いつも通り誰も使う人が居ない非常時以外は忘れ去れているであろう階段を使う。
1階を下る時間なんて大したものではなく、すぐにでも事務所の前に着き扉を開けると、鼻歌を陽気に歌いながら観葉植物に水をやるマリーがそこには居た。誰にもでも隠したい過去の一つ位はある、けれどそれが僕達にとっては少しばかり事情が特殊なだけだ。明智が言った事を思い出す『私達を余り詮索するな』その言葉は明智なりの優しさだった、マリーが明智に依存する理由、お姫様としての自分に拘る理由その全てではないが、少なからずは僕も一人の当事者として知っている。だけどもう少し知りたい、けれど皆の悩みの種一つ分くらいは解消して見せたいというお節介が僕を動かしてしまう。
「どうしたんですかぁ?今日キャプテンさんは非番じゃなかったでしったけぇ?」
純白のドレス、ロリータファッションというのか、それともゴシックファッションというのか、少なくても現実ではなくファンタジー風味を感じる服装をした少女が僕の顔を覗きこみながら確認した内容に、僕は唖然と口を開く。休み?僕が…?
「あぁ、今日は休みだったのか…、気づかなかった、考え事の所為かな?まぁくだらない事を考え耽っていた僕が悪いんだが…」
「そうなんですかぁ?さては…さては!マリーの事を考えていましたねぇ?ダメですよぉ…マリーにはぁ、明智さんという王子様が居るのですから!」
自信満々に高らかと宣言する、私は明智の物ですと胸を張るマリーを見て、少し微笑ましく思う。マリーの様あれたら、どれだけ良かったのだろうかと考える。
「確かにマリーの事は考えてた、けどそんな風には考えていないよ、お幸せにーって事で」
「マリーの事は考えているのに…マリーの事をそういう風に思わない?…?…?…」
マリーの脳内CPUは処理速度の限界を越え、大量のタスクを処理できず負荷に耐え切れず、目を回しながら限界を迎える、難しい苦も無い事を難しく考えすぎだ、マリーは。
「昨日、明智と話をする機会があってね、その時にマリーの話題も上がったんだよ、それだけさ、それでその事を少し考えていたんだ」僕は真実を濁す、サチアにも通じない位で。
マリーの話が出ただなんて嘘だ、けれども嘘ではない、明智は第五課全員を指していた、それを僕はマリー個人にすり替えただけだ、故に嘘であって、嘘ではない。
「わかりましたぁ、あの時の事ですね!昨日明智さんが私に熱い抱擁をし、抱き枕の様に扱ってくれていた時の事なので覚えていますぅ、文句を言っていましたよぉ?」
「僕が案外紳士な人間では無かったってかい?」昨日明智にぶつけた感情を率直に、マリーへ伝えたのであればこの例えが適切だと思う、暴力によって言論を奪う、明智の様な探偵にとって語らせないというのは、不愉快極りないだろう。
「いやそうじゃなくてぇ、隠し通したいのならぁ癖を…なんでしたっけ?」
「そこまで言われたら、理解できたよ。そうだマリー明智にすまなかったって伝えておいてくれ、それじゃあ…非番は非番らしく家に帰るよ」
昨日も言われた自分では気づく事が無かったが、僕にはよく時計を見る癖があるらしい、それも一緒に仕事をしているだけで気づいてしまう程には目に付く光景らしい、といっても普段から観察癖のある、明智ならではの贅沢な悩みかもしれないが。
トレーニングルームの堅いようで柔らかい微妙な床で寝ていたからかもしれないが、なんだか体が疲れた今日が非番であるならば丁度いい、こういう日は自堕落に過ごすべきだろう、いつも緊張の糸を張り詰めていては本当に緊張する場面で緩んでしまう。
「そういえばぁ、知りたくないんですかぁ?マリーの過去話…キャプテンさん…」
心臓がドクンと跳ね上がる、こういう場面の時に緊張の糸を普段は緩めておくべきなのだ、本当に心臓の止まるかと思った。先ほどまでのお姫様の様なマリーは何処へ、そこには自らの心臓を掴ませる代わりに決して離しはしないという構えの怪物がそこに居る。
僕の状況は誰が見ても、動揺に満ち満ちているだろう、それが証拠にマリーは着実にこちらの領域に侵食してくる。顔がゆっくりと近づき、吐息がもうかかるのでは無いかという距離までくる、今のマリーはお姫様では決してなく、妖艶な魔女そのものだった。
「明智に…、自分の過去を明かして代わりに教えてもらえと命令されたのかい?」
「いいえ?マリーの為に知りたいんです、マリーは皆さん愛していますから…、勿論明智さんが一番ですけどだから、誰がどう悩んでいるのか知りたいんです、マリーは変ですか?」
ここに居る人間は誰しも人に明かすような事ではない過去を持っている、それを詮索するべきではないと言ったのは明智だ、マリーが明智の否定した事をやるとは思えない、だから本当に知らないのであろう、知らずに善意100%で知ろうとしている。
「いいや、遠慮して置くよ、いつか気軽に皆で話せる時になったら話すさ」
「そうですか、わかりました。けれど忘れないで下さいね、マリーはいつでも皆さんを助けますよ、明智さんやキャプテンさんにして貰えたように」
そんな事気にしなくいいと言っているのに、律儀に恩を返そうとするのは凄い事だと思う、きっとその義理堅さこそマリーが明智の中で大多数の一人ではなく、特定の一人としてが気に入っている理由なのだろう、その場で一回転くるりと回る、漫画であればきっとふわっと言う効果音がついていただろう、それがマリーにとっての癖なのかもしれない。
「マリー、明日は全員出勤であっていたかい?」
「はぁい、明日は久しぶりにミライ君と会うので、沢山お話しようと思ってまぁす」
先ほどまでの妖艶な魔女だった彼女は居らず、そこには誰にでも優しくホンワカという印象が一番似合う、どこまでもメルヘンチックな思考で、どこまでもいってもその姿はお姫様なマリーが立っている。その姿と雰囲気に安堵し、この事務所を後にする。
ここまで読んで頂きありがとうございました。