第二話 鋼鉄の戦士には心が無い(Ⅰ)
第二話再編しました、文字数減らしたつもりでしたが多分減っていない気がします。多分ですが4話に分割し、毎日12時に予約投稿していきます。
バチンと拳による一撃が何かにぶつかる音が、この特殊事態対策班の上の階にある、トレーニングルームで鳴り響く。僕はこの拳を使って戦う訳では無い、僕は自らが作ったパワードスーツを着て戦う、素手の戦闘なんて殆ど起こりはしない、けれどこの訓練は僕にとってとても重要な訓練だった。
僕は使う事など殆どない拳を使って、スパーリングを続ける。返事の無いパワードスーツの抜け殻との攻防を行いつつ、隙を見つけては攻撃に転じる、腕を払いのけ、相手の懐に入り込みボディに重い一発、倒れ込んだスーツに何度も殴打、返事が無いから止め時を失ってしまっているのかもしれない、完全に機能を停止させるつもりで僕は殴り続けた・
「キャップ、そこまでにしておきたまえよ」
友人の声を聞き、僕はハッとして、無意識から意識下に戻る。この場には、機能を完全に停止させたパワードスーツと、現在の時刻を必死に伝えようとアラームを響かせる端末が一つ、そしてスポブラとショートパンツ、その下に体のラインを伝えるスポーツ用のタイツを履いた明智がそこには居た。僕の想像する明智はもう少しズボラな体系でもしていると思っていたが、この仕事をしているだけあってある程度筋肉質で体も良く絞れていた。
「君、少し失礼な事を考えていないかい?」明智がこちらの心を読んだ様な質問してくる。
「考えていないよ、君なりにしっかり鍛錬はしているんだと、驚いただけで」
「言い方をマイルドにした事だけは、褒めておくよ。私だってね、お偉いさんと話してストレスが溜まった時なんかは、こう体を動かしているさ、勿論それ以外の発散法もあるが」
こちらの考えていた事は筒抜けらしいし、これ以外の発散方法と言うのも大体は察する事が可能なので、追及は控える事にキャプテンはした。といってもそれなら何故それ以外の発散方法をしないのかと疑問にも思う、それこそマリーなんかは言えば来るだろう。
「マリーは非番、サチアとミライは家族サービス、多くの従業員は出払って、私のストレス発散の場なんてものはここしかないのさ」気味が悪い程に考えている事は筒抜けだった。
「それで?お偉いさんはなにか、気に食わない事でも言ってきたのかい?」
明智にも案外寂しい所もあるし、優しい所もあるのかと少しだけ親近感を覚える。といってもその女癖を理解するには、かなりの時間を要する事になるだろうが、まぁそんな事は今どうでも良い、わかった事は、案外明智は我儘じゃないのかもしれない、それだけだ。
「あぁ言われてきたよ、今回のテロリストの主犯だれか…どこの国が率いているのか…どういう目的があってこのような行動に出たのか…真の目的は…とかね」
考えるだけでも面倒になる、質問の数々。流石は探偵と言った所かと感心はすれど、同じ立場にはなりたくないと、キャプテンは心から思う、僕は一芸特化で助かったと。
「君もそうかもしれないが、第一探偵というモノを履き違えてないかい?日本における探偵なんて、モノ探しや浮気調査位で…推理小説の様なモノでは無いよ、もしそういう探偵が居るのなら是非対面して質問したいね、自分の行く先で人が死ぬ気持ちはどうだい?と」
「それは性格が悪いな…」明智なりの皮肉だろうし、明智なりのジョークなのだろう。
明智も5年程前に直接あった時も、自身を探偵と名乗りはしたが『私はモノ探し専門家だから推理には期待しないでくれたまえ』なんて事を言っていたのを思い出す。懐かしい記憶だ、あの頃は僕達が所属する第五課も明智と僕の二人だけだった、そこに1年後にマリーを招待して、次の年に大型新人としてミライとサチアが入ってきた訳だ。
「まあ、あれだけの騒ぎを起こしたんだ、上層部も正に猫の手も借りたいんだろう?」
「そう、あれだけの騒ぎをおこしたんだよ、あれだけの騒ぎを起こしたのにも関わらず直前まで尻尾すら見せなかった、今頃上層部は過去のテロも同一犯の物はないかと、躍起になって探しているよ、馬鹿馬鹿しいったらありゃしないね」
「と言うと?」過去と照らし合わせるのがそれ程無駄な行為とは思えないのだが。
そもそもいつから彼らという組織が稼働していたのか、その痕跡の一つ位は見つかるかもしれないし、その痕跡から何か掴めるかもしれないと、キャプテンは推測した。
「キャップ、良い事を教えてあげよう、彼らも言っていた事だが…『今日この日に喜劇の幕は閉じ、これから講演されるのは悲劇と言う名の喜劇だ』と言っていたじゃないか、あの日が彼らの初めての行動だよ、絶対にね、彼ららしい何かが見つかってもそれはブラフか…、それとも過去を参考にしたか、そのどちらかだろうサ」
明智は自分なりに体を動かす事にしたのか、辺りで右往左往に動き回ったり、逆立ちしてみせたり、とにかく忙しなく動きながら語る。明智はモノ探し専門の探偵だ、けれどその飛びぬけた頭脳で大抵の事は成してしまう、それこそ僕のパワードスーツも明智が世界に理論を売っていなければ完成しなかったモノでもある、つまりは途轍もなく天才なのだ。
「けれどもなぁ、なんて言うか名前はもう少しどうにかならなかったのか…」
「そこには私も同意見だね、復讐者だからアベンジャー、百年程前にも合ったねそう言えばそんなタイトルの映画が。あれは面白かったな、スーパーヒーローが手を取り合う、なんともあり得ない話で流石フィクションと言った所だよ」
百年程前という言葉に、僕は顔をしかめた、恐らく無意識だったのだろう、だけれどあの作品がもう百年も昔と言う事が若干受け入れられない、でも僕は自らの表情を気づけなかったらしい、心配そうな顔で明智はこちらの顔を覗き見る。
「キャップ?どうかしたかい?絶望的で今にも崩れそうな顔をして、もしかして熱烈なファンだったりしたのかい?それは申し訳ない事をしたな、そういえばキャップのスーツ…」
深入りされる前にこちらで話を逸らそう、丁度逸らす話題も提供された所だ。
「そう、あの中に出てくるヒーローの一人に一男性として憧れもあった、それよりも明智超人が手を取り合うことがそんな可笑しいのかい?」
「やはりそうだったんだね、それと後者は簡単だよ、そういう力を得た人間は絶対孤独に陥る同族とも仲良くはできないだろうからね、それは私達というよりは、私達が勤める会社がそれを証明しているだろう?」
明智の言う事に反論は出来なかった、行き過ぎた才能を持つ人間は、他人を理解する力が乏しくなる、そんな気はする。僕は超人を気取っている訳ではない、けれど他の人に比べたら大分優秀な頭脳を持っている、それでも明智一人の頭脳で僕という存在が10人はかき消されるレベルだろうが…、その神から直接与えられたと言われる程の才能を持つ、明智が言うのだから、そういう事なのだろう。
「まぁ、今回のテロで判明したのは、アベンジャーズと名乗る組織は、コスプレ集団でも無く、ただその名の通り復讐してやりたいんだろうサ。幹部やリーダーは不明、けれど彼らを指揮した人物が直接手を下したのは、首相とその護衛のみ、どちらも失敗には終わったが、それでも世界に対する復讐なんてモノはこの世界から爪弾きにされた馬鹿共に武器と言う名の単純にして最強の兵器を渡す事で大部分が完了した。ミライを信じればだがね」
確かに制圧されたテロリストの殆どは、武器は渡されただけで細かい指示は受けていないと語ったらしい、ただ一発の銃声が開宴の時間だと、それだけだと武器の入手ルートを辿ればいつかは近づくかもしれないが、そのころには状況はもっと劣悪になっているだろう、いわば今の状況を例えるのであれば。
「王手だよ」「チェックか」二人で別々な言葉ではあるが、まぁ意味は一緒だった。
「君は僕の思考を覗くエスパーかい?」本心を明智に打ち明けたが明智はその場で笑う。
「エスパーとは人聞きの悪い、ただの観察だよ。まぁやろうと思えば脳波や思考を観測して完全に当てる事も出来なくは無いだろうが、それにしてもキャップはチェスを知っているのか、今時ボードゲームを知っている人間は珍しい、今度一戦興じようじゃないか」
笑って答える明智を見て、僕は何が笑えるのかが解らなかった、チェックつまりは積みの一歩手前まで来ている次の一手を考える余裕すらない、ただ防戦一方の戦いつまりはそういう事だろうに、けれど楽しそうな口元とは裏腹に、その瞳は酷くつまらなさそうなモノを見る様な目だった、感情を表すのであれば不愉快そういう例えが正しいだろう。
「明智…、君はこの状況が楽しいのかい?それとも…」
それとも自分の都合良く維持してきた偽りの平和が勝手に崩されて不愉快なのかい?と聞くことは出来なかった、口に出す勇気が僕には足りてなかった、明智は僕がそれともと発した瞬間に退屈そうな顔をこちらに向けて来たから、その瞳はどこまでも真っ暗だ。
「キャップ、一つだけ忠告して置くよ、これは君の為だし、私の為でもある」
「すまない、詮索するつもりは無かったんだ」ただ本心を明智に伝える、それしか今の僕にはできない、理解できるのは彼女にとって理解されるという事は不愉快なのだろう。
「あぁ、わかっているとも、安心してくれよキャップ、でもね深い意味が無かった事も、ただ不意に出てしまっただけという事も、解るさ…私は探偵だから…他人の生い立ちや、どうやって育ったのかもね、なんなら今から君の事も探偵らしく推察してあげよう」
「推察するって、何をかな?」明智の瞳が狂気という名の泥で溢れかえる、私を理解するな、私という存在を理解した気でいるなと、その感情がひしひしと伝わってくる。そして彼女の本心もその瞳から解ってしまう、どうせ私の事は理解できない癖に…と。
「キャップ、君はどうして時計を見るのかな?時間を気にしているのかい?それにしては時間にルーズだ。ならば日にちかな?休日を楽しみにしているのかい?それにしては自慢のスーツ弄り以外に大した趣味は無いね。ならば年月かな?早く時間が過ぎて欲しい…そんなに君は……っ」
僕は何を考える訳でもない、ただ無意識に明智の胸ぐらを掴み、そのまま明智を宙に浮かせる、君程度の体重ならば地面に降ろさずに処理できるんだぞ?と言わんばかり。状況が違えば情熱的なキスシーンにもなるが、しかし起こるのはショッキングなシーンだ。
「おいおいがっつくなよ、そこまで私の乳房が見たいのかい?」へらへらと自分の状況を解っていないのか、明智は相変わらず余裕そうに笑って見せた。
「どうしてそこに気づいた!」僕が普段出す事のない声がトレーニングルームに木霊する。
「だから言っただろう?推察だよ、君を観察してその心境を想像し、その心と同調してしまえば、他人の気持ちなんて簡単に理解できるさ」
「明智、君が彼女達から愛されるのは、君の魅力からだと思っていた、けれど違ったな随分小さく醜いな、君は彼女達から愛されるように………」
何処まで喋ったか忘れたのか、そこで僕の口は止まった、正確に言えば冷静になったというのが正しい、自分を客観的に見る事が漸く成功した。この拳は決して友人を傷つける為ではなくて、悪から人を守る為だけに使おうと思っていた事思い出し、明智の胸ぐらから手を離す、人は冷静でいられなくなると本性が見えるという、これが僕の本性らしい。
「すまなかった…」ただの謝罪だ、それ以外の事で口にしようとは思えなかったから。
「こちらもカッとなって申し訳なかったよ、だがこれで分かっただろう、私達は人間としてどこか欠落している、そこを暴かれるのが怖いんだ…過去の所為か育ちの所為か知らないけれどね、キャップもそうだろう?」
「どうだろうな、僕の過去は多分そこまでの重みはないよ、多分ね」
「それをそう思えるのは、君だけだよ、この意味君には解るだろう?」
「あぁ」僕はただ短い返答する。思い出したくもないが、けれどもあの記憶を掘り起こす、本当に大した重みは無い、僕が受け入れれば解決する、それだけの重み。
「それとキャップ、君の寄贈品とは言え、それ直してといてくれよ?そこまでやったら製作者である君が直すべきだ、彼は私の憂さ晴らしにも使うんだから…ね」
そう言われ僕は改めて無人型パワードスーツを眺める。顔面は潰れ、見るも無残な姿になり果てている、試作品だから代替品も無い、故に製作者である僕が直すしかない、もう少しだけ丁重に扱うべきだったと後悔するが、もう遅い。
「明智―、手伝ってくれないかー?おーい」
「生憎私は機械専門じゃなくてね、それをアベンジャーズが使ってくるのであれば考えはするが、その心配ないだろう?天才君」
こちらも振り返らずに扉は閉まり、この部屋に残るのは無残な姿のメカと僕一人。
「天才か…、どの口が言っているんだか、天才は君の方だろう」
恐らく今日初めて、心の底から笑う事ができた。
天才とは何と定義するか、その定義によるかもしれないが、もし完璧に近しい人を表す言葉であるのなら、それは間違いなく明智の事だ、明智という存在を知れば万人、億人、兆人に聞いても明智を指すだろう、本当に敵でなくてよかったと心から思える存在だ。
カーテンの隙間から零れた陽光を浴び目が覚める、知らない天井だ。見た事も無い天井だ。見た記憶の無い天井に、僕の周りを囲むカーテン、なんとかカーテンの向こうへ手を伸ばそうとするが、体は重く手が伸びることは無い、それでも体を捻り、もがき、苦しみながら体を動かし、体に張り付いていた機械を引き離しながら、ベッドからなんとか転げ落ちた、痛みは無く今が現実で無いような浮遊感がある。地に足がつかないというのか、体のバランスがおかしいというのか眩暈に似た症状だ。
考えが纏まらない、確実に体に不具合が生じている。こんな病院の器具よりも、僕の情報なんて渡されていない主治医よりも、僕が作ったスーツの方が僕を知っている筈だ、僕が誰よりも僕を知っている筈だ、だから今すぐに少々手荒になって窓を割るかもしれないがスーツを呼び出す為に端末を探さなくては、確か胸ポケットに入れていた筈だ、スーツさえ着てしまえば体の不調なんて気にせず、脳波でも体を動かせる筈だから。
誰かが部屋の前を走る音が聞こえる、誰かが自分に駆け寄る姿をこの目で捉える事ができた、なんだろう前時代的なナースの服装だ…、ダメだ、それよりも意識が……。
もう一度目が覚める、今度は知らない天井ではなくて、先ほども見た天井だ。古臭くも懐かしい心電図パッドに、古臭いパルスオキシメーターを指に付け、これまた古臭いサイドモニターに自分の状況がご丁寧に逐一表示している。突如としてカーテンが開き、そこには看護師と医者が居て、そこにはもう会えない筈の人が居た、どれだけ俺はこの日を待ち続けただろうか、これが夢でも構わないだけど、この感触は夢なんかじゃない、これまでの少し先、一人の天才によって作られた未来の世界こそが夢で、これこそが現実なんだ。
「母さん!父さん!みんな!」
母さんが居て、父さんが居て、友人達も居る。どれだけこの日を待ち望んだのだろうか、大好きな人達と抱擁を交わす。あぁこれが僕の望んだ真実だったんだ。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




