第一話 妹想いで、姉嫌い、そして見ず知らずの市民想いの狙撃手(Ⅳ)
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「そりゃ、私達にもよーく関わってみたいだしね、けれど別にどうでもいいわね…」
読み終わったのか、こちらにタブレットを手渡し、外の景色をサチアは眺め始めた。
「まぁ確かにどうでもいいけど、それでもよく俺達を指名したね、国家のお偉いさんからしたら、俺達なんて国の恥だよ?恥。ついでに死んでくれとでもおもっているのかね?」
「それも下に書いているわよ、本人たっての希望らしいわ」
本当に書いてあった、サチアとミライの幼少期に活躍していたおじいちゃん。接点も無く、そしてあの事にも関わっていないというのに、なぜそれでも自分達を指名したのか、何か思惑があるのか、動物園の動物程度には気になるのか、はてさて。
「まぁどうでもいい事でしょ?私達は寄ってたかる蠅を叩き落として、首相就任記念式典を無事完了させろ、って事よ余計な事が起きる前に…ね」
「わかりやすーい、流石だよ、姉ちゃん、うん流石……痛いって」ご機嫌を取ろうとしても殴ってくるとは、とんだ暴力星人だな、この馬鹿姉は。
それにしてもこのご時世に政治への信頼回復の一環もあるとは言えど首相就任の催しとはなんでなのか、つい最近だってどこぞの革命家気取りの爆弾魔が、この国の象徴とも言える高いオブジェクトを破壊しようとしていたのに、もっともこの首相本人は断固反対だったようだが、久しぶりに与党に戻れて浮かれているのだろうか?
「到着しました、一式はトランクに積んであります」運転手がそう告げ会場に降ろされる。
「はいはい、働きますけど…そもそもこの場所でどうやってテロなんて起こすのやら」
22世紀になり、技術的特異点とも言える偉人達が同時に数々の発見、証明をした事により劇的に発展した世界で、特に群を抜いて発展した日本の中にある、今ではかなり珍しい完全な更地と呼べる場所。遮蔽物らしき物は最低一キロ先のビル群、スナイプには絶好な条件に思われるか、ビル群による不規則な風の中、試し打ちも無しの初撃で対象を撃ち抜けるスナイパーとなると、世界から人質使う戦法なんて消えるだろう。
それこそそれでも狙える一キロ圏内なんて、既に対策済みな訳で……要するに。
「首相が演説するのは、多分あそこ。そこを狙うとしたら3キロ位離れたあのビルかな?テロリストの皆さん頑張ってくれー、超長距離射撃成功、ふぁいとー」
『ミライさん、サチアさん聞こえますか?そこから警護本部へ向かって指示を受けてください、こちらに権限はないので、色々交渉はしますが期待はしないでください…』
「モルが謝る事じゃないわよ、もし失敗しても私達に責任は無いもの」サチアが警護対象なんてどうでも良いと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。
「サチア…その表情本部着いたらやめてね、面倒な事になるから…」
心配だと、ミライは深くため息を吐いた。少し歩き警護本部に到着する、忙しなく人が流れ、ここならばどさくさに紛れて、自爆テロなんて事も…例えばこんな事も…。
「ここで抜く物じゃないぞ、遊びじゃないんだ、ここは」人と人の間から尚且つ気配も消して拳銃を抜こうとしたのに、その瞬間にはもう腕を固められている。
「へぇー、今のを一瞬で気づいて止めれるんだ、流石だね。俺も死んでたね本当だったら」
「そういう事だ、余りふざけたことをしていると、冗談が冗談じゃなくなるぞ?」
ミライは拳銃から手を離して、両手を上げ振り返る。そこにはミライの背丈を優に超す、キャプテンと同じ位だろう背丈で、顔には傷があり正に歴戦の強者とも言える人物がミライを取り押さえていたのだ、この警備隊のリーダーだろう凄い実力だ。
「そんなに強くても、今アンタは死んだね、俺を殺していれば気づけていたかな?」
「何を言っているんだ?お前は?」嘘は言っていない、この手の暗躍をやらせたら世界一の人間がこちらにも居るそれだけの話だ、既に配置は完了、本当に頼りになる姉だ。
「ストップー、サチア」ミライは顔を傾ける、傾けた奥からナイフが一閃、ギリ止まる。
「はいはい、解ってますよ、レベルが見たかっただけよね、了解、了解」
「その割には、本気で殺しにいっていたよね?止めなかったら危なくない?」
誰もが息を飲んだであろう、歴戦の猛者ですら、殺されるまで殺された事に気づかない殺害だったはずだ、そしてサチアのナイフをミライが取り上げ、代わりに端末を持たせ、歴戦の猛者は受け取った。コール音が鳴り、きっとモルが謝る羽目になる。そんな少し先の未来をミライは予想した。
「ミライ、行くわよ?」サチアの声に導かれる様にその後をミライもついていく。
その姿は間違いなく、姉についていく弟であっただろう、だからこそあの二人はなんだったんだとモルの説明が終わるまで、気が気ではないであろう。
「あの練度なら、俺達が多少サボろうと、多分なにも起きないよ、肩痛―い」
「えぇ、そうね、それこそパラシュートも付けずにスカイダイビングをしてそのまま人間爆撃機でもしない限り、事件が起きる前に解決できるでしょうね、出店でも見ましょうか」
そうして首相就任祝いの催しが始まる、相変わらずフランクフルトは美味しかった、特に何も起こる気配は無く、全員が持ち物チェックしたであろう首相の背後側席を再警戒する位には、催しは順調に進んでいた。サチアからの無線が飛んでくるその時までは…。
『ミライすぐ装備を持って、反対側のビルを狙撃、私は首相を守る』
「どういう事?狙われているの?ポインター?反射光?てか反対側のビルってどれ?」
サチアの焦り様からして、確実に何かが起こっているという事が理解できない程馬鹿ではないつもりだ、すぐさま近くのビルに入りエレベーターのボタンを押したものの、一切反応は無い、それこそ爆弾魔の時の停電を思い出す、あれと関係があるとは思えないが、けれど今回はあれの模倣、もしくは参考にした犯行。階段を上るのが億劫というのもあるが、その間に何人の犠牲がでるのやら…、まぁサチアが死ななければいい、自分の最優先事項を決定して、ミライは階段を駆け上げ始める。
『レーザーは無い…クソ…人が邪魔。思い切り発砲して道あげさせていいかな?厳しい』
「応援は?誰か動ける人、それこそ首相の近くに居るでしょ?」
『私達の第一印象最悪だった事、忘れていないかしら?場所の把握も出来ていないのにスナイプされて首相が撃たれるなんて情報信じると思うかしら?』
「いないね、これは本気の説教を覚悟かな?」ここに来て信頼は重要だと思い知らされる。
『説教で済めばいいわ、はぁ、まぁ殺させはしないから安心しなさい』
息が少しずつ上がっている、人の波を縫うように最高速で走るとういのは、恐らく並々ならぬ集中力と体力を使うのだろう、それこそ人にあたれば人が吹っ飛んでしまう。
それにしてもこのビルを上るというのも、サチアに自慢する訳で無いがかなりの重労働だ、サチアが何故敵に気づいたのかは想像がつく、でも多分少し面倒になるだけで済む。
『人混みは抜けた、そっちは!』確認であれば真実を伝える「こっちはもう少し、粘って」
ミライも一切の減速を許さず階段を駆け上がる、少しというかかなり息が上がってきているが、それももう少しの辛抱だ。こういう時にキャプテンが居てくれれば楽だった、やっぱりキャプテンが適任という予想は間違いじゃなかった。
『首相、失礼するわよ。死にたくないのなら、私にしがみ付いてなさい』
無線からSPが慌てふためく声が聞こえる、何も説明していないのであればそれは拉致と変わらない、けれど事情説明の時間すら惜しいそれがサチアの下した判断だ。
パーンと風船を破裂させたような音が無線越しに聞こえる、今のは銃声だ。スナイパーライフルの銃声ではない、長距離射撃から狙われた訳では無く、ただの発砲?
「サチア?何が起こった!応答を、サチア!」サイレンサー付きのサチアの銃からあの銃声を響かせる訳がない、それにしても返答が遅い。最悪な状況かもしれない。
『いきなり観衆が発砲を始めた、っつ、私も掠ったけどそれだけ、一先ず首相は安全な場所まで運んだわよ、私は暴動を無力化するわ、背中はよろしくね…ミライ!』
「分かっている、こっちも屋上に辿り着いた、今から狙撃を始める」
着慣れておらず、ネクタイも曲がっている、とても社会人とは思えないスーツ姿の人間が、スーツとネクタイを風でなびかせて、催し会場を一望する。死者の数はまだ少数、50人未満といった所、けれどその少しの死体で観衆は、団体行動を忘れ独断専行。そうなれば人がドミノ倒しのように倒れ始める、倒れた人を助けようとする人も、倒れた人を踏みにじりながら我先にと逃げる者も居るなか、その中心点に向かう不審人物も居る。
「サチア、その場所から40m先、2時の方向そいつは殺さず、撃って」
『了解』渋々了承ではなく、はっきりと命令として受け入れ、サチアは狙いを定めて発砲する、両膝を撃ち抜かれもう立つ事は無い、けれどやっぱりおかしいこれじゃあまるで…。
ミライの瞳は未来を視認し測定した、決して変わる事の無い、変える事の出来ない未来を、無意識とは言え確定してしまった、これは自分の落ち度だ…受け入れよう。
「サチア、逃げられる人員を集めて、そこから退避、あそこは諦めるしかない」
『……わかったわ、確定してしまったのね、それよりもスナイパーは?居たはずだけど?』
スナイパーで撃たれた人間は居ない筈だ、少なくてもこの瞳で見える景色もそして銃声も決してスナイパーの音は聞こえなかった、けれどそのサチアに付いた傷はなんだ?どうやって付けたのかそれが解らない……解った、単純な事だった。
これは本当に暴動でしかないのだ、それも最初の銃声がただの銃声だったように、既にスナイパーは標的を撃ち抜いている、サチアに邪魔された形ではあるが、ならば次は10秒後、もう首相は撃てない、ならば誰を撃ち抜く、この状況で誰か一番邪魔かを、ミライは考え、すぐさま答えに至る、明智がきっと今は乗り移っていっる気さえする、一番邪魔なのは、きっとサチアを除けば一番強く、指揮も取れるアイツ以外いないだろう。
警備隊長を確認、そこから敵の位置を推測、こちらのスナイパーの銃口を間反対のビルに向け、ただ一言「視えた…」ミライは呼吸を整え、体に残る空気という空気を全て吐き出す、ミライが構えた先大体、地平線の限界点位の距離、そこから一発で当てるのか…。
「よくもまぁ、そんな遠くから一発で命中させる事…させる事…」
トリガー指を掛け、相手にピントを合わせ、対面のスナイパーに着弾させる未来を視た、どれだけ離れていたしても、この銃弾が届く距離であるならば、当たるだろう。
絶対、多分、恐らく、きっと。
「地平線に沈む距離から、こんにちは対地なら会えなかったね…」
発射された弾丸は、風や重力、そして空気抵抗を受けながら標的に向い、一切の迷いもなく進んでいき、数秒後に起こる爆発と同時に相手に着弾し、その体を貫く筈だった。
地平線が沈んでしまう程の距離に居るスカートを穿いたOLの服装にサングラスをかけたスナイパーは意にも返さず、バラバラに破壊されたライフルを捨て去り後ろへと歩く。
「外した?」そんな事馬鹿な事があってたまるか、確実に当たる未来だった、思考よりも行動が先だった、もう一度ボルトハンドル引き次弾を装填し終え、二発目を発射、今度こそOLスナイパーに当たったと思えば、先にある扉のドアノブを破壊するだけに留まる。
OLスナイパーがこちらを振り向く、その姿はどこか悲しげだが、達成感を感じた様子だ。けれどミライが思うのは何故お前がそんな表情をしているのか…サチアに無線を繋ぐ。
「サチア、OLもサングラスを掛ける時代はやってきたみたいだ」
『馬鹿な事を言っていないで、状況を報告なさい!』そうは言われても「わからねぇ」ただそう答えるしかなかった、当たった筈の銃弾外れ、首相の暗殺なんてモノはおまけでしか無かったこの混乱こそが、奴らが望んだ景色らしい。誰もが泣け叫び死んでいく、ただ無慈悲な暴力に屈して、誰もが理不尽な死に嘆き、誰もが身近な人間の死に泣き、誰もが見ず知らずの死を狂い叫ぶ、その景色は地獄そのものだった。
この状況を少しでも早く終わらせよう、ただそれだけ考えて決して軽くも無い、その引き金で周りの人間がバラバラになる装置を押さされている、そんな気分を味わいながら、それでも早くこの事態の収束を図るべくテロリスト達の望み通り、罪無き人を守る為に、罪無き人を巻き込みながら実行犯を殺していく、殺す度に周囲が吹っ飛び、また人が死ぬ。もう嫌だった、でも…それでも、これがレニの幸せに繋がると信じて、ただ引き金を引く。
誰もが、もう早く安心したいと考えているだろう、こんな事ならば生中継で見ればよかったと後悔しているだろう、それを嘲笑うかのように、端末に、モニターに、音源にと、ネットワークに繋がる全ての端末から同時に鳴り響く、一つの音源と映像。
『我らは、復讐者。この世界で受けた全ての痛みを世界に復讐する者、名をアベンジャーズ、今日この日に喜劇の幕は閉じ、これから講演されるのは悲劇と言う名の喜劇だ』馬鹿にしている、何が復讐者だと…お前達がやっているのは復讐でもなんても無く、八つ当たりに過ぎないのだと、世界から痛みを受けた代表の一人として言ってやりたい気持ちを抑えて、一発、また一発と破裂すると分かっている風船を撃つ、せめて犠牲を減らす為に。
必死に掃除してきた筈の汚れは、いとも容易く無差別テロという汚れに侵食された。
こんな仕事でも、レニの為になると信じてやってきたつもりだ。レニが外に出た時に、こんな汚い世界は嫌だと思わない様に、綺麗にしてきたつもりだった。
けれどこの世界に綺麗な場所はあったのだろうか?それだけがミライの頭の片隅に残る。
レニにとって、今日まで見てきたこの世界は綺麗な物にだっただろうか?
ご一読ありがとうございました。




