第一話 妹想いで、姉嫌い、そして見ず知らずの市民想いの狙撃手(Ⅲ)
ご閲覧ありがとうございます。
自らの仕事用具のメンテを疎かにした時、痛い目を見るのは自分だ。怒りで道具にあたる事があっても、仕事の時に使えるようにしておけばそれでよい。
「とてもじゃないけど、想像はしないでおくよ。お前が壊れる姿は…」
「ミライにそれ程まで、メルヘンチックな趣味があったなんて、お姉ちゃんビックリ―…レニに話してあげれば喜ばれるわよ、きっと『えぇ?お兄ちゃん本当?』って」
「ノックもせずに入ってきて、人の趣味を覗きみるとは性格が悪いよ、姉ちゃん」
けれどミライがやっていた事を打ち明ければ、レニが喜ぶのも事実だろう、レニの笑顔が容易に想像できてしまうのが、少し憎い。
「アナタがレニにプレゼントするゲームは殺伐すぎるのよ、選ぶならもっと平和的なゲームになさいな、だからあの日も……、やめましょうか、私が負けるわこの話」
サチアがこちらの方がいいと独自判断で決定したゲームが、想像絶するストーリーの重さと、暴力的表現のオンパレードで見かけのPVに騙されたと公式が炎上した話はまだ記憶に新しい、勝ちを確信しているからこそ笑顔にもなるものだ。
「何よ?その顔…腹立つわね、殴ったろうかしら」その言葉と共に近くにあったものをサチアは投げる、もしそれがグレネードだったらこの部屋ごと二人で天国へランデブーだ。
「危ないなぁ、というか第二ラウンド始めなかったの?」もし終わったのならキャプテンが知らせてくれる筈なのだが、忘れたのだろうか?
「私をあの年中発情期のスケベ探偵と、王子に従順プリンセスと一緒にしないで頂戴、キャプテンは物凄い形相で端末と向き合っていたから放っておいたわ」
自分に対する評価がやけに高いが、まぁあの二人と比べたら少しはマシかもしれない、というかキャプテンも結局は明智と同じなのを忘れていた、一度集中状態になったら終わるまで戻ってこない、最低限の生存行為以外は全て研究に費やせる、天才の証拠だ。そういえば明智の話についていけるのもキャプテンだけで、自分達はわかったように頷い手見せているだけと言うのを、今になって思い出す。やけにアホ面で回想されるのが腹立つな。
「で、第二ラウンドが始まらないのなら、あの二人は?」ミライの知っている直近の彼女らは、凄い盛りあっていたそれを止めるとなると、並大抵の事ではない。
「あぁ、あの二人なら。みぞおちに一発と、それと自滅ね」
『おぉーサチア!いい所に来た、どうだいこの際君も混じって3……フボォァ…』
『あ、明智さぁん?よくも明智さんを……フン!…アレ?グベァ…』
「まぁこんな感じにね、衣服を脱ぎ散らしてくれて助かったわ、マリーとの一騎打ちは御免だもの」軽々しく言っているが、まさに鉄拳制裁。一発で沈むとは思えない明智もマリーも本当に一撃で沈んだんだろう、明智は下着姿でソファに伸びて、マリーは服をはだけさせながら地面で頭から星を回らせている、なぜだか容易に想像できてしまう。
「って、そんな事はどうでもいいのよ、仕事よ、仕事。さっさと準備!着替えなさーい」
「そんな事を言われても、モチベーションが無いよぉ」
着替えと、仕事用具を投げられその重みでミライは潰される、ミライの未来は閉ざされた。ミライの旅は道半ばで潰えてしまいました。新しい冒険を始めますか?
はい いいえ
「くだらない事を考えていないで、さっと準備なさい、ほーら3分以内!」
「はい…」我ながらミライの未来というダジャレは上手いと思ったのか、それ以降が蛇足だったのかそれを聞くにも、早くしろというサチアの瞳にミライは萎縮してしまった。
着替えが終わり用具の準備も万端、3分とは行かなかったが結構早くできたと思う、けれど服装に違和感を覚える、何か既視感があったからだその答えは、サチアを見て気づく。
「OL?」とてもOLとして着こなせていないが、モルと少し服装が似ていた。
「誰がOLよ、誰が。どう見てもSPでしょ、SP。サングラスをかけたOLなんて少なくても私は見た事無いわよ」確かにそう言われれば、OLにサングラスの印象は薄い。
「えぇーと、SP、セキュリティポリス、日本の要人警護を専門に行う警視庁の組織。名称はアメリカのSSを習った…SS、シークレットサービス、アメリカの国内諜報…」
「説明はせんでいい、っていうかミライもこういう仕事をしているのだから、これくらい覚えないさいよ、要人警護よ、要人警護、相手は知らないけれどね」
そうは言われても、こちらには学というモノが無いのだから仕方ないだろうと思ったが、少しは頭を使わないと残念な頭が、更に残念になる危険性もある。勉強大事…うん。
「まぁいいわ、ほら行くわよ?今回の出勤は私とミライだけなんだから、ほらシャキっと」
「えー、キャプテンのが適任だってぇー、絶対!多分、きっと…」
「はいはい、文句はオペレーターへどうぞー、私は内部の人間ではないので知りませーん」
そう言いながらサチアはこの姿を気に入ったのか、かけていたサングラスをたたみ胸ポケットに住まう、確かに改めて考えたら下もパンツスタイルだし、モルの印象が強すぎるだけかもしれないがOLはスカートの印象がある、印象だけで見てる訳ではないけれど。
そうしてキャプテンにスーツ姿を自慢する暇も、行ってきますの挨拶をする暇さえ与えられず、エレベーターへ強引に詰め込まれる。ミライは腕を上にやり背筋を伸ばす、何故ならば一階に戻ればきっとそこにはモルが居るだろうから、彼女の前ではだらしない自分を見せる訳にはいかない、何よりもサチアよりダメ人間だと思われたくない。それにしても仕事の都度ゴミだめ支社からこちらの本社にあの地下経由で来るのは億劫だろうに、よくもまぁ文句の一つも言わずに仕事をこなす。思い出したモルがこの会社に勤める理由確か『この会社で生きる希望を見つけられました、何よりこんな私に食い扶持も与えて貰えています、これ以上の幸福は無いんです』そんな事を幸せそうな顔で語っていた事を、今思い出した。生憎自分自身の過去を語らない以上、モルの過去は知る事もできないだろう、けれどそこまで感謝しながら働けるというのは、少しばかりモルに嫉妬心が生まれる。ダメだ、自分ってやつはモルに比べてどうしようもなく小さい人間だと思わされる。
考える事を止め、エレベーターで時間を潰し数秒の後、キンコンと気の抜けた合図と共に扉がスライドされ、目の前に姿勢正しく待つ人、その姿は間違いなくモルだった。
何度見ても若すぎる、それを言ったら自分達もマリーも若いのだろうが、モルはそれより若いのだと思う、職員もその異質さ、否これはモル自身の美貌にだろう、注目を浴びている。顔は勿論、体形、髪の毛、この世の闇を垣間見た者が持つ鋭い眼つきの瞳、果ては髪の毛一本一本さえ、全てが美してこの世に残しておきたいと思ってしまう。
故にこの状況を表す言葉はこれが正しいと思う『まるで時間が止まったようだ』と。
「ミライさん、どうかしました?」モルの眼つきからは考えられない程柔らかい笑みに、やはりミライの瞳は、モルのその姿を焼きつけようとしている。
「いや、朝も思ったけど、改めてモルは美人さんだねって思っただけだよ」
「お世辞はよしてください、美人と言う言葉はサチアさんの様な方に使うんですよ?」
「ですってよ?ミライさん、アナタの隣にいる人こそが本物の美人らしいわよ?」
「謙遜と謙虚という言葉を覚えた方がいいですってよ、美人のサチアさん?」
一触即発の爆弾に油を注いでマッチを捨てればすぐに爆発するように、今まさに苛烈な姉弟喧嘩が始まろうとしている、まぁ改めて解った事は一番いい子はモルと言う事だ。しかし喧嘩している場合ではないと、顔と顔の間にタブレットが挟まれ、喧嘩は仲裁される。
「仲の良い姉弟喧嘩は、そこまででお願いします」
「「仲良くない!」」またハモって仕舞う、これだから仲が良いと勘違いされるのだ。
モルの目やレニの目には、これが仲睦まじい喧嘩に見えるのだろうか?もしかしたら周りから見るミライ達の喧嘩は、猫がじゃれ合っている様に見えるのかもしれない、その姿を想像すると身の毛がよだつ、しかも二人同時に…、二人で真似するなと中指を立て合う。
「ここで説明しても構わないのですが、事態は急を要します、スケジュールが遅れています、こちらのミスですね…すみません。一先ず情報はこちらの資料からお願いします!」
「了解」「りょーかい…痛てっ…」真面目に聞かんかとサチアに渡されたタブレットの角で頭を小突かれた。アナタが悪いのよと言わんばかりにサチアは本社から出て用意された車両にいち早く乗り込む、それにしても豪華な車両だ、いつもより二倍くらい値が違いそう。
「憶えてろよぉー、あいつー…事前に教えないサチアが悪いだろ」
「でも…今のはミライさんが悪いと思いますけど…すみません…、けど暴力はダメですね」
苦笑いを浮かべながらも、こちらにも最大限フォローをしてくれるモル、本当にこんな子にどういう事情があれば、ゴミだめに落ちるのか捨てられるにしても、こんないい子を捨てる馬鹿親が居るか?という感じで解せない。モルに手を振りミライは車に乗り込む。
「えぇーと、何々?要人…護衛?暗殺じゃなくて?サチア、この会社はいつから警備会社に変わったの?」護衛なんて少なくても初めてな気がする。
「初めからよ、馬鹿ね」もう一度その手に持つタブレットで頭を小突く、これ以上馬鹿になったらどうするつもりだと文句も言いたくなるが、これ以上余計な事を言うと後が怖い。
「問題はここかしらね、私達が直接護衛できない、私達には大した権限は与えられていない、それと対象が対象だけに、失敗したら首が飛ぶわね?」
「対象?誰この、もう既に一線は退いているであろう、お爺ちゃん」
「まぁそれは事実よ、一線を退いて、呑気に隠居生活を始めた筈が、ここ数年で起こった前首相近辺の不祥事と、そして最後は首相自身の不祥事、一気に人材が失われて、そこに現れた不祥事もなく宣言通りの任期と公約を守って退いた栄光のあるおじいちゃん」
「あぁ、あの若手首相捕まったんだ、凄い人気だったけど、明智がなんか言ってたな…」
「『彼は、あの若さで政界のトップに至ったが、どんな手を使ったかは、容易に想像できるが、すぐバレるだろうに、よくやるよ…』でしょ?」サチアは明智の全て解った様な喋り方に少し似せて話す「そうそれー、よく覚えていたね、サチアがそんな事」もう一度殴られる覚悟で話してみたが、そんな事は興味も無いのか次の資料を読み込む、サチア。
ご一読くださりありがとうございました。




