最終話 君の不幸せな過去の為に(Ⅱ)
前回は何となく自分の意見を主張しましたが、今回はそんな事はしません。不揃いの連理という作品は百合作品の中でも自分達は少し変と分かっていても、その恋に、愛に進む物語なので面白いですよ、というダイレクトマーケティングです。
「全くこう言うのはすぐ渡してくれよ、まぁ君らしいと言えば君らしい、それじゃあねミライ、陰ながら武運を祈っているよ」振り返りこちらは見ずに手を振る姿に、ミライの右目の視界が揺らぐ、どういう訳か右目が乾燥しているのか少し涙が出たらしい。
「それじゃあ行こうか、サチア…これで全部を終わりだ」
俺達の人生を賭けるに値する、たった一人残った同胞を救いに、その歩んできた道筋の終着点を、それを与える事ができるのは今この場にミライ一人だから。
ゴミだめだった様相は跡形もなく、ただ広がる焦土にミライは辿り着く、何もないけれど、どこに何があったかは長らく住み着いていた経験でわかる。あそこが支部で、あそこが元施設、そこがレニと偶に遊んでいた場所で、あっちが自宅で、今この場所がサチアと自分の人生を決めた場所、今考えて見ればガバガバな理論で人生を決めたモノだと笑える。
何一つ緊張感も無く、何一つの罪悪感も無く、狙撃銃を構えそこに居るであろう、ツクロに向ってミライは発砲した、この距離で外す訳など無く、ましてや躱す事だってできない、あの時と一緒サングラスをかけたOLに確定した未来と言う名の弾丸を当てた筈だ。
けれどその弾丸は届く事はない、黒い砂の様な物がツクロの周りを漂う。それが何かはわからないがあの距離だったのなら、この粒子を視認できないのも無理はない。
「久しぶり生きていて嬉しいよ、モル…いや、ツクロと言った方がいいか?」
「どちらでも構いません、私は貴方達に尽くしたモルでもあり、世界を破滅に追い込もうとする大罪人ツクロでもあります、呼び名はミライさんにお任せします」
いつもと変わらない瞳で、いつもと変わらない立ち居振る舞いで彼女はこちらの問に答えた、正直もう少し悪人らしい悪人であった方が楽だったと思うし、そもそもモルという少女が生きていてくれて嬉しいという、ハチャメチャな心境でミライは居た。けれど殺る事は、しっかり殺らないと手伝ってくれたキャプテン達に申し訳ない、だからミライは。
「そのまま死んでくれよ、モル!どうせそれが望みだろ?」ミライはもう一度発砲する。
「はい、けれどすぐに死んでは私の目的が果たせません」モルは身の丈程の岩で防御した。
目的とは何だろうと、考えている内に簡単にミライの心臓は何処から出てきた骨によって貫かれる、モルは殺される気なのに、何故抵抗するのだろうと、考えている暇すら与えられない、だから過去を改変した。未来を確定した。なんて自分にとって都合の良い世界。
「この感覚が慣れない、サチアに聞いとくべきだったな」
「殺意は感じられますけど、ミライさんは何故怨念を抱いていないのですか?」
ふと殺し合いの最中だというのに、モルが疑問を投げかける、何故怨念を感じる必要があるのだろうか?目を抉られたから?マリーを殺されたから?それともサチアが死んだから?確かにマリーの死は悲しい、悲しいけれどミライにはモル達の怒りも理解できる。世界を恨む、モル達を恨む、正直恨む程の愛国心も愛情も自分には無かった。ただ一つ。
「俺は誰も恨まないよ、ただ『レニが幸せに生きる事のできる世界を作りたい』俺の行動理念はそれだけだよ」サチアとの約束を、言葉を言語に変えてモルに語る。
「そうですか、レニさんが羨ましいですね、少し妬いちゃいます!」
幾つもの小さい銃弾の様な何かが襲いかかる、変えれるとはいえ痛いのは嫌だ、だから今が勝負時とミライは睨む、ただ一言「セット」そう呟く、見つめた先にはモルが居た。
「ファイア」その掛け声と共に、四方八方に仕掛けた固定式狙撃銃が音も無く襲いかかる。
けれどまたもや弾丸は外れる、というよりは外した、成程そりゃここまで物事が上手く自らの思い通りに進む訳だとミライは思わず笑わずにはいられない、だって欲しかった同じ景色を見てくれる人と、ほぼ毎日挨拶していたとは、自分の目は節穴過ぎるらしい。
「モルも視えてるんだ」ミライの問にモルはただ一言「はい」それだけ答えた。
「ミライさんみたいに選択はできません、けれど貴方が確定した世界を私は視る事ができます、ミライさんに特化したテレパシーの様な物です」
そんな満面の笑みで、アンチミライと宣言されてもどうにもならないのだが、さてどうしたモノかと、殺されながら、失敗しながら、過去を無かったことにして、成功を繰り返した今にミライは居る、持久力切れかそれとも明智に聞いたサチアもやった奥の手で、もう無かった事にする、それが出来てしまうのが嫌な所なのだが。モルという人間を殺す覚悟はある、けれどモルという人生を否定する覚悟は、ミライには無い。
「ポイント設定、射出。コール3秒後、8秒後再度射出、2分後完了」確定した未来を作らずに、ゼロ距離の戦闘に持ち込む、それ以外に勝ち筋は無い事をミライは悟る。
「どうですか、私を殺せそうですか?」モルの悪気無い問に「嫌味か?」とミライは返す。
「でも安心してください、ミライさんの勝利は揺るぎないそうでしょう?」
確定した未来を作った訳ではない、けれど何故かモルに勝てるという不完全な自信がミライの中にはあった、それが時間切れなのか、それとも何か秘策を思いつくのかは、分からない。ただ決めるのならば今決める確定も改変も使わずに勝てる、様な気がする。
「ナイス、キャップ!計算は明智かもだけど…」ミライは飛ばしてもらった新たな狙撃銃を受け取り、発砲する。その攻撃は先程までとは違いほぼ0距離の射撃であったからこそ、モルの変質させた硬い皮膚に擦り傷程度の傷を残し若干吹き飛ばす事に成功する。
「バケモノみたいな体ですけれど、痛いモノは痛いんですよ?」モルは文句を放つ。
「けれど死なないだろ?だからここまでするんだ……よっと」今度も同じ距離で放ちモルを吹き飛ばす、まるで戦車にハンドガンで応戦するような無謀な行為だ。
「セット……ファイア」もう一度オールレンジからの狙撃、今度は距離も時間もある、故にモルは自らの特異体質を使って簡単に対処できるだろう、けれどきっとそれで視界は…。
「獲った!」もう一丁の飛んできた狙撃銃を空中で掴み、モルに覆いかぶさるようにしながら弾丸を放つ、反撃が来る前に撃てる限りの弾を、地面に押し付けられたモルに対して発砲する。
それでもモルを殺しきる事はできない、それは分かっていた、だからこそ今から行う機会を得る為だけにこの愚策を行動に移した、未来を視ずに自分の視力と聴力のみを信じ、体が付いてくる事だけを気にしながら戦った、だから体はもうボロボロだ。無茶な動きをし過ぎた。反省点が一つ出来た、次に活かすかは知らない。
「捕まえた、もう逃がさないよ、モル」ミライはモルに抱き着く。
「そうですね、私の負けです、これで私はお役御免、付き合って頂きありがとうございました」死を悟り、殺す人間に礼をする人間をミライは初めて見た。
「最後くらい、我儘言ってもいいよ、レニを避難させてくれた…お礼?」
「そうですね、最後に言いたい事を言ってもいいですか?」
世界への恨み辛みだろうか?けれどモルという人間に嘘偽りは無かった、モルという経歴が嘘でもモルはツクロという人間に変わりない、だからきっと彼女に恨みなんて無く。
「ミライさん貴方が好きです、助けていただいたあの日からずっと、ずっと、ずっと」
ミライの口はポカンと開いた、何故ならばモルの、ツクロの行動理念がわかってしまったから、それがどれだけミライにとって幸せな事かをツクロは知らないかもしれない、だけどミライはその告白に答える。
「あぁ、俺もツクロを大好きだよ、………胸にあったモノの正体はこれだったのか……」
「嬉しい、嬉しいです、例え偽りでもその言葉は、私には遠い、遠いモノでしたから…」
「嘘じゃない、けれどこの時間だけは夢の時間だ、だから終わらせないと」
ツクロの頭を抱き、ミライの胸に押し込める。夢は目が覚める直前に見ると聞いた事があるだからこそ、目を覚ましたらそこはもうこの世界ではないから、ツクロに言う。
「目を瞑って、幸せな夢を見て、目を覚ますんだ。今度は絶対もっと早く見つけるから…」
「わかりました、約束ですよ?見つけて、私を夜空の綺麗な場所に連れて行ってください」
「わかった、約束だ、いつかきっと連れて行く。だから少しの間、離れ離れになろう」
自分の首に明智から貰った注射器を刺す、異物が入る感覚、持っていたモノを失う感覚、ちっとも気分は良くない。でもこれで終わりだ、どこまでいってもこれは幸せな夢だった。
幸せな未来という結末の夢を見た、だから今この瞬間の為に過去を変えて、目を覚ませ。
「ツクロ」名前を呼び、0距離だった彼女と体を離し、顔を上に向かせ、口づけをする、ミライという存在を生贄にする事の贖罪と、ミライが持っている全ての好きを込めて。
「!?」少しツクロの体が跳ね上がる、意表を突いたりとミライの頬が少し緩む。
注射器をツクロの首に刺す、これでツクロは普通の女の子。アベンジャーズというテロ集団を率いた特異体質の持ち主はミライ、だって明智が渡した注射器を敵が持てる筈ないのだから、絶対に敵が生き残る結末なんてありえない、絶対に敵は死ぬのだ。
体が少し焼けるような気がした時、サチアとの会話を思い出す。あれは施設を出て名前を決めた日の記憶だ。
『私がサチア、貴方がミライ、そしてこの子は後で考えましょうか、どういい名前でしょ?』
『いきなりどうして名前なんて、いや今まで無いのが不思議ではあったけれど…』
『私達は自分を保てないかもしれない、けど自分のやるべき事を家族の名前にすれば忘れない、私はこの子の未来の為に。貴方はこの子の幸せの為に。この子の為に私達は死ぬの、だって私達はこの子とは違う人じゃない化物なんだから、どう?いい案でしょ?』
『あーそれならきっと忘れない気がする、それがサチアの願いならどんな事だって怖くないや…それならこの子の名前は………』
あぁどうでもいい記憶が走馬灯になる、もう少しマシな記憶があっただろうに。けれど化物として死ねて、大好きになった人を救う、この未来ならレニを託せる…そう…思える。
*
目を閉じると昨日の事のように思い出す、幼少期私は気づいたら施設と呼べる場所に居た、そこでは私達の体を使って色々な測定をする事が社会の為になるらしい。社会というモノが良くわからなかったが、上手くいけば褒められたので嬉しかった。
けれど私という存在は無価値らしいという事を、偶然大人から聞いてしまった、曰く私は何をやっても平凡な記録しか残せず、幾らでも代替品を用意できるらしい。
私はめげずに努力した、努力して、見返してやろうと必死になった、けれども結果は変わらず、私は平均値しか出す事のない、簡単に変わりを用意できる存在のままだった。
そんな時、私に転機が訪れた。皆が失敗している検査を私だけが通過できた、嬉しかった。これで皆を見返せると思ったから、だけど振り返るとそこには殆ど人は残っていなかった、何故かはわからない、だけど大人以外で私の知っている見た目をした人は、ごく少数であった、けれど皆が居るように皆の声をした異形は話す、気味が悪くて吐きそうだ。
ある時異形が一体消えて、その異形の面影を残した私の知っている人が居た。それはドンドン続いて、異形は数を減らして、普通の見た目だけの子供達だけが残る。
私もその一人だった、突然眠くなり起きたら、異形一体が消えている、まるで二つが一つになった様に。そうして異形は消えていき、次は体の違和感を覚えた子供と、普通だった子供が連れていかれた、違和感を覚えた子は消えて、普通だった子が違和感を覚え帰ってきた。そうして私もまた寝かされる、けれど私は他の子供達とは違って違和感は無い。
いつしか何故か私だけが優遇される様になった、私だけが健康だったから遊び場を独り占め出来ただけかもしれない、けど本が欲しいと言えば持ってきてくれたし、ぬいぐるみは要らないと言えば捨ててくれた、昔との扱いの差に私は満足だった。
私の名前を教えてくれた人が居た、私の名前はツクロというらしい、ツクロ…ツクロ…私は気に入って、私はツクロだと大人に言い回った、次の日私に名前を教えてくれた人は姿を消した、よくわからないが転?属になったらしい。
ある人が私の事をこう評した「君は世界に一人だけの特別な人」と。名前を教えてくれた人が居なくなって寂しかった私にとって、それは宝石にも等しい輝きの言葉だった。
ある日こう思った、ここから出て本で見た「満天の星空が輝く夜空を見たい」と懇願した、それはダメだ棄却された、何故と言っても大人は誰も答えてくれない。
いつも通りの検査の後、一緒に居た子供達がどうなっていたかを偶然知ってしまった、皆私の中にバラバラにして入っているらしい、悍ましくて死んでしまいたいと私は思った。
見てない事にしていた鏡を見て、私は叫んだ、多くの大人が来て沢山の話をしていた、隣の部署ではもっと大変な目に遭っている子供もいると、自分達に言い聞かせるように。
隣の施設で大きい実験が成功したと、大人達が焦っていた、もうどうでもいい、私は…。
アラームが鳴り響く、施設が揺れる、このまま瓦礫の下敷きになって死にたい本気でそう思っても、大人が私の手を引っ張る、けれどいつの間にかその引っ張る力は弱くなり、私はただ茫然と前を見る、男の子が居た。私とは違う普通の見た目の男の子。
「君も何かされたの?」「大丈夫一緒にここから出よう」「君みたいな女の子もいるなんて」
男の子はそんな事を言っていた、だから私は怖かったけど男の子に問うた「私は怖くないの?」と、すると男の子はこう答える「怖くないよ、むしろ綺麗だ」そんなただ一言に私は救われた、男の子とは途中逸れてしまったけれど、私は決心する。
「私の人生は、彼の幸せと未来の為に全ての人生を使ってやる!」月も見えない、夜空に向って私は叫んだ。
男の子にもう一度会う為に、私は持てる全てを使った、バケモノの様な異形でも、彼は綺麗だと言ってくれたから、そして彼を見つけた、世界から隔離され、国から隔離され、この世には居ないモノだと扱われている彼を見つけた。
私は許せなかった、彼をそんなぞんざいに扱う世界が許せなかった。
だから私は決意した、この世全てを敵に回しても、彼と一緒に行きたかった星空を見られなくなっても、世界に彼という個人を認めさせると、私は決意した。
眠りから目覚めるように、私は目を開けた。そこは一面の花畑と彼の服があった。
「どうだいキャップ!この瞬間緑化レーザーは半日で枯れるのが、改良予知有だが…」
「はいはい、それよりもやる事があるんだろう?そもそも僕は君の輸送機では無いよ…」
聞き馴染のある声が聞こえた。
「君がツクロ君だね…迎えに来た。それにしてもモルモットだからモルとは安直すぎないかい?」探偵の様な服装をした女性が私に声をかける。
「嘘つき……嘘つき……嘘つき……嘘つき!私を探しに来てくれるって…、言ったのに!」
私はただ涙を流す事しかできない、私が死んで貴方が英雄になる道筋だったのに…。
「サチアはミライを救った、ミライはサチアの望みを叶える為にレニちゃんを救った、けれどアイツはサチアの願いも叶えたかったし、君も救いたかったそういう事だよ」
マシンの男に言われて、私は涙を更に流す、これこそが私への罰だと知ったから。
ここまで読んで頂きありがとうございます。




