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第一話 妹想いで、姉嫌い、そして見ず知らずの市民想いの狙撃手(Ⅰ)

この度はご閲覧ありがとうございます。

 もう何度目だろう、腹部に重さを感じながら起きる朝は、寝苦しかった訳でも無く、この苦しさを覚えながら迎える朝が、この重みを感じる事が一日の始まりだと認識し、この日常を守りたいと思いながら幸せを噛み締める事になるとは、少なくても幼少期の自分では考えられない事だった。ミライの腕を枕替わりにする小さな女の子、そして人の迷惑も考えずに人の腹を枕にしている馬鹿。

 ミライは腕を退けながら、頭の高さを変えてしまわない様、間に枕を挟む。華奢な女の子を決して起こさない様に、蝶よりも、花よりも丁重に扱う。

「邪魔だ、重い、どけ、馬鹿」

 ミライのお腹を枕替わりにしている女性は思い切り、体を起き上がらせる事により吹き飛ばす事に成功し、改めて背筋を伸ばしその場から立つ文字通りに起床する。吹き飛ばしても目を覚まさない馬鹿は放って起き、音のならぬように決してこの時代に相応しいとは思えない程古臭い扉を、音が出ないようそっとミライは開けた。

 お世辞にも広いとは言えない、それどころか6畳間あるか無いかの自称リビングの一角にある冷蔵庫を開き、水の入ったペットボトルを手に取り、蓋を開け、口に流し込む。冷水を寝起きに飲む事が体にいいのか、悪いのかはわからないが、いつもこのルーティンを行う事で少し残った眠気を完全に吹き飛ばす。

 もう一度冷蔵庫を開き、朝食を何するかとミライは一考する。自分が好きな物を作るべきか、それとも馬鹿の好物を態々作るか、それともあの子が喜ぶ様なご馳走にするか。

「ふわぁ…今日の朝ご飯は何かしらー?」ポリポリと服の中に手を入れた馬鹿が居た。

 馬鹿の寝ぐせや、脱げかけた寝間着、人様に見せられないような醜態を注意をするにも、こちらも似たようなモノだと思いながら、こちらに歩いてくる馬鹿改めサチアも起床した。

「知らん、レニの好きな物セットでも作ろうかとは考えてた」

「レニの好きな物って、卵料理の事かしら?ここ最近はずうっと、朝は卵、卵、そして偶に生きの悪い魚じゃない、私の好きな肉料理はいつになったらお披露目されるのかしら?少し前『しゃーねから作ってやる』って言ったのは何処のどいつかしら?」朝からよく口が回っていらっしゃる事、作られなかった原因がその事をいうかとミライは感心した。

「さぁ?『仕事は終わったから今から帰るわ』って言って、翌々日に朝帰りしてきた馬鹿とした、約束なんて俺は覚えてねぇよ」声真似をし返すが、似ていないのはご愛敬。

「本社に用事があったのよ、そしたらあらよあらよと時間が過ぎていたの、もうびっくり」

 わざとらしくおどけた面に、そしてふと湧いた虫の様な詭弁を盾にサチアは歯向かう、こちらとしても全てが嘘だとは思っていないが、けれど半分以上が自身に都合の良い事情と言う事は知っている、これが初めてではないのだから、当たり前だ。

「へぇー?…時間があっという間に、へぇー…」

「はいはい、私が悪かったわよ、自分で作りますよ、それでいいんでしょう?」

 悪びれもなく開き直り、サチアは朝から食べる物とは思えない、肉の数々を冷蔵庫から取り出し、棚からフライパンと調味料を用意し、フライパンに油を引き、肉を投入。その姿はシェフさながらの見た目であった、本当に見た目だけ。

「自分で作った物は、責任を持って自分で全部食べろよ、メシマズ」

「肉はただ焼くだけでも美味しいのよ?その目を以てしても見抜くことはできなかったかしら?私達が階段で駆け上がった180階をヘリコプターで楽に上がった、狙撃手さん?」

 あの高さの標的を見上げる形で撃てとサチアは言っている、そんな事ができる狙撃手ならば地平線の向こう側にいる標的さえ撃ち抜けるだろう、だがミライが一人楽していたのは揺るぎのない事実であった、けれどミライは考える、完璧な反論を、そして出た結論は。

「だーから最初から、最上階に標的が居るのは分かっているんだから、遠距離から無力化する?って最初に俺提案したよね?」

 その提案にサチアが「私達が中身を一掃し、状況を把握するわ」なーんて抜かしていたのだから、こちらとしては待機という選択肢しかなかったというのに。

「はぁ?起爆スイッチは複数あったかもしれない、そもそも人質だっているというのは分かっていたのだから、もしもの事を考えるのは当然でしょう?何を言っているのよ」

「その案も明智が考えた物だろう?なんかサチアが立案したみたいに言っているけど」

「明智と話し合って考えたのだから、私の案よ、文句あるかしら?」

 自信満々に胸を張るサチアだが、そこまでの胸はサチアには無いし、そもそも話し合いと言う名の密会を、何隠そうとしているのだか。しかしながらどちらもああいえばこういう、故にサチアとの口喧嘩は一切止まる事を知らず、徐々に熱を増していく。それこそ寝ているあの子を起こして、あの子が喧嘩を止めに入るまで。

「おはよー、今日もお姉ちゃんとお兄ちゃんは仲いいねー」

「「仲良くない!」」ミライとサチアは声たかだかに否定した。

 もう少しで十歳を迎えるこの子がいつも、自分達の喧嘩の仲裁人。こう自らを卑下するのも、謙遜するのも余り良くない事かもしれないが、自分達が十歳だった筈の頃よりも、間違いなく今のこの子は大人で知性もある、大した自慢話を持たない自分達の持つ、数少ない自慢話が大体この子の話だ。

「ごめんね、レニ。コイツが無駄に突っかかってきたの、私は乗り気じゃなかったのよ?」

 レニと呼ばれた少女に自分は悪くない、悪いのはコイツと弁明するサチアは滑稽だった。

「いいんだよお姉ちゃん、議論は重要だって、先生も言っていたし」

 うーん議論の重要性を既に理解している天才!これでまだ十歳未満というのだから末恐ろしい、サラサラの髪にパッチリお目目、そしてこの知性将来は美人になるだろう。

「レニは立派だよ、大人大人、他人を落とすコイツとは大違いだ」

「そーお?ならば私は大人としてオムレツを要求します!」大人と言う言葉に胸を張るレニの頭を撫でながら、けれどやっぱり歳相応だと安堵しながら、オムレツ?何か忘れて…。

「それよりなんかこの部屋、焦げ臭くない?どうかしたの?」

「焦げ?あぁああああああ」サチアの絶叫が鳴り響く、すっかり忘れていた。

 フライパンに一度置かれた肉の塊、いや肉の様な黒い物体は、一度もひっくり返される事もなく、そして自らの使命も全う出来なかったモノがそこには鎮座していた。

「自分で作ったものは、責任もって食べろよ…サチア」

 馬鹿は放って起き、レニと自分の朝食をしっかり作らなくてはと、袖を捲った時だった。

「それじゃあ、お姉ちゃんが体を壊しちゃう、焦げは体に良くないって先生も言ってたよ、だから…お姉ちゃんの分も作ってあげて?お兄ちゃん一生のお願い!」

 うん、可愛い。この寂れたアパートの様な家のカースト1位は間違いなくなく、レニでこの場で一番大人なのはレニなのだと、再びミライは評価を改めた。


 朝食に使用した食器を片付けて、そろそろ出発する準備をしなくてはならない、いくのは勿論会社と学校、自分達はこんな場所に住んでいるが、一応世に貢献する歯車の一人であり、これからの未来を担う若者でもある。会社の業種を端的に説明するのであれば清掃業…の様な物。その会社の中にレニが通う学校がある、何故清掃業と学校が混在するのかと言う疑問も承知の上だが、まぁ手広くやっている会社と言う事らしい。そんな怪しさ満点の場所に愛しき妹を連れていくのに不安が無いと言えば嘘になるが、と言ってもこの会社以外でこのゴミだめで学べる場所なんてものは存在しないであろう。教師よりも児童買春をしていた人間、もしくは小児性愛者、あるいは人体実験でもしようとするマッドサイエンティストそちらを探した方が楽であろう。ならば自分達が務めている怪しい事業の一環に任せるのが一番というのが、足りない脳で考えたサチアと自分の選択である。

「かばんと…宿題、それにジャージ?他に忘れものはないか?もう鍵掛けるぞ?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。宿題もジャージもこのかばんに入っています、お兄ちゃんはいつも心配してくれるけど、しっかり私も成長しています!」

「そうよ、レニも成長しているのだから、とっととアナタも妹離れしないよね」

 愛しの妹の成長を噛み締めると同時に、今日初めてちゃんとした殺意をミライは抱く。未だに一緒にお風呂に入る、レニが食器を洗わないと一緒に洗わないお前だけには、絶対に言われたくない言葉だと中指を立てて反論したかったが、レニの前だからと辞める。

「ヘイヘイ、先に行ってる。後で本気でぶっ飛ばすから覚えておけよ?馬鹿姉」

 今は辞める、けど後でサチアを本気で殴ろう、そう決心したミライであった。

「姉に勝る弟が存在するとでも?クソ弟さん?」

「やっぱり、お姉ちゃんもお兄ちゃん仲いいよね、息ピッタリだもん」

「「仲良くない!」」ほら見た事かと指を差すレニを後目、ミライはその場を後にした。

 先に家を後にし、改めて振り返り家を眺める。そこには仲良く手を繋ぎながら階段を降りる姉妹と、今自分達が出てきた一室以外は住めるとは思えない廃墟がそこにはあった。

 どこもかしこも崩れかかって、地震でも起きれば簡単にぺしゃんこになりそうな建築法とやらに絶対引っかかる建物、まぁ建築法がどんな法律なのかは知る由も無いのだが。

「レニだけは、どうにかこのゴミだめの外に出してあげなきゃな」

 近い将来、大人になるまでに、いつかきっと、あの子の幸せを今日もミライは希う。


 清掃業者だというのに、このような汚らしい外観はいかがなものかとミライは毎度の事疑問に思うのだが、清掃業でも落とせない汚れはあるのだと納得するような形で、その手の汚れは外装事剥がしてしまう以外に方法が無いという事を知った時だったと思う。丁度入社して一か月位の時にはもう口にすら出さなくなった。汚れをデザインとして妥協するか、それとも抉り取ってでも汚れを取るか、その後者にあたる仕事を任されているのが、ミライ、キャップ、明智、マリー、サチアこの五人が一班の清掃業者。仕事を楽しいと思った事もないが、ツマラナイと思った事もない、やりがいはあるのだと思う。多分自分は、ミライという存在はこの仕事ができないという位にはやりがいを感じている。

「おはようございます、ミライさん。…ミライさん?」

 上の空と言った状況の時に話しかけて来たのは、明るい笑顔に、明るい声色、ミライやサチアと違って癖毛一つもありはしない黒髪ストレートのOLらしい服装をした少女がミライに朝の挨拶をしていた。もう2年かそれ以上見続けている光景なのだが、どうにも毎度目に留まってしまう。バリバリのOLの様な風格をしているが、どう見積もっても未成年だし、そしてどこで道を踏み外したとしてもゴミだめに落ちる人間ではない、彼女がゴミだめに住んでいる。何故ここで働いているのかは…なんだったか…。

「おはよ、モル。もう少ししたらサ、サチアがレニを連れてくると思うから、いつも通りレニを教室まで届けやって」そう言ってミライはモルと呼ばれた少女の目の前に、今朝冷蔵庫から出したばかりの新品の炭酸飲料を置いた。

「賄賂ですか?そんな事をしなくても、ミライさんの頼みなら喜んでやりますよ?」

 恐らく本心、毎度の事だが自分の為になんでもやってくれそうなモルに若干の違和感を覚える、何故彼女はここまでミライに尽くすのだろう?揺すられるのか?

「そうそう賄賂賄賂。それを渡さないと良心の呵責がね、あるのだよ」

「心にも思っていない事、スラスラと話せる図太さは見習っていきたいですね」

 テキトーな嘘は同じくテキトーな嘘に粉砕される。けど良心の欠片くらいはあると思う。

 そんな事は正直どうでも良く、今はモルが先ほどまで読んでいた本に目が行く、今時紙の本なんて珍しいというのに、更に年代物に思える本だった。

「今日は何の本?ミステリー?恋愛?喜劇、悲劇?大穴のホラー?」

「全部ハズレです、今日は昔から好きな童話を読んでいました、結構面白いですよ?ハンス・クリスチャン・アンデルセン作おやゆび姫、少女が幸せになるまでの過程のお話です」

「おやゆび姫ねぇ、童話は余り興味ないかなぁー、レニとサチアが偶に読んでいたけど…」

 レニは歳相応に、サチアはきっと明智の入れ知恵、面白くなさそうと否定する訳ではないが、それでも共感できるものでもなさそうとミライは敬遠していた。しかしモルはどうしても読んで欲しいのか、どうぞ、どうぞと押し付けてくる。

「わかった、わかった、ちゃんと読むけど…感想は期待しないくれい」

「わかりました、それではどうぞ行ってらっしゃいませー」

 手を振られ見送るモルを後目に、ミライは地下へと続くドアを開き、更に地下へと向かうエスカレーターに乗る。その先にあるオートウォークに乗り今度は水平に移動する、自分とサチアの為にここまでの用意をしてもらってアレだが、ここは本当に暇だ。『やっほー』と木霊を楽しむ事位しかできない。ここからならばレニもゴミだめの外に出られるだろうが、事態はそうは簡単に行かないらしい、一回サチアが試して失敗したのを見ていた。

「そう言えば、今日は俺達だけか?あそこに出社してるのって」

 答えが返ってくる筈のない問を、虚空に向って投げかけた。我ながら無駄な事をしたという自覚はあるが、それだけ暇なのだ。独り言の一つも言いたくはなる。


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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