第五話 嫌いな家族の為に女スパイは過去の幸せを復元する(Ⅲ)
いつかのお話ですが、次は普通のラブストーリーを書くと言った気がしますが、それよりもちょっとTHEなろうっぽい作品を書いてみたくなったので、そちらを書くと思います。先にそっちの設定が纏まったというのと、なろうのニーズに合いそうな作品を今の自分が書いたとして、どれだけ見てもらえる事ができるのか、それを確かめたいというのもあります、どうせもう一つの作品は何処まで行ってもビターなエンディングで、なろうを意識した作品は絶対ハッピーで終わらせようと考えているので、ハッピーを先に。
いつかの記憶を覗き見る、何年前か、それとも十何年前かの記憶、レニと出会う前、ミライと再会するよりも前、ミライと出会うよりも前の記憶。別に良い記憶ではない、けれど悪い記憶でもないと思う。
物心というモノが付いた時から、私はゴミだめに居た、こんな話は信じられないだろう、あんな法も秩序も無い世界で、年端も行かぬ少女が生き残れる訳が無い、あんな場所に子供を捨て置いたら誰かが助けでもしない限りは、生き残れる訳がないと誰しもそう思うだろう。誰しもがそう思う通りの結果、頭が逝かれていたのか、心が壊れていたのか、それともやはり頭のネジが外れていたのか。今となっては確認する術も無いからこそ、どうでもいいが、そういう頭が危篤な女が何故か私の目の前に居た。
「アンタ名前は、どこの出だい?」
言われた言葉の意味が分からず、私は首を振る事しかできない、縦にも横にも訳が分からずに首を振る、何一つ学も無く、何一つの利益をもたらさないと知って、女は私を抱きかかえてどこかへ連れて行く。何をされるにも恐怖がわかない、だって何一つ学がないのだから当たり前だ。味を知るには食べなければわからないように、理解すると行為は知識や経験がなければ理解なんてものに至れる訳がなかった。
女との奇妙な生活が始まった、女はいつも決まった時刻にどこかへ行って、食べられるものを持ち帰ってくる、しかしその量は決して多いとは言えず、女はいつも私にこう言った「今日はこれがわかるようになったら、食わせてやる」毎度毎度内容は違っていたが、ひらがなだったり、算数だったり、果ては刃物の使い方だったり、どこからか持ってきた本を開いて、私に読み聞かせる。その時間は、私には凄く心地の良いものだったからこそ覚えているのだと思う、けれどそんな時間は長くは続く事がなかった。
人並に言葉を話せるようになった時だった、いつまで経っても女は帰ってこない、けれど女からは外に出るなと言われているから、私は待ち続ける。しかしお腹は限界を迎えて私は耐えられなくなり、女との約束を破り私は外に出た。
別に私を見限って一人で居なくなるなら、それはそれでよかった、その時の私は決して悲しいという感情を理解できなかったから、心というモノを持っていなかったから。
外に出て数十mと言った所か、そこに女は居た。傷だらけで、何度も暴行を受けた後があったのを覚えている、ただでさえオンボロな衣服は破れさり、ほぼ全裸と変わらない状態で、顔は腫れあがって酷く醜い顔面をしていたし、至る所で内出血を起こしていた、前々から擦り傷程度ならあったし、顔が腫れている位の事は今まであった。けれどここまで酷い状態は見た事ない、私はどうすればいいのか分からず、女を揺する事しかできなかった、揺らした事が功を奏したのか、女の意識は覚醒する。
けれど虚ろな目をして、私の胸にたった一本のナイフを突き立てた、突き刺してくれればよかった、けど女はお前が持てと言わんばかり、刃が仕舞われたナイフを押し付ける。そのナイフを受け取ると、女は私を抱く強く、強く抱きしめた。一つ言葉を繰り返して。
「ごめんね……、ごめんね……、ごめんね……」とただただ繰り返す、ごめんとは自分が悪い事をしたときに使うと女から私は習った、だから私は意味が解らなかった。知識も経験も無い私には、女が何に対して謝っているのかが、わからなかった。
それからというモノ、女に学んだ通りに一人で生きる術を実行した、女に言われた通り、食べる前には、渡された本を読んだ。食べる物、使える物を探し、なんとか生きる日々が続いたある日の事だった、目の前に私と同じ位の身の丈の少年がポツンと立っている。
私は話しかける。「お前名前は、どこの出だ?」と少年は、言葉は理解できているが、状況が理解できていない様子だった、だから私は女に学んだ事を少年に教えた。ここはどういう場所で、お前はどういう状況で、生きていく為にはお前はどうしないといけないかを、教えられるだけ教えた、少年はあの小さい頃の私とは違って理解できていた、だから理解できたのならば、少年の尻を蹴とばし私の住処から追い出した。それからはまた食べれる物を探して、奪って、使える物を探して、奪って、そんな日常を繰り返した。そしてまた暫く日にちが経った頃、目の前に数日、いや数週間は持つであろう食糧が放棄されていた。私は一目散に手を伸ばす、けれど最悪なタイミングで偶然の再会を、私達はしてしまった。背丈は変わっていたが、間違いなくあの時蹴とばした少年だった。生きていたのかと少し嬉しくもあったが、生憎、私も少年も飢えているのは確かだった、だからこそ私達は殺し合う。それしか自分が生き残る術が無いから、生きていた方がこの食糧を全て取れるという考えのもとで、私達は殺し合いをする。あちらはそこら辺に落ちていたであろう鉄の棒で、私は女に渡されたナイフを片手に殺し合う。
けれど殺し合いはすぐに終わった、決着がつくというより辞めさせられたが正しいのかもしれない、近くか遠くか赤子の泣き声が響く。おぎゃー、おぎゃーと、その声がする方へ私と少年は歩みを進める、そこに居たのは赤子。その瞬間私は初めて理解できた、あの時の女の感情はこうだったのかと、見つけだした今にも失われそうな命という名の灯を、守りたいという母性とも言うべき感情が、あの時の女を動かしていたのだと私は理解した。
だからこそ少年と話し合う。この食糧は、否、これからの人生の事についてただ一言。女が自身の命を捨ててでも欲しがった物を、最後まで手放さず私に与え続けようとした永遠にも似たひと時は、恐らくこの言葉を差すのだと今の私は理解できた。
「ねぇ、私達家族にならない?」家族という二文字がどれ程素晴らしい物か、私は名も知らぬ女という名の母に学んでいたのだ、とても美しい心の形だった。
目覚ましの音が響き毎日設定してある時刻を知らせる、どうやらレニ共々泣きつかれて、眠っていたらしいミライがベッドに寝かせてくれたのだろう、そしてミライは気を利かせて外に出て行ったとそういう事だろう、端末にメッセージが残されている。
「今日は事務所で寝る…か」ミライらしいというべきか、それとも自分も悲しみを消化したかったのか、モルという人間は確かにミライにとって大切な人と言えただろう。
そしてもう一つのキャプテンから送られて来たメッセージを見て、私の今日の予定は決まった。明智が目を覚ましたらしい、キャプテンが付きっきりだったのか、それとも何か二人で企んでいるのか。
「お姉ちゃん、どこかに行っちゃうの?」レニが起きてしまった、物音を立てすぎたか。
「明智が目を覚ましたの、ちょっと様子を見てくるわね」
「明智さんも怪我しているの?私も行く!」
「ごめんねレニ、今日はまだ会う事はできないの、でも会いたいって伝えておくわ、それとミライを呼んで私達の職場に案内させるわね、それまでお留守番できる?」
「…わかった…でも明智さんに約束しておいてね、また勉強教えてって」
あの明智が約束を破る訳がないのをレニは知っているのか、それとも少し過ごしただけで解ってしまったのか、本当に私やミライより良くできた子で、本当に凄い子だ。
「わかったわ、約束しておくわね、それじゃあ行ってくるわね」
「うん…行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
私は急ぎ、病院へと向かう道すがらリンゴの一つでも買っておくとしよう、そもそも食べられる状態かすらわかりはしないが、まぁ食べられないならば私が貰うからどうでもいい事だし、まぁ十中八九何か企んでいるのだろう、私はその為の道具にすぎないのだし。
ミライに連絡を取る、明智と会うから伝えたい事はないかとか、私達はどうするか真剣に考えなくてはならないからと、そして一番重要な事をミライに伝える、レニを迎えに来て事務所で遊んで欲しい旨を伝えれば、明智と会う前の前準備はお終い。
私は手紙を持っている事をだけを確認して、病院へと赴く。病室に向かうまでにすれ違うのは、今回の作戦で命を落とした人間の身元を確認しにきた家族であったり、生きているのであればお見舞いであったり、そもそも作戦とは全く関係の無い病人だったり、そのお見舞いであったり、或は看護師であったり、医者であったり、この世界規模で見たら小さい病棟の中にも多種多様の人々が居る、そしてその多種多様の人間の中でもとりわけVIP対応されているのが、この先の病室に居る。
私はノックをせずに、扉を開いた。見られて困る様な物があったとしても、隠していないアンタが悪いと言わんばかりに。
「元気そうで安心したわ…、とても心配したのよ?」
あんぐり口を開けて、明智とキャプテンは何かのデータやプログラムを物理的に自らの後ろに隠す、案の定何かやましい事をやっていた、キャプテンにはすぐ向かうと伝えたのに、本当に何をやっているんだか。
「やぁ、サチア早かったね、それじゃあ僕はお暇させてもらうよ、邪魔しちゃ悪いしね」
「えぇキャプテン、邪魔をしないで頂戴。それとそんなに見られて困る様な物なら、この部屋で整理してから行ったら?……どう?」
キャプテンは慌ただしく、端末から溢れ出そうな大量の文字列を急いで隠した。別に見る気もないのだから焦らなくてもいいのに、それとも本当に余計な気を遣っているのかしら?キャプテンのお節介さなら、それもありそうねと私は少し微笑んだ。
「それで、その怪我人は休まずにこんな事をしているのか、教えてくれるかしら?私今言ったわよね?本当に心配したのよ?って」私は天使の微笑みを明智に向ける。
「そのセリフはもう少し、表情に合わせて言った方が効果的だよ、サチア…それじゃあただの脅しに思える」
「そうね、なら言葉を変えましょうか。明智、アナタ学はあるのに馬鹿なの?今は絶対安静って事もわからないのかしら?マリーが居ないと常識も欠如するのかしら?」
私は少しキレている、マリーが必死に命を賭けて守り通した、にもかかわらず自らの寿命を減らしたいのかと、けれどそれと同時に理解もできた、マリーを失ったからこそ明智は自らのボロボロな肉体に鞭を打ち無理やりにでも体を酷使しなければ、自らの不甲斐なさで自殺を選んでしまいそうなほど、追い込まれているのだろうと。
「悪かったよ、それでもサチアが来てくれて助かった、少し休憩を取ろうとは思っていたんだ、ほんの数時間前に……」
「あっ……そ、まぁいいわ、私が居る間は休むのなら文句は言わない、それとこれ、ハイ」
マリーの手紙を手渡す、本当は明智が一番先に見るべきものだったかもしれないけれど、お生憎様明智が寝ている間に私が勝手に見てしまったのだが、まぁ文句はないだろう。
「そうか、いつか読んでおくよ」
「今読まないの?アナタに送るマリーの最後の告白よ?」
「もし今、読んでしまっては、奴らを皆殺しにしないと私の気が済まなくなる、それを実行しようと思えばする事もできる、けれどするつもりは無いがね…だってその世界はマリーが望んだ世界にはならない…だろ?」
望むのならば世界を壊す事だってできる、目の前のこの女はそう語る。それがマリーを、愛する人を失った事による虚勢でもない事を、私は知っている。コイツがどれだけ優秀な人間という事かは知っている、何をしたのかを理解している訳でないが、このたった一人の存在の生き死にで、世界の発展が停滞してしまうという事を私は知っている。
「そういえば今日、明智に言う事があるのいいかしら?」
「あぁ構わないよ、次いでに君の持っているリンゴでも向いてくれないか?お腹が空いた」
全くこっちの気も知らないで、自分の思い通りに世界に動くと信じて、自分こそが世界の中心だと言わんばかりにアナタは私に、あれをやってくれ、これをやってくれとせがむ、別に私はその事が嫌いな訳ではない、私に心の満たし方を教えてくれたアナタには幾ら感謝をしようが、礼を尽くそうが、願いを聞き届けようが、一切の命令をされようが私はそれがアナタの望みならば盲目的にそれに応じよう。
「おーい、サチアー?はーやーくぅ、剥いてくれよー、ほらアーンだよ、アーン…」
口を開けて待機する、その姿を見るとこの皮を剥いていないリンゴをねじ込みたい気分だが、今は少し我慢しよう。それよりもやるべき事が今の私にはある。
「剥いてあげるわよ、けれど話をしながれでもいいかしら?」
「あぁ構わないよ、君から話題を振ってくれるなんて貴重な経験だ」
こちらの振る話題などたかが知れていると言わんばかりに、話半分で聞く耳なんて持たずに昨日得たデータを見ながら聞いている、無視するなら勝手にすればいいし、興味がないのであればそれでいい、こちらも勝手に語らせてもらおうとしよう。
「話したい事は二つ、いや一つかしらね…」
絶対に話そうとはしなかった事を明智に語る。マリーの死が引き金となったと言えば聞こえはいい、逆に親しい人が死んで初めて明かす事を決めた、私達のただ一つの隠し事を。
ここまで読んで頂きありがとうございました。




