第五話 嫌いな家族の為に女スパイは過去の幸せを復元する(Ⅰ)
サブタイトルが違法アップロードの外国人が直訳したようなタイトルになっていますが、タイトルに込めた意味的にはこれであっている筈、多分。
後ろから鳴りやまない銃声や爆発音を聞いているだけで私は私が嫌になる、何が絶対に死なないから私が残った方がいいだ、自分だけ死なない様にしても、その結果誰も守れないのならば、何の意味も無いがないじゃないか。
ただただ己の無力さを叫ぶ、声になんて出さない、これ以上自らを無能たらしめたくはないから、マリーから受け取ったバトンは確実にキャップに引き渡す、そしてレニも助けに行く、そうしなければ私が私を許さない。マリーともう一度会う前に自ら命を絶ってしまう、そうしまいそうな私がここには居るから。
「明智…、絶対に死なせないわよ…」
息が徐々に浅くなっているのは、恐らく気のせいではない、間違いなく出血の所為だ、最低限の止血は途中でしてきた、だからこそ後は少しでもキャップに見せればいいだけ、彼ならばスーツに医療技術も組み込んでいるだろうと淡い願望ではあるが、今はそれに賭ける、それが無理なのであればこちらでどうにかする、その手立てはあるが今はまだ…。
息も絶え絶えになりながら、私は前へ進む。捨てられた産業区画なるほど賊が隠れるにはうってつけの場所だ、それでもこんないつでも奇襲をしかけられる状況にも関わらず、誰一人いないのは、全世界を巻き込んだこのゲームに人員を割いているからなのだと、私達は賊の下衆な遊びのお蔭で命を取り留めている。その事を、ただ走りながら放棄された奇襲用のタレットや武器群を見つける度に私は、自らの歯を砕くような力で噛み締める。悔しい、悔しい、本当に自らの無能さが本当に悔しい。
『通信の発信源に近づいた、何か合図をくれ』
「わかったわ、こちらも姿を確認した、そこから8時の方向、赤い建物が見える」
『了解、そちらの姿を確認した、状況は大まかにだが、わかっているつもりだ』
なんとかギリギリ明智の一命は取り留めたようで安心し、少し力が抜けるけれどミライの話では、私にとってはここから本番だったし、それ以前の問題も残っている。
「明智は何とかなる位の設備はあるかしら?キャップ」
『ここまでの傷だと、もっといい設備がある場所じゃないと…』キャップのその言葉も私には、折り込み済みだった。その考えがあったからこそ落胆せずに済む。
「そう…なら丁度良かったわ、二度手間にはならなそうで安心」
何回もやってきた、呼吸の様に今をより幸せな世界にするたった一つの方法、過去を否定することで、過去の幸せを苦しみを否定する事で、過去の全てを否定することで、この私に許された特権は発動する。誰の記憶にも残らない、私の独善的な行動が織り成す自分の好きな今までを作り出す方法を私は世界で唯一知っている。
先程までの疲労は消えた、目の前のキャプテンも明智の処置を始めた。レニがどう危険なのかはミライにしか理解できないが、けれど言える事はただ一つ、レニが危険なのではなく、レニは巻き込まれているだけなのだという事。国側の武装勢力がほぼ全て出払っている中、賊はただゲームをするだけでは終わらせないだろうという確信がある。似た者同士だからかもしれない、私とミライは賊達を唯一理解できる存在だと思う。きっとあの実験の生き残り達が賊軍の主導者であるという、確証はないが確固たる自信が私にはあった。
彼らの理解者になれるであろう私は、レニが幸せな未来を望む。どれだけ私が苦しくなろうと、私の未来が危ぶまれようと、レニが幸せに生きていける世界さえあれば、私はその他全てを失おうと構わない。けれどアイツら賊軍は何を望む、何を考えている、自らが受けた痛みの復讐?そんなものは、都合のいい動機の一つに過ぎない。何故世界を敵に回す、何故世界に歯向かう、何故世界で遊ぶ、何故世界を自らの思うがままに変革しようとしない、その力を見せたいだけなのか、それとも力を証明する事で認識してもらいたいのか、それともその両方かもしくは私は賊の理解者ではないのかもしれない。
どういう理由だろうが、どういう動機だろうが、どういう思想だろうが、レニを巻き込んだ、ミライが視たその景色だけで、私の逆鱗に触れた事に間違いは無い。
「見えたわね、これがミライも先送りにしか出来ない訳ね、この状況に可能性ないもの」
見えてきたのは、この世界の汚点を覆い隠す為に存在するかのようなドーム状の建物だった場所。通称ゴミだめ、そのあった場所が燃えている、油の中に火を垂らし、その後にガソリンでもぶちまけていたのかと思いたくなるほどの炎の勢い。きっとゴミだめでは、もう二度と生活を送る事はできないだろうと、私は安堵する。これでレニも外に出られる、だがそのレニが居ないのでは話にならない。だからこそ私はこの炎の中に飛び込む、同じゴミだめでも最新式の建物であれば少しは耐えられるはずだと微かな希望を、否、生きているという確かな今を抱える為に。
「無い未来を確定する事はできない、だからこそ無い未来の為に、そうなるように過去を改変してしまえばいい、本当に気軽に言ってくれるけれどね」
レニをゴミだめに捨てた悪魔が居た、レニに私達が教える事の出来なかった、一般教養を与えるチャンスを与えてくれた神が居た、レニに生活の保障と普通教育を施してくれた神が居た、レニに昔の事を、レニが疑問に思っている事を、レニの趣味に関する事を一緒の目線で話してくれる心優しい神が居た、そしてレニの命を奪おうとした悪魔も居る。この世に恵まれているだけの存在は、そんな神にも匹敵しうるヒトはこの世界に存在しない。人間の幸せと不幸せは公平だとまでは言いきらないが、結局の所、確率の収束を語る訳では無いけれど、同じ様に良かったと事があれば、良くない事も起こるのだろう。その数が誰しも一緒とは限らない、少なくてもミライと私は、あの場所で自分だけが唯一持つことが許された力は、使用する度に良かったと思い、使用した度に良くなかったと思う。
今回もそうだ、力を行使する度にレニの命を救えるという実感が湧く、しかし力を行使する度に私は、私でなくなりそうになる。
けれどこの力を持つことを許されたのならば、その力を存分に発揮し、この燃え盛るゴミだめに入る事も何一つ怖くはないし、何一つの後悔もない。未来は決まっている、レニを救って皆無事な未来だ、それが手に入りさえすれば私の事などどうでもいい。
「絶対に助けるから、絶対に…」
私は業火の中に飛び込む、熱いし、煙たい、ちょっとした事で火傷をしそうだし、声を出す為に呼吸をしようものなら、喉が火傷をしてしまいそう。けれどそんな事をお構いなしにあの子の名前を私は叫ぶ。きっとそんな今は起こりえないと理解しているから。
「レニーーーー!」
煙を吸い込んで咽た気がしたがけれど、そんな事は無い。思ったより平気だった、流石最新の技術を詰め込んだ建物、煙を壁が吸い込み外へ排出するような技術でもあるのだろうか?まぁそんな事は後で明智にでも聞けばいい。
なんどもレニの名前を叫ぶ、その度に喉が痛いような気がする、見かけだけでも煙を吸った感覚は残るし、熱も吸った気はする、きっとどこかはダメージを受けている…筈…。
レニが居るであろう、本社ゴミだめ支部へ入り、1階、2階へと上っていく、レニの学習教室は5階流石にそこまで上るのは億劫だけれど、文句は言っていられない。
『さ、サチアさん…ですか…』
ノイズ交じりの声がイヤホンから聞こえる、この声は何度もお世話になっているからこそわかる、モルだ。モルが生きているという事ならば、レニも一緒にいるのではないかと思っていたが、事態はあまり芳しくないらしい。
「モル?そっちは大丈夫なの?レニと一緒?」
『私は…少し…しくじってしまいました…上の階の人避難誘導中に…上から崩れた瓦礫に挟まれています』
「助けに行くわ、場所を教えて頂戴」
『私は無理そう…です、…けれどレニさん…は、2階に避難させて…お願いします…レニさんだけでも………』瓦礫が崩れた音ともに、ノイズ交じりの音声はノイズのみになる。
「モル!モル!返事をして!」
もうモルがどうなったかなんて頭で理解できていた、けれど現実が受け止められない、だからこそ考える、それでもモルを救いに行くか、彼女が残した最後の望みを叶えるべきか、答えは最初から決まっていた。だって私にはレニを一秒でも早く危険から遠ざけてあげたいから。そして最後にモルから送られてきたメッセージを受信する、メッセージというよりは、マップだ。非常用の出入り口と、非常用の部屋への経路。
「ありがとう、モル、絶対にレニは救い出すから、安心して眠って頂戴」
身も焼けるような思いで…、まぁ言葉通り思いだけなのだけれど、それでもなんとか非常用の部屋に辿り着く。なんなら実際に燃えた体が燃えた気がしなくもないが、今尚、私が火だるまになっていないのであれば、それは勘違いという奴だったのだろう。
「ドアノブから離れて、そしてすぐに移動する用意を!」
私は持っている銃を3発ドアノブに発砲し、ドアを蹴破った。そこには十数名の従業員とレニが居る、こんな所で気を抜いてはいけないというのに、私は少し足から力が抜ける。
「お姉ちゃん!」レニが不安だったのか抱き着いてくる、無理もない。体験した事もない大変な事を今世紀史上最大規模で味わっている、けれどこの子は何処までも、私達には過ぎた程出来た子で、いい子で、大人みたいな子供だっていう事を理解していた。
「お姉ちゃん、モルさんは?モルさんが帰ってきていないの」
「…っ、モルは…」
「モルさんを助けないと、モルさんが私を助けてくれたの、だから」
嘘を吐くべきか、真実を話すべきか私は悩む。どの選択肢でも結局はレニを傷つけてしまう事には変わりない。ならば真実を伝えよう、酷なのは分かっているけれども、未来が無い事期待させるのは、今は幸せでも未来はきっと絶望しか残らない。
「モルは死んだわ、でもそのモルに託されたの、どうかレニ、貴方を助けてって」
「嘘………だよね…お姉ちゃん?あぁ…あぁー…あぁーーーー…」
大粒の涙を流しながらレニはその場に立ち止まる、私にはレニが煙を吸い込み過ぎないように彼女の顔を胸で覆ってあげる事しかできなかった、もう少し私の足が速ければ、もし車を簡単に手に入れていたら、ミライの情報がもう少し早ければ、たられば…悔やむ事は沢山ある、が…目的通りレニを助ける事には成功した、私にはそれだけで十分だった。
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