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第三話 何処にでもいる、取り換えの利く探偵(Ⅳ)

実はぁー、今日は僕の誕生日なのですー、なのです、なので、なのです。

誕生日プレゼントにアドバイス、くーださいとは言いませんが、普通に批評してくれる人を誕生日あるなしに待っています、こちらから感謝しかできないのですけれどね…ハハ

 微かな気配と足音が聞こえる、その音はこの部屋の前の玄関口或いは外だ、恐ろしい程素早くそして音も無く犯行を済ませた盗人か、それともこれから犯行を行う馬鹿者かはわからない、前者であれば本社が全力でスカウトに行くであろうし、後者であれば命は無い。足音が止む、気配は残り続けているこちらを待っていると言った様子か、ならば私は赴くとも、これが愛の告白という可能性も否定できない以上、断わる理由もさして思いつかない。だからというのは変だが、私は正々堂々と丸腰で扉に手を掛け、外へと向かう。

「起こしちゃった?」

 そこに居たのはミライであった、私は眠たい脳を巡らせた思慮し決断までした行為が無駄だったことを知り、彼にこう告げる「無駄に気配を消さないでくれたまえよ」と。

「悪い、幸せそうに寝てるサチア達を起こす訳にもいかなかったし、明智に気を遣わせたくなかったから、何とか気配と足音を殺したんだけれど、なんでわかった?」

「外に出るまでは、完璧だったさ私も気づかなかった、外を出た後は稚拙も良い所だが…、だからこそ教授の手先かと思ったんだが、無駄な気苦労だった」明智は、光が乏しいゴミだめでも見えるように、大きな身振りでその無駄な気遣いを伝えた。

「稚拙で悪かったな、それになんで教授?先生ってやつだろ?その手先がそんな技術持つ訳ないだろ」小馬鹿にするように、ミライは笑った。やれやれこっちの気も知らないで。

「ミライ、君はシャーロック・ホームズを知っているかい?」

 ミライは少し考える様に顎を触る、はて何だったかと思い返す様に、一度くらいは聞いた事があった気がすると考える様に、そこまでしなければ思い出せないのならば、それは覚えていないのと同義だろうに。

「230年程前、アーサー・コナン・ドイルという小説家が描いた探偵小説だよ」

 明智が名前を出すとミライは、漸く思い出し合点が行ったのか手を打つ。ミライはモル君との会話でも解るように文学をかじってはいるのだろう、サチアとは違って。逆なら…。

「名前だけは聞いた事ある気がする、あれだろ『初歩的な事だよ』ってやつ」

「私は彼のファンではないから、確かな事は言えないが、それは原作で言ってはいなかった気がするが、まぁミライの認識で間違いはないよ」

「それでそのホームズがなんだって?ホームズ教授?探偵兼教授なの?」

 ミライの疑問はそこに戻る、まぁ私が話の本筋を話していないのだから、その反応も当然と言えば当然なのだが。と言っても言ってしまえばこれは、ネタバレだ。これから読む可能性が人間に伝えてもいいものかと明智は考える、けれど著作権は年月が経てば持ち主から離れると同じ様に、230年前の小説のネタバレを気にしてもしょうがない。

「教授っていうのはホームズの宿敵、ホームズの世界で起こる半分の悪事はその教授によって引き起こされ、そのほぼ全てが未解決事件に終わるという、そしてホームズは彼をこう称した、犯罪界のナポレオンとね」

「犯罪界のナポレオン?なんか昔読んだ本に、そんな名前の偉人が居た気がする『私の辞書に不可能は無い』とかそんな言葉なかった?」

 彼の認識に間違いは無い、ナポレオンとは簡潔に語るのであれば、戦争の天才というべきか色々な意味での革命人というべきか、まぁ偉大な人物である事に変わりないか。

「まぁナポレオンというのはどうでもいい話かもしれない、重要なのはホームズの宿敵モリアーティ教授は数学者であった事、そして今回の事件を起こした者も学者を名乗っていた、探偵の敵が学者というのは、出来過ぎた話だろう?」

「それは確かに、そうかも」

 ミライは納得して、虚空を見つめる。会話が終わってしまう、この何とも言えない間が私には耐えられなかった、他人の領域にズカズカと入り込むのは好きでは無いが、一つ気になった事を聞きたいと明智は思う、彼とサチアの関係がどうしようなく気になっていた。

「少し込み入った話を聞いてもいいかい?」

「構わないけど」相変わらずミライは虚空を眺めながら、返答した。

「君とサチアの関係性について、というか君達の人生を私は知りたい、いいかな?」

 明智は踏み入った質問をする、決して彼らの人生は輝かしいモノではないと断言できる、人に自慢できるものでもないだろう。だけれども私はそれを知りたい、自分自身の為にだというのは認識している、だからこそ私も対価を支払おう。

「君達の人生を教えて欲しい、代わりといってはなんだが、対価として私は君からのどんな質問にも答えよう、これでどうかな?」

 ミライは少し考え、ゴミだめの天井という空に向けていた瞳を、私個人に向けた。その瞳から何かを推察する事はできないが、この交渉が成立した事はすぐにでも理解できる。そしてミライは口を開く、どんな人生を歩んできたのか、どうしてここに居るのかを。

「人生を教えて欲しいって言われても、中々難しいな。なんといえばいいのか」

「箇条書きの様な感じでも構わないよ、どの時期に、何をしていたか、そんなモノでいい」

「そう?それならできるかもしれない、でもいつって言うのはちょっと難しいな、でもわかった、話そうか、俺達の人生を」

 ミライが語る人生は決して明るいモノでは無いというのは分かっている、けれど彼の顔はどこか嬉しそうだった、その顔は子供の成長を見守る親か、それとも…、私が持ちえなかった家族という関りが生んだ表情、明智はそんな風に思った。

「大して昔の事は覚えていないんだ、けれどこのゴミだめに連れてこられた日の事は、昨日の事の様に思い出せる、朝日が昇る中誰かに連れられて暗いこのゴミだめに置いていかれた、何も分かっていなかった自分が捨てられたって事を、気づいたのはその場に立って待つことしかできなかった俺を偶然見つけた、サチアに会ってからだった」

 ミライは一つ咳払いをする、そしてこちらに続けてもいいかい?とアイコンタクトを取る。明智はミライからのアイコンタクトに対し頷く事で返答する。

「『アンタ捨てられんだ』ってサチアがいきなり言ってきて、その時初めて自分の状況を理解した。あぁ自分はこれから一人なんだって、年端も行かない子供がどうやって生きていくんだって、その当時はそんな事を考えてもいなかったけど、けれどサチアが自分の住処に『今日だけは泊めてあげる』って言ってくれて、なんとか一日は生き延びる事ができた。その一日でこの場所でどうやって生きていくのかを教えて貰って、次の日にはサチアの住処を追い出されたよ、そして色々な事をやった、盗みもしたし、暴行も、その他非道な事をエトセトラとやって行って、多分数年たった時かな、サチアとまた偶然出会って、思い切り喧嘩したんだ」ミライは少し嬉しそうに語る、あの時は馬鹿だったと言わんばかりに。

「久しぶりの再会を祝うのではなく、喧嘩をしたのかい?」

「明智の言う通り、再会を祝うべきだったのかもしれないけど、その当時の俺達は生きるか死ぬかの瀬戸際で、人に物を譲れる程安定した状況ではなかった、食べ物をほぼ同時に見つけて、どちらが取るかを本気の殴り合いの喧嘩で決めようとしてね、その時だったよ、オギャー、オギャーと赤子の声が聞こえたのは」遠くの情景を眺めるようにミライは、微笑むその記憶が彼にとって、どれ程良きモノかが一瞬で分かってしまう位に、彼は爽やかな笑みで遠くを見つめている。

「それが、レニ君だったという訳かい?」

「そう、といってもレニって名前は当時なかったけどね、それこそミライって名前もサチアって名前もだけれど、まぁそれはいいや。殴り合いの最中、赤子の声が聞こえて一旦そちらに向かう事にした、そしたら本当に赤子がいた、寂しいのかお腹が減っているのかは、俺達の知識じゃわからない、だけどサチアだけは気づいた見つけた食料はこの子の為にあったんだと、すぐに理解した。そこから色々大変だったよ、レニをどうするかを二人で真剣に考えた、見捨てるって選択肢もあった筈だけど、サチアはその選択肢だけは選ばなかった、自分の食い物にも満足できない程困窮していたのに、赤子の知識もない俺達が養えるのかもわからないのに言い合いをして、サチアに言い負かされて今に至るって感じ、それからも色々大変な事はあったけど、それは別に今する話でもないかな。これでいい?」

「あぁ、ありがとう、君達の人生がどれ程大変なモノだったか、勝手に推測していたけれど、私が考えていた以上に大変だったんだね」

 明智はミライの瞳を見る、いつも何を考えているかわからない彼の瞳だったが、彼らの過去を聞いた今なら少し理解できる気がする、彼の瞳は家族しか捉えられないのだろう、二人の運命的な出会いから生まれた家族の関係、それだけがミライの燃料だと私は考える。

「それでミライからは、私に何か聞きたい事はあるかな?」

 ミライは即座に前々から聞いてみたかったと言わんばかりに、質問を投げかける。

「明智は天才だと思うんだけど、優秀な人間にはコンプレックスってものは無いの?」

 なんだ、そんな事か、そんな事を大事ななんでも答えるお願いに彼は使ってしまうのか、少し勿体無いと思うと同時に、ミライという人間を表しているような質問でもある、恐らくだが、レニ君が居るからこそ、彼はこの質問を私に投げかけたのだろう、彼女はとても優秀であるからこそ自分という存在がコンプレックスになるのではないかと考えたのだろうと…いや、もしかしたらコンプレックスでは無く自らが邪魔と思っているのか?

「コンプレックスね、無いと言えば嘘だが、あると言うのも真実ではないね」

「なんだそれ?」

「私は普通の人より優秀だ、いや多分世界で一番優秀な人間だと思う、世界一の頭脳を持ち、世界一の発想力を持っている、私の死は世界にとっての損失だ、そう言っても過言ではないどころか、真実だ。私の声を伝える拡声器さえあれば世界は勝手に発展するからね」

 明智がミライを横目に見ると彼は、嫌そうな顔をしながら話を聞いている、確かにこれだけ聞いていれば、ただの嫌味にしか感じないだろう、けれど。

「だがそれ故、私に並ぶ者は居ない。一緒の目線に立つ人間など存在しなかった。皆、私を天才だからと、バケモノだからと異端者、腫物扱いし避ける、私が人間では到底敵わない人間だからこそ私を人ではないと拒絶する。それが例え親であったとしても…、だが私にも君でいうサチア、私風に例えるなら恩師だな、彼女がこう言った『誰だって生きるというのは難しい、普通の人でも上手く生きるのは難しいんだもの』とね、別に天才でなくても上手く生きられないであれば、私は別に変な人間ではないんだとね、天才故の孤独だろうが、どういう孤独であろうがこの世界では、それが別に珍しい事でもないと、私は考える事ができた。他人と同じならば、それは劣等感にはならないだろう?」

 ミライに向って微笑みを向ける、ほらこれが普通なら私は普通の人間と一緒だと。私は人知を超えたが故の孤独がコンプレックスだ、それに嘘偽りは無い、けれどそれ故の劣等感はない。だからレニ君が幾ら成長し、優秀になった所でレニ君にとって大切な姉と兄が、周りに対しての劣等感になる事など決してないと断言するように満面の笑みを君に送ろう。

「さぁ、明日も仕事だ、いつまでも夜更かしをしていては肌も荒れてしまう、私は寝るよ」

「最後に、一つだけ聞きたい。明智はその恩師とまだ上手くやれているの?」

 寝ようとし、家の中へ戻ろうとする私をミライは止めた。その疑問を想定し忘れていた。

「彼女は死んだ、私に教訓を教えた次の日に、私を世界の中心部品にさせないと世界に反抗してね…。まぁそういう事だ、おやすみ…ミライ」

 ミライの肩を軽く小突き、私は部屋に戻る。私達の人生は明るいモノではない、しかし彼らの人生は決して人に話せない程恥ずかしいモノでもない。むしろ人に誇れる話だと私は考える。少なくても私という存在を、その場に留めた恩師をみすみす見殺しにした私よりは…。そして私は愛する人がそのような人生を歩んできた事を誇りに思う、だからもう少しサチア達は自慢するべきなのだ、私達が育てた妹はここまで成長したのよ…と。


ここまで読んで頂きありがとうございました。

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