文芸「一瞬」ショートムービーシリーズ ――どこかの誰かが見た風景
あの日のひまわり
どうかわたしの代わりに憶えていて。
そんな思いを託すように、何度も何度も、必死でシャッターを切った、あの夏。
「あ、ひまわりだ。夏だねえ」
「とっくに夏だよ。ほんと、暑すぎる」
駅から、高校までの道。徒歩で十分くらい。
夏休みだというのに、わたしたちは朝から学校に向かっている。何がある訳でもないけど、受験勉強は家だと捗らない。
駅を出たところで、少し前を歩く彼を見つけた。本来片方の肩にかけて使うはずのスクールバッグを、リュックのように背負っている。
小走りで追いついて、声をかけた。偶然だね、なんて。
駅前にちょっとしたショッピングモールやファストフード店なんかががあって、そのエリアを抜けると長閑な住宅街。
その一軒の庭先に、ひまわりが何本か植わっていた。まだ蕾のものと、開いたばかりのもの。揃って行儀よく、太陽のほうを向いている。
「見て、みんなお日様のほう向いてる。たしか、追いかけて動くんだっけ」
「こんな暑いのに、よく太陽のほうなんか向けるよな。眩しくないんかな」
暑さが苦手らしい彼は、いつの間にかカバンから薄いノートを取り出し、うちわ代わりにしている。
空は快晴。
この世界の全てを包んでしまいそうな広い青と、全身が目醒めさせられるような力強い日の光。手で庇を作って遮らないと、とても顔は上げられない。
……それでもわたしには、ひまわりたちの気持ちが分かるような気がする。
だって、今しかない。この夏は。
こんなふうに歩ける彼との時間は。
どんなに眩しくたって、ずっと見ていたい。
一秒も、一瞬も、無駄にしたくない。目を逸らしてなんかいられない。
「実はひまわりが太陽を追いかけるの、若いうちだけだって知ってる?」
「え、そうなの? なんで?」
「そりゃやっぱ、暑いからだろ」
「適当!」
彼の適当さにツッコミを入れつつ、わたしは慌ててポケットからガラケーを取り出した。
残しておかないと。直感的に、そう思った。
今だけだったとしても。
忘れたくない。
この空も、この景色も、彼への想いも。
光も、温度も、匂いも、全部、全部。
「……懐かしいなあ」
パソコンのデータを整理していたら、写真が出てきた。
真っ直ぐに太陽だけを見つめる、一輪のひまわり。
最近の高性能なスマホ写真とは比べ物にならないくらい、荒い画像。だけど、なんでこんなに鮮やかなんだろう。
いつの間にか、思い出になった記憶。
それでも、蘇る。
ほかの何も映らないくらい。
大好きだった、あの夏。
お読みいただきありがとうございます。
ラジオ大賞向けに素敵な作品がたくさん投稿されていて、私もやってみたい!と参加しました。キーワード入れて1000文字にまとめるってなかなか難しいですね。初挑戦でしたが楽しかったです。
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/テーマは『夏の君が好きだった。』