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死神の守人  作者: 蘇 陶華
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廃屋の手術室

この日が来る事は、うすうす感じていた。時間がゆっくりと過ぎていく。僕の姿が、少しずつ、現実の世界に姿を映していく

市神は、僕の意志なんて、全くお構いなしに医院の2階へと上がるように促した。不思議そうに、見つめる看護師達を後に、僕は、2階へと続く階段を登る事にした。

「あぁ。。」

僕の嫌な記憶が蘇りそうになる。なるべく人に、見つからないように日陰を好んで生きてきたのに、僕は、無理矢理、眩しい光の中に放り出された気分だ。それが、こいつだ。この地域に、大先生が急死したからって、関西から、帰ってきた医院の長男。こいつには、会いたくなかった。

「ずっとさ。。会いたいって、思っていたんだ。こんな風に、二人きりでね」

市神は、後ろ手に戸を閉めた。

「お前さ」

真っ直ぐに、僕を見つめた。やめろ。こちらを見るな。僕は、焼け死んでしまいそうな妄想に駆られた。

「見えるんだろう?」

市神は、室内を持っていたペンで、一点をさすと、ぐるっと円を書いた。2階には、昔、入院施設として使っていた古い病室が、いくつかある。僕が、誘導されたのは、今は、使われていない特別室だった、埃くさい部屋だった。市神の持つペンで、指された者達は、キキっと声を上げて、上や下に逃げ惑った。

「だろ。。。」

ニヤリと笑う市神。

「見てすぐ、わかったさ。なかなか、2人になれる事がなかったから、確認できなかったけどな」 

僕は、声も出せず、立ちはだかる市神に言葉を出せずにいた。なんて、答えるか、頭の中が、グルグル回る。

「誤魔化すなよ。わかってんだから」

市神は、笑いながら椅子に腰掛けた。

「引き受けて、欲しい仕事がある」

胸ポケットから、一枚の紙切れを取り出し、僕に見るように広げた。

「あいにく、俺は、見えない。見える奴が必要なんだ」

「え?だって、先生は、払えるじゃないですか?」

うっかり、僕は口を滑らせた。市神h、ほら、見ろとばかり、僕の顔を覗きこんだ。

「お互い、知っている訳だ」

「あぁ。。」

慌てて口を塞いだ。

「ま。。。いいさ。この仕事を一緒にやる事が、お前にとっても、いいきっかけになる筈だから」

紙の中には、住所と人物の名前が書いてあった。ここから、そう遠くない医院の住所が書いてあった。

「知っているか、どうか、わからんが」

市神は、珍しく籠った口調で、呟いた。

「俺は、見えない」

「そうなんですか?」

意外だった。

「だって、払えるじゃないか?と、言いたいんだろう?だが、それは、結果的にそうなっただけであって、お礼は、見えない」

昇華させるだけか。。。僕は、紙切れに、目を落としながら、考えた。僕は、見えるだけで、何も、力は、持てない。対面し、意志を感じ取るだけ、時に、共感し、涙し、離れる。市神は、そう意識する訳ではなく、その場面に出会い、霊を次の次元へと送り出す。否応なしにだ。払っているというより、消滅させてしまう。それも、ごく普通に。

「俺には、どうしようもないケースがあってね」

紙切れの中の住所を、ペンで、ついた。

「新規として、対応してほしい。勿論、俺は医療として、関わるが」

ここからそう遠くない住所にあるのは、今はもう、辞めてしまった病院の住所だった。そこには、引退した医師と妻、引きこもりの息子がいると話には、聞いていた。引退した医師は、ほとんど歩く事が出来ない。末期の癌。その妻は、認知症が酷く。長男は、引きこもりだが、攻撃的で、よくパトカーが、止まっていた。誰も、関わりたがらない。

「往診、頼まれて。行ったんだがね」

市神は、看護師が下で、騒いでいるのが気になるらしく、時計を見始めていた。

「一緒に、行ってくれないか?勿論、その夫婦の問題だけでない」

僕は、確かに、見る事は出来る。それは、その場所に居るものだけでなく、時間や空間を超えて、迫って来るものを、捉えてしまう。

「あぁ。。。嫌な者を見てしまった」

紙切れに浮かび上がる古い手術室。鼻をつく血液の酸っぱい臭い。

顔を顰める僕に、市神は、言った。

「電話が来てるらしいな。その長男から」

看護師達が、騒いでいたのは、その家から電話があり、市神を探す声だった。

「これが、今日のカンファレンスだ」

市神は、先に部屋を出て行ってしまった。行くべきか、行かない方がいいのか。市神との仕事に興味はあった。だけど、一緒に仕事をする事で、僕は、もう後戻り出来なくなる気がしていた。それに、あの悪意の天使と、全く真逆の位置についてしまう事が怖かった。あの子とは、曖昧に、お互い関心のない関係でいたかった。同じ世界に、住んでしまう事が、怖かった。いいきっかけになる。市神の言葉が、僕には、気になっていた。

どうか、市神が、僕の力になる事を、願わずにいられない。

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