開けてはいけない箱
ここは、人々から忘れ去られた街。神社や寺が多い青果、若者が少なく高齢者が多い。だから、僕は、この街が好きで、長く住んできた。だけど、いつの間にか、似たような人達が集まり始めていた。
市神は、目の前に広がる光景を理解できなくていた。往診で、人がなく亡っている現場には、何度も出逢っているが、事業所の看護師が、流血して倒れている現場は、初めてだった。奥には、患者の老婆が、倒れており、なんとか、息はあった。不可解なのは、紗羅の姿だった。
「おい」
市神は、胸を押さえ倒れている沙羅に声をかけた。
「大丈夫なのか?」
愚問だ。言いながら、市神は、思った。押さえている指の間から、何かが見えた。
「!」
見慣れていた。ペンだった。ペンというか、触診する時にも使っていた。細い木の棒だった。そう何本もある物ではない。自分が使っているペンが、紗羅の手の中にあった。
「どういう。。」
言い掛けながら、三那月の顔を見上げた時に、もう一人の連れの看護師が、声を挙げた。
「先生!」
恐ろしい顔で、紗羅が、こちらを睨んでいた。元々、色素の薄い灰色がかった瞳の奥に、青い炎が宿っていた。唇を固く結び白い顔は、どこまでも、美しかった。
「大人しくしてれば。。」
沙羅は、自分を睨んでいる。いや、激しく睨んでいる目線は、隣にいる三那月に向けられていた。
「先生!どうしましょう?」
三那月は、鞄の中から、ペットボトルを取り出していた。
「早く、血を流さないと」
キャップを外すのも、もどかしく、三那月は、引きちぎる様に開けると、中の水を、紗羅めがけて、ぶちまけた。
「ぎゃっ!」
動けなくなっていた沙羅は、少し、ペットボトルの水がかかると、凄まじい悲鳴をあげた。
「何を?」
市神は、三那月が、持参したのは、硫酸と思ったらしく怒りの顔を向けた。
「水です。。。先生。」
三那月は、ペットボトルを振ってみせた。
「というと」
市神は、沙羅に目を向けた。胸を手で押さえ、震えていた沙羅は、ペットボトルの水を浴びてしまい、身体のあちこちが火傷を負った様に赤く爛れ始めていた。大粒の水を被った箇所からは、白い煙が上がっていた。
「香も、酷い事をされるとはね」
沙羅は、少し笑った。
「もう、ここまでよ」
沙羅は、最後の力を振り絞り立ち上がった。ダメージは、深く紗羅の姿が、少し、揺らいで見える。押さえていた手を上に上げると、腕と見えていたのは、しなやかな翼に変わっていた。
「嘘だろう?」
市神が、その姿を身に焼きつけようとする間もなく、沙羅は、目の前から消えていた。
「先生!しっかりしてください」
三那月は、市神に強く言った。
「連絡してください。何かが、起きているんですよ。この町で、起きてる事。先生、わかっていますよね」
三那月は、携帯を差し出した。
「電話してください。1人や2人ではない。仲間がいるはずです」
紗羅は、悪なのか?僕は、そう思わない。