壁に咲くのは赤い華
紗羅がターゲットになってしまった。静かに暮らしていた日々が壊れていく。紗羅を救い、元の生活に戻れるのだろうか。
市神とのニアミスがあって、しばらく僕は、事務所から出ないでいた。電話で済ませる事は、極力、電話にして、みんなが出ていく背中を見つめていた。ひっそりと生きていこう。そう思っていたのに、いつの間にか、引きずり込まれていく。紗羅とも、あわずにいたかった。
「やっぱり、しけた面しやがって」
営業と称し、現れた八が、声を張り上げた。
「やっぱりさ。。。なんていうか、人のいる所は、まずいんだよ」
僕は、ため息をついた。
「地味な仕事なら、いいのかな?って、思っていたけど」
八は、笑った。
「ていうか、呼んでいるんじゃないか?」
「俺が?」
八は、うなずく。
「紗羅も、そうだけど。避けて通れない道があるんだよ」
「紗羅も。。。」
僕は、沙羅に会いたくない。お互い会ってしまう事で、取り返しのつかない事になると思っている。遠い記憶の中に、紗羅がいた。壁一面の赤い花に囲まれ。。。否。あれは、赤い花では、なく。鮮血。
「しばらく、、、俺、休もうかな」
「だーから」
八は、力いっぱい僕の背中を叩いた。
「逃げても、無理なんだよ。解決しろよ」
目一杯落ち込んだ所に、電話が鳴った。着信の番号を見て、僕は、頭を抱えた。
「どういう事か、教えてくれる?」
市神の声だった。
「はい?」
僕は、聞き返した。
「知ってるよね。事業所の責任者とも、連絡が取れない。あの看護師が、倒れていたんだ」
あの看護師とは、おそらく紗羅のことだ。
「倒れていた?って、今は、どうしたんですか?」
「いなく。。なったんだよ。1人で、いなくなったんじゃない。一緒に消えたんだ」
僕は、八と顔を見合わせた。話をわかりやすくすると、こうだ。いつもの通り、往診に出かけて市神は、患者を見ようと居室に上がり込んだ。すると患者は、部屋におらず、寝室は、血に染まり、その中に紗羅が倒れていたらしい。往診バックをとりに振り向くと、沙羅は、忽然と消えていた。その時、患者の悲鳴があったと、看護助手が言っているそうだった。
「どうする?」
八は、聞いた。
「どうしたら、いいですか?」
僕は、とぼけた。
「いや。。。知らないなら、いい」
そこまで、言いかけた時、また、別の携帯から電話がかかって来たようだ。
「掛け直す」
市神は、そう言って切った。
「行っちゃ、ダメよ」
突然、紗羅の声がした。振り向くと、鮮血に染まった紗羅が、事務所に現れていた。
「紗羅」
八が、僕より先に駆け寄った。
「今までのようには、行かないわね」
沙羅は、片膝をついた。かなり、ダメージを受けているようだ。
「罠。。よ。わからないの?」
沙羅は、右手で、着ていた上着を剥いで見せた。一瞬、僕は、目を背けようとしたが、視界に、見慣れた光る物を目にして、凍りついた。
「それは。。。」
紗羅の胸に深く刺さっていた光る物。それは、いつも、市神が、身につけ、闇を切り裂き、光を呼ぶ、ペンの先だった。紗羅や市神、医療職の奴らは、何かと、胸ポケットに、ペン類を指している。その中の一つだった。
「しかも。。これは」
香木の釘だった。ペンではない。明らかに、沙羅を狙った物。
「参ったわね。。まさか、簡単にやられるとは。。」
紗羅の胸元から、砂のように、形が崩れていく。
「待って」
八が、手をかけようとした時、紗羅の後ろに、闇が広がり、その中から、細い手が覗いた。
「紗羅」
その手は、紗羅の肩をひょいと軽げに掴むと、闇の中へと引き摺り込網とした。
「待って!」
僕が、手を伸ばすより先に、沙羅は、その闇の中に、呑まれていった。
「嘘だろう」
僕が、躊躇している間に、紗羅の姿は、無くなっていった。
「大丈夫だ。。」
八は、自分に言い聞かせるように、何度も、繰り返した。沙羅は、砂のように、崩れ落ちていった、完全に、消えて無くなる前に、闇に帰っていった?何事が、起きたのか、理解できず、何度も、起きた事、目にした事を繰り返した。
沙羅を、手に掛けたのは、いったい誰なのか。。
僕は、静かに生きていきたい。息を潜めてきた。だけど、紗羅を切り捨てる訳には、いかないんだ。