第二回
午後になって最初の客が現われた。その初老の紳士はどう見てもこの近くに住んでいる人間とは見えなかった。この「古本・ヌマタ」店を利用するのは大抵、近くの例のラクビーで有名な私立大学の学生か、付近の団地や住宅街の主婦や子供達で、たまに若いサラリーマンが昼間ふらりと入って来ることがあってもそれは近くの銀行員だとか、客層は決まっていた。本を売りにきた客でないことは容易に分かったが、単なる暇つぶしに店の中に入って来たとも思われない。その初老の紳士が店に入って来た瞬間、大介に与えた最初の一瞥がそれを物語った。
無言で先ず、入り口の右の方から丁寧に書棚を見上げている。それは明らかに目的の書籍を探し始めた様子であった。年令からいくと七十前後、白髪だが割りと長身で体はがっちりとしている。何よりも大介を驚かせたのは以前、自分の勤めていた会社の常務に似ていたことである。しかし、年格好が違い過ぎた。近くのラクビーで有名な大学の教授でもない。ただ、きちんとした背広にネクタイ姿の風貌から老いたるとはいえ何か燐として刻み込まれた気品が感じられた。
数分間が経過した。時折り、昼下がりの外から電車の通過する音だけが流れてる。大介は本を読み続けながら、この初老の紳士が求めているものがなぜか、懐古的な珠玉の逸物ではないかと思わずにはいられなかった。入り口の書棚からじっくりと時間をかけて追っていく目に、態度にそれは見え隠れしながらも表れていた。やがて、狭い店内に咳払いともため息ともつかぬ微かな息遣いが床を移動する靴音に混じり始めた。
一体、何を探しているのか。五千冊余りのこの蔵書の中に、それほどまでに七十才の一人の魂を揺さぶり続ける書物があるのだろうか。例えばそれは、単位の取り損ねた大学生が慌ててレポートを書き上げるため、めぼしい教科書をその専門書が並べられた書棚に落ち着きのない目を走らせるようなものでもなければ、通りすがりのサラリーマンがまるで夜店に並んだ玩具を眺めて郷愁に浸るといったようなものでもない。それはちょうど十二才になる自分の子供のような年代の少女が、ある人気コミックを手に入れたいため、ただ一心にその題名を繰り返しつぶやきながら、コミックの書棚を追う姿に似ているかのように思えた。二、三度同じ書棚の前を往復して丹念に調べ尽くしている老紳士の目にはその書物に対する強い憧れがあり、それには彼の永年に渡る固執があり、執念があった。そして何よりも一途だった。
普通、大抵の客は求めている古書が置いてあるかどうか最初に店主に尋ねる。そして、無ければ一時の停留もなく足早に店を出ていく。しかし、この老紳士の場合はそれがない。順序として店主から受ける回答よりも自分が賭けている期待感の方が優先していた。そして、さっきから往復している書棚が、医学書、法律書、歴史書等の専門書ではなく、また司法判例集、郷土資料、古典芸能書といった類でもなく、さらには図鑑、辞典、写真集、あるいは著名作家の全集ものでもなかった。まして、古いグラフ雑誌、文庫本、コミックの書棚には近づかず、彼が限定して何度も目を走らせていたのは、いわゆる“ごった煮”の単行本の書棚八組、約二千冊の古書の棚だった。
“ごった煮”の単行本ー。そこには、既に遠い過去となった垢にまみれた小説、評論、随筆、紀行、趣味等の本がまるで懐かしい掘り出し物を期待されるかのようにぎっしりと詰め込まれていた。