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四字呪摎語  作者: 桃崎 隼
第一章:天地開闢
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第8語:百花繚乱

 暖かな日射しはすっかり息を潜め、肌寒い空気が支配する時間帯。日が長くなったと言えどやはりまだ五時半頃には周りは暗くなっていた。


 そんな時間に公園に引っ張られながら来たのは悠の人生で初めてのことだった。しかも女子に。


「今から私の質問に答えてもらうわ。嘘をついたり拒否したらその時は容赦ないから」


 脅迫されてはいるが。


「一つ目よ。自転車を引っ張っていたあの女子は何者?」


 早速よく分からない質問が悠を襲う。何者も何もただの女子高校生としか言えなかった。しかし、いくらなんでもそれだけでは寧音のお気に召さないだろうと考えできる限り詳しく細かく美幸の事を紹介していった。


 個人情報を売るみたいになってしまい、心で「ごめん、委員長」と謝りながら。


「名前は榊田 美幸。クラスの委員長で霜月君と同じクラスね。成績はどうなの?優秀?」


「あーうん。クラスではほとんどで一位。学校でも一位二位を争うレベルだよ。ただ一年の後期テストで二位だったから今すごい勉強してる」


「そう」と呟くと何かを考えているのか思案顔のまま悠に背を向けた。


 そんな寧音の背中を見ながら悠は様々な事を考えてしまう。


 昨日あんな事があったのに何故接触してきたのか。


 そして肝心の話題は昨日の惨劇でも『佐伯屋』のことでも無く何故か名前すら知らない美幸の事。

 根拠も理由も無く嫌な予感が悠を包む。


 遠くの木々が風に吹かれ葉を散らした。それにあわせるかのように寧音の纏う空気が変わった。



 これは――殺意だ。



「はあ・・・。あなたと居るとろくなことが無いわね。・・・そこに動かないで突っ立てなさい」


 何故寧音が悠に美幸の事を聞いたのかが分からない。しかし、この空気。雰囲気。



 ――<弾禍(だんか)>が、来る。



「さあ、来なさい。ストレスの捌け口にしてあげる」


 寧音が戦闘態勢に入ったのかセーラー服の袖を捲った。その下には幾つもの黒い筒が腕時計のように寧音の細い手首に巻き付けられていた。


 しかし、


「・・・・・・・・・」


「・・・何も起きないね」


 ぽつりと呟いた悠にキッっと鋭く一瞥する。


<弾禍>特有の空気は全く晴れていないものの特段何かが起きるわけも無くただイタズラに時間が過ぎていく。帰宅ラッシュ時の時間帯の住宅街の公園だというのに人が全く居ないという点を除いては、だが。


 ふと、視界の端に入った一軒家が光を消した。良くあること。外食しに行くから電気を消すなど良くあること。そう思ったが一応、その一軒家の玄関が見える位置に移動する。幸い少しの移動で済む距離だった。これなら寧音に何か言われることも無いだろう。


 しばらく、その家を見た。


 しかし何も起こらない。出掛ける素振りも無くただただ静寂がその家を包んでいた。


 腕時計に目を落とす。針は六時を少し過ぎた所を指していた。いくらなんでもこの時間に就寝というのは考えづらい。


 寧音に言うか?しかしあまりにも確信が無い。だが――


「寧音さん」


「何?下らないことだったら殺すわよ」


「大丈夫。あっちの家、怪しいんだ。すごく」


「・・・どこ?」


 何時になく真面目な顔をする悠に何かを感じ取ったのかすんなりと受け入れた。


「うん。あの一軒家――そう。電気が消えてる家」


「・・・様子を見てくるわ。十分経っても私が帰ってこなかったら佐伯さんに電話して。これ、電話番号だから」


 そう言うと小さなメモ用紙に番号を乱雑に書いて悠に押しつけた。


 ここまですると言うことが<弾禍>の危険度を物語っていた。<四字呪摎語>が悠にも宿っているとはいえ使い方も自覚もしていない素人がバックアップするというのは当然の判断だった。

 しかし、


「だめだ。僕も行く」


 このまま女子一人で行かせるというのが悠には納得いかなかった。


「なに言っているの?力も使えない素人が来ると邪魔だって言っているの。庇うとか勇気とかじゃ無くて邪魔なのよ」


 分かっている。それでも悠は引き下がらなかった。


 僕は、あの人とは違う――。


「そうかもしれないけれど、その内戦う事になるなら今から初めても良いんじゃ無いかな?」


「その通りよ。だけどあなたは戦う上での最低条件の力が使えないのよ?そんなの、死にに行くようなもんだわ」


「心配してくれるのは有り難いけど、荒療治も必要だと思うよ」


「はぁ!?どこが心配してるのよ!もう良いわ!勝手にしなさい!」


 ついに折れた寧音は背を向けると悠をおいていくように乱暴に土を踏みながら一軒家に向かっていく。


『宮川』と書かれたかわいらしい印象を受ける表札が今では不気味さを引き立てる。


「この前の事もあるわ。いつ幻覚や幻聴が聞こえるか分からないから何があろうと十分後には外で落ち合いましょう」


「うん、わかった」


 そういうと庭に侵入し開いている窓が無いか探す事から始まった。いくら緊急とはいえ無断で他人の家に侵入しようとするのは忍びなかった。


「あったわ」


 そんな悠とは反対にそんなことは意に介さずカギの開いた扉を見つけずかずかと何の悪びれも無く入っていく。


 仕方なく寧音に付いて居間らしき部屋に土足のまま侵入した。


 普段感じない土足で室内の床を踏む感触が妙に気持ち悪く足の裏に響く。



 ごと、



 響く。


「・・・ビンゴね」


 そう聞こえた瞬間鼻腔をむせ返るほどの鉄臭さが襲った。本能的に知る、血の匂い。


「う・・・・・・」


「やっぱり外で待ってる?言っとくけど現場はもっと凄惨よ」


 脅すような口調で話すがそれでも悠は引き下がろうとしなかった。もし、この残酷な世界に身を投じ、生きてくとしたらこの程度で音を上げてられない――。


 覚悟を決めてここまで来たから。


「・・・行こう」


 最低限音を殺しながら居間を進む。テレビ、ソファやダイニングテーブル。至って普通の家庭を髣髴させる道具達。


 一通り探索したが特に変わったことは無かった。


「上ね」


 残りは二階。



 ごと、ごと、ごと、



 室内の感触。生暖かい空気が肌を舐るように通過する。


 急に寧音の床を踏む音が



 がさ、



 変わった。

 まるで木の葉を踏むかのような音だった。


「・・・なによこれ」


 月明かりが吹き抜けから差し込みそれの正体が浮かび上がった。


――大量の、鉛筆の削りカスが床一面を覆い尽くしていた。


「行くわよ」


 鉛筆の削りカスを踏み荒らしより一層血の臭いのする部屋へ。



 がさ――



 最悪、その一言だった。扉の入り口付近に一つ死体がごろり、と転がっていた。


 全身を何かで削られているように赤々とした肌が覗いている。さらには両手足を床に無数の鉛筆で固定されてまるで何かの実験の後のような感じだった。


 そして、顔の目や口、鼻といった穴という穴に無理矢理押し込んだような鉛筆の削りカスが溢れかえっていた。


「・・・・・・うぐっ」


「・・・・・・・・・」


 悠は再び嘔吐感が蘇り、流石の寧音も言葉を無くしていた。しかし、呆然とする暇も無く、


『がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり』


 死体の奥にある書斎から女性の声が響いてきた。ごりごりと何かを削る音も。


 突如、その音が何かに気づいたように止まった。


 寧音が腕に巻かれた無数の筒に手をかけた。筒の後部に付いているボタンを押すと小さな粒が一つ飛び出し床に落ちる。


『・・・だあれ?』


 くぐもった声が寧音にかけられる。


「あなたを殺しに来たわ。同情はしてあげる。おとなしく死になさい」


『・・・あなたも、削るのねえ?』

 ガタ、と椅子から立ちこちらに振り返る。女性の腹部は血で染まっていた。しかし、それは腹部からの流血ではなく指からの返り血だった。


 机で擦りすぎて肉どころか白い骨まで見えている右手の人差し指からの、血。骨すらも尖っている、指。


「・・・手遅れね」


『がり、がり、がりがりがりがりがりがり・・・!』


 白く突出した人差し指だけで寧音を突こうと走り出す。


 ぴりっ・・・


 寧音の纏う空気が一変する。

 形容しがたい負の感情が部屋を包む。


「“あなたは私の養分よ――?”」


 床に落ちた米粒程度の物体が蠢き始める。


「――<百花繚乱(ひゃっかりょうらん)>」


 床で燻るように蠢いていた物体は突如燃え上がるようにその身からカプセルが開くように開き、ツタを伸ばし女性に襲いかかった。


 女性に巻き付いたツタは手足から徐々に関節を固め、動きを鈍くする。


『ぎ、がああああああああ!』


 女性がツタをほどこうと一心不乱に暴れ回る。しかし、


「無駄よ。私の支配下の植物は成長も動きも完全にコントロールする。このまま苦しまないよう一気にやってあげるわ」


 開いた左手を肩程まで挙げ、ぎゅっと、握った。



 ばしゃんっ!



 同時にツタが一気に縮小した。女性に巻き付いたまま。


 鮮血が飛び散る。


 悠は花弁のようにも見えた。


 花が咲き乱れたかのような光景に何故か目を奪われた。実態は何よりも濃い死だというのに。


「私の“百花繚乱”は――死を咲き狂わせる」


 返り血を浴びた寧音の姿が柔らかい月明かりに浮かんだ。


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