第4語:遭遇
「紅茶で良いかい?霜月君」
「あ・・・。ありがとうございます」
佐伯の持ってきたアンティーク調のティーカップが日差しを浴びる。中に入った紅茶の水面がゆらりと揺れ、香りを周囲に漂わせる。
ここは、ある喫茶店、と言っても普通のでは無い。簡単に言えばリサイクルショップ兼喫茶店だ。
しかし通常のリサイクルショップよりかは骨董品が多く、リサイクルショップだというのに値札すら無い。高価な物の専門店といった様子。
「さて・・・。話というのは何かな?霜月君」
周りを見渡していた視線を佐伯に移す。
そう。悠は佐伯に話がある為にこの喫茶店――佐伯が経営する喫茶店にやって来ていた。
記憶の世界から戻り目を覚ましたとき、佐伯が見舞いと称し病室を訪れたのだ。もちろん目的は他にあったようだが。
悠からこの相談を受けた佐伯は予想外だったものの嬉しそうに快諾した。そして数日後に退院した悠はそのまま指定された『骨董喫茶 佐伯屋』にやってきたのだ。
佐伯が経営していることに驚いたが何よりも驚いたのは場所。悠にとって生活の一部となっている商店街の一角にあったのだ。名前は知っていたが年齢的にも興味的にも入りづらく、そのまま入らないと思われていた喫茶店。出会いは分からないものだと心の底から思った瞬間だった。
「大したことじゃ無いんですけど、この前言っていたボランティア活動というのは具体的にどういったことをしているのか気になってまして」
「あー、なるほどね。確かに気になるよね・・・。ただ、それは何というか説明しづらくて――」
「――それは、人の域を超えたことだからですか?」
言葉を遮り放った悠の言葉に驚嘆の色を隠せなかった。
「・・・・・・どういう意味かな」
佐伯のはぐらかそうとしていた空気が一変し、慎重さが増す。
探りを入れるような質問に悠は幸恵に関する事全てを隠しながら事の顛末を話した。といっても幸恵の事を伏せてしまってはほとんど作り話になってしまうが。
「・・・なるほど。記憶を夢で見た・・・か」
ず、と紅茶を啜る佐伯。
「それで、何故僕たちのボランティアが人の域を飛び出した事だと?」
「ええ。確かに僕は自分の夢の中で自分の記憶を見ただけです。佐伯さん達は何も関係ない。それでも・・・、あの日あの時間に僕がいた病室に現れた人達が普通でない事は明らかでしょう?」
「なるほど。僕たちが君の事件について何か知っていると考えここに来た、って訳かい?」
「違いますよ?」
顔に疑問の色を浮かべる佐伯。病室や先ほど見た柔らかい表情は完全に消え去っていた。
「問題は記憶の中で見た事故の起こり方です。確信はないですし、常識的にもほぼほぼ、あり得ないですけど・・・僕は何者かに操られ、事故に見せかけて殺されかけたんです」
ブー、ブー、ブー
佐伯のであろう携帯からバイブレーションが鳴った。
「・・・ごめんね。寧音君がちょっと面倒なことに出くわしたみたいだ。それで、僕は今から向かわなくちゃいけないんだけど―――来るかい?」
まるで、答えが行く先にあると言わんばかりの問いに、悠は静かに頷いた。
*******
「運転手さん。ここらで」
佐伯がそう言いタクシーを止めたのは寂れた団地だった。ベランダに掛かる洗濯物もまばらで、少し不気味とも言える廃れ方。
そんな団地に不釣り合いな制服姿の女子が一人。
「・・・なんであんたがいるのよ」
「へ・・・?」
「ごめんね寧音君。僕が誘ったんだよ」
寧音は機嫌が悪そうに悠を鋭く睨んだ後、その矛先は佐伯にも及び始める。
「そもそも誘った、って何ですか?ピクニックじゃ無いのよ?」
「それはそうなんだけど・・・・・・どうやら、興味を持ってもらえたらしくてね。少し見学を・・・と思って」
そんな返答を聞くと鋭い空気のままため息交じりで諦めたように警告する。
「まあ良いわ。ただし、邪魔したら殺すから」
一般人の言う軽い「殺す」では無く重みのある言葉に悠は息を呑んだ。
「はは・・・。それで、対象は?」
まるで何事も無いかのように話を進める佐伯に、不安感が膨らむ。
「今日も普通に帰宅しましたけど・・・・・・もしかしたら少し浮かんだかもしれないわ」
「なるほどね。まだ確定はしてないんだね?」
「ええ。私が潰すから佐伯さんは探して」
理解できない会話が行われており漠然と聞いている悠。
「じゃあ、早速」
そう言うと佐伯は数歩前に出た。それと同時に雰囲気が変わる。この前見たような空気。そう。数日前記憶の世界で見た黒ローブに似た空気――
「“ずっと、ずっと深い霧の向こう側にいる”――」
同調するかのように周囲の木々がざわめいた気がした。
「――〈吹毛求疵〉」
佐伯の脳裏にノイズだらけの映像が浮かんだ。霧とそこに佇む長い髪――
悠は全身が撫でられたような感触がして、鳥肌が立つ。横目で寧音の方を見ると慣れているのか、腕組みをしながら厳しい表情で佐伯を見ていた。
「雅國さん・・・だよね?」
「・・・・・・そうだけど、何?」
不機嫌そうに返す寧音。
「いや、佐伯さん何してるのかな、って」
すると更に表情に鋭さが増した。しかしその矛先はどうやら佐伯のようであり、
「何にも聞いていないの?はあ・・・・・・。私は面倒くさいから後で佐伯さんに聞いて」
否が応でも答える気が無い事が分かり、それ以上は追求するのをやめた。
そのまま何をしているかも分からない佐伯を眺め数分。
「・・・・・・浮かんだ。二号館のどこかだよ」
「そう・・・・・・分かったわ」
そう言うと佐伯から出ていた妙な空気は霧散し、寧音は団地の二号館に足早に向かった。
「あ、寧音君。良かったら霜月君も連れて行ってあげてくれないかな?」
「・・・・・・はあ?なんでよ。こんなの足手まといにしかならないじゃない」
ずいぶんな言いように少し傷つく悠にお構いなしな寧音。
「そこをね・・・君なら平気だろう?」
じろり、と悠を睨み不機嫌そう――否、もはや不機嫌な口調で悠に、「勝手にして」と言い放った。
ちらりと佐伯に疑問の目を向けると「平気だよ」という表情が帰ってくる。
悠は不安の芽が育っていくのを感じた。