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四字呪摎語  作者: 桃崎 隼
第一章:天地開闢
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第1語:出会い2


ぴっ、ぴっ、ぴっ、



 一定間隔で機械音が頭に響く。

 

 頭から脚まで身体中の至る所にある違和感。左脚に至ってはピクリとも動かせないという状況に(ゆう)の思考は追いつくことが出来ない。


 どうやら横になっているらしく視界が白い天井しか映し出さない。


「ん・・・しょと」


 悠は横になっていた身体を起こすと同時に自分の眼を疑った。


 最初に飛び込んで来た物はぐるぐるに包帯で固定され吊されている自分の左脚。そして左腕側にある点滴の針とチューブ。一定のリズムで鳴っていた機械音の招待は心電図モニターだった。

 酸素マスクをしていることに気づきゆっくりとはずす。


 パッと周りを見渡すも見紛うこともなくここが病院だということを理解する悠。

 そんな悠の耳にカララララ、という優しく小さい音がした。音源は病室の扉で、そこには見知った、やや幼い顔に小柄な同級生の姿があった。


「・・・・・・ユーちゃん?」


 悠のことを渾名で呼ぶ彼女――山内(やまうち) (せり)は幼稚園から家族ぐるみで付き合いのある、いわゆる幼馴染みである。


 開けられた病室の窓から吹く風が、芹の肩ほどまで伸びた髪をふわりと動かす。


「あー・・・お、おはようございます・・・?」


「か、かかか、看護師さん呼んでくるから、ちょっと待っててな!? 動いちゃアカンよ!?」


「え、ちょ、(せり)! 待ってくれ・・・・・・ってもうだめか」


 話を聞かず、慌てた関西弁で悠に命令し病室を飛び出していく芹。


 それから数分と待たずに、シャアー、と勢いよく引き戸型の扉が開き、白衣を着た五十代ほどの男性と看護師らしき女性が悠のことを芹と同じく驚嘆の色を顔に浮かべながらゆっくりと歩み寄る。


「・・・自分の名前は言えるかい?」


「へ? 霜月(しもつき)・・・悠・・・・・・ですよね?」


 突拍子のない質問についつい疑問形になってしまう悠。


 そんな困惑状態の悠を置き去りにするように、


「身体に違和感は無いかね!? 痛みや、苦しさは?」


「あー、固定されている違和感はありますけどそれ以外は特に・・・。あ、いや、それよりもなんで僕こんな状態になっているんですか?」


 そう。芹を呼び止めようとした時も聞きたかったこの疑問。


 なんでこんな状態になっているんだ?治療器具を見る限り相当な怪我をしたはず。にもかかわらず痛みや苦しさは一切無い。さらには記憶が学校に向かうために玄関を出たところでプッツリと切れてしまっている。


 まさか、これが記憶喪失というものなのか。


 などと初めて味わう小さな恐怖を噛み締める悠に医師が諭すようにゆっくりと話しかける。


「霜月 悠君。君は覚えてないみたいだが、交通事故に巻き込まれてね。君がこうして起き上がるまでは植物人間状態に陥り、意識の回復は0%という結論を全医師で下したんだよ」


「え・・・。けどこうして意識ありますし、痛みすら無いですから、その、よく言っている意味が分からないんですけど・・・」


「まあそうだろう。こんなケースは私も含めここのスタッフは皆初めてだと思う。だけど安心してくれ。君を全快させると約束しよう!」


「はあ。どうも」


 そういわれても治っているんじゃ無いかと未だに半信半疑な悠に「じゃあ、早速で悪いが色々と検査をしたい」と言うとベッドごと病室から連れて行かれた。



*******



「お、おわった・・・・・・」


 正午過ぎから始まった検査は気づいた頃には夕食時。途中寝ていた部分もあったといえど、流石に疲れが悠の顔に浮かんでいた。


「お疲れさん」


「うぉう。まだいたのかよ芹。もう七時だぞ? おばさん心配するだろ?」


「うん。もう帰るから大丈夫」


「そうか・・・」


 ちらり、と窓から外を見ると日が暮れ始めており、不気味なくらい濃い橙色が空を我が物顔で支配していた。


「そういえば、私が大阪行ったのもこんな時間と天気やったよね」


 そう。芹は小学一年生の時に父親の仕事の都合で一旦関東圏を離れ、約五年間関西で生活していた。芹の関西弁はこの引っ越しがどうやら原因みたいだ。


「皆と久しぶりに会って話してたら全員驚いた顔して、おもろかったなあ」


「そりゃ驚くって。そもそも戻ってくるって僕以外知らなかったはずだし」


「せやねえ・・・。うん。平気みたいやね」


「ん? 何が?」


「何って、記憶のことに決まっとるやろ?」


 そういうことかと、と悠は何度かした憶えのあるこの会話をした芹の意図に気づいた。


「じゃあ私帰るけど、なんかとってきてほしい(もん)とかある?」


「あー、いや、平気」


「そか。ほなな」


 減速しながら閉っていく引き戸式のドア。


 それから夕食を食べ、テレビや雑誌などで時間を潰してしばらく。ふと、再び外を見ると星一つ無い暗闇へと変化しており時計の針はちょうど九時数分前といったところで止まっていた。


 消灯時間が九時ということもあり最後の見回りの看護婦と一言二言交わした後、横になったその時。

 小さな、違和感。それは自分自身の身体の違和感などでは無く、いわゆる外の世界での違和感。違和感の正体を探るため、ぐるりと病室を見渡す。窓、テレビ、時計、引き戸式の扉。

 が、特に異常は何も無い。


「気のせいか・・・・・・」


 自分の中でそう結論付けそのまま横になり目を閉じると病室の蛍光灯が消え、スタンドの光だけが鈍く輝く。

 いつもは優しいはずの光が嫌に不気味な雰囲気を病室に充満させていた。

 そして、そんな嫌な空気を助長するように、



から、ら、ら、



 ゆっくりとした乾いた音が響く。本来止まるはずの無い自動で閉まるはずの扉が途中で止まった。


 程なくして、閉まる扉。


 固定された脚のせいで身動きのとれない悠は枕元にあるナースコール用のボタンを押した。鈍い反力が親指を襲う。それほど押したにもかかわらずスピーカーからはなんの返事も無い。


 なんで反応が無いんだ・・・?


 頭の中が、時が経つにつれ白くなっていく。そして、悠が大声を上げようとした瞬間に、


「―――残念ながら無駄だよ」


 扉とは反対側である左から声が聞こえた。


「な・・・・・・・・・! だ、誰だ! どこにいる!」


「ああ。まだ君には僕たちの姿が見えていないのか」


 言うや否や、まるで(もや)がとれたように二人の男と一人の女で構成された三人組が姿を現す。


「初めまして。霜月悠君――」


 真ん中にいる男が眼鏡を人差し指で軽く位置を調節する。


「――君と、話がしたいんだ」


 スタンドライトの光が、揺れた。



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