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四字呪摎語  作者: 桃崎 隼
第一章:天地開闢
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第0語:出会い

―――――『白』。

 視界が埋め尽くされ距離感をかき消していく、病的なまでに見事な『白』。そんな『白いモノ』の正体は一面に咲く白い花だった。無風なはずの空間にも関わらず、舞う、白い花弁。


 四方に広がる白い花はどこまでも続き地平線を形作っている。そんな空間に小高い丘とその頂点に一本の木が己の存在を示すかのように葉と葉を擦り合わせながら鎮座している。


「・・・・・・・・・なんだ、ここ」


 そんな、幻想を現実化したかのような空間に佇みながらぽつりと呟く少年が一人。齢は18といったところの少年は無造作に()かされた髪を指で撫でるように整える。線が細く思慮深そうな顔にはどこか不安そうな表情が浮かんでいる。



 ざり、ざり、ざり、ざり、



 (すね)が埋まる程度の高さをもつ白い花に視線を落としながら丘に向かって歩き出す。ここがどこか分からない以上、何かしらの情報を少年が得るためにはそこに向かうしかなかった。


 一歩、また一歩と確実に近づく丘。まるで、誘導されていくかのように自然と、淀みなく進む脚―――。



 ずぷり



「―――――――――――――――――――!!」


 それまで穏やかとも言える空気が一斉に突き刺すようなものに変わる。足下の白い花は底無し沼のような鈍さを放ち、やがて速度を失った脚は完全に止まった。


 この体験したことのない空気を少年は本能的に殺意だと認識した。強烈かつ狂気―――いや、狂喜ともいうべきだろうか。どこか喜びが練り込まれているかのような殺意。


 突き刺すような殺意はいつしか纏わり付くかのように全身を覆い始めた。同調するかのように空気が張り詰めた糸のように冷たく、堅くなっていく。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 どっ、どっ、どっ、と鼓動が耳に響く。はき出す息づかいが遠くに響く。全身の産毛が総立ちし、空間の異常性をこれでもかというほど本能に主張している。


 だが、脚は動かない。いや、動けない。すぐにでも立ち去りたいという欲求を恐怖が押し殺し、思考がゆっくりと停止していく。

 そんな状況で唯一自由のきく眼球が視界の端に黒いモノを捉えた。もう一度視界に捉えようと必死に眼を動かす。それはこの状況を脱する為ではなくこのままでは発狂しそうなほどの恐怖を霧散する為だった。


『何か、お探しかしら』


 そんな試み全てを無駄だと一蹴されるかのような冷たい声が響く。冷水を浴びせられたかのように身体が底冷えする大人びた少女の声。だがその声によって意識が逸れ、恐怖で固まりかけていた脚と思考が声の主を探すために行動を再開し始める。


『あらあら。随分と怖かったみたいね。貴方の声が私に届くほどに』


 どこか嘲笑を含んだ声が外に設置されているスピーカーのように遠く、朧気に響く。


「・・・・・・・・・・・・・・・誰ですか?」


 自分の声すらも遠くに聞こえる。だが先ほどのように思考は停止することなかった。


『姿も得体も知れない相手に向かって敬語で話しかけるなんて。壊したいくらい殊勝な心がけ』


 再び冷たい声がした。しかし応答があったというごく当たり前な事が今では大きな前進を意味しており、同時に少年の恐怖で冷え切った心にゆっくりと熱が戻り始めた。


 このまま声の主と会話をしていけば色々と分かるのではないか。少なくとも、この孤独感から脱出出来るのではないかという淡い希望―――


『だけど、脆すぎる。たった一回のやりとりで安心するなんて』


 声に鋭さが増した。少年の心を再び冷え切らせるには充分すぎる鋭さ。


『随分甘い世界に浸かっていたのかしら。一度の会話で希望を見出す子なんて久しぶりに見たわ』


 いつの間にか朧気だった声は輪郭を作り出し始めていた。


『だけど、だからこそ貴方を見たくなったのかしら。その狂おしいほど甘い心が儚く散るその瞬間を・・・・・・・ね』



 ざあっ、



 少女の声が途切れるや否や、白い花弁が視界を覆う。止まる所を知らずにますます勢いが増していく。

 が、瞬間。


ピタリ、と時が止まったかのように花弁は宙に止まり蜃気楼のように視界から消えていった。

そして、晴れた視界に一人の少女を捉え、そして―――


『あら、見えるようになったのね?私が』


―――全てが、止まった。


 今まで見たことがないタイプの美貌に少年は息をのみ、目を奪われた。

 ポニーテール状に結ばれ肩までかかっているさらりとした髪に透き通るような白い肌。まるで人外のような不気味さと鋭さを併せ持つ美貌。


 そして、死神を脳裏に彷彿させるかのような、白い肌とは正反対の黒を基調としたドレスのような洋服。


 異質。異様。異色。


彼女が纏う明らかに異様な空気が人のソレでは無いと物語っていた。


『それじゃあ、貴方の問いに答えましょうか?』


「・・・・・・問い?」


『あら。やっぱりまだ冷静じゃないのかしら?貴方がさっき聞いていたじゃない。「誰だ?」ってね』


「あー・・・・・・そう・・・でしたね?」


ほとんど本能的に出た問い故につい先程の出来事すら覚え出せない。


『私は若槻(わかつき) 幸恵(ゆきえ)よ。よろしくね―――霜月(しもつき) (ゆう)君?』


「・・・・・・・・・っ!」


少年―――悠が名乗ろうと喉から声が出る瞬間に自分の名前を言われグッと言葉を飲み込んだ。収まっていた嫌な空気が水たまりに垂らした一滴の絵の具のようにじわり、と広がっていく。


「なんで・・・・・・僕の名前を・・・・・・」


『そうねえ。強いて言うなら()()に来たからかしらね』


「ここ・・・?この場所に来たから・・・・・・?」


『まあ、今貴方は何も分からないでしょう。ここが何処なのか。何故ここに来たのか。私が何者なのか・・・・・・ね』


艶然とした微笑みを浮かべながら心そのものに語りかけているかのように響く幸恵の声。

いつしか幻想的と最初は思っていた白い花はいつしか黄色く変化し、そのまま黒く変色していく。幸恵の言葉と同調するかのようにゆっくりと、居心地の悪いモノへと変わっていく。


『あら、時間のようね』


頭上から空間に響く声。

眼下に広がる黒色の()()に意識を奪われた一瞬に幸恵は大木の根元から中腹あたりの枝分かれの始まる幹に移動しており、まるで重力など無さそうにふわりと腰を下ろしていた。


どこからともなく、パリパリと乾燥した木の皮が踏まれたときのような音が鳴り徐々に巨大化し始めた。

何も知らずともこの空間が崩壊するというのを本能的に悠は理解した。同時に、意識も。


『一旦お別れね。けど、また会えるわ。嫌でもね』


意地悪な微笑を顔に浮かび上がらせる幸恵。

足下の花は消え失せており、代わりに黒い亀裂が根を張るように張り巡らされている。そして、耐えかねたように地面が割れた。四方に地面だったモノが散り、宙に消えていく。


意識が泡のように溶けていく。暗闇となった空間に幸恵の声が立体音響のように響いた。


『安心して。貴方はこれから現実に戻るわ。けど、ただ暗闇を進むだけなのも暇でしょうから見せてあげる。何がその身に起こったかね』


落ちていく、意識。


『楽しみだわ。堅く閉められ、エゴの固まりである“未来永劫”が待ち望んだ器がどんな物語を紡いでいくか―――』


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