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 私は左足に奇形がある。足首から先が中途半端にしか存在していなくて、義足を履いていた。義足といっても今使っているものは足そっくりにつくられたシリコン製のもので、遠目にはわからない。体重がかかる部分も考慮されたものだから、使っていると歩くのもだいぶ楽になった。いまや健常人と変わらない歩き方で歩けている、と、思う。

 奇形は生まれつきだったから、物心ついた頃には自分の足がそういうものだと思って気にもしていなかったけれど、幼稚園に通うようになると、みんなが走るように走れなかったり、無意識に左足をかばうように動いているせいか、右足が痛くなることもあった。それよりも、もの珍しそうに見に来る子がいたりして、どうして自分の足はみんなと違うの、と母に聞いたことがある。そのとき母は、とてもかなしそうな顔をして「ごめんね」とだけなんども繰り返して涙を流した。私は、母に謝られたことよりも、自分が大人を泣かせてしまったことに、ただただショックを受けた。

 その後も私の足について事あるごとに泣いて謝られるから、話をすると母をかなしませてしまうということがわかってきて、私から足の話をすることはなくなっていった。私は気にしてないよ、と笑顔をつくることもできるようになった。

 父からは、できそこない、と言われることがあった。幼いながらも、私はその単語に悪意が含まれていることを感じ取っていた。成長に合わせて手術をして、義足を作り替えなければならなかったから、お金がかかることをそのたびに責められた。

 それでも、年を経るにつれて、歩くことも走ることもこなせるようになっていった。小学校の高学年になると、まわりの同級生も理解してくれて、だいぶ過ごしやすくなった。足のことを気負わずに、普通に笑えるようになっていた。中学になると、靴を履いていれば気づかれることはほぼなくなったし、隠していたわけではないけれど、体育で一緒になるクラスメイト以外では、親しい友人しか足のことは知らなかったはずだった。三年になって、身長の伸びが止まってから、一見してわからないような義足を作ってもらった。私は万由子の母に教えてもらいながら、助成の申請をした。


「義足の調子はどう?」

「いままでのものより、だいぶ楽です。走るときも力が入る感じがします」

「うん、よかった。大丈夫そうね」

 万由子の母は頷くと、カルテに数行打ち込んでからこちらを向いた。「高校生活は、どう?」

「なんとか、やれてます」

「よかった。純ちゃんはもともとフォローもいらないと思ってたけど。……どっちにしろ、高校生になったからそろそろ小児科は卒業だし、ちょうどいいかな」

 子どものころから見ている、安心できる担当医の笑顔だった。

「さびしいです」

「そうね。私もずっと見てきた患者だから、さびしいけど、医療者はそういうこと言ったらいけないから」

「言ってるじゃないですか」

 私たちはお互いに笑った。それから高校での万由子の話なんかをすこしして、最後になにか聞きたいことはあるかと尋ねられた。

「あの……、母は、どんな感じでしょうか」

 万由子の母は目を閉じると、ゆっくりかぶりをふった。

「個人情報とかうるさくなってきて、カルテもあまり見ていないから私にはわからない。でも、まだかかると思う。ああいう病気になると、時間がかかるから」

 むしろ純ちゃんや弘樹くんが心配、と彼女は私を見つめた。「児相にがっつり介入してもらう方が私としては安心なんだけどな」と彼女は身体全体でため息をついた。


 それじゃ、次で終わりね、といって万由子の母と別れた。十六歳になる八月で終診にしよう、ということは去年から言われていた。これまで手術を二回したけれど、いまはとくに薬もないし、病院には数か月に一度リハビリに来ているだけだった。

 病院を出ると、午後の太陽が植込みの緑をあざやかに照らしていた。淡い色で構成されている院内とのギャップに目を細めながら、私は市役所行きバス停のベンチに腰を下ろした。長く通ったリハビリも次で終わりだ。今日はいつもついてくれていたリハビリ担当の先生が休みだったから、最後には挨拶できたらいいんだけど。


 万由子の母にはだいぶ助けられた。私の主治医でもあったけれど、私の母がおかしくなっていたことに気づいて、精神科を受診させて、家から離れさせた。父からの精神的な圧迫もあったけれど、私が原因のひとつでもあったから、近くにいないほうがいいと言われて、私も納得して母と別れることになった。むしろ納得できなかったのは母のほうで、ひどく泣きわめいたかと思えば、一日中台所の椅子に座ってぼんやりしていることもあった。

 私も、ともすれば爆発しそうな感情が燻っていたけれど、すんでのところで平静を保てていた。ただそれが、かなしいのかさびしいのか怒りなのか苛立ちなのか憤りなのか、それともそれらすべての感情なのか、そしてその矛先が父なのか母なのか自分なのか、自分で自分の感情がわからなかった。それよりも、今後どうやって生きていくか考えるほうが先だった。泣いたら動けなくなる気がして、いろいろと考えることをやめた。


 母と別れた前後の日々を思い出していたら、胸がざわざわして息が苦しくなってきた。私は目を瞑って、いつものように、ゆっくり、ふかく、息を吸う。

 いち、に、さん

 よん、ご、ろく

 今日はアルバイトの日だ。

 私は、なんとか生きている。



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