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壇上では、校長先生が延々と喋っている。日差しが強くなってきて、だんだん暖かい季節になってきましたね、と朝のテレビは言っていたけれど、体育館に制服でじっとしているとまだまだ寒くて、いつのまにか私の右足はとてもつめたくなっていた。
高校前のバス停で降りると、桜の花びらが目の前を邪魔なほどに漂っていた。
くすんだ緑色の金網越しに構内に目を向けると、そこには一斉に花をつけたソメイヨシノが立ち並んでいる。
構内に入るのをためらって桜を見ながらぼんやり立ち止まっていると、同じ制服を着ている万由子に声をかけられた。さっぱりとショートにした髪が、万由子の可愛らしさをひきたてている。
その後ろにいた、相変わらず恰好よくスーツを着こなしている万由子のお母さんは、私の視線をたどって、すごい桜、と言った。万由子はその桜に感動しているようだった。
「きれーい」
「綺麗かもしれないけど、ちょっと節操ないね」
万由子のお母さんは感情を出すことなくそう言うと、先に立って歩きはじめた。
私はなんとなく満足して、えーそうかなあ、桜、きれいじゃん、と言う万由子と一緒に、そのあとをついて正門をくぐった。
壇上の話はまだ続いていた。天井の高い体育館ではマイクの音が反響してしまってとても聞きづらい。それでなくても退屈する大人の話を、聞き取れないままどうして続けなければならないのだろう。彼らが子供のころは、きちんと聞いていたのだろうか。
それともこれは、聞いているふりを身につけさせるための訓練なのだろうか。そのためにわざわざ入学式や朝礼で、長い割にたいして面白くもない話をするのが校長先生の仕事になっているのだろうか。
私の左には、自分と同じグレーの制服を着た女の子が、右側には黒い詰襟を着た男の子が座っている。
短い春休みの間に、女の子たちは確実にひとつ大人になっているけれど、男の子たちは、詰襟のボタンが『中』から『高』になっただけで、中身はなにも変わっていない。女の子たちが節目ごとにきっちり大人になっていこうと努力しているのに対して、男の子たちは、なんの予告もなしに突然変わる。そういうところをなにも考えずにすいすいとこなしていってしまえる男の子を、すこし羨ましく思う。
私は、自分の穿いているグレーのスカートを眺めた。
制服は自分で働いて買った。今日から私が高校に通うことを父は知らない。
もう、六ヶ月以上、父とは会っていなかった。家に立ち寄っている気配はあるから、どこかで生きているのだろう。
今更、顔を合わせたくもないけれど。
両隣のクラスメイトにつられて拍手をした。
いつのまにか校長先生の話は終わって、司会役の教師が話を進めている。
――生徒会からのお知らせ、明日は新入生の歓迎会があります、そのあとに部活紹介があります
スピーカーから声が流れてくるけれど、声の主の姿は見えない。大人の話というのは、そういうものだ。