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RANK-7  『 くの一捜査網 』



 ケイトとマナミは懐かしいと言うには、別れてあまり時間の経っていない人間との再会を果たした。


「お久しぶりです」


「久しぶりって言っても、何日かぶりなだけよ、ねぇ」


「でもその分だと合格できたみたいね」


「はい、お陰様で、くの一になれましたぁ」


 二人の前にいる少女、リンカとは実に7日振りの再会である。


 くの一とは彼女の国に存在する冒険者の一つの職種で、話を聞いているとどうも二人が知っている盗賊シーフに近い職業のようだ。


 彼女の里の掟で達成したミッション、ケイトとマナミのお陰で、正式に職を手にいれたようだ。


 あのときの報酬は半分は返したが、それでも破格の値だった。


 しかしケイト達はその時の報酬に満足はしていない。


 リンカは確かに提示していた金額を支払ってくれた。しかし本来なら入ってくるはずの冒険者としての経験値を、まったく得ることができなかったのだ。


 経験値が入らないとランクが上がらない。


 そうなるといつまで経っても、上位の冒険を斡旋してもらう事ができない。


「で、わざわざ私達を指名してきた理由は?」


 今回三人がこの再会を果たしたのは、ケイトとマナミが仕事を受けるためだ。


 エミーリンの指示通りの場所に来てみれば、そこには見知った顔の依頼人が居たというわけだ。


 わざわざ町から外れた岩場に二人を名指しで呼びつける、もしかしたらと考えた人間との、なんの捻りもない再会。


「ああ、えーっと……一緒に行って頂きたいところがありまして……」


「エミーリンを通してきたって事は、正式な依頼なんでしょ? 今度こそ書類を作ってもらえるわよね」


 質問と言うよりは強要に近い口調でマナミは言った。


 同時にケイトも口を開いていたが、全く同じセリフを吐こうとしていたので、思わず金魚のように口をぱくぱくさせた。


 そんなケイトのことはさておいて、マナミはリンカの両腕を掴んで詰め寄った。


「それが恥ずかしながら……」


 リンカの依頼というのは忘れ物を取りに行くという物だった。


 試験の最後の試練で、身ぐるみ脱いだあの時に、再度身につけ忘れたというのだ。


「あそこには私達の里の者でも、滅多なことでは近付けません。ですからきっとまだあるはずです」


「って言うか、そんな所に大切な物を忘れたからって、勝手に入っていいの?」


「マ、マナミさん!? なぜ私の忘れ物が大事な物だと分かったのですか?」


「私はあんたの忘れモンが大したモンじゃなかったら、張り倒すのに何のためらいもないわよ」


 どこから出してきたのか、ケイトはハリセンを正眼に構えてリンカを威嚇した。


「ご安心下さい。中に入る許可は得ています。なにせ兄の形見なモンですから……」


「形見って、お兄さん亡くなったの?」


「はい、任務中に敵の罠にかかり……」


 そう言うことなら仕方がない。


 この際アフターサービスだと思い、乗りかかった船を漕ぎ出すことにした。


「だけどあんたも、そんな大事な物をよく忘れてこられたわね」


 あの場で着衣を脱いだのはリンカだけではない。


 こっちの二人が何も忘れてこなかったのに、盗賊シーフのような職業に就いている彼女が、……いやどうもリンカは天然なのではないか? その印象は当初からあったものだけれども。


「ともかく、サッサと行って、サッサと帰ってくる。いいわね」


 ケイトもマナミも冒険の準備は出来ている。


 もちろんリンカは一刻も早く取り戻したい。


「それじゃあ行くよ」


 ケイトの威勢の良い声が森の中に響き渡った。






 道中は至って穏やかだった。


 今回はリンカのあの魔物を呼び寄せる呼粉は使っていない。


 もっとも任務というわけでもないので、魔物を遠ざける避粉も使うことはできないが、この森は元々そんな頻繁にモンスターが出没するわけではない。


 三人はそれこそ幼い頃からの友達のように、明るくお喋りをしながら目的地を目指す。


「へぇ、それじゃああんたって、その亡くなったお兄さんの他にも兄弟が4人も居るわけ?」


「はい、兄が後2人と年の離れた弟が一人います。後は妹が一人です。もっとも妹と言っても双子ですから、実際近所ではあの子の方がお姉さんみたいに思われています」


 同じ顔をしたしっかり者のリンカ……、どうにも想像がつかない。


「んでもって、その兄弟はみんな忍者なの?」


「いいえ、里にいる人みんなが忍者というわけではないです。もちろん私の兄弟だって皆がそうなる事はありません。忍者の道を選んだのは、私と亡くなったタケチ兄様だけでした」


 つまりリンカは殉職してしまった、自分が一番慕っていた兄の背中を追って、“草”となる道を選んだのだ。


「一番上の兄とは十程も離れていました。私が15歳の時に他界してしまった兄様ですが、私には一生の目標なのです」


 幸いにも彼女は体術を身につける才覚を持っていた。


 様々な魔力を使った技を、覚えるのにも秀でてもいた。


 だからこうして性格に難があっても、どうにか独り立ちする事ができたのだ。


「なるほどねぇ。ところでその妹さんは何をやってるの?」


「えぇ、彼女は今、官職に就いています。私は学術は苦手でしたが、スズカは学校では、とても優秀でしたから」


 なぜ物憂げに彼女は言葉を紡ぐのか?


 妹の、スズカの名を口にした途端にいつもの彼女の脳天気さはどこかに吹き飛ばされてしまったようだ。


「そ、それはそうと私のことばかりではなく、お二人のお話も聞かせてはいただけませんか?」


 もうそれ以上は語れないと言うように、リンカは話題を二人に振った。


 しかし今度は二人が渋い顔をする番だった。


「それはまた今度と言うことで……」


「えぇ、でもケイトさんの小さい頃の話とか聞きたいです。もちろんマナミさんのも」


 二人は顔を見合わせて表情を曇らせる。


 リンカもさすがに空気を読めたのだが、どう引っ込めていいのかも分からず、しばらく無言のまま三人は歩き続けた。


 そんな重たい空気になるような話題を振った覚えはないのだが、リンカは申し訳ない気持ちになり、腰に吊した小袋から丸薬を取り出した。


「私の里で作られている砂糖玉です。疲れをとるのに舐めるんです」


 二人はその“飴玉”という物を受け取り、口に放り込んだ。


 程良い甘みが何とも言えない。


 気分も和らいだが、二人はやはり自分の過去を語ろうとはしなかった。


 7日前とは違って、大して時間を費やすことなく、例の服を脱いだ広間まで来ることができた。


「あれっ? おかしいです。どこにもありません!?」


 何も置いていない拓けた部屋には、彼女が探している物がなんなのかよくは知らない二人にも、そこに何も落ちていないことは分かる。


「本当にここなの?」


「間違いありません。この間ここで服を脱ぐまでは持っていましたし、里に帰るまでは落とすはずもありません」


「偉い自信だけど、間違いない?」


 マナミの問いに自信たっぷりのリンカ、ケイトがもう一度考えるように促した。


「落としようがありません。サラシできつく巻いた胸元に入れているのですから」


 そう言ってリンカが指差したのは、彼女自身の胸の谷間だった。


「なるほど、だから服を脱いだここ以外に考えられないと」


「そうなると後、可能性があるとすれば、この仕掛け扉の向こうだけね。……また脱ぐの?」


 マナミは心底いやそうだった。


 それはケイトも同じ、誰も見ていなくても、こんな薄暗がりで素っ裸になるのは気持ちのいいことではない。


 だがそうも言っていられず、三人は前と同じように仕掛け扉を開けて奥の部屋に入り、そこには紛れもない探し物が存在した。






 目的の物、それは手の平サイズまでに千切れた血染めのサラシだった。


 兄の最後に彼の同僚が差し出した手が掴んだ物で、それは人間一人を支えられるほど丈夫ではなかった。


 そうして持ち帰られた遺品を手にしたリンカは、不思議と涙を零すことはなかったという。


 何にしてもそれは無事にリンカの元に戻り、それを手にした彼女は堪らず涙を流したのだった。


「すみません。何故かこれを無くした事で、二度兄を失ったような気になって、それが見つかったことでつい……」


 それは人間として当たり前のことだと思う。


 だが忍者としては、人前で見せてはならない感情だと、ケイトとマナミは知らない。


 そんな表情を見せるリンカに、二人は今まで以上に親しみを覚えるのだった。


「だけど今回もポイントなしかぁ」


「……あの、お二人にもう一つお願いがあるんですけど……」


 リンカは酒場に行った際に、既にエミーリンには断りを入れておいた通りに、この場で報酬金を二人に渡した。


 こうして一つの冒険が幕を閉じる、そう思ったとき、リンカからトンでもないことを頼まれる。


「えぇーっ!?」


 そんな声が森に響き渡り、鳥や獣たちがざわついた。


 ちなみに今回の冒険は、通常よくある物探しだと、エミーリンの判断で支援団体からは、いつも彼女達が受け取っている最低限のポイントだけだったが、それはちゃんと無事に加算されたのだった。

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