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RANK-6  『 お嬢様の冒険? 』



 昼間からカーテンの引かれた薄暗く、ヤケに広い部屋には、真ん中にこれも一人で使うには大きすぎるくらいのベッドと、壁沿いには鏡台に椅子。


 それ以外に何もない部屋のその椅子、一つの人影があった。


「姉さん!?」


 一人の少年が部屋の中に入ってきて、椅子に座る少女に声を掛けた。


「エニアス! いつも言っているでしょう。静かに、優雅に立ち振る舞いなさいと」


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと急いで知らせたいことがあったから」


 息を切らせて走って来たエニアスは、呼吸を整えようと深く空気を吸い込んだ。


「姉さん、ヴィフィーダ、彼女達が戻ってきたよ」


「なんですって!? なんでそれを最初に言わないの?」


 ヴィフィーダは部屋を飛び出して、全速力で屋敷を出ていった。


 酒場に着いたヴィフィーダは、他には目もくれず、一直線に冒険者カウンターにいるエミーリンの下へ駆け寄った。


「あら、珍しい。あんまり顔を見せないから、もう辞めちゃったかと思ってたけど」


「エミー、マナミさん達が帰ってきたそうですね」


 近づいてくる彼女に気づき、声を掛けるエミーリンに、ヴィフィーダは何も答えず、問いかけだけを返してきた。


「あの二人なら手続きを終えて帰ったわよ」


「そ、それで、成功したのですか? 高額の依頼だったと聞きましたが」


「報酬は受け取ったって言ってたけど」


 二人の疲労の具合は酷く、手続きも簡単に済ませて帰っていったから、エミーリンも詳しく話を聞いたわけではない。


 それでも報告書には、支払の事実が記載されてあった。


 報酬を受け取ったのは間違いないようだ。


「でもポイントは基本ポイントだけしか渡せなかったのよね」


 二人はリンカの頼みを聞いて、今回のレポートを提出しなかった。


 その為ボーナスポイントを発行することは出来なかった。


「それって、本当に成功したのですか?」


「目的達成していないのに、報酬を支払う人はいないとは思うけど、何か事情があるんでしょ」


「だいたい、ランク“セイル”のあのお二人が、なぜそのような高額の冒険を斡旋されたのです?」


 セイルは冒険者支援団体“アドス”が、冒険者をクラス分けするランクで最下位の六番目、初心者用のレベル。


 リンカから貰ったような、高額の報酬が出る依頼がくるランクではないのだ。


「あの二人のことはよく知っているもの。任せて置けると思えば、判断は私が付ける。昔からそうしているわよ」


 新米だけど、個々の能力の高さは初めからかなりのものだった。


 あの二人が支援学校に入り、履修すれば“クアッテ”にも成れるだろうに。


 判断材料として、色々と融通もしてきた。


 だから彼女達は副業を持たずとも、なんとか生活して行けているのだ。


 ただどうにも運が無いというか、お人好しというか、彼女達のレポートはかなりの確率で白紙なことが多いのだ。


「ではワタクシにもなにか、いいお仕事を斡旋して下さいな」


「してもいいけど、ちゃんと達成してくれるの? いつも最終的にはこっちで処理しているけど」


 依頼人の信用を落とすことは出来ない。


 冒険者が依頼を成功させることが出来なく、クレームが発生した場合に限り、高位クラス冒険者が後始末をする。


 けれど極力は依頼を受けた当人に解決してもらわないと困るから、彼女のように達成率の低い冒険者には、できれば仕事を紹介したくはないのだ。


 しかも彼女の場合、「この仕事、もう飽きましたわ」がほとんどの原因で、彼女自身の実力はかなりいい評価が下っているだけに質が悪い。


「ワタクシもそろそろランクを上げて、彼女達に自分達の無力さを知らしめて上げなくてはね」


 かように言う彼女も、“セイル”なのは言うまでもない。






「あれー、ヴィー! もう戻ってたの? エミーから明後日が期日の冒険に出たって聞いてたけど」


 ヴィフィーダが町の中心にある、噴水横の食堂にエニアスと共に現れたのは、その依頼を受けた日の昼食時だった。


 彼女はマナミ達が食事をするテーブルにまっすぐ向かって来て、二人を見下ろす。


 ケイトが声を掛けるが、マナミは目を細めて黙々と食事を続ける。


「“腐界岩の森”に行って来たんでしょ? 薬品の材料を採りに」


 腐界岩は醜気を放ち、その周辺には魔界の樹が育ち、森には魔獣が多く生息していると聞く、まだまだケイト達が依頼をもらえる活動場所ではない。


 そこでは極上の薬草が生えているが、人が認知する中で、最も危険な土地とされる一つだ。


「マナミさん、貴方達のように効率の悪いやり方をやっていては、いつまで経っても最下級は抜けられませんわよ」


 ヴィフィーダは以前から、今もケイトのことなど眼中にはないようだ。


 居所のないケイトは、食事を続ける雰囲気にも戻れない。


「別にこの仕事が終わったからって、あなたも次のランクに行けるわけじゃないでしょ」


 ケイトが居所を失って困っているのを見かねて、ようやくマナミは食事の手を止めた。


「確かに大きな仕事をしたからと言って、すぐにランクが上がるわけではありませんが、今回のような仕事をエミーが優先的に回して下さるのなら、すぐにTOPランクに上がって見せますわ」


 ここは大きな宿場町だから仕事には事欠かないが、大きな仕事がいつもいつもあるわけでもない。


 けれどこの分では、レベルの高い仕事でないと、ヴィフィーダは今後、依頼を受けなくなるかも知れない。


「当分、上がりそうもないね」

「そうね」


 溜息を吐き、食事を再開する二人を前に、勝ち誇ったヴィフィーダが高笑いする。


 こんな光景は珍しくもなく、この食堂によく来る常連の客達も、もう慣れはしたものの、あまりいい気はしない。


「姉さん、やっぱりここだったんだね」


「あらエニアス、お久」


「あぁケイトさん。こんにちは」


 高笑いを続ける姉の下に、歩み寄るエニアスをケイトが手を挙げて声を掛ける。


 エニアスは深々と頭を垂れ、ケイトと世間話を始めてしまう。


 それを見たヴィフィーダは、エニアスの襟首を摘んで向きを変えさせる。


「そうそう、ゼロとロゼが帰ってきたよ」


「そうですか、それではマナミさん、ワタクシは用事が出来ましたので」


「ケイトさん、マナミさん、また」


 いつもの如く、ヴィフィーダはケイトの方を一度も向かず立ち去り、エニアスも慌てて姉の後を追って店を後にした。


「ふぅ、相変わらずだなぁ、彼女」


「あの子、私になんであんなに突っかかってくるのか分からないけど、ケイちゃんのこと完全に無視してるんだもん。すごくヤな感じ」


「まぁまぁ、あたしは慣れっこだから、あんまり気にしないで」


 気持ち良く食事を摂っていたのに、完全に気分を害されてしまった。






「なぜ!?」


「だから、あなたの後ろの二人、アドスの冒険者として登録していないでしょ?」


「ですから、彼等はワタクシが雇い入れた者達で……」


「たとえあなたの関係者でも、未登録の人にポイントは発行できないわ」


「ですからその分は、ワタクシに加算していただければ!」


 ヴィフィーダの後ろにいる二人、二卵性の双生児ゼロとロゼは、見事に依頼を果たして帰ってきた。


 その品を二人から受け取り届け出たのはヴィフィーダなのだが、成功報酬は受けることが出来るのに、冒険者経験ポイントを貰うことができないとエミーリンは言う。


「だいたい今回の冒険にあなたは参加していないでしょ。冒険の調べを録れない人にポイントを出せるはずがないわ」


 マナミ達に自信満々に話していた今回の件、実はヴィフィーダは賃金を払って、雇い入れた二人の傭兵に冒険を代行させたモノだった。


 本人は二人が“腐界岩の森”に行っている間も、普段通りの生活を送っていただけ。


「では今回は?」


「報酬のみね。けどよかったじゃない。700ロンガンなんて仕事、この町ではなかなかないもの」


 エミーリンは笑顔で依頼主が預けていた成功報酬を、ヴィフィーダに渡した。


 だけどヴィフィーダの本当の目的はポイント。


 お金には今のところ不自由していないから、今回の依頼の成功は本命を貰えない時点で、何の意味もないものに成り下がった。


 彼女もまた、ケイトやマナミ同様、ランクアップは夢のまた夢のようだ。

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