RANK-4 『 くの一忍法帳_中巻 』
一度依頼を受けた冒険者に、あまり支度をする時間はない。
旅の支度に半日を費やし、夕暮れから酒場でミーティング。
人気の多いところで話すのは段取りのみ、綿密な打ち合わせは食事を済ませ、宿に帰ってからのこと。
リンカには日の高いうちに宿を引き払ってもらい、今は二人の部屋に来てもらっている。
とは言え出発するのは明日だから、宿を引き払ってもらうまでする必要はなかったが、ここから一緒に出る方が人目に付きにくい。
これだけ警戒してはいるが、実のところ仕事の豊富なこの町に、人の冒険を邪魔するような酔狂者はそんなにいない。
この部屋の主二人が気にしているのは唯一人、自称マナミの恋人だけである。
「とにかくクリフが現れる前に町を出るのよ。出発は真夜中! 夜に森に入るなんて非常識だけど、彼が付いてくるともっと非常識になるから」
「なにもそこまで言わなくても……」
「いいえ、ここの所の冒険の失敗の原因がどこにあるのか、ケイちゃんには説明の必要はないと思うけど」
それは確かにそうなのだが、そればっかりでないことも確かだ。
ケイト達がポイントを溜めるのに苦労している根幹は、彼女達の経験不足に他ならない。
人の所為にばかりしていられないが、マナミが言うように、あれはかなり害になっているらしい。
ケイトとしては、助けられた部分には、ちゃんとお礼を言うべきだと思っている。
「もう今からじゃあ寝ている時間はないけど、森に入ったら、私達がよく使っているあの洞窟で休憩しましょう」
「別にそれでいいけどマナミ? 依頼人抜きでこういう事って決めてもいいのかな?」
今リンカはシャワーを浴びている。
マナミが持ち込んだ魔道具で、汲んできた井戸水を精霊魔法で温め、循環する時にこれも精霊にキレイにしてもらい、頭から温水で体を洗える画期的装置。
この町に引っ越すと決めた数日後に実家から送られてきたものだ。
「もちろん勝手には決めないわよ。出てきたら提案はするけどね」
昼間会ったとき聞いた彼女の職業、“忍者”と言うのが、どんな能力があるのか知らないけど、それよりも彼女の冒険者としてのレベルも知らないで、結構近場とは言え、夜の森に入っていっていいものかは、確かに本人に聞いてみないと分からない。
「どうもありがとうございました。とっても気持ちよかったです」
さっぱりした顔で、湿った髪をタオルで拭っているリンカが、二人のいる部屋に戻ってきた。
「あれ、結構魔力消費したでしょ、大丈夫だった?」
「ハイ、あの程度なら全然」
「そう、良かった。ケイちゃんなんて、私がいないとむしろ水を汚れたまんまで洗うしかないもんね」
純粋な剣士であるケイトを挑発するマナミに、タメ息一つを返して、話を先に進める。
「ねぇ、あなたの職業、ニンジャだっけ?」
ケイトは出発の予定をまとめる前にリンカの実力が知りたかった。
「私達の国ではあまり聞かないんだけど、冒険の経験ってあるの?」
「冒険? 任務の事ですか?」
「任務? って言うの? その任務って言うのには、行ったことがあるの?」
「ありますよ、何度も。今回はその成果を試すための旅なのです」
部外秘だといいながら、少しずつ旅の内容を仄めかすリンカ。
彼女は気づいていないが、近いうちに全貌が見えてしまう気がする。
「じゃぁ、モンスターと戦ったことは?」
「もちろんです。物怪の類との戦いも私達の本分ですから」
言葉に若干の食い違いはあるものの、三人の問答はそれなりに進んだが、彼女が今の計画のままで出発してもなんの問題もないか? そのことに行き着くには、少々時間がかかったように思える。
「しかしこれだけの物を、一体どこに仕込んであるんだか……」
懐から出したのは、無数の手裏剣、煙玉、の様に手の中に入る物でも、個数は少なくとも数が揃っているし、ロープの付いた鉤爪などもあり、マキビシと呼ばれる鉄製のヒシは小さい物ではあるが、実際あれを懐の中に入れて動き回れば、間違いなく怪我をする、……はず。
「企業秘密です」
その企業秘密の道具を見せることには抵抗はないのか?
「リンカちゃんは精霊と契約してる?」
「ハイ、間借りさせてもらってます」
マナミも土の低級精霊と契約して、旅の道具を収納させてもらっている。
恐らくは同じ事をリンカもできるのだろう。
「とにかく、あなたの実力は実戦で見せてもらうわ。私達の目的地には、けっこうモンスターも出没するから」
それから少しの時間休憩を取り、三人は町を後にした。
彼女の資質を見る機会はすぐに訪れた。
まだ森に入ってそう経ってはいないのに、周りは食糧を求める獣や獣魔でいっぱいになる。
いったいどうしてこんなに魔獣がいるのか?
夜の方が行動範囲が拡がるのは分かる。
しかし町のすぐ傍にこれだけのモンスターがいれば、警備隊が黙っているはずがない。
「本当におかしいですね。昨日連れてきた物怪はみんな退治したはずなのに」
「昨日?」
「はい! 里の命令で、ここまでの道程でこの“呼粉”を使うように言われていましたので」
“呼粉”の事はマナミも知っている。
警備隊が用いるモンスター誘導用のアイテムだ。
それを使ってここまで来たと言うことは、いま目の前にいる魔獣達は、余所の土地の物。
「それもその任務ってヤツの?」
「うーん、たぶん関係ないと思います。きっと上層部の意地悪なんじゃあないですか」
命を懸けた冗談? 笑えない。彼女は笑っているけど。
「それはそうと、凄いね。剣術もさることながら、魔法も威力が半端じゃないし」
「ケイちゃんもしかして、わざわざ私達一緒に来ることなかった?」
出てくるモンスターの7割は彼女が倒している。
ケイトはそのフォローに回り、マナミは黒精石の回収に専念した。
黒精石は安価で手に入る、いい武器の材料として重宝される、魔物なら必ず持っている核のようなものだ。
純度の高い物ほど高価に買取りしてもらえるが、下級モンスターの純度の低い物でもそれなりには買い取ってくれるから、忘れずに回収しなくてはならない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
モンスターを斬りつけるたびに、彼女は大きな声を出す。
「謝ってるけど、思いっきり一撃でヤッちゃってるね」
「天然なんだろうね」
マナミの皮肉もケイトは笑えない。
彼女の腕前だけ見ていれば、冒険者ランクはそこそこ高いのは間違いない。
「大丈夫よ。ケイちゃんの剣技だって負けてはいないよ」
「そりゃ、魔法だけを見ればマナミのの方が強力だって思うよ」
確かに剣技や魔法力だけが冒険者の資質を決めるわけではない。
ないけれど、この依頼に自分達は適任なのかと疑問になるのも無理はない。
「さぁ、もうすぐ目的地ですよ」
この冒険、一体その正体はどんなものなのか? ケイトとマナミは改めて気を引き締めた。