RANK-2 『 キノコスープを昼食に 』
魔道というのは魔法とは違い、生まれ持った資質に左右される特殊能力である。
「僕にはその資質がある。いや、天賦の才というか、神が与えた力がさ」
クリストフ=ロングラント、聖都ボレニア王宮騎士団の初代魔道士長ファランツ=ロングラントの子孫で、直系である彼の生家は代々魔道師の家系。
彼には確かに天賦の才という者があったのかもしれない。
しかし資質に溺れ、なんの修行もせずにいれば、落ちこぼれるのは当然のこと。
「マナミ、今日のディナーはどこで取るんだい?」
「……」
彼はこの町に修行の為にやって来た。
ここは大きな宿場町だけあって事件も多く、冒険者の数もそれに比例して多く滞在している。
また多くの冒険者志望者が、出発点として集まる町でもあり、真面目に修行する者にとっては、数多くの経験が持てる場であった。
「マナミ、今日はショッピングかい?」
「……」
彼の両親もこの町に送り出せば、きっと成果を上げてくれるものと期待していたのだが、息子の自惚れは並大抵なものではなかった。
「マナミ、明日のお昼辺り、一緒しないかい?」
彼の興味は冒険よりも、一人の少女に向けられていた。
「……はぁ……」
「あいつも毎日飽きずによく続くよねぇ、マナミ?」
「お願いだから、あんまり彼のことは言わないで」
酒場で出会ったのが三ヶ月前、一目惚れしたと言って近付いてきて、それ以来ずっと付きまとわれている状態だ。
「あんたが忘れたいのも分かるけど、適当に追い返してね。あれ」
扉の向こう、昼食を一緒する約束を取り付けに来たクリストフが立っている。
「……はぁぁぁぁ……」
いつも無視しているマナミだが、宿の出口で陣取られていては、同居人共々、身動きがとれなくなってしまう。
しょうがなく鍵を解いて扉を開くマナミは、戸が開く速度が途中から急に早くなるのに引っ張られて、危うく転びそうになる。
それを抱える腕に全体重を預ける。
「あぁ、マナミ、やっと会えた」
「……クリフ、早く放して下さらない?」
この直情的なアタックが、マナミに敬遠される第一理由だと、クリストフは全く気づいていない。
「ねぇ、クリフ。あなたこの町に来てから一度も冒険に出たことないんじゃあない?」
どうにかクリフの腕から逃れることの出来たマナミは、表情を引き締めて問うた。
「いや、一度もないな」
「あなたも冒険者として登録しているのなら、少しはその腕を磨く努力をしたらどうなの?」
「だから君達の冒険に同行しようと言うのに、君が謙虚に辞退するから、僕の腕を見せる場がないのではないか」
疲れる。マナミは頭を抱えるしかなかった。
「やぁ、マナミさん、ケイトさんもいるかい」
目の前のとぼけた魔道師の後ろから、恰幅のいい中年男性が顔を見せる。
「オーガイさん、あっ、えぇーっと、こんにちは」
男性はマナミとケイトが、納屋に住み着いた魔物を退治する依頼を以前してくれた農夫さん。
「はははっ、そんなに緊張しないで、今日はこの間のお礼をしにきたんだ」
オーガイ氏は農具を納めていた納屋に死獣、死して動く獣が住み着き、マナミは神官ではないが追い出すくらいはできるだろうと、光魔法を使った。
効果は覿面、闇の魔獣は藻掻き苦しみ苦しみ、納屋はモンスターごとバラバラに砕け散ってしまった。
「あの後冒険者協会の検察官が来て、原因究明をしてくれてな。二人がしたことに落ち度はなし、それどころか俺んとこの農場を救ってくれたって教えてくれたんだよ」
死獣が住み着いたからか、住み着きやすい環境だったからかは分からないが、あの小屋には怨霊が取り憑いてしまっていた。
「あのままだと土も汚染されて、作物が育たん土地になってしまっていたらしいんだよ」
結果としてマナミの判断は正しかったことが立証された。
「それじゃあ私達はお役に立てたという事ですか?」
「そうですね。ベストの結果とは言えませんが、最善を尽くされた事は認めます」
「……どちらさま?」
スラッと背の高いローブ姿の女性、手には書類、神官衣の冒険者は協会の検察官リビティー=ヒステラだと名乗った。
「問題点にしても、依頼主が完了の書類にサインをくださりましたのでね、報酬金は支払われる事となりました。受け取ってください」
手渡された布袋の中には金貨が10枚。
「待ってください1000ロンガンもなんて、私達が受けたのは800ロンガンの依頼だったはず」
「気持ちだよ。なんでも今回の依頼は結果はどうあれ、依頼主の俺の財産を破壊したから、冒険者ポイントはやっぱり出せないって聞いたからね」
「えっ?」
確かに二人の懐はそんなに潤っている方ではないが、欲しいのは冒険者ポイント、まさかの0ポイントとは、話しの流れでは30ポイント貰えると思っていたのだけど……。
マナミは報酬を受け取り、二人は帰っていった。
「用事は済んだみたいだね。どうだい? 明日の昼食」
この男は……。
「イヤです」
「そうか、それは残念だ。予定がある時は仕方ないよね」
「……なにも予定はありませんけど、あなたと昼食を一緒する気はありませんから」
いつもこうやってちゃんと断っているのだ。にも関わらず。
「予定はないのだね、だったら明日の昼前に迎えに来るよ」
都合の悪いところだけ聞こえない。彼はそう言う人間らしいのだ。
「……分かったわ」
「なに!?」
意外なマナミの答えに驚いたのは後ろにいるケイトだ。
「……私、明日はリクストダケのスープが食べたいわ」
相手のしつこさが勝ったのか、ついにマナミが折れてOKを出す?
「本当かい?」
「えぇ、材料はあなたが、あなた自身の手で用意してね。人やお店で買うのではなく、自分で採ってきた物をね」
クリフはマナミの言葉を最後まで聞くと、返事もしないで勢い任せに走り出していった。
「いいの? あんな返事して」
「いいのよ。この辺にはリクストダケなんて棲息していないし、こっそり買おうにも市場に入ってくることはなし、もし彼が少しでも言葉通りの行動をしてくれるのなら森に入って、少しは冒険者らしいことをするんじゃあないの?」
「あんたって、オニね」
クリストフが姿を消してから、はや一ヶ月が過ぎた。
いつも素っ気なくしていたマナミも、今回は自分が原因で彼が行方不明になったのは明らか、イライラするのも仕方がない。
この一月で獲得できたポイントはたったの8ポイント。
仕事に身が入らなくなったのは、実のところ彼がいなくなってから三日が過ぎたくらいのことだった。
マナミ自身は気づいてないが、それまで一日に一回は出していた顔を見ない事が堪えているようだ。
それも最近になって、この苛立ちの元がなんなのか、うっすら気付いているようでもあった。
「マナミ、探しに行ってみる?」
「な、なにを?」
ケイトもマナミの変調には、とっくに気づいている。
その因子がなんなのかも。
だからこうして何度か捜索を促してみたりもしたが、マナミは頑として認めようとしない。
そしてまた一週間が過ぎた。
ケイトはマナミには内緒で、クリフの足取りを探っていた。
彼は約束を交わした日の日暮れ時にはもう、町から出たことが判明した。
目的地はヤッフル高地。
リクストダケが群生することで知られる、ここからずっと南に位置する森林地帯だ。
クリフは本当にマナミのリクエストに答えるべく冒険に出たのだ。
「マナミ!?」
「……もう! 分かった」
都市間を結ぶ飛空船を使えば、一日で往復できる距離を四十日も戻ってこないと言うことは、彼の身に何かあったと言うこと。
その目的が自分との約束であることが、こうして確認できた以上、流石に放っておくこともできない。
二人は急いで冒険の準備をし、部屋を出ようとしたとき、ふいに扉が大きく開き、クリストフ・ロングラントがそこに立っていた。
「クリフ!?」
ケイトの驚きの大声に、クリフはビクッと過剰に反応する。
「や、やぁ……」
二人の前に立つ彼は満身創痍、いつも外見ばかりを気にしていた男とは思えないほどヨレヨレになっている。
クリフは二人の顔を見て安心したようで、その場にへたり込んでしまった。
「ちょ、ちょっと!?」
「いや、すまない、……ちょっと、力が入らなくって」
「ふぅ、……ケイちゃん、彼を私のベッドに寝かせてあげて」
不本意ではあるが、このままにしてもおけない。
自分が発端だったのだから、ちゃんと具合を看て上げたい。そう思ったのだ。
「四十日も一体どこで何をしてたの?」
「……往復でそれだけの時間が経った。それだけだよ」
「往復?」
往復に四十日? 探すのにではないのか?
「道中いろんな本を読んで、大体の当たりは付けて行ったんだ」
現地でそれを手にするのに、さほど時間がかかったわけではない。
「じゃあ、いったい何してたの?」
「歩いてた」
「って!? ヤッフル高地まで?」
歩けば片道十七日はかかる距離を、ほとんどなんの準備もしないままに、無鉄砲に出ていったのだ。
「よく帰ってこられたわね。マナミ、これ彼からの贈り物よ」
ケイトから渡されたのは、つみ取られてから幾日も握られて、干からびて、ひしゃげたキノコだった。
「……早く体調戻して、そうしたら一度だけ、お昼を一緒に食べましょう」
その日から数日、すっかり元気を取り戻したクリフは、念願の食事をマナミと取ることが出来た。
そして今度は二人仲良く、診療所のベッドに伏せることになった。
「なになに……リクストダケは強い解毒性があり、通常は乾かしたモノをすりつぶしてお湯に溶き、少量口にする」
マナミが無責任にリクエストしたのは漢方薬として使うキノコだったのだ。
それをそのまま丸ごと食せば、もうお手洗いのお友達。
「ちょっとクリフ、あなたあのキノコの本、いっぱい読んだんじゃあなかったの?」
「あぁ、どこに……どんな風に……生えているのかを……いっぱい調べたんだ」
それがどんなモノかは二の次、マナミも考えなしに知っている名前を口にしたのが悪いことを反省している。
強く彼に当たれないのが口惜しい。
何はともあれ当分の間は、彼が彼女と食事を一緒にすることが出来なくなったことだけは確定した。