RANK-19 『新たな感情に気付いてみたら』
冒険者支援団体“アドス”の冒険斡旋所を営むエミーリンです。
貿易の盛んな宿場町は多くの冒険者が滞在し、多くの依頼が舞い込む大きな町。
ここは冒険者が集まる酒場、いつもの二人はなんと……。
さてどんな冒険が待っているのか?
楽しみですね♪
「ちょっと、またなの?」
念願だったランクアップを果たしたのは十日ほど前のこと。
その手助けとなったのは、確かに二組の合同クエストのお陰だろう。
あの舞踏会以降、何かと声を掛けてくれるようになったゴウとレジデンス、ついでにクリフのいるチームと一緒に依頼を達成している内に、ケイトとマナミはいつの間にかチンクアになっていた。
見習いランクから脱することができたのは本当に喜ばしい。
とは言え、毎度毎度一緒にと言うのは如何なものか。
ケイトはその辺りの考えを、ゴウに問い質している。
「別にいいじゃねぇか、分け前は確かに半分になっちまうが、お前等だけで受けられる依頼より、実入りはいいはずだろ?」
「それはありがたいって、お礼も言ったけど、じゃああんた達はどうすんの? 私達を同伴させるから、いつものレベルの仕事ができず、しかも取り分半分。私がレジデンスだったらチーム解消するわよ」
「アイツはそんなこと言わねぇよ」
もう既に押し問答でしかない状態。
言っていることの道理は、ケイトの方が筋は通っている。
あまりに不毛な遣り取りに、いつまでも待ってはいられない。
マナミとレジデンスは二人を引きはがして、同時に酒場を後にした。
「もう、なんなのよアイツ」
「まぁまぁ、あれはあれで、ゴウちゃんの親切心なんじゃあないの?」
ケイトの言いたいことも、ゴウの想いも理解しているマナミは、どちらの味方に付くでもなく、相方の興奮を抑えてやろうと、いつものカフェに入ることにした。
「でもまぁ、ケイちゃんの言いたいことは間違ってないけど、私達の懐具合が温まったのもゴウちゃん達のお陰だし、もう少しつき合ってあげてもいいんじゃあないの?」
「私は別に一緒がイヤだって言ってんじゃあないって」
「分かってるよ。でも向こうが理由を言いたがらないのを、無理矢理聞くほどにケイちゃんは怒ってんの?」
美味しい物を心ゆくまで食べられる。
それもこれもみんなゴウの提案のお陰なのは分かっている。
無理矢理にとまで言われるほど、我を通したいと思っているわけでも、怒っているわけでもない。
「ああ、もう分かんない。本当にアイツが何をしたいのか分かんない。なんでこんなにイライラするのかも分かんないよマナミ」
ケイトのモヤモヤした感情の答えも、解消するヒントもマナミは持っている。
だけどそれを言葉にしても、ケイトは新たな悩みを抱くだけだろう。
「分かった。じゃあ今回はケイちゃんはお留守番ね。リンちゃんもそれでいいよね」
「えっ? えぇ、私に依存はありません。けど……」
「ちょっと待ってよ!? なんで私が外されるの? マナミは私よりゴウを取るの?」
「興奮しないで」
荒ぶるケイトを制止して、マナミはお茶を一口含み、それを飲み干してから改めて口を開く。
「今のケイちゃんとは、私達が受けられる仕事でも一緒に行けない。だって前に出て戦うケイちゃんが判断を誤って、ピンチを迎えるなんて事になったら、取り返しが付かなくなる」
「そんなヘマは……」
「しないのは当然なことなの。だから体調は万全じゃないといけない」
だったらより安全な依頼を選べばいいのだが、そんな事は言わなくてもケイトにも分かっているだろうし、それを口にするべきではない事も分かっているはずだ。
「そんな……」
「だからさ、やっぱりゴウちゃん達と一緒に行こう。原因は分かっている。答えはそこにしかないんだよ」
納得はいかないが、反論をする事も代案を立てる事もできない。
「……わかった」
普段見た事のないネガティブな表情のケイトの姿を見て、今までにない背筋に走る電撃のような感覚にマナミは打ち震えた。
「……どうかしたの?」
「あっ、うぅうん。それじゃあ今度は、私達がギリギリ自分達だけでも受けられるような依頼を選んで、ゴウちゃん達には見届け人の付き添いをお願いするってのでどう?」
「う~ん、それってやっぱり三人でいい気がするんだけど……」
「だから無理に来てって言ってないし」
「や~だ~、マナミぃ~」
甘えるように抱きついてくるケイト、事の成り行きを見守るリンカは冷や汗を流す。
マナミは言い表しようのない異様な笑みを浮かべていた。
マナミの提案をゴウ達は快く承諾した。
ただ受けた依頼は、ケイト達ではOKをもらえないランクの物。
それをゴウ達の手を借りることなく、達成しようと考えている。
手を出さないと言うのが大前提だが、支援団体アドスの規定でちゃんと側についてもらわないといけない。
「それじゃあ、リンちゃんとクリフね」
実はクリフ、最近ではゴウの扱きに耐えて、いつの間にかリンカと同じクアッテまでランクアップしていた。
面白くないマナミは、自分に付けて魔法対決を申し込もうと考えたが、それは彼にとってはご褒美でしかない。
「それからケイちゃんはゴウちゃんと……」
「いいや、私はレジデンスと行くから、剣士二人が追いかけるにはターゲットが小さ過ぎるし、剣も魔法も体術も使える彼の方が合ってるでしょ」
まさかの正論を出されては、思いつきを押しつける事はできない。
「そうね。だったらゴウちゃん、ヨロシクね」
ゴウのレジデンスを見る目が気のせいではなく、きつくなっているのを見て、マナミは苦笑いを浮かべる。
今回のターゲットは田畑を荒らす、大量発生したというキリングラビット。
歴とした魔力を持つ魔物で身体強化をし、ヒートクローと呼ばれる熱を帯びた鋭い爪で斬りつけてくる。
人も襲う小型魔獣の撃滅が目的。
魔物の大群を相手にするにはチームとしてのランクが足りないケイト達だが、キリングラビット自体は特に恐い相手ではない。
しかしその瞬発力はハンパではない。
「確かにケイトの判断は間違いないか。俺じゃあ助けにはならないもんな」
意気消沈するゴウ、この分ではあまり当てにはならないかもしれない。
普段は後方からの援護が役割のマナミ。
「ゴウちゃんってもっと自信家だと思ってたけど、意外と腰が引けてるのね」
「ケイトがしつこくする俺に、本気で怒ってるって教えてくれたのはマナミだろ」
告白もせずにアプローチをするのなら、慎重さも必要だとは確かに言った。
「そもそもなんでちゃんと想いを告げないの?」
「お、俺は本気なんだよ。ちゃんと外堀から固めていかなきゃ、焦って逃げられたなんて勘弁して欲しいからな」
だったら尚のこと考えて行動しなくてはならない。
「分かった。ケイちゃんには内緒で、ゴウちゃんが前衛に、私がサポートに回ってあげる。報告書を見たらケイちゃんが怒るかもしれないけど、ゴウちゃんがちゃんと結果を出しさえすれば、ちゃんと説明してあげる」
「説明って、俺はまだ心の準備が」
「なんで私が、あなたの恋路を応援してあげないといけないのよ」
なんでと言われても、何故と返したいのはゴウの方。
「そもそもなに勘違いしてんの? 私は前衛後衛が入れ替わる理由の説明をしてあげる。って言っただけでしょ」
言葉を失うゴウにさらなる追い打ち。
「この際だから言っておくけど、私はあなたがケイちゃんとお付き合いをしたいって事を認めた覚えはないから」
もう他の二組はとっくに出発している。
穏やかな風が優しくマナミの金色の髪をくすぐる。
「それって、マナミもケイトを狙っているって事か?」
単純思考そのもののゴウの返しに、本気で頭を抱えるマナミ。
「あ、あなたの言う狙っているとは、ちょぉ~っと違うかな」
今は可能性も低いと思うが、ケイトがゴウをパートナーとして認めたら、もしかしたらマナミは側にいられなくなるかもしれない。
二人でずっとやってきて、結果が出せない二人だったけど、いまでの日々は充実していて、贅沢はできなくても生活に困ることもなかった。
「私はまだまだあの子と冒険者を続けていきたい。だから勝負をしましょう。もう前衛とか後衛とかは無しにして、どちらが多くのキリングラビットを討伐できるかでね」
これはケイトがイライラする理由も分かる。
ゴウの性根を叩き直す為にも、どれだけ真剣に自分達の将来を考えているか確かめる為にも、ここは真剣勝負。
マナミは問答無用でワンドを手に走り出した。