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RANK-16 『 お淑やかに着飾る時 』



 マナミによるダンス特訓も今日で3日目。


 元々体を動かすことが好きなケイトは飲み込みも早く、リンカ相手に文句のしようもない足裁きを見せる。


「それにしてもリンカが踊れるなんて、ビックリだわ。どこで覚えたの?」


「えっ? 私はケイトさんと一緒で、今回初めてですよ」


 マナミの教え方がいいのか、この二人のセンスがいいだけなのか、その究明はなしにして、まだパーティーまでは日もある。


 後はジックリと体に覚え込ませるだけ。


「おお、やってるなぁ」


 ゴウとレジデンス、おまけにクリフまでが顔を出した。


 集中しているケイトは気付かずに踊り続けていたが、マナミが魔法で奏でていた音楽を止めたので、おかしく思って辺りを見回し、ゴウ達に顔を向ける。


「げっ! 来てたの?」


「おう、スッゲーな絵になってたぜ。さすがだな」


「お、おだてたって何も出ないわよ」


「いやいや、本気ですごいですよ。さすがですねケイト」


「あ、ありがとう」


 ゴウに言われると嫌みに感じるが、レジデンスに言われると正直に嬉しい。


「なんだよ、その態度の差は?」


「別に、日頃の行いの差でしょ。ところでどうしたのみんな揃って?」


 まさかクリフまで連れ立って、ただケイトの練習風景を見学に来たという事はないだろう。


「ああ、そうなんだ、ちょっとクリフとマナミに、当日の警備について協力して欲しくてね」


「えっ? レジデンスも警備に当たるの?」


「レジデンスは当日会場の警備主任を担当してもらう事になっている」


「主任ってまとめ役? へぇ、そんなに大掛かりに警備するんだね」


 領主の子息の婚約パーティーには、有力者もいっぱい来賓として呼ばれている。


 ケイトは感心しているが、警備が厳重になるのは必然。


 だけどそれでクリフとマナミにお願い事とは?


「二人には魔法でセキュリティーを強化する役を担って欲しいと、レジデンスは言うんだよ」


「マナミは冒険者ランクは低くても、魔力総量はかなり群を抜いて、この町の警備団の誰よりも多いし、クリフは天性の魔術資質があるから、ちょっと大きな魔法に取り組んで欲しいと思ってね」


 ここのところ不穏な動きが目立つようになっているとかで、警戒は厳重に。


 もちろんそうなると、クライアントの直ぐ側で警備を担当するゴウとケイトの役割はかなりの重責となってくる。


「つまり、ダンスにもたついて注意力が衰えるようじゃあ、話にならないわけだ」


「よくもまぁ、そこまでハードルを上げてくれるよねぇ。見てらっしゃい、当日までに完璧に仕上げて、キッチリ大役を果たしてみせるから」


「それは頼もしいが、今日はこれから俺につき合ってもらうぞ」


 マナミにまた音楽を鳴らしてもらおうとするケイトの手を、ゴウが強引に引っぱる。


「ちょどいい、それじゃあこっちはこっちで、打ち合わせがあるから、リンカ、君も手伝ってね」


「あっ、はい」


 一同は二手に分かれ、ゴウはケイトの了解を得ないままに移動を始めた。


「ちょ、ちょっと! もう、分かったから放して! それでどこに行くつもり?」


「なんだ、忘れたのか? 今日、お前のドレスが完成する日だろ」


 そう言えばあれから3日、確かに予定通りなら今日完成するはずだ。


「呼びに来る前に確認とったら、ちゃんと出来てますだってさ」


 どことなく嬉しそうなゴウの顔がシャクに障るが、出来上がった物を確認しないわけにはいかない。


 ケイトはマナミを目で追い求めるが、彼女はレジデンスとの話に集中して気付いてくれなかった。






 3日前に採寸をしたあのお店でケイトが目にしたのは、目映いばかりに淡い黄色を基調に、胸元のこれも少し濃さの増した黄色い大きなリボンが印象的なドレスだった。


「こちらでご試着をどうぞ」


「えっ、今ここで着るの?」


 ついさっきまでご機嫌斜めだったケイトも、艶やかなドレスを前に気分も高揚として、緊張が隠せない。


「当たり前だろ? ちゃんと着て、しっかり合ってるか確認しないといけないだろ」


「ああ、そう、よね?」


 あまりにも綺麗で自分が着るにはもったいない。


 ケイトはそう感じた。


 だけど今は自分がこれを着ないと、依頼の達成には繋がらない。


 お店の奥の試着室で着替えて、ちょうど終える頃に声を掛けられる。


「ああ、うんバッチリだよ。間違いない。そ、それじゃあ脱ぐね」


 自分の全身を鏡で確認し、ケイトはドレスを脱ごうとする。


「なに言ってんだ。出てきて動いてみないと分からんだろう」


「ぎゃーっ!?」


 急いで着替え直そうとして結び目を解いたところで、試着室のカーテンを開けてゴウが顔を覗かせる。


「勝手に開けるな!」


「なに恥ずかしがってんだよ。いまさら」


 今の「いまさら」は初対面の時のあの事件の事を言っているのだろうけど、それは今ここで話すようなことじゃあない。


「いいから出てこいって」


「ちょ、ちょっと……」


 強引に外へ引きずり出されて明かりの下へ。


 慌てて結び目を括り直す。


「おお、これはなかなか」


 マジマジと曝されるのに、消えてしまいたいとケイトは目を瞑る。


「似合ってるじゃあないか。俺的には大満足」


 パーティーで同伴する相手だけに、いつになく真剣に観察すると、右手の親指を立ててOKのサイン。


「それじゃあ行こうか」


「行くってどこに?」


「クライアントのところ、俺のパートナーを連れていく約束なんだよ」


 それは本当に初耳。


「あ、いやだって、そんなの聞いてない」


「ああ、今言った」


「だって、今からって、じゃ、じゃあ着替え……」


「ああ、いや、その格好で頼む」


「なんで!?」


「いつもの格好じゃあ、冒険者だって直ぐにバレちまう。ちょっとそれじゃあ問題あるんだよ。色々とな」


「要人警護でなんで冒険者だって隠さなきゃいけないの?」


「悪いが今回だけ! 頼むよぉ~」


「なんなのよそれ!? って、え、でもそれじゃあ、ふ、普段着に着替えてくるから……」


「悪いがそんな時間はないんだよ」


 慌てふためくケイトだが、仕事だからと言われては、断る事も出来ない。


 仕方なく、仕立屋で上着だけ借りて上から羽織る。


「それじゃあ先ずこれを」


 会計を済ませるゴウは代金にと、黒精石をテーブルに置いた。


 黒精石は武器の加工などに使われる素材で、獣魔の体内から取り出される。


 レベルの高い魔獣になればなるほど、純度の高い石がとれるのだが。


「では差額はこれで」


 ゴウは数枚の金貨を付け足した。


 かなりの高純度の黒精石で、ほとんどの支払いが済ませられるほどの上物。


 そんな魔物を相手に出来るゴウ達の冒険者ランクは、ケイト達の遥か上位にある。


「それにしてもドレスってこんなにするの? 簡単な防具なら一式揃っちゃうじゃない?」


「ああ、いやこれは特注だからな」


 ゴウが貰った引き替え用紙を覗き見て、ケイトは驚いた。


 こんな高価な物を本当に貰ってもいいのだろうか? しかもこの他にも、ちゃんと報酬もくれると言っていた。


「それじゃあ行こうか」


 あまり目立たないようにと上着を羽織ったが、実際それでも十分に目立つ。


 幸いなのは、夜の帳が近づく黄昏時でいる事。


 夕暮れの暗闇に紛れて俯いていれば、誰もケイトだと気付く事はないだろう。


 急ぎ足で目的地を目指すケイト達は、あともう少しでクライアントの屋敷と言うところで、待ち伏せにあった。


 賊の数は十を超えている。


「後ろに下がってろ」


「なんで? この数なら二人の方が」


「その格好で立ち回りをするつもりか?」


「あっ!」


 確かに魔法使いなら戦えなくもないが、剣士のケイトが今の格好でまともに戦えるはずもない。


「いいから俺に任せておけ」


 ゴウは愛用の大剣を鞘から外す。


「シエントのゴウだな」


 この世界で家名を持つのは、王族か貴族、大商人などの、権力を持った有力者だけ。


 苗字を持たない一般人は名前と一緒に、出身地を述べる事が多い。


「やっぱり俺がターゲットか。とりあえずつき合ってやるから、彼女を先に帰らせてもいいか?」


 今のケイトは足手まとい。


 出来る事なら、この場から離れてもらうのが一番。


「命まで取るつもりはない。女も合わせて、パーティーの後まで床に伏せてもらう」


「エドバック公爵の差し金だな」


 ゴウにはこの襲撃者の黒幕に思い当たるところがあった。


「わ、我々の目的を知る必要はない。いくぞ」


 アンドロス・エドバック公爵は、現、大陸国王の叔父に当たる、この地方の名士。


 今度の晩餐会を開くこの町の領主は、この地で私腹を肥やす事にしか興味を示さず、領民の生活を圧迫していた公爵に対して、国王の書状を元に資財を取り押さえた事がある。


 これはその時の報復だろう。


 この襲撃は予測されていた事だ。


 これ以上の問答は無用、ゴウは瞬く間に数人を地面に伏せさせた。


 何度か見た事のあるゴウの剣捌きだが、今日はいつにも増して早い剣劇に、ケイトも目で追うのがやっと。


 見る間に動ける者の数が減っていく。


 これなら確かにケイトの出番はなさそうだ。


 だったのだが……。


「そこまでだ。大人しくしろ」


「ご、ごめんゴウ」


 油断していたわけではない。


 ケイトは自分に近づく賊の気配に気付いて、自分の剣を油断なく引き抜いている。


 だけど着慣れない裾の長いドレスに気をとられ、後ろを簡単に捕られてしまった。


「くっ、仕方ないか」


 人質を取られて手の出せないゴウは、自分の身長ほどもある大剣を放り投げた。


「こんなものを一人で、しかも片手で……」


 投げ捨てられた剣を拾おうと、男の一人が手を伸ばした。


 なかなか持ち上げられない様子を見て、男達がそっちに気をとられた。


 その隙をついて人質脱出を図るが、ケイトに短剣を突きつけていた男は、彼女の髪を掴んで逃しはしなかった。


「殺すぞ、お前!」


 興奮した男は短剣をケイトの胸元で振り回した。


 その短剣の動きで分かる、本気で殺すつもりはないのだろう。


 しかし加減を知らないのか、男の剣はケイトの新品のドレスの胸元をバッサリと切り裂いた。


「ああ!? なんてことするんだ!!」


 そのケイトの大声に驚いたのは、短剣を振るった男。


「うっせぇー! なんなら完全にひん剥いてやろうか」


 そう言うと今度はもっと下の方、股の辺りを横に薙ぐ。


 普段なら読み違えたりはしない間合いが掴めず、ケイトの肌が外套のランプに照らされる。


「もう、絶対許さないんだから!」


 構えた愛用の剣で男の短剣を払い落とすと、その勢いで男の肩を貫く。


「あんた達なんか、あんた達なんか!!」


 武器を失ったゴウに代わって、今度はケイトが大暴れ、その様子を苦笑しながら眺めるゴウは、自分の出番がなくなった事を実感する。


『生命を焼き焦がす業火の炎よ、我が手に集まり、我が力とならん・ゼフォス』


「まずいぞ、その呪文は」


 賊の中にいた魔法使いが呪文を詠唱する。


 その術式を聞いてゴウは焦る。


「ケイト、逃げろ! その術はボム系最大呪文……」


「ボムバースト!」


 完成した魔法の炎は人間一人を軽く飲み込むくらいの大きさ。


「おいヤバすぎんだろ!? ケイト避けろ!」


 放たれた火球は、避けるには近すぎた。


 ケイトは避けるのではなく、剣を真正面に構えて待ちかまえた。


「はぁあ!」


 助ける事も出来ない位置から、ゴウは全力でダッシュした。


 その目の前で思いもよらない光景が。


「剣が火の玉を吸収している?」


「はっ!!」


 火球を吸い尽くした剣が、今度はそれを吐き出し、生み出した術者へと返して見せた。


「ぐぁあああ!」


 巨大な炎は術者とその周辺にいた物を巻き込んで燃えさかる。


 直後、術者が気を失ったのだろう、魔力の供給がなくなった炎は消える。


 その光景を見て、残っていた男達は逃げ去った。


「なんかすげーな。今のどうやったんだ?」


 事が収まりケイトに近づいていく。


「ゴウぉ、ドレスが、ドレスが……」


 興奮から一転、落ち着きを取り戻したケイトは再び感極まり号泣。


「ああ、大丈夫だ。とりあえず仕立屋に戻ろう」


「だけど、またあんな高額のお金……」


「いや、この程度の損傷なら知れている。気にするほどじゃあない」


「そぉうを?」


「ああ、問題ない。たぶん十分の一以下くらいで済むはずだ」


 この男にケイトを気遣った誤魔化しの言葉を選べるはずがない。


 ゴウがこう言うからには本当にそれくらいで済むのだろう。


「それよりもなんださっきの技? 魔法を吸い取って打ち返したよな」


「あれは技と言うより、この剣の特殊能力なんだよ」


「その剣の?」


「これはお祖母ちゃんが使ってたんだけど、魔力で固められた剣でね。精霊魔法を吸収したり、それを意のままに操ったり出来るんだ」


 ゴウも聞いた事がある。


 魔剣の中でもかなり有名な品で、それを使って名を馳せた女冒険者にも覚えがあった。


「魔剣ゲイルフェンサーと、サンクルティアのジェシカか?」


「へぇ、よく知ってるね」


「冒険者で知らないやつはいないだろ」


 この大陸でも有名な古代文明の遺跡、冒険者にとって難攻不落と言われるトラップの数々を打ち破り、300年も守られてきた宝物をごっそり持ち去ったのが、ケイトの祖母ジェシカとその仲間。


 その遺跡のトラップは生きたままで残っており、冒険者の登竜門として、今では冒険者支援団体によって管理されて運営されている。


 ケイトもいつか挑戦したいと思っている。


「この剣は使う者の魔力を覚えてね。その人が死んだり、剣を放棄しない限りは絶対裏切らないんだよ」


 そう言ってケイトは足下に剣を置き、少し離れて目を閉じた。


「こうして心で念じれば」


 剣は魔力光を放ち、魔法陣を残して消えたかと思うと、ケイトの手の中に再び現れた。


「スゲーな。そんな機能まであるとは聞いてなかったな」


「ああ、今のは私が後から足したんだよ。魔法を打ち返すなんて恐いでしょ? うちのマナミは魔力高いし、だけど私はまだまだ未熟だから」


 ケイトは魔法で戦うのは苦手だが、こういった補助魔法が割と得意で、独自の魔法を生み出したりもできる。そこでこういった能力を愛剣に付与したのだという。


「なんで、お前達のランクってそんなに低いんだ?」


「それは……、話すと長いからまた今度ね」


 何はともあれ、今はドレスをどうにかしないとならない。


「クライアント、待ってるんじゃあないの? 私なら一人で戻れるよ」


「いや、もういいよ。これで間違いない。当日はかなり大きなイベントになるだろう。ってのが分かったからな」


 全ては当日。


 ケイトには詳しい事は語らなかったが、準備は整ったというゴウを疑うことなく、ケイトは自分の役目を果たそうと改めて気を引き締めた。

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